4章-5
どのくらい時間が経ったのだろうか?
時間を忘れる位ガムシャラに走り続けて、ようやく落ち着きを取り戻し立ち止まる事ができた。
……ゴリアンやレイリーがボクの事を忘れていた時から、カオルがボクの事を忘れている事も覚悟はできていた……はずだったんだけどな。
「ゼェ……ハァ……。アリサ、急に走り出して、どうしたのさ?」
僕を追いかける為に全力で走ってきたのだろう。
仁良が息を切らしながらも、何があったのか聞いてくる。
「だ、大丈夫、少し走りたくなっただけだから」
平静を装って返事をする。
只でさえ仁良には無茶をさせてしまったのだ。
これ以上、余計な心配をかけさせたくはない。
「……わかった、そういう事にしておくよ」
ボクの返事を聞いた仁良は腑に落ちてない様子だった。
……我ながら言い訳が下手すぎるし、納得はしてくれないか。
何とかしてフォローする方法を考える……が、ボクが何かを思い付くよりも早く仁良が口を開く。
「アリサ、家に帰るのが遅くなるけど少し付き合ってもらってもいいかな。無理にとは言わないけど」
「……? 構わないけど何処に行くの」
「それは着いてからのお楽しみという事で」
そう言って歩きだした仁良の後を追いかける。
……もうすぐ暗くなるというのに何処へ行こうというのだろうか?
仁良は途中のコンビニで何かの缶を購入する。
確か、スプレーという名前だった筈だ。
少し前に町で見かけて仁良に何なのか聞いた記憶がある。
そのスプレーを仁良は自分自身に向けて噴射し始める。
何故そんな事をしたのか聞くと、虫よけに使う為のスプレーらしい。
素肌が露出している部分に噴射し終えた後、スプレーをボクに差し出す。
「そのスプレーを肌が出ている部分に使って。虫に刺されなくなるから」
……魔法があるから、必要無いんだけどな。
しかし、好意は受け取っておこう。
肌が露出している腕や脚、首元にスプレーを噴射しながら仁良に問いかける。
「こんな物を用意してどこに行こうとしてるの?」
「山。この時期は虫が多いから、しっかり対策しておかないと」
ようやく行先を話してくれた仁良は、ボクが使い終わったスプレーを回収すると再び歩き出す。
……暫く歩き続けて小さな山の麓に着いたボク達は、整備された道を歩いて山を登る。
「こっちだ、暗いから足元に気を付けて」
随分と長く歩いているのでこのまま山頂まで登るのかと思い始めた時、よく見ないと気付かないが確かに存在する脇道へ仁良が侵入し始める。
「ちょっと待って。もう大分暗いけど、迷ったりしないの?」
「迷うほど大きな山じゃないし危険な動物もいない。それに、僕は何回も来てるから大丈夫」
そう告げると脇道を進み始める仁良。
……いつもと同じ口調だけど、何故だかボクは何も言えず彼の後に付いていってしまう。
仁良にこんな強引な一面があったのか。
この二週間の間、毎日の様に一緒にいたけど全然気が付かなかったな。
そんな事を考えながら歩き続ける内に、太陽は完全に落ちて辺りはすっかり暗くなってしまう。
「スマホのバッテリーはまだ持つかな。アリサ、魔法で明かりを用意してもらっても大丈夫? 足元が見えていないと危ないから」
「あ、ああ。構わないよ」
仁良の持つ携帯電話と、ボクの魔法で辺りを照らして前へと進む。
……こんな風に自然の中を歩くのも久しぶりだ。
魔王討伐の旅路を思い出してしまう。
「着いたよ」
不意に開けた空間に出る……どうやら、ここが目的地らしい。
辺りを見回してみるが、特に変わった物は見当たらない。
「仁良、ここに一体何の用事があるんだい? 見たところ何も無いようだけど」
「明かりを消して空を見て見なよ」
彼に言われた通りに明かりを消して天を仰ぐ。
真っ暗になった空に無数の星が輝いていた。
その光景に思わず目を奪われてしまう。
「良い眺めでしょ」
「……うん。しばらく星を眺める事なんてなかったから、凄く綺麗だ」
旅の途中で野営をする時に何度か星を眺める事はあったが、この世界に来てからは仁良の家で寝泊まりしていた為、久しぶりの星空だ。
今日まで常に仲間を探す、魔王を一刻も早く討伐する事を考え続けていた。
記憶を書き換えられていたとはいえ、仲間を全員見つける事ができた今日だけは使命を忘れ、空に輝く星に思いを馳せるのも良いんじゃないのかと思ってしまう。
暫しの間、空を見上げた後に、ボクと同じように空を見上げていた仁良に話しかける。
「仁良、どうしてボクをここに連れてきたの? 来て良かったとは思えるけど、ここに来た理由がわからない」
「綺麗な星空だろ? 街中じゃここまで綺麗な星空は見れないから。僕が落ち込んだり、辛い事があった時によくここに来るんだよ。この星空を何も考えずに眺めて気分転換して、また頑張ろうって思うために。アリサが随分と気を落としていた様子だったから。ここに来れば少しは元気になるかと思ったんだよ」
少し気恥しそうにしながら仁良がボクの問いかけに答えてくれる。
……今の返事からして、ボクがカオルに忘れられていた所為で落ち込んでいたのに気付かれているな。
結局心配させてしまった。
「ありがとう。この星空を見る事ができて元気が湧いてきたよ」
「それなら良かった。落ち込んでいるよりも、明るく笑っている方がアリサには似合っているから」
「それってボクが能天気って言ってる? 失礼しちゃうな」
「ち、違うよ。そういう意味じゃなくて――」
不貞腐れる振りをするボクを見て仁良が必死になって弁明をしてくる。
「冗談だよ。そんなに慌てられると悪い事をした気になっちゃうよ」
ボクの態度が冗談だと理解した仁良がそれまでの慌てた様子から、安心したようなものに変化する。
……仁良をからかうの、結構楽しいな。
ついつい悪戯心が湧いてしまう。
「それじゃあそろそろ帰ろうか。あまり長居して帰るのが遅くなると母さんも心配するから」
そう言って元来た道へと向かう仁良。
その後ろ姿に向けて声をかける。
「仁良、今日までありがとう。君のお蔭でみんなを見つける事ができた。……それに、ボク一人だったら立ち直るのに少し、時間がかかったかもしれない」
「困ってる人がいたら助けるのは当然だろ。さっきカオルさんにアリサが言ってた事だよ。僕も困ってる人を助けただけさ」
こちらに向かって笑いながらそう言った後、再び帰路を歩き始める仁良。
ボクも彼の背中を追って歩く。
……仁良は優しい人だ。
この世界に来たばかりのボクに親切にしてくれたし、今日まで一緒に仲間を探してくれた。
彼の母親も、怪しい素性のボクを家に泊めてくれた上、食事や衣服の面倒までみてくれた。
普通だったらそんな事できないと思う。
彼らは本当に良い人達だ。
……彼らにこれ以上迷惑をかける事はできないな。
その日の夜遅く、ボクは仁良達が寝静まってからこっそりと家を出て行った。
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