5章-9

「愚かな人間共が無駄な事を。奴等の目の前で貴様を殺して、絶望の淵に落としてくれよう!」


 人々の声援に気を取られていたボクの目の前に魔王が迫り、腕を大きく振りかぶる。


「遅い!」


「な、なんだと!? 完全に不意を突いたはずだ! 何故、今の攻撃を止められる!?」


 振り下ろされた魔王のかぎ爪はボクが握りしめた剣によって受け止められており、魔王の爪に亀裂が入る。


「その程度の攻撃で……ボクを倒せると思ったのか!」


 剣を持つ腕に力を込めて魔王を弾き飛ばす。

 後方へと弾き飛ばされた魔王はバランスを崩して倒れかけるが、すんでの所で何とか持ち直す。


「先ほどまでに比べて明らかに強くなっている! 勇者よ! 一体何をした!」


「……ボクは何もしてない。何かしたとするのなら、この世界の人達だ」


 周囲の人達が声援を受けた瞬間から、力がどんどん湧き上がってくる。

 ……今、ハッキリと理解した。

 ボクの受けている女神の加護は、『勇者らしい行動』をすれば強くなるんじゃない。

 『人々から託された期待や感謝』が、女神の加護を強くし、ボクに力を与えてくれたんだ。


「この世界の人間に何ができるというのだ! 魔法も使えなければ、状況を判断して逃げようとする賢さも無い! 挙句の果てには、自分の力量も理解せずに我の前に立ち塞がるような奴等なのだぞ!」


「確かにお前の言う通りかもしれないな。けれど、この世界の人達は魔法を使えなくても便利な道具を沢山持っている! ボク達の戦いから逃げようとしなかったのは、こんな状況に慣れてないからで、それはこの世界がそれだけ平和という証拠だ! ……そして、お前のような奴にも立ち向かえる勇気を人間は持っている!」


 人間の愚かさを語る魔王に強く言い返す。

 人間の事を理解しようとせずただ一王的に滅ぼそうとしていたコイツの言葉には重みが無い。

 一切心に響かない。


「ならば貴様を殺して我が正しいという事を証明しよう! 『ダークブラスト』!」


 ボクの返事に魔王は、怒りの感情を露わにして魔法を放つ。


「無駄だ! 今のボクは誰にも負けない! 『マジックブラスト』!」


 魔王の魔法を掻き消す為に放ったボクの魔法は、魔王の魔法を掻き消したあと、そのまま真っすぐに魔王へと向かい、その躰に炸裂する。


「ぐぬぬぬ、何故だ! 何故、我の攻撃が奴に通じぬ! それ所か、この我がダメージを受けるだと! 何故だ!」


 魔王はよろめき、倒れながら悪態をつく。

 今までとは違い明らかに消耗している事が見てわかる。


「何故かって? それは、ボクが勇者だからだ! この世界の人達だけじゃない、ボク達の世界に生きる人々の想いも背負って戦っている! 今のボクは、いやボク達はお前に負けない!」


「何が勇者だ、貴様など--ぐぉぉぉ!」


 激昂した魔王が立ち上がろうとするが、突如として呻き声を上げながら地面に膝を着く。


「オレ達の事、忘れるな」


 背後から魔王に斧を振り下ろして切りつけたゴリアンが魔王の事を見下ろしながら呟く。

 立ち上がって振り向き腕を振るって反撃を行う魔王だが、ゴリアンは後方へと飛び退きあっさりと躱す。


「『ファイアブラスト』!」


 ゴリアンが飛び退くと同時に、魔王の体が炎に包まれる。


「アリサの言う通りよ、アタシ達は皆の想いを背負っているんだもの。寝てなんかいられないわ」


「すまねえアリサ、やっと復帰したぜ。とりあえず『ヒール』だ。後はコイツも忘れるなよ」


 アリサが魔王に魔法を浴びせ続けている間にレイリーがボクに近づき、魔王に投げつけたまま地面に落ちていた盾を拾って差し出してくれる。


「ありがとう、レイリー。……皆! 今度こそ本当に、魔王を倒すぞ!」


「わ、我は魔王だ! これしきの事で、やられてなるものか! 『ダークウェーブ』!」


 カオルの魔法を受け続けていた魔王が反撃として、その体に溜め込んでいたであろう魔力を放出してカオルの魔法を掻き消す。


「貴様等の力の源が人間共だというのなら、まずはその力の源から潰すまで!」


 そう叫けぶと共に、周囲の人達のいる方向へ駆け出していく魔王。


「させるか!」


 魔王が動き出すと同時にボクも駆け出し、人々の元へ魔王が辿り着くよりも早くその目の前に立ち塞ぐ。


「皆はボクが……ボク達が守る! いい加減にケリを付けるぞ、魔王!」


 剣を強く握り締めて、魔王に向け突進し切りかかる。

 幾度となく振るわれる剣を魔王はなんとか躱して受け流そうとするが、その全てを受け流すことはできず、その体を傷つけていき確実に追い詰める。


「グァァァァァァ!」


 それでも致命傷だけは避けていたが、幾度もの攻撃を受け続けたかぎ爪が砕け散ると同時に魔王は叫び声をあげる。


「魔王! 覚悟!」


 ボクの横からゴリアンが飛び出し、二人で魔王を切りつけていく。

 ボク一人の攻撃を捌ききれなかった魔王では二人の攻撃を避ける事はおろか、受けきることもできずに確実にダメージが蓄積される。


「殴るのは苦手だが、そうも言ってられねえな。俺も加勢するぜぇ!」


 後方で待機していたレイリーも今が好機と考えたのだろう。

 手に携えたメイスで魔王を殴りつける。


「『サンダーブラスト』! いい加減に諦めなさい! あんたはここで終わるのよ! 『ウィンドブラスト』!」


 ボク達の攻撃の合間を縫うように放たれたカオルの魔法が魔王を襲う。


「ま、まだだ! こんな所で終わる訳にはいかぬ! 人間を滅ぼすまでは死ぬ訳には――」


 絶え間なくボク達の総攻撃を受け続けた魔王は既に虫の息になっている。

 しかし、その眼は諦めていない。


「いや、お前はここで終わる。ボクが終わらせるんだ!」


 魔王に引導を渡す為、ボクの持つありったけの魔力を刃に込めて剣を振りぬいた。

 最期の抵抗で斬撃を防ごうとした魔王の腕は切断され、魔王の体を一文字に切り裂いた。


「……馬鹿な……我が……人間如きに……」


 地に膝を着き、息も絶え絶えな魔王がボクを睨み、叫びだす。


「わ、我がこんな所で死ぬ事になるとは……。だが勇者よ、我は人間の悪意から生まれた存在。愚かな人間共が存在する限り、必ずや第二、第三の我が現れて人間共を滅ぼすであろう! その時がくるまで……精々怯えて過ごせ! 人間共よ! いずれ――」


「……もう、喋るな」


 負け惜しみを言う魔王に、剣を振り下ろす。

 振り下ろされた剣によって切り裂かれた魔王の体は、光の粒子となり消滅する。


「もし新しい魔王が生まれて、人間を滅ぼそうとするのならボクが必ず防ぐ。それに、新しい魔王はお前よりは話が通じる奴かもしれない。どちらにしても、お前の野望はここで終わったんだ……」


 遂に魔王を倒したのだ。

 そう自覚すると同時に、全身から力が抜けてその場に座り込む。


「これで終わったのか。長かった戦いが……本当に」


「そうよ。貴女が魔王を倒したの。世界を救ったのよ」


 カオル達がボクの元へと駆け寄ってくる。

 その顔は今までの険しいものではなく、憑き物が落ちたような安堵の表情を浮かべていた。

 魔王を倒して安心しきったその時、ボク達の周囲が淡い光に包まれた。

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