4章-4

「お前にぶつかった所が痛むんだよ! 今も立っているだけで精一杯だ!」


「兄貴がここまで痛がるなんて、余程の事じゃないとありえねえんだよ!」


「ヒャッハー! 大兄貴、ひょっとしたら骨折しちまってるかもな! どう落とし前つけてくれるんだぁ!」


 女性の顔はよく見えないけど、男達の姿は確認できる。

 大柄なリーゼント頭の男とモヒカンヘアーの男。

 そして、二人より更に巨漢のスキンヘッドが一人の計三人。

 ……あのリーゼントとモヒカンはボクがこの世界に来た時、仁良に絡んでいた奴等じゃないか。

 それにしても彼らは何故、街中であのような奇抜な髪形をしているのだろう?

 仁良が普通の髪型をしている以上、この世界での流行という訳でもあるまい。

 ……まあ、どうでもいいか。


「やあ君達。また自分より弱そうな人に因縁をつけているのかい? 本当に痛い目に合わないと更生できないようだね」


 気配を殺して男達の背後に近づき声をかける。

 その途端、男達は驚きながら振り返る。


「なんだ、お前! 俺たちの邪魔をするつもりか!」


「……あ、兄貴! こいつです! この間、俺たちがやられたのは!」


「ヒャッハー……。お前、女だったのか。女にやられたのか俺達……」


 どうやらリーゼントとモヒカンはボクの事を覚えていたようで、その表情は見る見るうちに青ざめる。

 少しは学習しているみたいで何よりだ。


「お前ら、女に負けたのか? 油断しすぎだろ」


「で、ですが兄貴! アイツ、手から変な光の弾を出して俺を吹き飛ばしやがったんです」


「ヒャッハー! 俺も見たから間違いないですよ、大兄貴!」


 ……たしか、威嚇として外していた筈だ。

 自分に都合が良いように記憶を書き換えてるな。

 まあいい、これからどうするか考えよう。

 三人程度なら問題なく制圧できる。

 しかし、この場にはボクと男達以外にも彼らに絡まれていた女性がいる。

 下手な事をしでかして、彼女を危険に晒すわけにはいかない。

 ……まずは彼女を逃がすべきだな。


「話し合いをしている所悪いけど、さっさと逃げ出してくれないかな? あまり暴力を振るうのは好きじゃないし、弱い者虐めも趣味じゃないんだ」


 ……我ながら、安っぽい挑発だ。

 これで上手く釣れてくれれば御の字なのだが。


「俺達がお前より弱いとは大きくでたな! 後悔するんじゃねえぞ!」


「あの時は油断してただけだ! 油断してなけりゃ、負けるはずがねえ!」


「ヒャッハー! こっちは三人なんだ! 三人に勝てる訳が無いだろ!」


 挑発に乗ってきた三人の男がこちらに迫る。

 ……あまり賢くなさそうだからもしかしてとは思っていたが、ここまで簡単に釣れてくれるとは。

 何はともあれ結果オーライ。

 ボクに対して繰り出される男達の攻撃を躱しながら、徐々に後退していく。


「この野郎、ちょこまかと!」


「全然駄目だね、遅すぎるよ。か弱い女の子相手に攻撃を当てる事もできないのかい?」


「そんだけ動けて、何がか弱い女の子だ!」


 男達を引き付ける為に挑発を重ねながら、攻撃を躱して後退を続ける。

 ……さて、そろそろいい頃合いかな?


「もう少し相手をしてあげてもいいけど、そろそろ飽きてきたからね。ケリをつけるよ!」


 そう言うと同時に、男達に向けて勢いよく駆けだす。

 突如として自分達に向かってきたボクに、男達は身構える。

 今まで後退していた相手が急に目の前に突っ込んできたのだ。

 焦りもあるだろうし、男達の内、二人には以前魔法を見せている事もあって次にボクが何をするのか予想できていない筈。

 男達の目の前まで辿り着くと同時に、地面を強く蹴り宙を舞う。

 そのまま男達の頭上を飛び越え、その先にいる女性のもとへ走り、手を差し出す。


「大丈夫かい? ここから逃げるよ」


「は、はい!」


 わざわざ男達の相手をしてやる必要はない。

 彼女を連れて安全な場所まで全力で逃げれば、それだけでボクの勝ちだ。

 ……勿論、逃げてはいけない状況もあるだろうけど。

 男達が怯んでいる隙に早く逃げてしまおう。

 しかし、ボクの手を取ろうとして視界に入った女性の顔に衝撃を受ける。


「カオル!? 君だったの!?」


「ど、どうしてアタシの名前を……?」


 思いもよらない人物に遭遇して、一瞬とはいえ動揺して動きを止めてしまう。

 次の瞬間、何かに気付いたカオルが声を上げた。


「危ない! 後ろ!」


 後ろを振り向くと、いつの間にかボクの背後まで迫っていたスキンヘッドの男が、拳を振り降ろそうとしている。

 不味いな、避ける事はできるけど、そうしたらカオルに当たってしまう可能性がある。

 ……まぁ、殴られたとしても大したダメージにはならないだろうし、正当防衛って事で遠慮なく男達を成敗できるから、結果としては問題ないかな。

 こちらに迫る拳から身を守る為に腕で頭を庇った瞬間、ボクと男の間に割り込むように人影が飛び込んできた。


「痛っ……」


「仁良!?」


 ボクとスキンヘッドの間に割り込むように飛び込んできた仁良。

 彼の顔面に目掛けて、スキンヘッドの拳が振り抜かれてしまう。

 ……油断さえしてなければこんな奴の拳、簡単に受け止める事ができた筈。

 いや、カオルがいたとしても男達三人程度、身動きさせずに倒す事も可能だったろう。

 ……ボクが間違った所為で、仁良に怪我をさせてしまった。


「何だこいつ、いきなり飛び出してきやがって馬鹿なのか? まあいい、今度は外さねえぞ」


 その場に倒れ呻いている仁良を一瞥したスキンヘッドが、再びボクに拳を振りかぶる。


「『スタンタッチ』」


「俺の拳を受け止め--」


 振りぬかれた拳を容易く受け止めて、お返しに魔法で痺れさせる。

 数秒間、拳を掴み続けた後にスキンヘッドを解放してやる。

 スキンヘッドは全身を痙攣させ、立つ事すらままならずに白目を剥いてその場に倒れる。


「「兄貴!?」」


 残りの二人がスキンヘッドに駆け寄ったのを確認してボクは口を開く。


「さあ! そいつを連れてどっかに行ってしまえ! 早くしないとお前達も同じ目にあわせるぞ!」


「お、覚えてろよ! 今度あったら只じゃ――」


「『マジックブラスト』!」


 捨て台詞を吐くリーゼントの足元に、警告代わりの魔法を打ち込む。

 ボクの魔法を目にした男達は怯えた悲鳴をあげ、倒れているスキンヘッドを抱えながら一目散に逃げ去っていく。

 男達が彼方へと走り去るのを確認し、地面に倒れている仁良の様子を確認する。


「仁良、大丈夫!? 怪我は無い!?」


「少し口の中を切ったかもしれないけど、これくらいなら大丈夫だよ」


 立ち上がるのを手伝う為に仁良に手を差し出す。

 彼は一瞬躊躇するが、ボクの手を掴んでくれたので引き起こしてあげる。

 ……何故だ、そんなにボクと手を繋ぐのが嫌なのか?

 いや、今はそんな事は重要じゃない。


「何でボクを庇ったんだ! あんなチンピラのへなちょこパンチなんて、ボクなら平気だったのに」


「アリサが平気でも僕が平気じゃないよ。目の前で友達が殴られる所なんて見たくないから。まだ、僕が殴られた方がマシだと思って。それよりもどうしてこんな状況に――」


「あ、あの!」


 仁良と話をしている途中、カオルが仁良を押しのけるとボクの手を取ってくる。


「助けてもらってありがとうございます。アタシ、何をされるかわからなくて本当に怖くて……、でも貴女のおかげで無事でした」


 ボクの手を強く握りしめながらやけに熱っぽく感謝の言葉を口にするカオル。

 その瞳は潤み、頬は仄かに紅潮している。

 ……カオルに他人行儀に話しかけられるのって、かなり違和感がある。

 少しだけど、胸が締め付けられる感覚に襲われる。


「……感謝されるほどの事でもないさ。誰かが困っているのなら助けるのは当然の事だよ。それよりも、君が無事で本当に良かった」


 ボクの言葉を聞いたカオルの顔が更に紅くなる。

 そういえば冒険中も二人で話している時によく今みたいになる事があったけど、カオルはボクといると熱でも出るのだろうか?


「でも中々できませんよ、自分の身を顧みずに人を助けるなんて……。そういえばアタシの名前を知っていたみたいですけど、もしかしてアタシのファンだったりしますか? もしそうだったらちょっと待っていてください、今キャラを作るんで――」


「いや、そのままで大丈夫だよ。そうだね、ボクは君のファンなんだよ、ずっと前からね」


 実際の所、彼女の魔法の腕や頭の良さには憧れている所もあるし、ファンと言っても問題ないだろう。

 ……それ以前に、彼女の親友なんだけどな。

 それにしてもライブ中はやっぱりキャラを作っていたのか。

 敬語で話し続けている彼女もボクにとってはキャラを作っているように感じてしまうし、何だか複雑な気持ちだ。


「僕の事、眼中にない感じだな。僕も体を張ったはずなんだけど」


「やっぱりアタシのファンだったんですね、嬉しいです! そうだ、助けてもらったお礼をしないと……その前に、まだ貴女の名前も知らなかったわ! 貴女の名前を教えてもらっても良いかしら?」


 ぼやく仁良を無視し、カオルはボクに語り続ける。

 ボクの名前を彼女が尋ねてきた途端、胸を締め付けられるような感覚が更に強くなる。

 ……これは少しまずいかも。


「名乗るほどのものでもないよ。それじゃあ、ボクは用事があるから」


 カオルに握られていた手を振り解き、その場から逃げるように駆け出す。


「アリサ!?」


 仁良がボクの事を呼んでいるが、今はそれを気にする余裕は無かった。

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