5章-5

 ……勝負が始まってからどのくらいの時間が経った?

 体に走る激しい痛みによって、闇に沈んでいた僕の意識が覚醒する。

 先程から魔王の攻撃によるショックで気絶しては、次の攻撃の痛みで目覚めるという拷問のような所業を受けていた。

 ……魔王を名乗っているだけあってその攻撃方法はレパートリーに富んでおり、殴打・斬撃・火炎・電撃・凍結・猛毒等々、様々な責め苦を僕は受け続けた。

 その度に悲鳴をあげる僕を見て魔王は笑い、回復魔法を使って僕を死なない程度に治療する。

 僕が泣き叫ぶだけの体力を残した状態を保ち続けているあたり、相当この勝負に慣れているようだ。

 まったくもって、趣味が悪い。

 ……体力は回復しても傷跡は残ったままだし、視界が霞んでよくわからないけど火傷や痣、流された血や吐瀉物で僕の服や体が酷い事になっているのは予想がつく。

 ……そんな状態になって情けなく悲鳴をあげても、僕は降参だけはしなかった。

 たとえ死んでしまってもアリサを助けると決めたんだ。

 ……アリサといえば最初はやめるように叫んでいたけど、僕が痛めつけられる様子を見ていられなくなったのだろう。

 今では俯いて僕を見ないようにしている……と、思う。

 何分、視界が霞んでいる所為でアリサの様子がわかりにくい。

 ……駄目だな。

 彼女の事を傷つけまいと思っていたのに、結局傷つけてしまってる。


「まさかここまで耐えるとはな。だが、そろそろ限界だろう? 貴様は充分に耐えた。一言やめてくれといえば、すぐに楽になれるぞ」


 魔王の戯言を聞き流す。

 正直魔王の話し相手になる余裕など、今の僕には全くない。

 もし話せていたとしても、ここまで耐えて今更やめてください何て言える訳ないだろう。

 ……というか、喋れるほどの余裕が今の僕には無い。


「……そうか、ダメージが大きくてまともに喋れないんだな? 回復魔法をかけてやろう。『ヒール』」


 魔王の魔法によって体の痛みが引いていく。

 癪だけど、これなら喋るくらいはできそうだ。


「回復してくれてありがとう。……さっきの返事は、こうだ」


 魔王に目掛けて、血が混じり赤く濁った唾を吐き捨てる。

 ……魔王に届かせるほどの体力が残っておらず地面に落ちてしまうが、奴の引きつった顔を見るに意図する事は理解してくれたようだ。


「そうか、まだそういう態度をとれるか。……我の負けだ。貴様の望みを叶えてやろう」


「……驚いた、意地でも負けを認めないと思ったよ」


 思わぬ言葉に虚を突かれてしまう。

 意外だな。

 今までの口振りからして自分の負けを認めないタイプだと思っていた。


「それじゃあアリサの事を見逃すんだな? 約束は守れよ」


「我のできる範囲で願いを叶えると言ったであろう? 勇者には散々煮え湯を飲まされてきたからな。見逃す訳にはいかん」


 畜生、やっぱり初めから僕の願いを聞く気なんてなかったな。

 確かに魔王は自分ができる範囲の願いとは言っていたが、それなら僕の望みを聞いた時点で無理だって言っておけよ。

 約束を反故にする事は当然想定していたが、まさか本当にやるとは。


「……約束が違うぞ。どういうつもりだ」


「まあ待て、我は魔王だが鬼ではない。勇者の命は助けてやる。ただし、一生牢獄で過ごしてもらうがな。自分が守ろうとした人間達が殺戮されるのを牢から見る事しかできないのはさぞ屈辱だろう。……本来は処刑している所だが、助命してやるのだから我は優しいなあ」


 痛みによる拷問の後は、その拷問を耐えた事が無駄だった事を伝えて精神的に苦痛を与える訳か。

 人間が苦しんでいる様子を見て楽しんでいるような奴だし、それくらいはやるよな。


「……最初から僕の願いを叶えるつもりなんてなかった訳か」


「我の寛大さに感謝するならわかるのだが、何故悔しがる? 人間とは不思議な生き物だな」


 ……正直、こうなる事は予感していた。

 アリサから聞いていた魔王の性格の悪さを考えれば、生かしたまま苦痛を与え続けて最後に絶望させようとしてくる。

 悪役のとる行動として実にわかりやすい。


「どうした? 悔しくて声もでないか?」


 ……悔しいも何も、魔王に願いを叶えてもらう事など初めから当てにしていない。

 僕の本当の狙いは時間を稼ぐ事だ。

 時間をかければ消耗したアリサも回復できるし、何か打開策も思いつくかもしれない。

 どうせなら警察や自衛隊といった国家権力に来てもらいたかったが、アリサと魔王が暴れまわって僕が魔王に暴行を受けていても駆けつける気配もない。

 ……待った、何故警察や自衛隊が来ない?

 これだけ暴れてて駆けつけないなんて、明らかにおかしい。


「……いくら待っても助けなど来ないぞ、人間よ。貴様が我の前に現れた時に、周囲に結界を張らせてもらった」


「……僕を逃がす気も無かった訳か」


 魔王に対応しつつアリサの様子を伺う。

 こちらを見なくなってから何とか拘束を破ろうとしているが、まだまだ時間がかかりそうだ。


「参ったな、万策尽きたか……」


「そう悲観する事はないぞ。我が張った結界は魔法を使う事ができればすぐに破る事ができる。ひょっとしたら、魔法を使える者が助けにきてくれるかもしれないではないか。尤も、自らに危険が及ぶとわかっていて助けにくるほどに愚かな人間などお前くらいのものか。人間というのは薄情で愚かな生き物だからな」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて魔王が話しかけてくる。

 この世界で魔法が使えるのが今は勇者と魔王自身だけと知っていて言っているのだろう。

 本当に性格の悪い奴め。

 そんな事より、今は何とかして時間を稼がなければ。

 このままではアリサが状況を立て直す前に、僕が殺されてしまう。


「……な、なんでそこまで人間を憎んでいるんだ? 人間がお前に滅ぼされるような事を何かしたのか」


「我に喋らせて少しでも生き長らえようとする魂胆か。まあいい、冥途の土産に教えてやろう」


 狙いには気付かれたけど、少しでも時間が稼げるのなら問題無い。

 時間稼ぎを抜きにしても、どうして滅ぼそうとするほどまでに人間の事を憎んでいるのか。

 奴にどんな事情があるのか、少しだけ気になっていた所だ。


「我は人の悪意や負の感情より生まれた存在。それ故に生まれた瞬間に確信したのだ。こんな感情を持つ人間は世界に不要で、滅ぼすべき存在だという事を」


「……それだけ? 人間に迫害されたとか、そういう事情はないのか?」


「迫害はされてないが、我が人間を滅ぼす為に行動したら生意気にも歯向かってきたぞ。我を生み出した事以外に存在価値が無いのだから、おとなしく滅ぼされておけば良いものを」


 どうやら魔王は僕が想像していた以上に、理解できない存在だったようだ。

 何か事情があって人間を滅ぼそうとしているのかと思ったけど、完全に自分の中の偏見だけで動いている。


「人間を滅ぼす前に話し合うとか考えなかったのか? 歯向かってきたって……一方的に攻め込まれたらそりゃ、反抗もするよ」


「人間の意見など求めてない。無論、貴様の意見もだ。……そろそろ頃合いか、貴様を殺すとしよう。貴様の悲鳴は中々に心地よかったが、もう聞き飽きてきた」


 魔王が僕に向かって片手を突き出すと、その掌に紫色の光が集まっていく。

 魔王の様子に気付いたアリサが魔王に向けて声を上げる。


「やめろ魔王! ボクが代わりに死ぬ! だから仁良は見逃してくれ! 頼むよ……」


「宿敵に懇願されるとは中々いい気分だ。だが、この人間との約束があるからな。貴様は一生何もできずに牢獄で生かされ続けるのだ。クハハハハハハ!」


 アリサを見下ろしながら嘲笑い、彼女の懇願を拒否する。


「ちょっと待ってくれ、何か別の勝負を――」


 今の状況を打破する為にとにかく足掻く。

 死んでもいいとは思っているが、目的も果たせずに死ぬのはいやだ!


「断る」


「だ、だったら最後にアリサと少し話させてくれ。お前ほど圧倒的な力を持っているなら、僕みたいな弱い人間の最後の願いくらい聞いてもいいだろ」


 とにかく時間を稼ぐんだ。

 僕にできる事はそれくらいしかない。


「願いなら先程聞いただろう。勇者の命の助けるという願いを。……しつこい奴は嫌いなのだ。『ダークブラスト』」


 僕の懇願を無視した魔王の掌から、黒い閃光が迸った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る