第8話 精霊の声

 翌日。


 抜けるような青空の元、家の外でマーレによる魔法講座が始まる所だった。


 ただ、マーレはどう教えていくか、考えが決まっていない。一番の問題は、何といってもアルスの魔法適性であろう。どの魔法が使えるかは、水晶玉に現れる色で判断する。


 火はレッド。水は青色ブルー。土は橙色オレンジ。風は緑色グリーン。光は黄色イエロー。闇はパープル


 ただ、アルスの場合、水晶玉に現れた色は銀色シルバー。上のどれにも当てはまらない。マーレは、アルスの結果が出た一昨日から、頭を悩ませていた。アルスの魔法適性が分からない為だ。


 アルスは周りの子達と比べて、何か特別な物を持ってるのかもしれない。昨夜、夫であるゼストとの会話でも出た話だ。


 子供を持つ親としては、最低一度は思う『うちの子ってば天才』説。だが、今回はアルスの才能がマーレを悩ませている原因だった。俗にいう、嬉しい悲鳴ってやつである。


銀色シルバーって結局、何なのよ! わたしはどう教えていけば……)


 何度考えても、その考えに行きついてしまい、堂々巡りだった。村にも魔法を使える人が居ない為、相談出来る相手も居ない。ならばと、王都に住むマーレの師に手紙を送ってみたが……。今は返事待ちだった。






 なので、今日は属性的な魔法ではなく、基本的な魔力の扱い方について教えて行くことにする。


「アルス。魔法はどうして使えるかは知ってる?」


 マーレはアルスに聞いてみる。自分が教えた事がないので、知ってるはずもないのだが。


 だが、予想に反し、意外な言葉が返ってきた。


「うん。知ってるよ。に手を貸して貰うんでしょ?」


「えと、その…… みんなって?」


「精霊さん」


 アルスは、何当たり前の事を聞くのかと、首を傾げている。


 マーレにとっては衝撃的な話だった。正解だったからだ。頭の理解が追い付かない。マーレは、ちゃんとアルスの話を聞こう。と座り込み、正面からアルスの手を取る。


「その話は、誰から教えて貰ったの?」


 自分以外に教える人なんて居ないはずなのだ。


「精霊さんだよ? ねえ、


「-----------」


「えっ? ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってね。ア…… アルスは、精霊の声が聴こえるの?」


 マーレは恐る恐る聞いてみる。


「うん。聴こえるけど?」


 アルスは当たり前でしょ?と、不思議顔。





 精霊の声が聴ける存在。


 それは、魔法をこの世に広めたとされる、魔法の始祖アルミラ様以来、実に千年ぶりの事かもしれなかった。


 アルミラ様は精霊の声を聴き取ることにより、自然界に流れるオーラの流れを知り、魔法を使う術すべを身に付けたとされている。アルミラ様自身、今は神格化され、マーレも毎日アルミラ様に祈りを捧げていた。


(うちの息子が、アルミラ様と同じく、精霊の声が聴ける存在!?)


 マーレは混乱していた。そんな母の様子をみて、アルスはいぶかしむ。


「えっと……。お母さん、どうしたの?」


 物心ついた時から、精霊の声が聴こえていたアルスが、不思議に思うのは無理もない。


「ごめんなさいね。私の理解が追い付いていないのだけれど……。聞き間違いかもしれないから、もう一度聞くわね? アルスは精霊の声が聴こえるの?」


「うん。そうだけど? さっきも言ったでしょ。お母さんだって、聴こえてるんでしょ?」


「(やっぱり聞き間違いではなかったのね……)」


「いいアルス。ものなのよ。もちろん、お母さんにも聴こえないわ。今まで、精霊の声を聴けたのは始祖アルミラ様だけだったの。これはとんでもないことだわ。どうしましょう。どうしましょう」


 マーレは独り言のように繰り返す。


「お母さんには、精霊さんの声が聴こえない?」


「----------」


 精霊が母に話しかけようとしているが、母からの反応はない。


(やはり聞こえていない?)


「アルス、もしかして…… 昨日、何かが近づいてくるってお父さんに教えたのは、精霊が教えてくれたからなの?」


 昨夜、ゼストが語っていた内容を思い出し、聞いてみる。


「うん。そうだよ。精霊さんが教えてくれた。だから、お父さんに教えたんだよ」


(やっばりそうだったのね。これで色々と辻褄つじつまがあうわ。アルスが色々な事にいち早く気付く理由もこれで説明が付く)


 どうやら、ホントにアルスは精霊の声が聴こえるんだと、やっとマーレも信じ始める。


 ただ、未だに問題は山積みである。アルスに対する属性魔法の教えた方。それと、精霊の声が聞こえるという事実。やはり、マーレだけの話の内に収まる案件ではない。一刻も早く王都に居る師と連絡を取る必要がある。師からの手紙の返信を悠長に待ってるだけではダメかもしれない。


「(まずは夫にこの事実をお伝えしなければ)」


 ただ、ゼストは朝からいつものように狩りに出掛けており、帰りは夕方になると思われた。


 魔法に関係する精霊であれば、もしかしたらアルスの属性の事も何か分かるのでは?と、マーレは思い付く。


「アルス、貴方が水晶玉に触れた時に、銀色に光ったじゃない? 実はあれがどういう事なのか分からないんだけど、精霊に聞いたら何か分からないかしら?」


「--------」


「お母さん、精霊さんが言うには、僕がお願いすれば、どんな精霊さんも力を貸してくれるはずだよって言ってるよ?」


 どうやら、精霊に聞くのは正解だったらしい。


「えと……。そ、それって、どういう意味なのかしら? まさかっ! 全ての属性の魔法が使えるとか言わないわよね……?」


 マーレは恐る恐る聞いてみる。


「---------」


「うん。そうみたい」


「やっぱり~? 簡単に言ってくれちゃって……。 アルミラ様もそうだったって言われているし、そんな事もあるのかぁ~。とか、思っては居たけど、思っては居たけど……。 ああ、私は普通なのに、私は普通なのに……」


 そう言ったマーレからは哀愁が漂っている。ドナドナでも歌いだすような雰囲気だった。





 どちらにせよ、近々教会に行って魔法師登録を済ませないとダメだと思うマーレ。ただ、もしホントに全ての属性が使えるとなると、何度も登録を行う必要がある。


(2回連続でも注目を集めるのに……)


 マーレは自分の時の事を思い出し、溜め息をついた……。


 ただ、マーレの場合、二属性魔法が使える事もさもありながら、その美貌ゆえに注目されていた事をマーレ自身は気付いていない。普通、二属性魔法だけではそこまで注目されないのだ。


 アルスは自身も言うように、全ての属性の魔法が使えるのかもしれない。ただ、それを同じ教会で一度に登録すると騒ぎになりすぎる。マーレはその状況を思い浮かべ、思わず身震いする。


(登録には複数の教会を利用した方が良いかしらね)


 ただ、この考えが、後ほど大騒動の原因になる事をマーレはまだ知らない。

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