5章-1

 ……ここ数日間、何をするにしてもやる気がおきない。

 いや、やる事が無くなってしまったと言った方が正しいな。

 夏休みの課題は例年よりも早いペースで進めた結果、既に終わらせてしまった。

 数少ない友人は何故か皆、予定が埋っており遊ぶ相手もいない。

 そんな訳で僕は家でゴロゴロするか、外を目的も無くブラブラするくらいしかやれる事がない。

 態々目的も無いのに暑いだろう外に出るのも億劫なので、とりあえず居間のソファーに座りテレビをボンヤリと眺めていた。


「……急にいなくなって、お別れも言わせてくれないのか」


 三日前、書置きを残してアリサは家から出ていった。

 いつのまに日本語を覚えたのか……それとも魔法を使って手紙を書いたのかはわからないが、小さめだが綺麗な文字でつづられた書置きの中身を要約すると、これ以上迷惑をかける訳にはいけないから出ていく、という事らしい。

 ……いつかアリサがいなくなる事はわかっていた。

 それでも、別れを言う間も無く急にいなくなるなんて考えてもみなかった。


「寝床や食事は大丈夫なのかな……。お金だって持ってないだろうし……」


「そんなに心配だったら探しに行けばいいじゃない。アリサちゃんの事」


 急に話しかけられて心臓が飛び跳ねそうになりながら後ろに振り向くと、母さんが呆れた様子で僕の方を見ていた。


「か、母さん!? いつからそこに!?」


「十分くらい前からずっとよ。そんなことより、一時間もテレビの前で何をしているの?」


「そ、そんなのテレビを見てたに決まってるだろ」


 一時間テレビを見ることくらい普通の事だ。

 どこにもおかしいことなどないというのに、母さんは一体何が言いたいんだ?


「一時間前にアタシが居間を出る時にテレビを消して出て行ったから、もう何も映ってないわよ。何も映ってない画面を一時間も眺めるなんておかしいでしょう」


「……ひょっとしたら、何か見えてくるかもしれないじゃないか!」


 僕は何を言っているんだ?

 ……テレビが消された事に何で気付かないんだ。


「……それがどうしてアリサを探す事に繋がるのさ? 全然関係ないよ」


 動揺を隠す為に話題を逸らす。

 そもそも母さんは何故、僕がアリサを心配しているとわかったのだろう?


「さっきから考えている事が口に出ているわよ。どうせやる事が無いのなら、外に出てアリサちゃんの事を探してきなさいよ。最近は不審者の目撃情報や、突然人が倒れるような事件も多いし物騒になってきているからね。アタシもアリサちゃんの事が心配なのよ」


「それって、僕は危ない目にあってもいいの? まあいいや。……そりゃ僕もアリサの事を心配はしているけど、大丈夫だと思うよ。ああ見えてタフだし、腕っぷしも僕なんかよりよっぽど強いから。それに、野宿も慣れているって言っていたし」


「そうは言っても――あっ! 待ちなさい!」


 母さんが何か言おうとしていたが、それを聞くよりも早く立ち上がり居間を出て自分の部屋へと向かう。

 もし、アリサが危険な目にあっていたとしても僕じゃ何もできないだろう。

 ……本当に何もできないのか?



「何とか今日の食い扶持を稼げたな」


 仁良の家を出ていってから数日が経った。

 後先考えずに飛び出てしまった感があるが仕方ない。

 仁良達をこれ以上巻き込まないようにするには、こうするしかなかったのだ。


「お金を稼ぐって、どこの世界でも大変だな」


 家を出てから最初に立ちはだかった問題が、食事に関する事だ。

 元の世界にいた時は食料が尽きてしまっても、摂食可能な野草を採集したり、動物を狩ってしまえば問題なかった。

 だけど今はそうもいかない。

 この世界の動植物の知識なんてある訳ないから何が食べられる物なのか、毒が含まれていたりするのか一切わからない。

 下手な物を食べてお腹を壊す訳にはいかない為、お店で売っている物を買うのが一番安全な手段だとボクは判断した。

 しかし、何か買うにもこの世界の貨幣が必要だ。

 働いて稼ぐにも、ボクの身分を証明するものが無いからどこも雇ってもらえない。

 ……ボクが取れる手段は、自分の長所を生かして身体と能力を使う他なかった。


「まさか、ボクが旅芸人の真似事をすることになるとは。まあ、背に腹は代えられないか」


 そんな訳で、今は魔法を手品と偽り鑑賞料を稼いで過ごしている。

 この世界では何も無い所から水や火を出すというのは珍しい事だったおかげで、簡単な魔法を披露すればその日の食い扶持位は稼ぐ事ができる。


「食事は問題ないけど、フカフカのベッドやお風呂が恋しくなってくるな。……仁良の家を出たのは早まったかな?」


 寝床に関しては警察の厄介にならないように複数の公園を転々として野宿を行い。

 身繕いも魔法で行える為、最低限の清潔さは保ててはいる。

 それでも固い地面よりは柔らかいベッドの方がぐっすり眠れるし、魔法で体を綺麗にするよりもよりもお風呂に入れた方が気分的にはさっぱりするのだ。


「……駄目だ。これ以上彼らを巻き込む訳にはいかない。今のボクじゃ魔王を倒すどころか、仁良達を守れるかもわからない」


 そもそも何故ボクが仁良の家を出て行ったのかを思い返し、自分自身の甘い考えを拭う。

 魔王がここまで姿を現さなかったのは、恐らくボク達が負わせた傷を癒す為に時間がかかっているからだろう。

 しかし、ボク達がこの世界に来てから既に二週間が経っている。

 魔王の傷は完治しているだろうし、今すぐにでも魔王がボクの目の前に現れてもおかしくはない。

 ……弱体化しているとはいえ、ボクは腐っても勇者。

 魔王に勝利することはできなくても、相打ちに持ち込む事くらいはできるはず。

 でも、仁良達を守りながら戦う事は今のボクでは無理だろう。

 そんな状態で彼らを危険な戦いに巻き込む前に、ボクは仁良の家を出ていったという訳だ。


「……ボクは何故一人で喋り続けているんだろう? 聞いてくれる人もいないのに」


 思えば二年間近くずっと誰かと一緒にいて、今の様に一人で行動する事なんていうのは旅立ちから少しの間だけだったな。

 今まで気付かなかったけど、ボクは意外と独り言が多いのかもしれない。


「そんな事を考えている間に到着。この辺りに反応があったんだけど……」


 ここ数日間、意識不明で倒れている人がよく見つかっている。

 原因は不明と言われているが、ボクにはわかる。

 魔力切れによる気絶だ。

 この世界の人達は魔法を使えないが、大なり小なり魔力は保有している。

 魔力というものは空になると気絶してしまい、気絶している人たちは皆、魔力が底を尽いていた。

 魔法を使わない彼等の魔力が減ってしまうという事自体が異常な現象なのだから、何が起きているか調査しにきたという訳だ。


「……また間に合わなかったか。探知してからだと、どうしても遅くなってしまうな」


 人気の無い路地裏に一人の男性が倒れている。

 意識は無いが、目立った傷も無いのでとりあえずは大丈夫だ。

 ……恐らく彼は何者か、いや魔王に魔力を吸い取られてしまったのだろう。


「とりあえずこの人を助けよう。このままにしてはおけない」


 ボクは気絶している男性を抱え上げ、人気のある道へと繋がる場所まで連れていく。

 その場で男性を寝かせた後に、ボクは思い切り叫んだ。


「大変だ、人が倒れている! 誰か来てくれ!」


 そのまま急いで駆け出し、その場を後にする。

 これで誰かが助けてくれるだろう。


「……早く魔王を見つけて、倒さないと」


 今は気絶するだけで済んでいるが、これ以上の被害が出ないとも限らない。

 一刻も早く魔王の居場所を突き止めるしかない。

 日を追うにつれて一日の被害者数は増えており、魔王の行動は派手になってきている。

 それでもボクに尻尾を掴ませず慎重に行動しているようで、魔王自身は探知魔法に引っかからず、どうしても対応が後手に回ってしまう。


「とにかく、ボクにできる事をやらないと」


 魔王が罪の無い人達から魔力を吸い上げ、今も力を増していく。

 だというのに魔王の居場所の手掛かりすら掴めず焦燥感に駆られる自分を落ち着かせる為、ボクは自分自身に言い聞かせるように呟いた。



「暑い……。何でこんなにクソ暑い中、外に出ないといけないんだ」


 いつもの様に家で優雅な夏休みを過ごす予定だったのに、母さんから毎日家でダラダラしているんじゃないと追い出されてしまった。

 その辛気臭い顔を一日中見ていると気が滅入ってくるから、偶には外に出てこいとまで言い放って。

 実の息子に対して何という言い草なのだろうか?

 そうは思っても口喧嘩で僕が母さんに勝てる道理はなく、黙って渋々外出する事になってしまった。


「近頃は物騒だし、必要のない外出は控えて家でのんびりしていた方がいいと思うんだけどな」


 意識不明で倒れている人が続出しているとニュースでも言っていたし、厄介事に巻き込まれる前にこっそり家に帰ってしまおうか?

 アリサみたいに強ければともかく僕じゃ何もできないだろう。


「……アリサ、何をやってるんだろう」


 アリサの事だから、僕が心配する必要ないはずだ。

 野宿には慣れていると言っていたし、悪漢に襲われても余裕で返り討ちにできる。

 僕の家に泊まった時みたいに、誰かを助けてお礼に泊めてもらえているかもしれない。

 ……もし警察に補導されていたら?

 悪漢に不意打ちを受けてしまったら、流石のアリサでもまずいのではないか?

 彼女はお人好しだから、騙されて事件に巻き込まれたりしないだろうか?


「……する事も無いし、アリサを探してみるか」


 別にアリサが心配とかそういう訳じゃない。

 ただ暇でやる事がないだけなのだ。

 自分自身にそう言い聞かせながら、当てもなく歩き始めた。




 歩き続けて一時間。

 手掛かりも無い状態で闇雲に歩いた所でアリサが見つかるはずもない。

 気付いたら駅前まで歩いてきていたものの、何の成果も得られませんでしたとさ。


「……僕は何をやっているんだろう」


 もう帰ってしまおうか?

 そう考えた時、ある事に気付く。


「……何だ? 随分と騒がしいな」


 駅前だから人通りが多いのはわかる。

 だけど、ここまで騒がしいのは珍しい。

 一体どうしたのかと周囲を見回すと、人だかりができている場所を発見する。

 この辺りには路上パフォーマンスをやっている人が多いから、その見物人だろうか?


「それにしてもあの人数は異常だよ。一体どんなパフォーマンスなんだ? ……ちょっと覗いてみるか」


 人混みの外側から覗こうとするが、人が多すぎる所為で中心部の確認をする事ができない。


「……どうしても見たい訳じゃないしな。大人しく帰るか」


 家に帰って昼寝でもしようか。

 そう考えて踵を返した瞬間に人混みの中心から声が聞こえた。


「何もない所から水が湧き出る不思議な魔法はいかがだったかな? お次は炎の魔法だ! 見逃さないようにね!」


 聞き覚えのある声に足を止めて振り返る。


「いやいや、まさかそんな……。人混みは苦手だけど仕方ないか」


 少しためらうが、覚悟を決めて人混みの中へと突入する。

 気分が悪くなりながらも、時間をかけて最前列へと向かう。

 ……パフォーマンスをしていたのは僕の予想どおり、先ほどまで探していた人物その人だった。


「今日は調子が良いからね、いつもより多く燃えるよ!」


 足元に空き缶を置いて、両手から火を出したアリサが人々の注目を集めていた。

 ……警察の許可、取ってないんだろうな。

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