5章-6

 ……僕は、死ぬのか。

 不思議な事に、目に映る光景がスローに見える。

 死ぬ間際って、こんな感じなのか。

 アリサの方に視線を向けると、彼女は拘束から抜け出そうと藻掻きながら何事かを叫んでいるのが視界に映るが、僕が黒い閃光に包まれる事でその姿も見えなくなった。

 ……目の前に迫った死を受け入れるかのように目をつむる。

 正直、死ぬときはもっと醜く叫びながら死ぬと思っていた。

 何故こんなにも落ち着いているんだろう。

 思い残すことは色々ある。

 母さんや父さんより先に死んでしまうという申し訳なさ。

 もっとクラスメイトと仲良くして、友人を作っておけばよかった。

 それに、アリサに自分の気持ちを伝えておけば良かったかな。

 ……最後に彼女の笑顔を見たかったな。

 …………流石におかしい。

 幾ら待っても体に痛みが走ったり、意識が途切れたりしないぞ?

 ひょっとしたらもう死んでいるのかもしれないが、死後も意識って残るのものなのか?

 恐る恐る目を開けた時に見えたのは、とても大きな背中だった。


「大丈夫か? 死んでないか?」


「ご、五里安さん? どうしてここに?」


「返事できてるし、大丈夫だな」


 記憶を失っているはずの五里安さんが、魔王の攻撃から僕をかばう様に仁王立ちしていた。


「何の力も無いのに無茶しやがる。……だが気に入った。中々根性あるじゃねえか。とりあえず傷を癒さねえとな。『ヒール』」


「怜悧先生……いや、レイリーさん……?」


 いつの間にか僕の傍らに近づいていたレイリーさんの掌が淡く光ったかと思うと、僕の体に残る痛みが引いて傷跡が消えていく。


「勇者の仲間達!? な、何故貴様らがここにいる!? 我が偽りの記憶と、安寧の環境を与えたはずだぞ!」


「アリサと魔王の戦い、テレビで見た」


「始めはテレビのニュースに生徒の友人が映っている位の認識だったけどよ、アリサの戦いとお前の行動を目の当たりにしている内に記憶が戻ったんだよ」


 ……アリサの仲間達が記憶を取り戻して助けにきてくれたらしい。

 彼らの記憶が戻った理由はわからないけど、今は自分が生きているという事実にただ安堵する。


「まあいい、死体が二つ増えるだけだ、貴様らでは我には勝てな――」


「アタシの事を忘れてんじゃないわよ! 『アイスブラスト』!」


 魔王が喋っている途中、その体が氷塊に包まれ動きを止める。

 声のした方向に目を向けると三角帽子にローブ姿という、RPGゲームでよく見る魔法使いの様な出で立ちをしたカオルさんが魔王に杖先を向けていた。


「よくもアリサをあんな品の無い魔法で拘束してくれたわね! アリサを縛り付けていいのはアタシだけなんだから」


 さらっととんでもない事を口走ったな、この人。

 とりあえず身を起こそうとした時、僕の体に何かがぶつかってきた。



 ボクの懇願は魔王に聞き入られる事なく、仁良に向かって魔王の魔法が放たれた。

 その瞬間、大きな影が仁良と魔法の間に割り込む。

 更に魔王の拘束魔法が解除され、ボクの体が自由になった。


「数日ぶりね、アリサ。助けに来たわよ」


「カオル!? どうしてここに……。まさか、記憶が戻ったの!?」


「細かい話は後よ。それよりもアタシの装備を」


 突然隣に現れたカオルに動揺しながらも彼女の手を借りて立ち上がると、彼女に言われるがままに魔法の袋を手渡す。

 カオルが袋を握ると、彼女の姿は一瞬にしてボクのよく知るローブ姿に変化した。

 ……うん、アイドル衣装も似合っていたけど、やっぱりこっちの格好の方がしっくりくるな。


「これでよし。はい、アリサの装備。……何でそんなにまじまじと見つめてくるのよ? 照れるじゃない」


 そう言いながら魔法の袋と一緒にボクが魔王との戦いで取り落としていた剣と盾を手渡してくれたカオルは、魔王の背中を睨みつける。


「よくもアタシからアリサの記憶を奪ってくれたわね、あの『検閲済み』ただじゃおかないわ」


 杖を魔王に向け、聞くに堪えない罵倒を呟くカオル。

 魔王の前にはゴリアンとレイリーが対峙しており、仁良の無事な姿も確認できる。


「ゴリアンとレイリーも記憶を取り戻せたのか。……それに仁良、生きてて良かった」


「アタシの事を忘れてんじゃないわよ! 『アイスブラスト』!」


 魔王に向けてカオルが吼えると同時に、杖先から閃光が走り魔王の体が氷塊に包まれる。


「よくもアリサをあんな品の無い魔法で拘束してくれたわね! アリサを縛り付けていいのはアタシだけなんだから」


 ……なにやら妙な事を口走っているが、まだ本調子ではないのだろうか?

 まあ、カオルならすぐに調子を取り戻すだろう。

 それよりも、今は……。


「これで少しは時間が稼げるわ。ゴリアンとレイリーにも装備を渡さないと……アリサ!? 待ちなさいよ!」


 カオルの制止を聞く事無く仁良の元へと駆け出し、彼を両手で抱きしめる。


「仁良! あんな馬鹿なことをするなんて、君はどこまでお人好しなの! 死んじゃうかと思ったんだよ! ……でも、生きてて本当に良かった」


「……アリサ、彼が生きていて泣くほど嬉しいのはわかる。だが、早く放してやらないと――」


「な、泣いてなんかないよ! ……仁良が生きてて安心したのは本当だけど」


 レイリーの見間違いを訂正しながらも、より強く仁良の事を抱きしめる。

 ボクの為にあんな無茶をして、本当に心配したんだから……。


「ちょっとアンタ! くっつきすぎよ! 早くアリサから離れなさい!」


「……無理だ。アリサに締め上げられてるせいで、意識が飛んでる」


 ゴリアンの言葉に仁良の方へ視線を向けると、口から泡を吹いて気絶しているではないか。

 どうしてだ!?

 まさか、魔王になにかされてしまったのか!?


「鎧を着込んだお前に思い切り抱き締められたら、そりゃ普通の人間なら気絶するに決まってるだろ。俺が起こすから早く放してやれ」


「……宜しくお願いするよ」


 ボクが離れるとレイリーが仁良を起こそうとするが、それよりも早くカオルが仁良に触れる。


「さっさと起きなさい。起きないなら仕方ないわね『スタンタッチ』」


 カオルは物凄い早口で捲し立てながら仁良に触れ、魔法を発動させる。

 その瞬間、悲鳴をあげて仁良が起き上がる。


「ちょっとカオル!? なんでそんな起こし方を!?」


「この起こし方が一番早いと思っただけよ。それに、威力はかなり弱めてあるから平気よ」


 起き上がった仁良は周囲を見渡す。


「一体なにがおきたの……? 何かがぶつかってきたと思ったら、急に意識が無くなって……何だか、体が痛いんだけど」


「魔王から受けたダメージが大きかったんでしょう。それより汚い格好ね。綺麗にするからジッとしてなさい。『クリーン』」


 カオルが魔法で仁良の格好を綺麗にしている間、ゴリアンに魔法の袋を手渡す。


「そろそろ魔王が立て直してくるはずだ。二人とも早く装備を整えて。カオルのお蔭で時間を稼げているから、体勢を整えよう」


「させぬ! この我がいつまでも氷漬けだと思うな! 『ダークブラスト』」


 ゴリアンが鎧と斧を身に付けレイリーに袋を手渡した瞬間、魔王を覆っていた氷塊が割れて、魔王はボク達に向かい魔法を放つ。

 しかし、魔王の魔法が届くよりも早く法衣に身を包んで杖を構えたレイリーの作り出した魔法障壁によって、魔王の放った魔法は遮られる。


「流石魔王と言うべきだな。俺の張った障壁が今にも破られそうだ。アリサ、どうすればいい?」


 障壁を張り続けるレイリーから指示を促される。

 ……仲間から指示を求められるのも、随分と久しぶりだな。

 しかし戦闘指揮か、大分ブランクがあるが上手くやれるのだろうか……。

 いや、やるしかない。

 二つの世界の人達を守る為。

 記憶を取り戻し駆けつけてくれた仲間の為。

 そして、ここまで時間を稼ぎボクの事を守ってくれた仁良の為に。


「カオル、レイリーが障壁を解いたら魔法で時間稼ぎをお願い」


「わかったわ。まだまだやり返し足りないし、ひょっとしたらアタシが魔王を倒しちゃうかも」


 ボクに向かってウインクしたカオルが杖に魔力を込め始める。

 ……最後の決戦ということもあって、かなりの気迫だ。


「レイリー、合図をしたら障壁を解いて。その後にボクとゴリアンに回復魔法と補助魔法をお願い。ゴリアンはボクといっしょに突撃だ」


「成程、要するにいつも通りの戦法だな」


「だが、それが一番強い」


 レイリーに作戦の内容について突っ込まれてしまうが、ゴリアンに恐らくはフォローされる。


「レイリー、ゴリアンの言う通りだよ。色々策を弄してもいいけど、結局はこの作戦が一番強いんだ。……最後に仁良、君は――」


「今更逃げろなんて言う訳ないよね? ここまで来たら最後まで付き合うよ」


 ボクが指示を出すより早く、仁良がボクを見つめながらそう言う。

 ……先程ボクを助ける為に魔王に立ち向かった時から思っていたのだけど、いつもより頑固になってないか?


「……後ろに下がっていて。我ながら情けないとは思うけど、君を守りながら戦う余裕は無いから」


「わかった。僕が何かできるとは思えないし、邪魔にならないようにするよ」


 そう言って仁良はボク達の後方へと歩いていく。

 ……彼が充分離れたのを確認してから、正面にいる魔王へと向き直る。


「今だ、レイリー。障壁を解除してくれ」


 レイリーの障壁が消えると同時に魔王の魔法がこちらに迫ってくる。

 だけど、ボク達にその魔法が届くことは無い。


「『ファイアブラスト』! 『アイスブラスト』! 『ウィンドブラスト』!」


 カオルが魔王の魔法を自身の魔法で相殺し、そのまま魔王目掛けて何発もの魔法を打ち込んでいく。


「『ヒール』。『ステータスアップ』。よし、お前らの準備もできたぞ。俺はカオルの補助に回る」


 ボクとゴリアンへ補助魔法をかけ終えたレイリーは魔王と魔法の打ち合いをしているカオルに補助魔法を使用する為に動く。


「今度こそ終わらせる。行くぞ、アリサ!」


「ああ、皆がいれば負ける気はしない!」


 手に持った剣と盾を強く握りしめ、ゴリアンと共に魔王へと突撃する。

 さあ、第二ラウンドの幕開けだ!

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