2章-3

「二足歩行するパンダ……映像で見たときも感じたけど、実際に見ると更に凄い迫力だった。あの堂々とした立ち振る舞いは只者じゃないよ」


 園内のベンチに座って休憩していると、仁良が興奮した様子で呟く。

 入園したボク達はゴリアンを探す為に彼が映っていたパンダの飼育ゾーンに向かったが、そこにいたのは見覚えの無い飼育員と、二足歩行で柵の内側を闊歩して観客に向けて手を振るパンダだけ。

 その後も暫く様子を伺っていたが、ゴリアンは姿を現す事はなかった。


「まるで人間のような動きだったね。最初は本当に中に人間が入っているんじゃないかって思ったけど、そんな様子も無かった。……ボク達の世界には人のような振る舞いをして言葉を喋ったりする魔物もいたけど、大体は碌でもない奴等だったな……」


「そ、それじゃあ、あのパンダも実は碌でもない奴だったりするのかな?」


 かつて戦った魔物達の事を思い出したボクに、仁良は少しだけ冗談めかした口調で問いかけてくる。


「悪意は無さそうだったから大丈夫だと思うよ。……ボクとしてはウサギとのふれあいコーナーの方が楽しかったかな。ウサギと触れ合う機会なんて今までなかったから、凄く新鮮だったよ」


 ゴリアンを探した際に見て回った中で、記憶に残った場所を思い出しながら話す。


「アリサ達の世界にはウサギはいないの?」


「……いるにはいるんだよ。ボク達の世界に生息しているウサギは可愛い見た目で油断を誘ってから、積極的にこちらの首を噛み千切ろうとしてくる危険度の高い魔獣なんだ。だから、ウサギと触れ合えるって聞いた時は心底驚いたよ」


「何それ怖い。……そ、それはそうと、本当に楽しそうだったよね。僕が声をかけないと、いつまでもウサギを撫で続けるかと思ったよ」


「そんな事はないよ。動物園に来た目的はゴリアンを探す為だからね。その目的も果たしてないのに日が暮れるまでウサギと戯れ続けるなんて……そんな事、ある訳ないよ」


 ウサギの触れ合いコーナーに入ったのはゴリアンがいないか確認する為であり、ボクが動物達と触れ合いたかったわけではないのだ。

 仁良がそこの所を勘違いしないように、強く否定しておく。


「そ、そんな事より! 半日費やしてもゴリアンが見つからないとは……決して目立たない外見じゃないはずなのに……次は何処を探そうか」


「職員の人に聞いてみればいいんじゃないかな? 遊びながら当てもなく探すよりは確実だと思うよ」


 どうしたものかと仁良に意見を求めると、


「成程、仁良の言う通りだ。職員の人に聞けばすぐにわかるだろう。だけど職員の人に話を聞くにも、聞き方によっては教えてもらえないだろうからね。先に園内を巡って情報収集を行っていたんだ。決して遊んでいただけじゃないんだよ」


 ボクが遊んでいるだけだという仁良の勘違いをしていそうなので、そこの所を勘違いしてもらわないように訂正しながら立ち上がる。


「充分休憩できたしそろそろ行こうか。真面目に探さないと」


「そ、そういえばアリサ? ゴリアンさんの特徴を聞いてもいいかい? 奇行とは思ってたんだけど、タイミングが無くて」


「わかった。歩きながら話そうか」


 休憩所から出ると、横を歩く仁良にゴリアンの特徴を説明しながら歩き始める。


「まず見た目は身長二メートルを超える筋骨隆々の巨漢で、顔つきは少しだけ怖いかな。だけど性格は真逆でボク達の中では一番冷静沈着。そして、とても優しいんだ。……後は言葉の訛りが少しきついかな? 見た目だけでも相当にわかりやすい特徴をしているから、一目でわかると思うよ」


 ゴリアンの特徴を聞いた仁良は辺りを見回しながら呟く。


「顔が怖くて大柄な男性……あそこで掃除している人のような?」


「そうそう、あんな感じ――」


 仁良の見ている方向では、動物園の職員だと思われる大柄な男性が園内に落ちているゴミの掃除をしていた。

 それだけならばなんとも思わなかっただろうが、男性の顔を確認したボクは言葉を失ってしまう。


「アリサ? どうしたの」


 言葉を失ったボクの様子を心配してくれた仁良に返事を返す事も忘れ、男性の元へと駆け出していく。


「ゴリアン! ようやく見つけた! こんな所にいたんだね!」


 探していた仲間の一人であるゴリアンへと声をかけながら近寄っていく。

 ……しかし、ゴリアンはいつもボクに向けてくれる穏やかな笑みを浮かべてはおらず、怪訝な表情でこちらを見つめていた。


「お前誰だ? 何故オレの渾名を知っている?」


「何を言っているんだい? ボクだよ、アリサだよ! 今まで一緒に旅をしてきた仲間じゃないか!」


「……知らない。お前誰だ?」


 ゴリアンは一体どうしたとのだろう?

 これじゃあまるで、ボクの事を忘れてしまっているみたいじゃないか。


「ゴリアン! ボクの事が分からないの!」


「ア、アリサ! 一度落ち着こう」


 知らない人から親し気に話しかけられたような対応をするゴリアンを問い詰めていると、ボク達の間に仁良が割って入る。


「もう一度聞く。お前達何者? オレに何の用?」


「突然話しかけてしまってすいません。僕達は人を探していたんです。探している人があなたにとてもよく似ていてるんです」


 冷静に話す事ができないボクに代わり、仁良がゴリアンと話し始める。


「……人に名前を聞くときは、まず自分が名乗れ」


「僕の名前は多田仁良。彼女はアリサ・シャーユです」


「オレの名は新瀬(あらせ)五里安(ごりやす)。ゴリアンと呼ばれている」


 五里安と名乗ったゴリアンは、仁良からボク達の事情を聞くとようやくボクの話に耳を傾けてくれる。


「本当にボクの事を覚えていない……知らないというのかい? 奥さんや子供の事も覚えていないの?」


「オレは独身だ。当然子供なんていない」


 ボク達の事はおろか、愛する家族の事まで知らないと言い切ったゴリアンに強いショックを受けてしまう。

 ……それから暫くの間、旅の中で起きた出来事について問い続けるが何も知らない、あるいは意味が分からないという……まるで最初から仁良達の世界の人であるかのような返事しか返ってこない。


「悪いがオレはお前の知り合いじゃない ……仕事が残ってるから失礼する。知り合いが見つかるように幸運を祈る」


「そ、そんな! ちょっと待って――」


「協力してもらってありがとうございました。……アリサ、そろそろ行こう」


 仕事に戻ろうとするゴリアンを引き留めようとするが、仁良に手を掴まれて引っ張られる。

 急に引っ張られてしまった事で反応が遅れてしまい、仁良に引っ張られるままにゴリアンから離されてしまう。

 

「何をするんだよ! 折角ゴリアンを見つけたっていうのに!」


 ゴリアンの姿が見えなくなった所で、ようやく手を離してくれた仁良に、何故邪魔をしたのか問い詰める。


「アリサ、少し落ち着いてよ。五里安さんは君の事を知らないって言ってるんだ。彼を問い詰めても何も意味は無いだろうし、不審者扱いで園内から強制退場させられるかもしれない……最悪出禁になるかも。……とにかく、少し落ち着いた方がいいよ」


 ……仁良の言葉を聞き改めて自分の行動を顧みると、冷静に行動できていなかった事に気付かされる。


「……ごめん、仁良。君の言う通りだ。ゴリアンがボク達の事を忘れていて冷静じゃなくなっていた」


「知り合いに忘れられてたら僕も取り乱すだろうし、わかってくれればそれでいいよ。それよりも、五里安さんが本当に君の仲間のゴリアンさんなの?」


「ああ、間違いない。二年間いっしょに冒険してきた仲間なんだ。見間違えるはずがない」


 仁良の問いかけに対して迷いなくそう言い切り、近くのベンチへ腰掛ける。


「……なんでゴリアンさんは、君の事を知らなかったんだろう? まるでこちらの世界で過ごしてきたような口振りだったけど」


 ボクに続いて隣に座った仁良は、先程のゴリアンの様子について問いかけてくる。

 ……詳しい事はわからないが、冷静になったお蔭で幾つかの選択肢を思い浮かべる事ができた。


「……魔王に記憶を書き換える魔法を使われたのかもしれない。もしそうだとしたらどのタイミングだ? ……こちらの世界に転送される時ならボクだって記憶を書き換えられているはず。……こちらの世界に来たゴリアンの前に魔王が現れて魔法をかけた? いや、それならゴリアンを始末してしまった方が早いんじゃ……」


「……長くなりそうだな」


 暫くゴリアンの記憶が書き換えられている事について考えてみるが、新しい発見はなくただ時間だけが過ぎていく。


「……考えても分からないな。正直気は進まないけど、もう一度ゴリアンから話を聞きに――」


「にゃーん」


 ゴリアンに話を聞く為に立ち上がろうとした時、足元から小さな鳴き声が聞こえてきた。

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