5章-3
「ただいま」
「仁良! やっと帰ってきたのね。早くこっちに来なさい!」
アリサと別れて家に帰ってきた途端、母さんが大きな声で僕を呼びつける。
「どうしたのさ? そんなに慌てて」
「……テレビを見てみなさい」
母さんに言われるままにテレビへと視線を移す。
テレビ画面には駅前の光景が映し出されているが、その様子はいつもと違っていた。
地面が抉れ建物にはひび割れた部分もあり、まるで戦場なのかと見紛う光景。
……だけどそれ以上に目を引いたのは、鎧を纏ったアリサが黒いローブを身に付けた男と戦っている事だった。
「これは一体……?」
「さっき臨時ニュースが流れて、駅前で怪しい男と鎧を身に付けた少女が暴れて大変な事になってるって……。鎧を身に付けている女の子、アリサちゃんよね? 大丈夫かしら」
「母さん落ち着いて。……アリサの事だし、大丈夫だよ」
アリサの事を心配する母さんを落ち着かせようとするが、そんな僕を無視して母さんは喋り続ける。
「大丈夫って……何を言ってるの!? 仁良はどうしてそんなに落ち着けているのよ! アリサちゃんの事が心配じゃないの!?」
「アリサは、僕なんかよりずっと強いから。……それに、心配した所で僕に何かできるわけでもないし」
例え僕が駅前に行った所で何もできないだろう。
アリサから言われたように、彼女の邪魔にしかならない無力な存在なんだ。
それに自分から危ない橋を渡ろうとするなんて、救いようがない馬鹿のやる事だ。
まともな人間なら、絶対に関わらないだろう。
「……母さん、ちょっと用事を思い出したから、また外に出てくるよ」
「……本当だったら止めるべきなんでしょうけど、止めても無駄よね。怪我だけはしないでちょうだい」
母さんに出かける事を告げ、家を飛び出し駅前を目指して駆け出す。
……前々から僕は馬鹿だと気付いていたが、思っていたよりも遥かに馬鹿だったみたいだ。
確かに僕は無力だ。
駆けつけた所で何もできないだろう。
それでも、友達が一人で戦うのを黙って見過ごせる性分ではない。
アリサに拒否されたからってなんだ。
何ができるかなんて、その時考えればいいさ。
*
「まったく拍子抜けだ。我を倒すと言っておきながらその程度か?」
「黙れ! まだ終わってない! 『マジックブラスト』!」
呆れるようにボクを見てくる魔王に対して魔法を放つが、奴の元へと届く前に掻き消されてしまう。
先程からずっとこの調子だ。
魔王に対して傷を負わせるどころか攻撃を当てる事さえできていない。
魔法を放てば先ほどのように掻き消され、剣を振るえば躱される。
「焦りが見えるぞ。……次はこちらの番だ、『ダークブラスト』!」
魔王の言う通り、焦りを隠す事すらできなくなってきたボクに向けて複数の光弾が放たれる。
未だに逃げようとせずこの場に残っている周囲の人達に被害が及ばないよう、剣で弾いて盾で防ぐ。
……何故かは知らないが、魔王は本気を出していない。
そのおかげで今は攻撃を凌ぐ頃ができているが、このままではこちらの体力が先に尽きてしまうだろう。
「……全然本気を出してないな! どういうつもりだ!」
「我を追い詰めた宿敵との戦いだ。なるべく長く楽しみたいのは当然だろう? それに本気を出してないのは貴様も同じ筈。先程から我に攻撃を当てていないのが、そのなによりの証拠だ」
ボクの問いかけに対する魔王の返事に、強い憤りを覚える。
戦いを楽しみたい?
殺し合いを楽しむなんて、その神経がわからない。
ボクが本気を出していない?
こちらは最初から殺す気で攻撃をしている!
「冗談のつもりか? 面白くないな。冗談を聞いてくれる仲間がいるほど人望が無い所為で、ユーモアのセンスも磨けてないなんて本当に残念な奴だ!」
魔王に近づき剣を振るうが、魔王はひらりと攻撃を躱す。
……これで終わりじゃない。
間を置かずに盾で殴りつける為に腕を振るう。
「……もしや、本気を出してその程度なのか? その程度では、我を倒す事なぞ到底できぬ」
ボクが振るった盾は、魔王によって事も無げに受け止められる。
……まだだ!
再度、魔王に向かって剣を振るうが、ボクの剣は先ほどまでと同じ様に魔王に届く事なく躱されてしまう。
諦めるな、手を休めるな。
前進しながらも連続で剣を振るい、盾で殴りつける。
「さっきから反撃もせずに、おちょくっているのか! この!」
「……どうやらとんだ期待外れだったようだ。動きが止まって見えるぞ」
魔王はボクの事を嘗めきっているらしい。
癪だけど、油断してくれるというのなら好都合だ。
「『ライト』!」
魔王に対して閃光を放つ。
攻撃力は無いけど、隙を作るには充分だ。
「くっ!? 目眩ましだと!」
油断した魔王の目を眩ませて怯む。
ボクの事を嘗めるからこうなるんだ。
「油断したな!」
隙だらけの魔王に向け、ありったけの力を込めて剣を振り下ろす。
流石の魔王も、この一撃を受けてはただじゃすまないだろう。
「な、何でだ。確かに当たったはず……手ごたえだってあったのに」
……ボクの剣は、魔王を切り裂く事は無かった。
渾身の一撃は魔王の着ていたローブにこそ傷を付けたが、奴の体に傷一つ負わせることができていない。
「少しだが肝が冷えたぞ。だが、これではっきりした」
「一体、何の話だ!」
「貴様は我の敵でないという事だ。『ダークウェーブ』!」
魔王がそう言った瞬間、ボクの体を強い衝撃が襲い勢いよく吹き飛ばされてしまう。
まだだ、地面に激突する前に体勢を整えて何とか着地する。
正面を向いて魔王へ駆け出そうとしたボクのすぐ目の前に、魔王が立っていた。
「体勢を立て直すのが遅いぞ」
攻撃に備えるよりも早く魔王の手がボクの腕を掴み投げ飛ばす。
先程の様に上手く着地できずに背中を地面に打ち付けてしまい、強烈な痛みが体に走る。
「その程度だったとは、本当に残念だ。貴様との戦いも退屈になってきたし、そろそろ終わらせるとしよう」
起き上がろうとするボク目掛け、魔王の周囲から放たれた無数の光弾が迫る。
何とか起き上がり、剣で弾いて盾で受ける。
今はまだ攻撃を凌ぎ続けているが、このままでは押し切られてしまうだろう。
「まだまだいくぞ! 貴様に捌ききれるか!」
魔王の宣告と共にこちらに飛来する光弾の数が更に増える。
ダメージを受けない為にも可能な限り攻撃を受け流すが、全ての攻撃を避ける事はできない。
「ぐっ、ああああああ!」
着弾時のダメージによる痛みにより、剣と盾をその場に取り落としてしまう。
一度攻撃が当たってしまった事で隙が生まれ、魔王の魔法がボクに向けて次々と炸裂する。
鎧のお蔭で大きな傷を負う事は無かったが、それでも体力を奪われていく。
「頑丈さだけは中々の物だな。次は我が直々に相手をしよう……少しだけ、本気を出してな」
痛みに悶絶するボクに魔王が近寄ってくる。
その右腕は異形のものへと変化していた。
今までの普通の人間を模していた腕とは違い、黒く変色して大きく膨れ上がっている。
……なにより目を引くのは、長く鋭利なかぎ爪だった。
「……諦める訳にはいかないんだ」
何とか立ち上がり、足元に落ちている剣と盾を拾って魔王に向き合う。
「無駄と分かってなお立ち向かうか。流石勇者と称えてやりたいが、勇気と無謀の区別もつかない愚か者と言った方が正しいな」
魔王が振るう腕を剣で受ける……が、強い衝撃が腕に響き、耐える為に歯を食いしばる。
魔王は攻撃の手を緩める事なくボクに向けて何度も腕が振り下ろす。
その度に剣で受け止めて切り払うが、衝撃によるダメージがボクの腕に蓄積していく。
「くっ……『ヒール』」
一度後退して自身に回復魔法を使用する。
痛みが完全に引くわけではないが、大分マシにはなった。
……仲間がいれば、ここまで苦戦はしないのに。
「おい、あれヤバいんじゃないか?」
「最初はドラマかなんかの撮影だと思ってたけど、そういう感じじゃないよな」
ここにきて周囲の人達がようやく状況を理解してくれたらしい。
……もっと早くに理解してほしかったよ。
「理解したなら早く逃げて! ここは危険なんだ!」
「余所見とはずいぶんと余裕だな」
魔王の声に反応した時には目の前に腕を大きく振りかぶった姿勢の魔王がボクの目の前に立っていた。
その腕に、禍々しい魔力が宿っているのが一目でわかる。
「しまっ――」
振り下ろされた腕に対して咄嗟に盾を構える。
しかし、何とか受け止められていた今までよりも更に強い力を受け止めきれることはできずに吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。
「弱いな、そろそろ終わりに――」
「おい、あの子を助けた方が良いんじゃないか」
「いや、逃げた方が良いって、関わらない方がいいよ」
ボクに止めを刺そうとした魔王がその動きを止める。
魔王は周囲を見渡し、ため息を吐く。
「騒がしい人間共め……貴様に止めを刺す前に、まずは奴等で楽しませてもらおうか」
「やめろ! 彼等に手をだすな!」
「大人しく奴らが殺される所を見ていろ。『ダークバインド』」
魔王を止める為に立ち上がろうとするが、魔法によって拘束されそのまま転倒してしまう。
「勇者よ、黙っていれば止めを刺すのは後回しにしてやろう。賢く生きた方が良いぞ」
「お前に屈するくらいなら賢くなくていい! 絶対に黙るもんか! この外道! クズ! ユーモアセンスゼロ!」
思い付く限りの罵倒を魔王にぶつけ注意をこちらに引きつける。
この間に一人でも多くの人が逃げてくれればいいんだけど……。
そして魔王、ボクに近づいた時がお前の最期だ。
「本当に愚かな奴だな、貴様は。そんなに死にたいのなら、まずは貴様から止めを刺してやろう」
魔王が此方に向かってゆっくりと歩いてくる。
よし、上手く挑発に乗ってくれた。
これで奥の手を使う事ができる。
……女神に選ばれた勇者が使える、最後の魔法『エクスプロード』。
ボクが使う事のできる、最高威力の攻撃手段だ。
自身の魔力を暴走させて爆発を起こすという単純な魔法で、効果範囲としては至近距離にまで近づいた相手にしか使えないほど狭いけどその分威力は高いし、周囲への被害もほとんど無い。
……この魔法はボクの命と引き換えに使用できる、最後の切り札だ。
ボクだって死にたくはないし、できる事なら使いたくは無かったけど、まともに戦っても勝ち目が無い以上使わざるを得ない。
一歩、また一歩と魔王がゆっくりとこちらに近づいてくる。
すぐにでもこちらに来る事ができるだろうに、ボクに恐怖でも与えているつもりなのだろうか?
これから死ぬのはボクだけじゃなく、お前も道連れにされるという事を知らずに。
目を瞑り自分自身を落ち着かせる。
魔王を倒すことはボクの使命、それを果たすことができるのは良いのだが、やっぱり悔いは残る。
仲間達と最後の会話もできないまま別れる事になるのはやっぱり寂しい。
まあ、死に様を見られないのは良い事かもしれないけど。
旅に出て以来会っていない両親ともう一度会いたかった。
ボク自身の口で、魔王討伐の使命を果たした事を伝えたかったな。
……それに、仁良にも謝りたかったな。
魔王を倒した後にその時間があったかどうかは分からないけど。
……最期だし自分の気持ちを落ち着かせるのに時間があるのはいいけど、さっきから全然魔王が近づいてくる気配がしない。
まさか、ボクの狙いに気付いたというのか?
目を開いて魔王が何をしているのか確かめる。
「人間よ、何のつもりだ」
「……後ろから思い切り殴りつけたのに全然効いてないなんて、まいったな」
魔王はボクに背を向け、誰かと言葉を交わしている。
ボクという獲物を目の前にして警戒を怠っていた所、後ろから誰かに殴られてしまったようだ。
……そんな事よりも魔王を殴った誰かの声に凄く聞き覚えがある。
まさかと思って身を捩りその姿を確認すると、そこにはボクの想像した通りの人物が、足を震わせながら魔王と相対していた。
「仁良!? どうしてここに……何で戻ってきたんだ! 魔王! 彼に手を出したらただじゃおかないぞ!」
二度と会う事はないだろうと思っていた友人が、無謀にも魔王に歯向かおうとしていた。
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