2章-2

「あなた達、今日もいっしょに出かけていたのね」


 夕食後、居間でテレビを見ていたボク達にお母さんが話しかけてくる。


「はい。この世界はボクにとって分からない事が多くて……。仁良がついて来てくれて、とても助かっています」


「そう、仁良が役に立っているようで何よりだわ」


 この世界にはボク達の世界に無かった物が沢山ある。

 町中は勿論の事、仁良の家の中だけを見てもボクにとっては知らない事だらけだ。

 ボクの世界にも通信用の魔法や、映像や音声を記録する事のできる魔法道具はあった。

 しかし、こちらの世界のテレビほど鮮明な映像を映し出せる物は見た事がない。

 お風呂だって水を沸かしているわけでもないのに、蛇口を回せばすぐにお湯が出てきて驚いた。

 この世界には魔法が存在しないというのに、ボク達の世界よりも発展している事が多く、毎日驚く事ばかりだ。


「仁良、動物園で飼育されてるパンダが二足歩行したそうよ。最近のパンダは凄いわね」


「……何を言ってるんだよ? 立ち上がるならまだしも、二足歩行までするなんて――す、凄い!? ジャイアントパンダが二足歩行している!? しかも、あんなに堂々とした佇まいで……」


 この世界の技術力について思い返いしていると、テレビを見ていた仁良とお母さんが騒ぎ始めたのでボクも画面に注目する。

 テレビの中では白黒模様の熊が後ろ脚で立ち上がり、ふんぞり返りながら闊歩する姿が映しだされている。


「このパンダって生き物が立って歩くのはそんなに――」


 珍しいのかと続けようとしたが、パンダの後ろにいる飼育員の姿を見て、驚きの余り声が詰まってしまう。


「どうしたのアリサ? 何か言おうとしていたみたいだけど」


 ボクの様子がおかしいことに気づいた仁良は、怪訝な様子で声をかけてくる。


「……見つけた」


「見つけたって、何を?」


「テレビに映っていたパンダの後ろ! 仲間の一人がいたんだ!」


 ボクの言葉を聞くと同時に、仁良がテレビに視線を戻す。

 しかし、画面は既に次のニュースへと移っており、仲間の姿は映っていなかった。


「アリサ、本当に君の仲間が映っていたのかい? 見間違いじゃなくて?」


 再びボクに視線を戻した仁良が問いかけてくる。


「二年間一緒に旅を続けた仲間なんだ! 見間違える訳ない。確かにゴリアンが映ってたんだ」


 ゴリアン・シンセ。

 ボクがとある街の領主に成りすましていた魔物を討伐した際、一緒に戦ってくれた凄いタフネスとパワーを持つ戦士。

 彼は、奥さんと子供が安全に暮らせる世界を自らの手で作りたいとボク達の旅に同行してくれた頼れる年長者にして、安定したメンタルを持つパーティの大黒柱だ。


「それじゃあ、明日の予定は決まりだね。動物園に行ってみよう」


「……大丈夫かい? ついて来てもらえるのはありがたいけど、疲れも溜まっているんじゃないの?」


「大丈夫だよ。これくらいで疲れたりしないさ」


 心配をするボクに向け、仁良は笑いながら大丈夫だと答えてくれる。


「あら? あなた達、明日もデート? 若いっていいわねぇ」


「デ、デートって母さん! そんなんじゃないよ! 僕はただアリサの仲間探しを手伝っているだけで――」


 ボク達の関係を誤解しているお母さんに対し、仁良は顔を真っ赤にしながら否定する。


「そうですよ、お母さん。仁良はボクの目的を手伝ってくれているだけなんです。デートなんかじゃないですよ。ありえないです」


 ボクなんかとそういう関係だと勘違いされると、仁良にとって迷惑だろう。

 誤解を解く為にお母さんの言葉を強く否定する。

 ……その言葉を聞いたお母さんは呆気にとられたような表情になり、仁良は何故か意気消沈したように項垂れた。


「……母さん、そう言う事だから。明日も早いし僕はもう寝るよ。おやすみ」


 意気消沈したままの仁良は、肩を落として寝室へと向かう。


「随分疲れているようだけど、本当に大丈夫かな? やっぱり明日はボク一人で行動した方がいいかも……」


「多分、大丈夫だと思うわよ」


 やっぱり明日は仁良を休ませた方が良いかというボクの考えを、お母さんが否定する。


「明日になったら元気になってるわよ、きっと。それよりアリサちゃん、明日は仁良の事宜しくね。あの子、昔から自分の事を顧みずに無茶する所があるから……」


「はい、仁良の事はボクに任せてください。それじゃあボクも明日の為に今日は休もうと思います。おやすみなさい、お母さん」


 仁良の事を任されたボクは、お母さんに返事をしてから寝室へと歩を進めた。




 翌朝。

 動物園の入り口は昨日、ニュースで報道されたパンダを見に来たであろう人達でごった返している。

 そして、目的は違えどボク達もその人混みの中にいた。


「うう……落ち着かない」


 ボクは今、お母さんが用意してくれていた白いブラウスと膝丈くらいの薄いピンクのスカートを身に着けている。

 全体的にゆったりとしていて、普段女性らしい服装を身に付けないボクにとっては違和感が非常に強かった。

 ……なによりもこのスカート、足元の風通しがよすぎて落ち着かない。


「母さんが用意した服を無理に着なくてもよかったのに。何だったら、一度家に帰って着替えなおしても――」


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。せっかくお母さんが用意してくれた服なんだ。着てあげないと、申し訳ないよ。それにボクは勇者だから……これくらい、平気さ」


「その恰好をするのに自分が勇者だって意気込む必要がある位、無理してるんじゃないか……」


 慣れない服を着ているボクの事を心配してくれる仁良に、問題ないと答えてみせる。

 まだ慣れないけど、こんなことで仁良に心配をかけるわけにはいかない。

 そんな事を考えている内に、周りの人たちが園内に向けて移動し始める。


「それよりもほら、開園したみたいだよ! ボク達も早く園内に入ろう」


「ア、アリサ! そんなに急がなくても大丈夫だよ。だから手を放して!」


 これ以上の追求を逃れるために仁良の手を引っ張り、園内に向けて駆け出した。

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