2章-1

 仲間達と共に魔王を追いかけて、この世界に来てから三日が経った。

 はぐれた仲間や消えた魔王の手掛かりを得る為、仁良を案内人として町中を歩き回ったが、今日まで何の成果も得られてない。


「すまない仁良。毎日ボクに付き合ってもらって」


 陽が落ちてきたので仁良の家へと帰る途中、隣を歩く仁良へと謝罪の言葉を口にする。


「気にしなくていいよ。休みは長いんだし、予定も学校から出た課題をこなすくらいだったからね。まったく問題ないよ」


 ボクに気を使ったのであろう仁良は笑いながらそう言うが、彼にあまり無理をさせる訳にもいかない。


「……明日からはボク一人で捜索に出かけた方がいいのかな? 仁良も課題をこなさないといけないんだろう?」


「課題は家に帰ってからでも充分にできるから大丈夫だよ。……それよりも、三日間探し続けて何の手掛かりも得られないなんて、アリサの仲間や魔王は本当にこの世界にいるんだよね?」


「うん。……魔王はともかく、仲間達の方は探知魔法に反応があるからこの世界のどこかにはいるはずなんだけど、詳しい場所がわからなくて……。離れすぎていると探知自体できなくなるから、そんなに遠くにはいないと思うんだけどな。……探知魔法を使えば詳しい場所もわかるはずなんだけどなあ」


 魔王の妨害によって探知魔法が上手く機能していないのか?

 ……あるいは、ボクの力が何らかの理由で弱まっている?

 色々と考えてはみるものの、答えは出そうにない。


「随分焦っているみたいだけど、魔王ってそんなに危険な奴なの?」


 考え事をした所為で黙り込んだボクの様子を見て、仁良が心配そうに声をかけてくる。


「……ああ、魔王の軍勢はボク達世界に突如現れ、町や村を襲い、破壊と略奪の限りを尽くしていったんだ。……その場で殺されるのはまだマシな方で、連れ去られて延々と酷い目に合わされる人もいる。それも、魔王の暇潰しというくだらない目的の為にだ」


「暇潰しって……とんでもない奴だな。そんなのがこの世界に来ているのか……」


 どこか不安そうな様子で仁良が呟く。


「この世界に来る前にボク達がダメージを与えてはいるから、すぐに活動する事は無いよ。それに、もし魔王が現れてもボクがいる。女神に選ばれた勇者としての役割を果たすさ」


 仁良の不安を無くす為に自信を持ってそう告げる。

 ……確かに魔王は強大な力を持っている。

 だが、こちらの世界に来る前に戦った時は四人がかりだったとはいえ、後少しの所まで追い詰めたのだ。

 倒せない道理は無い……筈だ。


「ごめん。僕から聞いたのに勝手に不安になって……」


 仁良は一言謝るとそのまま黙り込んでしまい、会話も途切れてしまう。

 ……空気が重い。

 何とかして話題を変えないと。


「……まだ家まで少し距離があるから、他に何か聞きたい事とかある? ボクに答えられる範囲なら教えてあげるよ」


「……そうだな。それじゃあ、アリサはどうやって勇者になったの? さっき女神に選ばれたって言っていたけど……」


「小さい頃、夢の中に女神様が現れて『あなたは勇者に選ばれました、この世界を脅かす魔王を倒すのです』って伝えられて目が覚めたら、枕元にこの指輪が置いてあったんだ」


 そう言って右手に付けている二つの指輪の内、中指に嵌めている金色の指輪を見せる。


「夢で勇者に選ばれたっていうだけで、危険な魔王を討伐する旅に出るなんて凄いな」


「大体十年に一人から二人位の頻度で勇者に選ばれる人が現れるんだ。実際に会った事は無いけど、ボク以外にも魔王討伐の旅に出ていた勇者もいたはず。……魔王討伐の旅は危険だけど、それがボクの使命だから。その為に国からも訓練と教育を行ってもらい、支援も存分に受けたんだ。その恩と、皆の期待に報いないと」


 ボクの言葉を聞いた仁良は複雑な表情をしており、彼が一体何を考えているのか推し量る事はできない。

 ……駄目だ、再び空気が重くなってきた。

 どうしたものかな。


「……その女神様に貰った指輪って、何か特別な力があったりするの?」


 仁良も空気が重くなっているのを察したのだろう。

 先程見せてあげた指輪に話題を移してくる。


「よくわかったね。ボクがこの指輪を身に着けている限り、女神の加護によってボクと仲間達の身体能力や魔力を引き上げてくれるんだ」


「ああ、だからあんなに重たそうな鎧を身に着けていても平気で動けていたのか。……人差し指に嵌めている指輪も、女神様からの貰い物なの?」


 納得したような顔をした後に仁良は、ボクの人差し指に付けている銀色の指輪について聞いてくる。


「女神様に貰った訳じゃないよ。この指輪は所有している人に幸運を与えてくれるらしいんだ。……まあ、本当に効果があるかはわからないけど」


「効果があるかわからなくても身に着けているという事は、余程気に入っているんだね」


「ボクが旅立つ日に母さんから貰った指輪だからね。女神様から授かった指輪と同じくらい、大切な指輪だよ」


 二つの指輪を眺めながらそう答える。

 ……いつの間にか仁良の家はもうすぐそこまで近づいていた。


「所でボクはいつまで仁良の家に居ていいの? 寝床があるのは有難いけど、そろそろ迷惑なんじゃないかな?」


「多分、心配しないでも大丈夫だと思うよ。母さんにアリサをもうしばらく泊める必要があるかもしれないって相談したら、君用の生活用品を沢山買い足していたし。……姉さんが家を出てから少し寂しそうにしていたから、アリサがいてくれて嬉しいんじゃないかな?」


 ボクがこの世界に来た次の日、一日中仲間を探し回って何の成果も得られず仁良の家に帰宅した際の出来事だ。

 仁良がボクをもうしばらく泊めてもらえるように仁良のお母さんを説得しようとした時、事情を聞いた仁良のお母さんはすぐさま立ち上がって外に出かけたかと思ったら、両手に大量の荷物を抱えて帰ってきたのだ。

 ……最初は『仁良のお母さん』と呼んでいたけど、ボクが気にしなければ『お母さん』呼んでくれて構わないと言ってくれて、実の娘の様に扱ってくれている。

 ……この世界の人から見たらどう見ても怪しいボクの事を泊めるどころか、歓迎までしてもらえるとは有り難い限りだ。


「……僕としては、ずっと居てもらってもいいんだけど」


 ボクが考え事をしていると仁良が小さな声で何かを呟く。


「すまない、今何か言ったかい? 考え事をしていて聞き取れなかったんだ」


「な、なんでもないよ。ただの独り言だから気にしなくても大丈夫だよ」


 そう言って仁良は顔を赤くしながらそっぽを向く。


「本当に大丈夫? 顔が赤いけどひょっとして熱でもあるんじゃ--」


 ボクは仁良の額に手を当てようとすると、彼は慌てた様子でボクから逃げるように飛び退いた。


「本当に大丈夫だから! それより明日の予定なんだけど――」


 ……その後、明日は何処を中心に捜索するか話し合うが、家に帰りつくまでに結論が出る事は無かった。

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