第9話 母の想い
まずは予定通り、アルスに魔力を知覚する方法を教えようと考えを改める。
「アルス、今日は魔力の知覚の仕方、オーラの流れっていうのを貴方に説明するわね。もしかしたら、精霊から何か聞いてる内容もあるかもしれないけど、聞いてくれる?」
「うん。 僕、精霊さんには何も聞かないようにしてたから、多分何も知らないよ。僕に魔法が使えるとも思ってなかったし」
精霊の声が聴こえる時点で普通ではないのだが、聴こえるのが当たり前と思ってたアルスとしては自分の評価が低すぎるのかもしれない。
自身の評価が高すぎて自信過剰になるのも問題だが、評価が低すぎて、卑屈になってしまうのも問題である。
「世界には目には見えないけど、無数のオーラが溢れているの。ただ、人はそのオーラを使えない。人とオーラの懸け橋になってくれる存在。それが、精霊よ。当然、全ての人が精霊と相性が良い訳ではないわ。精霊と相性が良い人間、つまり私達みたいな人を『精霊使い』というの」
初めて聞く話だった。
(精霊使い。それが、僕?)
「先ほど、アルスが望めば、あらゆる精霊が手助けしてくれると言ったわね。つまり、あなたは全ての魔法が使えるかもしれない。そんな人は今まで居なかった。そう、始祖アルミラ様を除いてはね。まさか、貴方がそこまでの才能を持っているとは、……お母さんは思ってなかった。私が精霊使いだから、あなたにもその才能が引き継がれていれば良いって位しか思ってなかったの」
アルスという圧倒的才能を前に、マーレは自分の弱さを口にする。それは、非凡な才能を息子に持った、凡人な母の苦悩であった。
「先日、ハミルさんにわたしが教えますと
マーレは絞り出すように最後の言葉を口にする。
「こんなお母さんでもあなたは付いて来てくれる? こんなお母さんでも、貴方の師になってもいい?」
「……やだっ!」
アルスは母の気持ちを知り、なかなか言葉が出てこない。それでも、母が自分にぶつかって来てくれたように、自分の想いを口にする。
「やだっ! お母さん、以外の人に教わるなんて、やだっ! 僕に教えてくれる人はお母さん以外、居ないよ~!」
アルスは言い終わるより前に、マーレに抱きつき、マーレの胸の中で号泣する。
「そう。ありがとう。ありがとうね、アルス」
マーレもアルスを抱きしめ返す。溢れ出る涙を抑えることは出来なかった。
マーレはアルスの気持ちが落ち着くのを待つ。
これから、魔法を知覚する術を教えるにしても、アルスの気持ちが落ち着くのを待ってからでないと流石に次に進めない。
暫くして、アルスが泣き止む。目は赤く充血し、鼻水も垂らしているが、気分は晴れやかだった。
「もう仕方ない子ね。こんなに鼻水も垂らして。」
マーレはアルスの鼻を拭ってあげる。どんなに才能があるとはいえ、アルスはまだ六歳の子供なのだ。
「じゃあ、始めましょうか。大丈夫かしら?」
「うん。もう大丈夫。早く始めようよ」
アルスにとって待ちわびた時間の始まりだ。父に教えて貰う予定の狩りの方がお預けを食らっていたこともあり、余計に今日が待ち遠しかったのだ。
「じゃあ、魔力をコントロールするやり方を教えるわね。私と同じようにやってみてね」
そう言って、マーレは地面に胡坐をかいて座り、アルスに水の入ったお皿を渡し、その上に葉っぱを一枚浮かべる。
「水は魔力を投影させやすいの。分かりやすく言うと、失敗も成功も分かりやすく出るわ。まずは心を落ち着かせるために深呼吸をしましょう。深呼吸をしながら自分の意識をお皿の中の水に持っていくイメージで。気持ちが水に向かうまで何度も深呼吸しなさい」
そのやり方は座禅に似ていた。精神を落ち着かせて、事象を一点に集中させようという試みである。
ただ、説明を聞いたが、アルスにはチンプンカンプン。説明された事の半分も分かっていない……。とりあえず、言われた通りに深呼吸を繰り返す。
「気持ちが水に向かうイメージが出来たら、今度は浮かんでいる葉っぱを回転させるイメージにしてみなさい」
言われた通り、葉っぱよ、回れ~。葉っぱよ、回れ~。と心の中で唱えてみるが、葉っぱはピクリともしない。
「お母さん、全く回らな…… わっ! お母さん、凄い!」
マーレが持つお皿の中では葉っぱがくるくると回っていたのだ。
「アルスが出来るようになるまで、何日かこの練習をやりましょうか」
こうして、魔法の訓練の日々が始まった。
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