5章-8

 醜い真の姿を晒した魔王をゴリアンと共に切りつける。

 ボク達の攻撃は魔王の躰に当たるが、身じろぎ一つさせる事も出来ない。


「この野郎、更に硬い!」


「まだだ! ゴリアン! 手を休めないで!」


 魔王の防御力に驚愕するゴリアンを叱咤しつつ、魔王へと攻撃を叩きこみ続ける。

 ……ボク達の攻撃は全て魔王に当たっているにも関わらず、奴の体に傷一つ付ける事ができなかった。


「アリサ、ゴリアン、どきなさい! もう一度、強烈なのをお見舞いしてやるわ! 『エクスブラスト』!」


 ボクとゴリアンが魔王に突撃している間に、レイリーの補助を受けて魔法の準備を終えたカオルが叫ぶ。

 カオルの声が聞こえると同時にボク達が魔王から離れると、先ほど魔王に大ダメージを与えた時と同等……いや、レイリーの補助魔法によってより強大になった魔力の渦が魔王に向けて放たれる。

 この魔法を喰らってしまっては、如何に魔王といえどひとたまりもないだろう。


「無駄だ!」


 ……魔王を飲み込み、消し飛ばすはずだったカオルの魔法は、奴が腕を一振りしただけで全て掻き消されてしまう。


「嘘でしょ!? アタシの魔法を、あんなに容易く消し飛ばすなんて……」


「俺の強化補助も加えた、最強の魔法だぜ!? そんな馬鹿な……」


「ククク。貴様等なぞ、我が真の力をもってすればこの程度だったという事。次はこちらの番といかせてもらおうか!」


 次の瞬間、魔王がボクの目の前に移動し、腕を大きく振りかぶるのが視界に映る。

 回避しようとしても間に合わないと判断し、咄嗟に盾を構えて魔王の攻撃を受け止める。


「ぐっ、うわぁぁぁ!」


 構えた盾に魔王の拳が触れると同時に、その威力を殺しきる事が出来ず大きく吹き飛ばされてしまう。

 あまりの勢いに上手く着地する事ができず、地面に叩きつけられてしまい身体に痛みが走る。

 ……まだだ、これくらいで倒れていちゃいけない!

 痛みに耐えて何とか起き上がるボクのすぐ横を、魔王に吹き飛ばされたゴリアンが通り過ぎて地面を転がり倒れ伏してしまう。

 前衛のボク達が一瞬でやられてしまうなんて、このままでは不味い。

 何とかして反撃に移らなければ。

 パーティの体勢を立て直す為に指示を出そうとしたボクの視界に写ったのは、魔王が打ち込んでくる魔法になんとか対抗しようとするカオルだった。


「『ファイアブラスト』! 『サンダーブラスト』! 駄目、魔法の速さが追い付かない……きゃあ!」


 魔王の放つ魔法の速度と威力は、カオルのそれを上回っていた。

 僅かな間で対抗しきれなくなったカオルへ次々に魔法が撃ち込まれていく。


「魔王! ボクが相手を――」


「待て、アリサ! 『ヒール』」


 カオルを助ける為に駆け出そうとするボクを、いつの間にか近くにきていたレイリーが腕を掴んで制してくる。


「冷静になれ。今救援に向かえば、お前もカオルの二の舞だ。一度回復と強化魔法を――」


 ボクを落ち着かせようとしていたレイリーだったが、話している途中でその場で倒れてしまう。

 魔王の放った魔法がレイリーに直撃したのだ。

 ……参ったな。

 全く気付く事ができなかった。


「……『ヒール』」


 レイリーに回復魔法を使用しながら、反撃の手段を練る。

 ……レイリーが復帰すれば、ゴリアンとカオルを回復できるはず。

 それまでの間、時間を稼ぐのがこの場では最善手か。


「『ステータスアップ』……みんな、少し休んでいてくれ」


 剣と盾を握りしめ、魔王に向けて駆け出しながらボク自身に身体強化を付与する。

 レイリーが使用するものより効果は低いけど、無いよりはマシなはずだ。

 今動けるのはボクだけ。

 何とかして時間を稼がなくては。

 ……いや、一人になったとしてもケリをつける!


「魔王! 一騎打ちだ! 少し強くなったからって調子に乗るなよ!」


 魔王の首めがけて、渾身の力を込めて剣を振り抜く。


「ほう? 調子に乗っているだけかどうかは、先程の攻防でわかったはずだがな。……まあいい、相手をしてやろう」


 ボクが振るった剣と魔王の振るうかぎ爪が衝突して鍔迫り合いになる。

 なんとか堪えようとするが、耐えきる事ができずに弾き飛ばされ、体勢を崩してしまう。


「隙だらけだぞ、勇者!」


 体勢を立て直そうとするボクに向け、魔王の腕が振り下ろされる。

 ……魔王の攻撃を受け止めたところで、先ほどと同じように吹き飛ばされてしまうだろう。

 全力で飛び退き、迫るかぎ爪を間一髪の所で躱す。


「受けきれないと見たか。ならば、これでどうだ!」


 ボクが着地すると同時に魔王の掌から魔法が放たれた。

 襲い掛かってくる魔法を薙ぎ払うように剣を振るい、地面に向けて受け流す。

 魔法が着弾すると同時に地面が抉れ、土煙が舞い上がる。

 ……ここだ!

 土埃を隠れ蓑に駆け出し、魔王の腕目掛けて剣を振るう。


「土煙に紛れて攻撃とは考えたな。しかし、貴様の攻撃なぞ痛くも痒くもないわ!」


 魔王の腕に剣が食い込むも、奴は気にする様子もなく食い込んだ剣を素手で掴んで抜いてしまう。

 ……素手で刃を掴んだ為に魔王の掌から血が滴り落ちるが、一切意に介する様子は無い。


「だったら、コイツでどうだ!」


 魔王の体を勢いよく蹴り飛ばしながら、剣を思い切り引き抜く。

 魔王に隙ができる事はなかったが、掴まれていた剣を引き抜いて距離をとる事には成功する。

 そこからさらに距離を取る為後方へ飛び退くと同時に、左手に持っていた盾を魔王目掛けて投げつける。

 回転しながら飛んで行った盾は、狙いを違わずに魔王の顔面へと向かっていった。

 左手を地面について着地したボクは、魔王に盾が当たったかどうかを確認することなく再び魔王へ向かって駆けだす。

 とにかく攻撃を絶やさない!


「盾を捨ててまで隙を作ろうとしたか? この程度で怯むと思っているのなら、甘いぞ!」


 魔王が何かを言っているが気にしない。

 跳躍し、剣を持った右手を大きく振りかぶる。

 当然のように魔王も対抗しようと構えてくるが、そんな魔王の顔に左手を向け、握り締めていた拳を開く。


「グッ、目が見えぬ!?」


 先程着地した際に掴んでいた砂利で魔王の視界を奪ってやる。

 そのまま左手でも剣の柄を掴み、ありったけの力を込めて剣を振り下ろす。


「目潰しとは卑怯な! 貴様、それでも勇者か!?」


「何とでも言え、お前を倒す為なら卑怯な手だろうと構わず使う!」


 ボクが振り下ろした剣は、視界を奪われて悶える魔王の躰を切り裂いた。


「……嘘だ。今、確かにお前の躰を切り裂いたはずだ」


「……この程度の攻撃で我は倒せぬ」

 

 切り裂かれた躰からは血が滴り落ちるが、魔王は意に介す様子もなかった。

 呆然とするボクをよそに魔王は剣を掴むと、ボクごと投げ飛ばす。

 投げ飛ばされてしまったボクは何とか着地する事はできた……。

 しかし、肉体的なダメージよりも精神的に少しだけ参ってしまう。

 魔王の躰を傷つける事はできたが、その事を気にする素振りも見せない。

 ……あれだけ苦労して与えた傷も大したダメージにはなっていない。

 本当に魔王を倒す事ができるのだろうか?


「アリサ! 諦めちゃ駄目だ!」


 弱気になり始めたボクを、叱咤する声が響く。

 声のした方向を見ると、仁良が大声でこちらに向かって叫んでいた。


「君は魔王を倒す勇者なんだろ! その為に長い間旅を続けてきたのに、ここまできて諦めるっていうのか!」


 なるべく感情を表に出さないようにしていたのに、どうして弱気になっているのがバレたんだろう?

 仁良の察しが良いのか、それともボクが思ったよりも感情を隠すのが下手だったのか。


「悔しいけど、僕みたいな只の人間じゃ魔王とは戦えない。それでも諦めずに君を応援する事はできる! 僕の好きなアリサは、僕より先に諦めたりしないぞ!」


 言いたい事を言い切ったのだろう。

 仁良は肩で息をしながらボクの事を見つめている。

 ……まったく、好き勝手言ってくれる。

 実際に戦っているのはボクだというのに。

 ……あそこまで言われては、仁良よりも先に諦める訳にはいかないな。


「誰が諦めるもんか! それよりも折角応援してくれるのなら、もっと声を張り上げてくれよ! 全然聞こえないよ!」


 ボクの返事を聞いた仁良が笑顔で返す。


「アリサ! 相手の事をよく知りもしないのに、一方的に滅ぼそうとする奴なんかに負けるな! 絶対に勝て!」


 仁良が大声で声援を送ってくれる。

 ……気のせいかもしれないが力が湧いてくる。


「彼の言う通りよ。彼女達は私達の為にも戦ってくれている。只見てるだけじゃなくて応援ぐらいしてあげないと。頑張って!」


「どうみてもあの怪物の方が悪者だしな。俺もあの子達を応援するぞ。負けんじゃないぞ!」


 仁良に続くように周囲の人々がボク達に向かって次々と声援を送ってくれる。

 ……今度は気のせいじゃない。

 躰の奥底から大きな力が湧き上がってくるのを確かに感じ取る事ができた。

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