第5話 怪僧の最後

平治元年[1159年]12月9日の夜間に起きた藤原信頼ふじわらののぶより源義朝みなもとのよしとも藤原経宗ふじわらのつねむね藤原惟方ふじわらのこれかた等の起こした乱は後白河ごしらかわ上皇及び上西門院じょさいもんいんを押さえた事で成功となった

しかし本来の目的である信西しんぜい殺害は事前に乱ある事を察知した信西とその一家が逃亡を図った事により、今だに達成は出来ていない


翌12月10日、信西の子息達が捕まるも肝心の信西は今だ行方が知れずであった

源氏の武力を背景に信頼のぶよりは非常招集を掛け、信西の子らの解官を行った


12月13日、検非違使・源光保みなもとのみつやすが山城国の山中にある田原で穴を掘り、竹筒で空気穴をつけた箱に入りそれを埋めさせ隠れていた信西を発見

発見された際、自らの首を切り自害し果てた

そして獄門によりその首は梟首さらしくびにされた

亨年55歳、人生の絶頂期の中にあっての死である


翌14日、信頼は臨時除目りんじじもくを行う

ここで源義朝は播磨守に、義朝の子・頼朝は右兵衛権佐うひょうえのすけとなった




「最後はつまらない終わり方でしたな、信西ししょう


河原に晒されている信西の首を見ながら磯は呟いた

どうこう言っていても舞や学を教えてくれたのは他ならぬ信西である

京の都で小娘が一人生き残っていける訳もなく、信西に見出されその保護に入っていなければ今の磯は存在しない

その点においては感謝すべきものだ

しかし涙は出てこない

権力欲に溺れ自滅した怪僧に見せる涙はない

ただあるのは一つ何かが抜け落ちたという感覚のみだ

磯に取っては少女時代からの保護者が居なくなった事で、今後は完全に自分の力のみで生きて行かなければならないのだ

色々とした繋がりは作ったものの、それがどれだけの効果を発揮するかは分からない


「まぁ、取りあえずは京の事だな」


上皇を軟禁し信西の死によって権力を手にした信頼と義朝は今後更に増長していくだろう

現時点では義朝の武力に対抗出来る者は京にはいない

それは清盛しんせいの反撃を待たなければならない

鈴にも言った事だが、このまま清盛が大人しくしている訳はなく天皇・上皇奪還と京を取り戻す為に武力行使してくるに決まっている

でなければ平氏の存続すら危うい事態であるからだ

だから必ず兵を集め義朝との決戦に臨む筈だ

京にいる源氏の兵は多くない

突発的に始めた乱であったのか、それとも最初から何も考えずに事を運んだのか…

あるいはこれで成功するとでも本気で考えたのか…

どの道、源氏側の動きは非常に杜撰ずさんなモノだ

故にこの乱は初めから失敗する運命にあった

惜しむらくは信西がもっと遠くに逃げられなかった事ぐらいか


「本当に運がないな信西ししょう


しかしそうは言ってもこの乱の鎮圧は少し厄介だ

何故なら義朝側は天皇や上皇を手にしているからだ


清盛しんせいも骨を折るか」


天皇や上皇の奪還を想定しながらだと随分と打つ手は減る

人質がいる以上、強引に攻め入るのは得策ではない

だが、やはり今回勝つのは清盛側だと確信が持てる

明確な根拠は無い、これは保元の乱の時と違って単なる勘の部分が比重を占める

しかしその勘が告げている、義朝は負けると


「さてと、そろそろ行くよ信西ししょう、ではさらばだ」


そう言うと磯は三条河原から立ち去り、そのままテクテクと京の都を歩く

乱直後の為に京の都内は何かザワついていて、道行く人々も浮足立って見える


「まぁ、仕方がない」


ブンブンと閉じている扇を手で振りまわしながら磯はそういった騒々しい気配や音を振り払う仕草をみせる

しかしこれがいけなかった

スポン……

振りまわしていた扇が手を離れ飛んでいく

そしてその飛んだ先には人がいて、その者の頭に当たった


「痛!!」


寄りに寄って飛んで行った扇の先にいた一人の少年

その少年は頭を抱えてしゃがみこんだ

無理もない

磯の扇は淵が鉄製で出来ているため、当たれば相当痛い

それが頭に直撃したのだから当然だ


「おや、大丈夫か?」


その運の悪い少年に流石にすまなそうに声を掛ける磯


「いたた、何だ一体?」


自分の頭に当たった扇をみながら少年は呻いた


「すまんのう、これは鉄製でな」


「鉄?」


「そうじゃ」


「何故に扇が鉄で出来ているのですか?」


「悪人を打ち据えるためじゃ」


相手が少年である為に磯は古風な喋り方になった

これは意識しているという訳ではなく何故か自然とそうなってしまうのだ


「悪人…とは?」


「野盗とかそういった輩じゃな」


「な…なるほど」


納得していない風だが年上のお姉さんである磯に対して少年は余り強くは言えず無理やり納得している風に装う


「京の女性は鉄の扇で野盗と戦うのでございますね、初めて知りました」


「私だけじゃがな」


「そうなのですね」


「そなたは武士の子だの、名は何という?」


「私は源頼朝みなもとのよりともと申します」


頼朝よりとも?」


はて?、と磯は落ちている鉄扇を拾いそれを口に当てた

どこかで聞いた名前である

勿論源氏の一門に連なる者だろうが、この少年とは初めて会う

しかし頼朝という名前に聞き覚えがあった


「……」


「あの、貴女のお名前は?」


「ん?、私か?、磯じゃ」


「磯様ですね」


「そうじゃ」


「!!」


その時に磯は思い出した

上西門院じょうさいもんいんの女院の蔵人くろうどに頼朝という者がいて評判になっていたと滋子しげこから聞いた


義朝ぎちょうの子か」


そう思いながらじぃっと頼朝の顔を見る磯

当の本人は磯に見つめられて何やら恥ずかしいそうにしている


「ああ、思いだしたぞ

そなたは義朝ぎちょう殿の息子せがれさんだのぅ」


「は?、ぎちょう???」


みなもと義朝よしとも殿じゃろう?、そなたの父上は」


「はい、その通りです」


「まぁ、確かに似ておるのぅ」


「あの、父をご存じなのですか?」


「知っておるぞ、私は舞子でのぅ、何度か宴の席で会った事がある」


「そうなのですね」


「私はそなたの父上を義朝ぎちょうと呼んでおる」


「はぁ…」


この時代においては身分のある者の名前を直接呼ぶ事は無礼とされている

では呼ぶ時はどう呼んだかと言うと官位が名前の変わりとなった

しかし磯はお構いなしである


「そなたの漢字は頼に朝だったのぅ

では頼朝らいちょうじゃな」


「え?、いえ、私は頼朝よりともです」


「そうか?、良くないか?頼朝らいちょう


「嫌です!!」


「そうか、それは残念」


そう言うと磯はカラカラと楽しげに笑う

それを見た頼朝は、この女性とは余り関わり合いにならない方が良いと判断した


「あの、私はそろそろ行かねば」


「ああ、気をつけての、頭の方は本当に大丈夫かや?」


「はい、大した事はございません」


「それは何より」


「それではこれにて」


そう言って背中を見せ立ち去ろうとする頼朝に磯は声を掛けた


「父上に宜しくお伝えあれ、頼朝らいちょう殿」


頼朝よりともです!!」


ムキになって言うその姿は実に可愛らしい

確か今年で13歳だったか

それにしても子供をからかうのは実に楽しいものだ

今度会う時があれば、また頼朝らいちょうをからかってやろうと思う


もっとも、やがて来る平氏とのいくさ頼朝らいちょうも捕らえて斬首か戦場いくさばで死ぬかであろうから次があるとは余り思えないが

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