4章-2

 空から照り付ける太陽。

 そして人混みの中にいる事で生じる、うだるような暑さにボクはげんなりとしていた。


「アリサ、一応聞いておくけどここで間違ってないんだよね? 他の人の反応と間違っていたりする可能性はない?」


「残念だけど、この近くで合っているよ。……それにしても人が多いな。カオルを見つけるのに苦労しそうだ」


 ボクと仁良はカオルの反応を追って、町内にある大型のショッピングモールに辿り着いた。

 仁良が言うには今日が休日の所為で、家族連れの人達で非常に賑っているらしい。


「こんなに人が多いのは予想外だ。はぐれないように気を付けないと――」


 そう言いながら後ろを振り向いたボクが見たものは、人混みに流されてどんどん遠くへと運ばれていく仁良の姿だった。


「仁良!?」


 慌てて人混みを掻き分け、仁良を追いかける。


「ごめんなさい、通してください。連れとはぐれそうなんです」


 途中で何回か仁良を見失いかけるが、何とか仁良の腕を掴むと一緒に人混みから離れ、人気の少ない場所で一息つく。


「ごめんアリサ、人の多い場所って苦手なんだよ。どうしても人混みに流されて……」


 疲れた顔でそう言う仁良。

 ……彼がこの様子なら、今日はボク一人で動いた方が良いのだろうか?

 だけど、ボク一人で歩き回るには、この世界の知識が不足している。


「気にしないでよ。それより、これからどうしようか?」


 今のまま仁良と行動しても、そのうち本当にはぐれてしまうだろう。

 ……どうしたものか。

 暫く考え込んだ後、解決策を思い付く。


「そうだ、ボクにいい考えがある。手を繋いでいれば、はぐれる事は無いんだ」


「確かに、手を繋いでいればはぐれることは無くなるね……手を繋ぐ!?」


 仁良に向けて片手を差し出すが、素っ頓狂な声を上げて顔を赤くしながら慌てふためく。

 急にどうしたというのだろうか?


「どうしたんだよ、急に変な声を出して。早くカオルを探しに行かないと、日が暮れるよ」


「い、いや、急な事で、つい驚いて……」


 仁良はそう言いながらも、一向にボクの手を取ろうとしない。

 ……本当にどうしたのだろう?

 そうか、ひょっとすると。


「ボクと手を繋ぐのが嫌だったりする? それなら、仕方ないけど……」


「い、いや! そんな事は無いです!」


「本当にさっきからどうしたのさ……まあいいか。早くボクの手を取ってよ。そろそろ出発しないと」


 早く手を取るように促した事でようやく、仁良はおずおずとボクの手を握ろうとする。


「おや、そこに見えるは多田殿ではないですか? 奇遇ですなこんな所で」


 仁良がボクの手を握る直前に男性の声がする。

 声のした方向を見ると、仁良と同年代位で眼鏡をかけた恰幅の良い男がこちらをに近づいてきている。

 伸ばしていた手を目にも止まらぬ速さで引っ込めた仁良が、男に声をかける。


「えっと、君は確か同じクラスの……」


「小生の名は田倉でござる。同じクラスの学友だというの、名前を覚えてもらえていなかったとは、小生とても悲しいですぞ。ドゥフフフ」


 田倉と名乗ったその男は形容し難い笑い声を上げ、大袈裟な動きで感情表現を行う。

 田倉の事に気付いておらず罰の悪そうな顔をしていた仁良だったけど、その表情は少し引き気味だ。

 ……正直、気持ちはわかる。


「ご、ごめん。忘れないようにするよ。……僕は彼女の友人を探しに来ているんだ。この辺で待ち合わせをしているんだけど、人が多くて……。田倉君は、何の用事でここに?」


「ドゥフフフ、話した事は余り無いですから気にしなくてもよいですぞ。それよりも、よくぞ小生の用事を聞いてくれましたな。今日はこのショッピングモールの広場でアイドルのライブが行われるのですぞ。しかも小生一押しのアイドルがこの街に来てくれるのだから、この日が楽しみで情報を知った時から一睡もできていませぬ。勿論の事ですが冗談ですぞ。ドゥフフフ」


「仁良、ボクには彼が何を言っているのかわからないよ。君にはわかる?」


 物凄い早口な上に聞きなれない単語が多い為、何を話しているかサッパリ理解できない。

 仁良に何を言っていたのか聞いてみると少し困ったような表情になってしばらくしてから口を開く。


「どう説明したものかな。田倉君はあるアイドル……見た目の良い女の子のファン……応援している子が、今日ここの広場で歌ったり踊ったりするのを観にきたらしいよ」


「失礼そこの女子おなご。小生としたことが自己紹介を忘れていたでござる。小生は田倉(たくら) 幹夫(みきお)と申す。以後、お見知りおきを」


「ボクの名はアリサ・シャーユだ。こちらこそよろしく」


 深々と礼をする田倉にボクも一礼を返す。

 ……さっきから思っているが、彼の特徴的な喋り方や笑い声が凄く耳に残る。

 二年間の旅路でもここまで強烈な人間にはそうそうあった事がない。


「聞きなれない名字ですが外国の方ですかな? それともハーフ? 加えてボクっ娘とは中々に属性過多。おっと失礼、小生は親族以外の女子と話す機会が滅多にありませぬので、どういう対応が正解なのかわからないのでござる。とりあえずお近づきの印にこれを」


 早口で喋り続ける田倉は、懐から何かを取り出してボクと仁良に手渡してくる。


「これは……?」


「これこそが、さっき言っていたライブのチケットですぞ。本当は他の同志と行く予定だったのですが、風邪をひいてしまいチケットが余ってしまったのでござる」


「気持ちはありがたいんだけど、僕達用事があるから……」


 そう言ってチケットを返そうとする仁良を、田倉が制して喋り始める。


「折角のチャンスですぞ。騙されたと思って観に行くのをお勧めするでござる。プライドの高そうな勝気な表情から繰り出される若干電波の入った歌詞を生で鑑賞すれば、君達も魔法少女系アイドルグループミラクル☆マギカに夢中になる事請け合い。特に小生の推しのマジカル☆カオルンの事を知ればファンになる事間違いなしですぞ。……そういえば、ご友人を探していたのでしたな。それじゃあライブに行く暇は無いでござるか」


「わかってくれて助かるよ。それじゃあそういう訳だから――」


 田倉のマシンガントークに気圧されながらも仁良はチケットを返そうとしている。

 ……所で、今の話の中でとても気になる事がある。


「田倉、今何て言った?」


「オゥフ、いきなり呼び捨てとは。フレンドリーなのか小生の言動を見てコイツなら辛辣に接しても構わないと思っただけか……。小生、どちらでも嫌いじゃない――」


「そういうのはいいから、さっき言ってたアイドルの名前をもう一回教えてもらってもいいかな」


 聞き間違えでなければアイドルの名前に凄く聞き覚えがある。


「名前を聞いただけで興味を抱かせるとは流石、魔法少女アイドル・マジカル☆カオルンですな、どこが良いかというと――」


 アイドルの良さについて語り始めた田倉を放っておき、仁良に小声で話しかける。


 (ねえ仁良、アイドルの名前に凄く聞き覚えがあるんだけど)


 (まさか、君の仲間がアイドルになっているっていうの? アイドルって綺麗な衣装を着て歌ったり踊ったりするイメージなんだけど、カオルさんってそんな事できる性格?)


 ボクの考えている事を察してくれた仁良が、カオルが本当にそんな事をやる人なのか確認してくる。


 (カオルの性格的にはありえないと思うけど、かなりの美人ではあるからね。アイドルをやっている可能性もありえるから確認しに行くべきだと思う)


 ボクの考えが間違っているのならそれはそれで問題ない。

 少なくともカオルンというアイドルがカオルとは別人だという事がわかるだけで収穫だ。

 ……寧ろカオルがアイドルをやっている方が問題だ。

 ほぼ間違いなく、カオルが記憶改変の影響を受けているという事になってしまう。

 ……何にせよこの目で確認しなければならない。

 情報が少ない以上こんな事でも取りこぼすわけにはいかない。


(もしカオルがアイドルになってたら、人前で歌ったり踊ったりするんだろ? そんな面白い状況を見逃すわけにはいかないしね)


(……わかった、ライブに行こう)


 僅かな不安を振り払うため、冗談を言って気を紛らわせる。

 ボクの抱えている不安を察したかは定かではないが少しの沈黙の後、仁良はボクの意見に賛同してくれた。


「田倉君、まだアリサの友人と会うまで時間があるから、僕達もライブを観に行く事にするよ。後どのくらいで始まるのかな?」


 ボク達が相談している間、一人で喋り続けていた田倉はその言葉を聞いてとても嬉しそうな表情を浮かべる。


「本当ですか! 多田殿は話せばわかる人だと思っていたですぞ。それに一人でも楽しいですが、やっぱり一緒に声援を送る同志がいた方がもっと楽しいでござるからな。おっと本音が漏れてしまったで候。そんなことよりも、開場時間はもうすぐ。そうと決まれば急ぐしかない……いざ出陣! しっかりついてくるでござるよ」


 そう言うと田倉はライブ会場の広場へと先導し始める。

 ボク達はその様子を見て顔を見合わせると、苦笑しながら彼の後について行った。

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