4章-3

 会場になっている広場に到着し、用視された座席にボク等は座る。


「二人とも、本当にありがとうでござる。本当はそんなに興味が無いというのに付き合ってもらえて、小生とても嬉しいで候」


 ここまで喜んでもらえたのなら、たとえ無駄足だったとしても付いてきた甲斐がある……かもしれない。

 それにしても先程からの興奮振りを見るに、田倉は余程アイドルの事が好きらしいな。

 ……ちょっと待った。


(ねえ仁良、田倉ならカオルンの容姿を知っているんじゃないか?)


(……その可能性を考えてなかった。写真位は持ってるだろうし、見せて貰えればここまで来る必要もなかったじゃないか)


 今更ライブを見ずに帰るつもりはないが、写真を見せてもらって損はないだろう。


「田倉、ちょっといい――」


「お二方、喉が渇いたり気分が悪くなったら遠慮せずに報告してくだされ。水分補給は大事。倒れてしまっては一大事でござる。……そうだ! このペットボトルを渡しておきましょう」


 ボクの言葉を遮って、田倉は水の入ったペットボトルを渡してくる。

 喋り方は相変わらずだが、その声色は今までに比べて随分と真面目に感じられた。


「お二方は無理に周りに合わせずに座ってもらって構いませんぞ。大変ハードゆえに素人には危険すぎるでござるからな」


「君が何を言っているのかわからないけどそれよりも――」


 田倉に何とか写真を見せてもらおうと頼もうとした時、会場内に歓声が響き渡り、ボクの声はかき消されてしまう。


「みんな! 今日は私達のライブに来てくれてありがとう! 今日はライブに来てくれたみんなを夢と魔法の世界に連れていってあげるから、しっかり楽しめ!」


 会場に響く少女の声。

 そして、その声に答えるように雄叫びのような歓声を返す観客達。

 その勢いに気圧されながらもアイドル達の姿を確認する為にステージ上に目を向ける。

 そこにはお揃いのデザインで、色違いの可愛らしい衣装を身に付けた少女達の姿があった。


「どうアリサ、カオルさんは見つかった?」


「……見つけたよ。一番左の子だ」


 一列に並んだ少女達、その中にボクの見知った顔がある。

 しかし、リボンやフリルの付いたピンク色の衣装を身に纏った姿は、ボクの記憶にあるどの彼女とも違っていた。

 ……それにしても似合っているな。

 ボクじゃあんな服は着こなせないだろうし、カオルはやはり素材が良い。


「やっぱりカオルは可愛いな。ボクだったら、ああいう衣装は似合わないよ」


「そんな事ないよ、アリサだって――」


「気を落とす必要はないですぞ。小生から見てもシャーユ殿は充分に顔立ちが整っております。美形といっても過言じゃないで候。まあ、カオルンの可愛さの前では霞んでしまうでござる」


 ……田倉は励ましているつもりなのだろうが、何でこう癪に障る言い方をするのだろうか。


「そういえば多田殿も何かを言おうとしていたみたいですが、どうしたのでござる?」


「……あー、何でもないから気にしないで。それよりアリサ、そろそろカオルさんが挨拶するみたいだ」


 ボク達が話している内に他のメンバーの挨拶が終わってカオルの順番が回ってくる。


「今日はよく集まってくれたぴょん! カオルンが皆の為に今日一日がとっても楽しくなる魔法をかけるから受け止めてりん! はぴはぴ☆まじっく!」


 歓声を上げる田倉や観客達。

 そして彼らとは対照的に、唖然とするボク。

 ボクの記憶の中にあるカオルでは到底言いそうもないセリフに、思わず絶句してしまう。

 ……いや、はぴはぴ☆まじっくってなんなんだ!?

 一体どういう効果の魔法なんだ?

 ショックで言葉を失ったボクに仁良が声をかけてくる。


「アリサ、気を確かに。ああいうキャラで売り出しているだけだと思うから! ゴリアンさんやレイリーさんの事を考えれば、素の性格は君が知ってるカオルさんのままの筈!」


「……はっ! ごめん、あまりの衝撃で少し意識が飛んでいたみたいだ。……素面のカオルじゃあんな真似できないだろうし、彼女も記憶を改変されているだろうな」


「お二方、雑談はそろそろ切り上げたほうがよいですぞ。本番が始まりますからな」


 田倉の言葉に従いボク達は話すのをやめてステージの方に向き直る。

 ……これからの事も考えないといけないけど、折角だから今はライブというものがどんなものなのか鑑賞させてもらおうじゃないか。




「凄かったね、ライブ」


 ライブが終わり三人で向かった喫茶店での休憩中、仁良が呟く。


「うん、アイドル達がステージの上で凄く一生懸命なのが、見ていて伝わってきたよ。それにしても、ファンがアイドル達に合わせて合いの手を入れながら踊ってたけど、なんなのアレ? なんでファンが踊るのさ」


「ステージ上のアイドルや、その場にいる同志達との一体感を感じる事ができるでござる。非常に大切な事ですぞ。それよりも、お二方はどの曲が良かったですかな? 小生はやっぱりカオルンの『あなたの心臓(ハート)に恋(ラブ)☆魔法(マジック)』が一押しでござる」


 ……ライブを見ていただけのボク達でも精神的に疲れたというのに、激しく動いていた筈の田倉は元気が有り余っているようだ。

 かなり体力を消費しているはずのなのに、ライブ前と何ら変わらないテンションを維持して喋り続けるとは、見かけによらずかなり体力があるんじゃないのか?


「僕は歌を聴いたりアイドルを観るのに精一杯で、そこまで頭が回んなかったよ」


「ボクも仁良と同じ意見かな。アイドル達が輝いて見えて……凄いなって思った」


「……そうですか。楽しんでもらえたようで、なによりですぞ。では、小生はこれから用事があるので一足先に失礼させてもらうでござる。夏休みは有限でござるから、一刻も無駄にしたくないでござる」


 田倉はテーブルの上に自分の分のコーヒー代を置いたかと思えば凄いスピードで立ち去っていった。


「田倉は凄いな、あんなに体を動かしていたのにまだまだ元気そうだよ」


「うん、僕もそう思うよ。田倉君とはあまり話した事なかったけど、今度は僕から話かけてみようかな? ……それよりもアリサ、今日は残念だったね」


 ……残念? 

 ……そうだった。

 ライブに夢中になりすぎて、本来の目的を忘れていた。


「カオルの事? ……記憶を改変されていたのは確かに残念だったけど、予想はできていたから問題ないさ。……もうすぐ日が暮れるし、今日の所は帰るとしよう」


 今日は兎に角疲れた。

 魔王相手にボク一人で立ち向かわなければならない以上、明日からも考える事は多い。

 とりあえず今日は早く帰って休みたい。


「わかった。お会計を済ませるから店の外で待っていて」


 仁良が会計を行っている間、彼に言われた通り外に出て待つとしようか。

 店から出て仁良を待っていたその時、少し離れた場所から女性の声が聞こえてくる。


「ちょっとアンタ達、何のつもりよ! ぶつかったのはこっちが悪かったけど、ちゃんと謝ったじゃない!」


 ……前々から思っていたのだがこの町は少し……いや、かなり治安が悪くないか?

 兎に角様子を伺う為に声のした方向へ向かうと、見るからに柄の悪そうな男達が女性を囲んでいるのが見えた。

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