1章-5

「仁良、女の子を家に連れ込もうとする子に育てた覚えはないわよ。……それも、アタシ達に内緒でなんて」


「別にそんなつもりじゃ――」


「だったら連絡を入れなさい。何もやましい事がなければ問題ないでしょ!」


 ……ぐうの音も出ない。


「……はい。一言、連絡を入れておくべきでした」


 リビングの床で正座させられている僕を見下ろしながら、母さんは嘆く。

 ……因みにアリサは家を出ようとした所を母さんに呼び止められ、今はソファーに座らされて僕が叱られている様子を見せられている。


「で、でも母さん。これにはそれなりに深い理由があるんだよ」


「……深い理由? 一体何よ?」


 言いたい事を言言い切って、母さんも多少は冷静になってくれたのだろうか?

 ようやくこちらの言い分を聞く気になったようだ。

 ……とはいえ、ありのまま起きた事を喋っても信じてもらえないだろうな。


「僕が不良に絡まれていた所をアリサに助けて貰ったんだ。それで、何かお礼をしようと思って話を聞いたら泊まる所が無いっていうんで、とりあえず今晩は泊めてあげようとしたんだよ」


 アリサの出自は伏せ、どうしてこうなったかの経緯を説明する。

 ……全部説明してもいいけれど、余計な混乱を招くのは火を見るよりも明らかだ。


「泊まる場所がないって……まさか、家出!? 警察に電話すべきかしら? それとも、彼女の家に連絡を――」


 ……どちらにしても、余計な混乱を招くのは確定事項だったようだ。

 母さんは取り乱しながらスマホをタップし、しかるべき場所に連絡すべきか悩み始めてしまう。

 ……本当の事をいうしかないようだ。


「ちょっと待って!  本当の事を言うから! ……アリサは異世界から魔王を追って僕達の世界にやってきた勇者なんだ。だからアリサの家には連絡を取れないし、警察も頼れないんだよ」


 ……話を聞いた母さんの様子を伺うと、可哀そうな人を見る目で僕の事を見下ろしていた。


「あんた、何を言ってるの? アタシ達がいない間に変な物でも食べたの?」


 至極当然の結果である。

 もし僕が母さんの立場でも、こんな話を信じるわけがない。

 その時、それまで様子を見ていたアリサが立ちあがる。


「……すまない。ボクを泊めようとしてくれたのはありがたいけど、君たちに迷惑をかける訳にはいかないからボクは出ていく事にするよ。……仁良のお母さん、ご迷惑をおかけしました」


「待ちなさい」


 玄関へと歩いていくアリサだったが、彼女がリビングから出ていくよりも早く母さんがアリサを呼び止める。


「アリサちゃんだっけ? 少し時間を貰っても良いかしら?」


「……はい、構いませんよ」


 アリサを呼び止めた後に母さんがこちらを向く。


「仁良、貴方はなんで彼女の言う事を信じたの?」


 僕に問いかける母さんの表情は先ほどまでと変化ないが、纏う雰囲気が変わったのを肌で感じ取る。

 母さんから漂う謎の威圧感に少しだけ怯んでしまいそうになるが、僕は母さんの目を見て答えを出す。


「何も無かったッ筈の場所からアリサが突然現れて、魔法を使ったのを目撃してる。信じるしかないよ」


「……それで彼女の言う事を信じた訳?」


 今言った事が僕の本当の意志なのか。

 母さんは僕に対して、本当にそれでいいのか確認するかのように問いかける。

 ……ええい! もうどうにでもなれ!


「……もしもの話だけど、たとえアリサが普通に現れて魔法を使わなかったとしても、僕はアリサの言う事を信じたと思う。アリサは僕を助けてくれたんだ。それだけで信じる事ができるよ」


 僕の答えを聞いた母さんは、しばらく考え込んだ後にため息をついてから口を開く。


「仕方無いわね。仁良が信じるっていうんなら、アタシも信じてあげるわ。アリサちゃん、今日から宜しくね」


 母さんから発された言葉に理解が追い付かず僕は唖然とし、アリサも驚いた様子を隠し切れずに母さんへ話しかける。


「良いんですか? 迷惑をかけるんじゃ……」


「良いのよ、気にしなくても。それじゃあ、必要な物を買い物にいかないとね。仁良、アリサちゃんをお姉ちゃんの部屋に案内してあげておいて」


 母さんは僕に指示を出し、慌ただしく外へと出て行った。

 ……暫しの間、呆然としていたが何とか正気を取り戻して僕と同じ様に呆然としていたアリサに声を掛ける。


「……泊まっても大丈夫みたい。部屋に案内するから着いて来て」


「……あ、ああ。お願いするよ」


 気を取り直したアリサと共に、姉さんが使っていた部屋へと赴く。

 部屋の中の家具はほとんど姉さんが持って行っており、残っているのはカーテンくらいで部屋の中はがらんとしている。


「この部屋を使ってもらう事になるから。……それじゃあ、僕は布団を持ってくるよ。それまで、荷物の整理でもしておいて」


「ちょっと待って」


 部屋を出ていこうとした所をアリサに呼び止められてその場で振り返る。


「どうしたの?」


「……改めてお礼を言っておこうと思って。ボクを泊めてくれてありがとう、仁良」


「お礼なら母さんに言ってよ。母さんが僕とアリサを信じてくれなきゃ、泊める事は出来なかったんだ」


 急にお礼を言われて照れ臭くなってしまい、母さんにお礼を言うように誘導する。


「勿論、君のお母さんにもお礼を言うつもりだ。だけど、君にもお礼を言いたいんだよ。行く所の無いボクを自分の家まで連れてきてくれて、ボクが泊めてもらえるように頑張ってくれた。今日あったばかりのボクにここまで親切にしてくれた仁良に感謝してるんだよ」


 そう言ってアリサは笑いかけてくる。

 彼女の眩しい笑顔に思わず見惚れてしまいそうになった僕は、彼女から顔を逸らす為に慌てて扉の方を向く。


「ぼ、僕は優しくなんかないよ。困っている人がいたら、親切にするのは当然だから。……それじゃあ布団を取ってくるから」


 顔に熱が集まっているのがわかる。

 赤くなった顔を彼女に見られないようにする為、廊下へと飛び出すように逃げ出してしまう。

 ……今年の夏休みは、いつもとは違う夏になりそうだ。

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