第6話 怨霊と怨霊と怨霊

平治元年[1159年]12月16日、熊野詣に出かけていた平清盛は六波羅からの急使によって乱を知り、急いで京に戻り六波羅邸に入った

義朝よしともの嫡子・義平よしひらは清盛の帰路を襲撃し討とうと主張したが、藤原信頼ふじわらののぶよりが「帰路を狙うより都に入れて一網打尽にするのが一番である」とこれに反対した


ただ清盛が京に帰ってきたからといって直ぐさまいくさにはならない

源氏側は平氏と真っ向から戦うだけの兵力を京に持ってきていない点であり、平氏は内裏を義朝側に握られ身動きが取れない

そしてこの頃には信頼もまた内部の対立でそれどころではなかった

というのは反信西派として手を組んでいた天皇親政派と院政派の綻びが目立ち始めていたからだ

それは至極当然の事で、そもそも対立していた者達が一時的に手を組んでいただけである

信西が死んだ今、再び分裂を起こすのは必定であった


身動きが取れぬ清盛だったがただ手をこまねいていた訳ではなく、とある一計を案じた

それは信頼と和解する事だ

信頼側と敵対するのではなく、寧ろ肯定する

恭順の意を見せる事によって信頼を油断させる策だ

一方で信頼と再び対立しだした親政派の藤原経宗ふじわらのつねむね藤原惟方ふじわらのこれかたらと通じ、手を組んだ

清盛・経宗・惟方による反信頼・義朝連合の誕生である

彼らに課せられた仕事は二条天皇を六波羅邸に脱出させる事

これにより天皇の宣旨を持って清盛は官軍として朝敵となった信頼・義朝を討つという算段である


25日の夜、惟方の誘導により二条天皇は内裏を出て六波羅邸に脱出

一方同じ頃、惟方から二条天皇脱出を事前の情報で知らされていた後白河上皇も仁和寺にんなじを脱出

平氏側はそれを触れ回り、それを知った前関白・藤原忠通ふじわらのただみち以下、公卿や殿上人等は六波羅邸に集まった

二条天皇は信頼・義朝追討を発する

これにより清盛率いる平氏軍は官軍となり信頼・義朝は賊軍となった

そして平氏軍と源氏軍の本格的な戦闘が開始された



「始まったか」


のんびりと自宅で唐菓子を食べていた磯は言う


「磯様の言われた通り、清盛殿は動きましたな」


鈴は傍にいて陶器の湯呑茶碗に湯を注いだ

それを見た磯は鈴に尋ねる


「その昔、御茶と呼ばれる飲み物があったと聞いた」


「はぁ…」


「鈴は飲んだ事はあるか?」


「いえ、私は飲んだ事がございません」


「そうか、かなり貴重なモノだったと聞く」


「確か団茶だんちゃだか餅茶へいちゃと呼ばれていたような、味の方は存じませぬがかなり貴重な飲み物でございます」


「今は廃れて物自体が無いと聞く」


「元々が唐の飲み物で、遣唐使けんとうしが廃止になった時代から一気に廃れたとか何とか」


「なぜ遣唐使けんとうしが廃止になったのだ?」


「さて?、私に聞かれても困ります」


「誰が廃止にしたのだ?」


「一説にはかの藤原道真ふじわらのみちざね様と言われております」


藤原道真ふじわらのみちざね?、ああ、あの怨霊か」


「怨霊ではございません、恐れ多くも学問の神様でございます」


「怨霊伝説もあるぞ」


「醍醐天皇の御代に学問に秀でた優秀なお方だったのでございます」


「ではなぜ怨霊に?」


はかりごとのせいでございます」


「何だ、悪さをして死んだのか」


「いえ、当時道真様を良く思わない者達によって謀られ左遷されてしまったのでございます」


「ほぅ、それを恨んで怨霊化したのか」


「怨霊などおりませぬ

確かに当時祟りと噂された出来事はいくつかあったらしいのですが、それらはあくまでも偶然の範疇にしか過ぎず・・・」


「なるほどの」


「左様でございます」


「そう言えばもう一人おったな、有名な怨霊」


「さて?、それは?」


平将門たいらのまさかどだったか?」


「磯様!!、その名前を口にしてはなりません!!」


「討たれて死んで首を切られて、その首が笑いながら空を飛んで坂東の地に落ちたとか」


「磯様!!」


「何だ、鈴は今しがた怨霊は信じていないと言ったではないか」


「そのお方は別にございます」


「信西も首が空を笑いながら飛んでいったらさぞや面白かったのに」


「磯様!!」


「冗談だ…しかし信西の場合はもぐらのように土中に隠れるという面白い事をやってのけた、しかも見つかっているし

それはそれで面白いと思うぞ」


「はぁ…」


「まあ……何の話だっかな?

そうそう、これから怨霊化しそうな者は知っておるぞ」


「なんと、それは一体誰でございしょう?」


顕仁けんじんだな」


「崇徳様でありますか」


「この間、讃岐に里帰りした時に会ってきた」


「はい、それはお聞きしました」


「会った時に『よっ、叔父子』っと呼んだら鬼の様な形相で睨んできよったな」


「それはそうでございましょう」


「坊主になった癖に未熟な奴だ」


「それは磯様もお悪いのでは?」


「まぁ、その後は色々と愚痴を聞いてやって打ち解けたがな」


「磯様は初対面が悪うございますからな」


「何だ?」


「何でもございません」


「京への望郷の念は一際(ひときわ)強いものがあるようだ」


「そうでございましょうな」


「私の舞を見せ慰めたが」


「珍しい事でございますね、一銭の得にもならない事を一切なされない磯様が」


「うるさい、私とて時に無償で何かをしたい時はあるわ」


「左様でございますか、それはそれは」


「だがあれは…死後怨霊化しそうだな」


「磯様!!」


「冗談だ…が、それぐらいどす黒い何かを感じた」


「それは…」


「面白いだろ?」


「まったく面白くありません」


「はてさて、しかしまぁ…顕仁(けんじん)の向かう呪いの先は何処になるのやら」


扇を口に当て、少し目を泳がせる磯に鈴が言う


「向かう先は後白河上皇でございますかな?」


「す~ずぅ~」


目を細め磯はいさめる言い方で鈴の名を呼ぶ


「これは失言致しました、今のは聞かなかった事に……」


少々慌てる鈴に磯は更に目を細めた

しかし広げた扇に隠された口は笑っている


「やはり御茶が飲みたい」


会話を切って磯はまた話題を御茶に戻した


「どうにか手に入らぬかのぅ」


「入りませぬ」


「え~~~」


「磯様は麦湯でも飲んでおられよ」


「あれはあれで美味いがな」




12月26日、平氏の軍は大内裏を攻撃

昨年信西が再興させた大内裏に火の手がかかる事を避けた平氏軍は一旦退いた

好機到来とばかりに追撃をかける源氏軍

しかしこれは平氏の罠であった

只でさえ人手が足りぬ源氏軍は内裏を手薄にするしかなかった

その隙をついて防備が手薄になった内裏を平氏軍は占領

一方、源氏の追撃部隊も平氏軍は六条河原で撃破

勝敗は決し、源氏軍は壊滅した

反信西の同盟から始まった平治の乱は信頼・義朝の敗北を持ってここに終わったのである


いくさに敗れた義朝は東国に逃れるため京を脱出

義朝の子の義平・頼朝もまた京を脱出

憐れ、一人残された信頼は捕らえられた

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