第8話

 教室で頬杖を突き、外を眺めてあくびをする。視線を教室の前へと向ければ小太りの教師が必死に黒板へと魔法理論を書き連ねている。細い杖のような、ペンのような魔道具で書き……カッと音を立て文節を区切ると、狙いすましたようなタイミングで鐘の音がなる。教室から教師がいなくなると、ざわめきが広がる。必死に板書をするもの、眠りから覚めるもの、早弁するもの、先ほどまでの授業について話し合う者……様々だ。


「……授業を受けるのに飽きたな」

「何てこというのエインツ君」


 そして俺は、なんも聞いていなかったし板書も取っていない。魔力を手元に展開しこねて遊んでいた。実際に確固不抜の練習になるのだが、気分的には練り消しをこねている小学生だ。ちなみに魔力の塊をこねて遊んでいるので、失敗して落としたり投げたりすると着弾点に穴が開くことになる。


 俺の独り言を聞きつけた、真面目に板書をしているオクタの方へ向き直り、手元の魔力を握りつぶす。


「まぁ聞いてくれよオタク」

「オクタだね」

「俺は首席じゃないか」

「さらっと名前間違えたの流すね。……まぁ、そうだね」


 前から思ってたけどぱっと見間違えるんだよな。いやそうじゃなくて。


「入学してまだ一月も経っていないから当たり前だが、基礎的なこととか、何なら入学試験の範囲じゃないか」

「一部入学試験は明らかに範囲より先だったからねぇ」

「自慢ではないが、恐らく俺は全問正解している」

「自慢していいと思うよ」


 スキルや魔法を鍛えることも念頭に置いている学園だからな。そこら辺は転生前から全部頭に入っているし、歴史やらも読み漁った。四則演算なんて現代人なら間違いようがない問題が出ていた。全問正解の自信はある。


「つまるところ、別に今受けている授業は全部頭の中に入っていた」

「言いたいことはわかったけど。……サボればいいんじゃないかな。君みたいに首席じゃないけどサボっている貴族なんていっぱいいるし、平民でも休んでいる生徒はちらほらいるよ?」


 相変わらず情報通だな。俺他のクラスどころか自分のクラスの生徒の休み事情すら把握していないぞ。


 そうか、休んでるのか。なるほどな。


「じゃあオクタ、後は任せた」

「任せたって何を……ってなぜ窓に手を?」


 窓際の席が功を幸いし、すぐに窓を開くことができる。ここは日本ではないのでうち履きではないのだ。そう、思い立ったらすぐさま行動できるのだ。


「そりゃ今から俺が学園の外に行くからだよ。代返よろしく!」


 最近学園外出てなかったんだよな。サボりってワクワクするわ。


 ◆◇◆


 窓から飛び降りたエインツ君を見て、思わず窓に駆け寄る。ここ三階なんだけど……


「えぇ……」


 2階の窓の縁、木の上、電灯……重量を感じさせない動きで軽やかに飛び移ると地面に着地し、目にもとまらぬ速さで駆け抜けていった。僕が想定していたのは保健室で寝ていたり、授業を受けず中庭などで休んでいる程度のことだったんだけど……


 何とも言えない頭痛に襲われ、こめかみを抑える。なんだか彼に会ってから規格外のことばかり目にするので慣れてきたと思っていたのだが、突飛もない行動をされると驚いてしまう。


 国への定期報告でもエインツ君の監視を強めろと指示が来たので、なるべく彼から目線は外したくないのだが。


「オクタさん、彼はどこへ行きましたの?」


 そういわれ話しかけられた方向を見ると、輝く長い金髪を二つに纏めた少女。ミリアデラ・アズライト、そしてその付き人たるタリヤ・ウェルド両名がいた。


 魔道具には多量の魔力と、それが一定のリズムで放出されている姿が計測され、彼女もまた、同学年の実力者に名を連ねるほどの高い実力が伺える。事実エインツ君が入学するまでは要監視対象は彼女が一番上だった。


「あ、アズライト様」

「敬称抜きでいいわよ。校則でもあるし、彼にはつけてないんでしょう?私が強制したら彼より器が小さいみたいじゃない」

「お嬢様、実際小さそうでございますが」

「あなたはむしろもっと敬いなさいタリヤ」


 彼女らが彼に興味を持っているという話は聞いていたが、まさか彼に関わっているだけの僕に話しかけるなんて。


「エインツ君なら……えっと」

「彼が突拍子もないことをするのはわかっています。それで?」

「学園の外へ行くと……」


 僕がそう告げると不思議そうな顔をした。僕も彼の行動に関しては予測できないので、これ以上問われても何も言えない。ありがとうございますとだけ告げ、彼女も教室を去っていった。

 ……僕も追いかけたほうが良かったかな、と思っていると魔道具の鐘がなる。しょうがない、授業の準備をするとしよう。


 ◆◇◆


 エインツの身体になってから少し無茶をするようになったと思う。というのも現代人の自分だったのなら、この身体と同じ身体能力を得たとしても窓から飛び降りるようなことはしなかっただろう。

 それが今では巨大な魔物にも喧嘩を売るし、窓から飛び降りて、学園の塀を跳躍し越えている。それがどのような理由によってかはわからないが、それに対して危険を感じたこともないので危機感を覚えることも今はない。


 元々将来のことすら考えないで引きこもってたから、まぁなんか起こってから対処すればいいだろうと考えている節がないでもない。


「さて、ここまでくれば学園の警備員とかもいないだろう……」


 と思わず独り言を呟く。ここは学園の裏にある森林地帯だ。ゲーム中盤ではここにダンジョンが現れ、レベリングやアイテム稼ぎができるようになるのだが、もちろんゲーム開始の1年前の今ではそんなものはない。ただの山だ。しいて言うなら弱い魔物がいる。


 さて、ここの裏山になぜ来たかというと


「迷ったぁ……!」


 ここまでくればとか格好いいことを言ってしまったが、なんとはない。無駄に窓から飛び降り塀を越え、なんてことをしていたら普段と違う道に出てしまい、土地勘もない俺が適当に歩いた結果、なぜか裏山にいたというだけだ。


 くそー、ゲーム内ではここら辺ファストトラベルがあって、画面内にミニマップも表示されていたから迷うことなんてなかったのに。


「世界観のせいか、裏山が結構ガッツリと山なんだよな……」


 しかも魔物が出るので一般人が立ち入ることもあまりない、つまりほぼ道が整備されていない。せいぜいが学園の生徒がたまに訓練するくらいだが、それも推奨された訓練場があり、教師の引率の元、行うので本当にここの山には人の行き交いがないのだ。

 少し身軽なことが災いした。軽く走っただけだと思っていたのだがまさか裏山にいるとは。早く帰らねば。いやでも素材回収……ポーションなんてゲーム序盤でもないし、やりくりしなくていいのか。


 そう思いとりあえず歩き出すと藪がガサガサと揺れ、歩みを止めさせる。視線を向けると鎌首を二つもたげた蛇。えーっと確か、【二頭の蛇ダブルヘッド・スネーク

 名前通り途中から分かれて頭が二つある蛇の魔物だ。噛みつき攻撃時に確率で毒が発生する。わざわざ倒す必要もないので、適当に蹴って追い払おうとすると、威嚇し、こちらに噛みつこうとする。毒は魔力由来なので、俺の体にはほぼ効かない。毒が注入される前に止めてやればいいのだ。


 ただ噛みつきはクリティカルが発生しやすく、クリティカルは防御貫通にプラス効果があるので、ダメージが通る可能性がある。ゲーム内の仕様まんまならだが。


 そのY字に開かれた頭の中央辺りを掴み、勢いよくぶん投げる。達者で暮らせよーと天に向け声をかけると、体の中に薄く魔力が入ってくる。あ、経験値入ったわ。すまん【二頭の蛇ダブルヘッド・スネーク】。

 思ったより勢いよく投げてしまったことにより死んでしまった蛇へ祈りを捧げると、先ほどの藪の方から「キュー…」と弱弱しく鳴く声が聞こえる。少し気になり声のする方へ歩を向けると、【二頭の蛇ダブルヘッド・スネーク】に噛みつかれたのか、動けない様子の小鳥がいた。原作で見覚えがないけど、君もしかして新種?


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