第17話

「なんやこれぇぇーー!?」


帰ってきてお風呂から上がったノーラは声を上げた。

アデラに取っては想像通りである。


「え?、どうしたの?」


同じくお風呂から上がってきたリサがノーラに聞く。

アデラ達家にいたメンバーに取ってはノーラの反応は想像通りだが、リサに取っては広間に入っていきなり叫んだノーラには驚くだけだ。


「部屋が新しなっとるやん」


「え?、何?」


「見てみ、家具とか壁紙とか床とか新しなっとる」


「え?、あ、本当だ!」


一階の広間を見渡してリサはようやく部屋の変化に気づいた。


「全部新しくなってる!」


「物は同じやけど全部新品やん、一体どないなっとんねん」


ノーラは笑いを堪えているアデラの方を見る。


「あら、本当ですね、みんな新しい物ばかりですね」


タオルを頭に巻いてエレンが入ってきて言った。


「これはどうした事ですか?」


エレンもまたアデラを見る。


「いやー、これには深ーい訳があって…」


「何やねん、深い訳って?」

「深い訳って何?…何かあったの?」

「その深い訳を是非聞かせて下さい」


畳みかけるように三人に言われ少したじろぐアデラ。

そこにヴィオラが入ってきて言った。


「ルーツが揃ったら話すわ、上がってくるまで待っていて」


笑いを堪えているアデラと違って少々深刻な面持ちのヴィオラの顔を見て、エレン達はこの話が決して笑えるような愉快な話ではないと気づき顔を見合わせる。


「帰ってきたんだ」


上からグレタが下りてきた。


「帰ってきたでー、よう分かったな」


「アンタの声デカいし」


「さよか」


グレタは視線をノーラからリサやエレンに向けた。

そしてアデラとヴィオラを見る。

そこから見るに一人足りない。


「ルーツは?」


「まだ風呂入っとるでー」


「なるほどね」


という事は一階の変化についての説明はまだという事だ。

ヴィオラの性格からして不在組が揃ってから話をするだろうから。


「取りあえず座れば?」


「そうですね」


エレンはソファーの傍まで行き、新品の座り心地を試した。

ノーラとリサも同じくソファーに座る。


「リサ、新しい弓や矢は見つかった?」


グレタも椅子に座りリサに聞く。


「見つかったよ!、凄いよ、教国は!」

「へ~、ゾンビ対策は出来たって事ね」

「そう、ゾンビって言うかアンデッド全般に効果のある弓矢があってね」

「なるほどね、それを手に入れたって事か」

「そう、後で見せるね!」

「見せて見せて」


リサの言葉にノーラも加わる。


「私も手に入れたで~、対アンデッド用武器」

「はぁ?、アンタはゾンビと戦えないんじゃなかったっけ?」

「ゾンビは無理やけど他のアンデッドなら戦えるで~」

「はいはい良かった良かった」

「何やねん、その適当な返事、リサと態度ちゃうやん」

「そんな事ないし」

「いや、あるやろ」

「ないし~」

「絶対あるやん」

「しつこいって」

「いやいや、そこは気にせなあかん所やし」

「じゃあ、リサに聞いてみようか?」

「ええで」

「ねぇ、そんな事ないよね?、リサ?」

「なぁ、絶対あるやんな?、リサ?」

「え?…、あはははー…」


二人に振られて苦笑するリサ。

グレタとノーラのこういったやり取りはいつもの事なので笑って誤魔化すに限る。


「………あーーー!!」


いきなりの大声量が広間に響く。


「何これ、新手のビックリ!?」


焦茶髪を振り、ルーツは腕を組んで部屋を見渡す。


「全員揃ったわね、じゃあ話をするわ」


緩やかな動作でソファーに座ったヴィオラがチラリとルーツを見た。

まだ立っていたルーツもソファーに近づき、腕を組んでドカリと座る。


「で、どういう事でしょう?」


エレンは穏やかな顔で言う。

しかし何かしら考えている感じは受けた。


「そうね、まずはこの家が襲撃されました」


「は!?」


ノーラが素っ頓狂な声を上げる。


「何やそれ?」


「襲撃した実行犯はお金で雇われた冒険者崩れの者達や街のチンピラ風情です」


「はー…」


「そして雇ったのは中級冒険者ファングのメンバーであったトール」


「ん?、ファング?」


ノーラは少し考えた。

どこかで聞いたメンバー名だ。


「マルルンドで助けたリヴの仲間ですね」


エレンの言葉にノーラはポンと手を叩く。


「あー、なるほどな…て、何でやねん!!」


助けた奴のメンバーが何で襲ってくるのか理解出来ない。


「まぁ、メンバー同士のゴタゴタがあった様です」


「何やねん、メンバー同士のゴタゴタって」


「…もしかしてフィン君とトールの仲?」


マルルンドでリヴと接し現場をある程度把握しているリサが言う。


「トールはフィンが気に入らなかった、そしてリヴを気に入っていた」


「それってもしかして…」


「でもリヴはフィンの元に行った」


「あー、なるほどな…って、そのメンバーの人間関係は何となく分かったけど家を襲撃した理由は何やねん」


「トールは力を欲しがったらしいわね、そこを突かれた」


「ん?、突かれたって?」


「魔人の力を与えると言ってきた者がいるらしいわね」


「……は?」


ノーラの顔が歪む。


「それって…」


リサも顔色を変えた。


「……つまり魔族が黒幕という事ですか?」


エレンは涼やかな顔を変えずに言う。


「そう、トールは魔族と契約し怪物の力を手に入れた」


「それと引き換えに私達を狙ったという事ですね」


「そう」


「ちょっと待ちーな」


ヴィオラとエレンの会話にノーラが入った。


「私らを狙う魔族で人間と契約出来る奴って…そんな奴…」


「レーマよ」


それを聞いてノーラが声を荒げる。


「そんなアホな、アイツは死んだ筈や!!」

「生きていた…という事よ」

「実際に会ったのですか?」

「直接はないわ、でもフレドリカが夢で会ったらしいわね」

「なるほど」


ヴィオラの話にエレンは目を伏せる。

確実ではないが生存はかなりの確率である事が判った。


「でも、何で今頃現れたのかな?」


リサはヴィオラを見て聞いた。


「何か企んでいるか…または復活するのに2年掛かった…と考えられるわね」


「そっか」


レーマの話が出た時からリサはまた始まるだろう戦いに頭が痛くなってきた。


「ふーん、あの目玉生きてたんだ」


あっけらかんと言うルーツに皆の視線が集まる。


「また倒せばいいじゃない?、今度こそ息の根を止めてあげるわ!!」


その勇ましい言葉にノーラは呆れ顔になった。

会話に入らず黙っていたアデラは大笑いし、グレタは苦笑いする。

エレンは変わらず涼やかに笑み、リサは微妙な顔で目を泳がせた。


「まぁ、そうね…」


額に手を起きヴィオラは「やれやれ」といった面持ちで溜め息をついた。


「それで…」


ヴィオラの話は襲撃前日の夜明けにアデラとグレタが不審者を見掛けた事、昼間にそれに対する対策を話し合った事、その夜に家が襲撃された事に進んだ。


「へー、私らがおらん時にそんな事があったんやな」


ヴィオラの話を聞きながらノーラが腕を組む。


「それで、襲撃時はどんな感じだったの?」


リサはヴィオラに聞いた。


「まず襲撃時は眠りの魔法を使われ家にいたアデラ、ポエル、カイサ、フレドリカが眠らされました」


「え…それってもの凄くヤバ…いよね?」


「状況的にはかなり危険でした」


「ホンマやな、で、ヴィオラは起きてたん?」


「嫌な予感がしたので対魔法の指輪をしていました」


「流石だね!」

「出たな、ヴィオラの嫌な予感!!」


リサとノーラが関心の声を上げる。


「それではヴィオラが一人で襲撃者達と戦ったのですか?」


エレンの言葉にヴィオラは首を振る。


「突入してこられた時はそうだったけど、外にいたシーグリッドが駆けつけてきてくれました」


「あー、なるほどな」


「それに魔法を自力で解いたカイサも加わりました」


「なるほど、確かに格下の魔術師の魔法如きが解けないなら上級の魔法戦士を名乗る資格はありませんからね」


そう言ってにこやかにエレンが微笑む。


「最初カイサは二階にいて寝ているアデラやポエルを守っていましたが、フレドリカが起きてきたので一階に降りてきました」


「おー」


ノーラから関心の声が上がった。


「もう確勝やな」


「そう、私とシーグリッドとカイサで一階にいた襲撃者達は全て倒しました」


「そんで?」


「縛り上げたのち街の警備兵を呼んで全員逮捕です」


「なるほどなー、で、トールもそこにおったと」


「いいえ」


「は?」


「トールについてはグレタが詳しいのでグレタお願いね」


「え?、何でグレタなん?」


話し手がヴィオラからグレタに代わりノーラが言う。

そんなノーラにグレタは鬱陶しそうに言った。


「黙って聞けばー?」

「へーい」


それからグレタの話が始まる。

外でシーグリッドと共に家の周囲を監視していた時に襲撃者達とトールが現れた事、トールが一人でどこかに行った事、グレタが追いかけた事、追いかけた先が中級冒険者の宿泊施設だった事、リヴの事、施設内及び施設外での戦いの事、騒ぎを聞きつけ駆けつけてきたレッドモアの事、トールの魔人化の事。


グレタは話をし終え、一息ついた。


「…という訳よ」


「なるほどなー」


ノーラは唸る。


「トールは亡くなった…のなら事件は一応終わったという事ですね」


エレンの言葉にヴィオラは頷く。


「でも全員無事で何よりだね!」


「それなー、ホントに危なかったんだよな」


「アデラは寝てたからねー」


「言うな、グレタ」


グレタの突っ込みにアデラは頭を掻く。

まったくもって不名誉だ。


「家具が新しくなっていたのはみんな破損したからなんだね!」


「そうよ、リサ」


「これで新しくなった理由は分かったよ!」


リサの言葉にヴィオラは頷く。


「………」

「………」

「………」


皆の一瞬の沈黙の後、ルーツが口を開いた。


「お土産買ってきたし!!」


「…そやな、辛気臭い話はもう終わりやで」

「そうそう、皆に色々買ってきたよ!」

「じゃあ、お土産を持ってきますね」


嫌な話は終わり、話は一転明るい話題に切り替わった。



それから一週間ちょい経った。


レーマの件で仕事をセーブして様子を見ようとしていたアデラ達だったが、そうはいかなかった。

中級冒険者の大量脱落により仕事が回せなくなり、下級冒険者や上級冒険者にその仕事が入ってきたからだ。

簡単な仕事なら下級冒険者でもこなせるが、モンスター退治系の戦闘だと上級冒険者がしなくてはならなくなる。

ギルドにしてもただでさえ人手不足なのに、下級冒険者に戦闘で死なれる訳にはいかないからだ。

当然パフュームにも戦闘で依頼が来ることになった。

とにかく依頼数が多いので二人一組で仕事をする事になる。


ポエルとノーラは小鬼退治。

リサとフレドリカは怪鳥退治。

シーグリッドとカイサは魔犬退治。

エレンとグレタは魔猫退治。

ヴィオラは自宅待機。

そしてアデラとルーツは魔獣退治である。



地を蹴って突進してくる魔獣。

その頭突き攻撃を真正面からルーツは大盾で受け止めた。


「つ……」


歯を食いしばり数メートル程押されながらもルーツは踏ん張り魔獣の突進は止まる。


「アデラ!!」


「あいよ」


自身の攻撃を止められた事に驚きの表情を浮かべた魔獣の首をアデラの大剣が斬り飛ばした。

血飛沫を散らしながら魔獣は崩れ落ちる。


「はぁーー……」


それを見ながらルーツは溜め息をついた。


「な…何だ、どうしたルーツ?」


魔獣の死を確認したアデラがルーツを見る。


「駄目、ぜんっぜん駄目」


「え?、何が?」


「パワーよ、もうちょっと衝突による衝撃がないとやりがいがないわ!」


「え?、あー…そうなの?」


「もうほんっとぜんっぜん駄目」


「まぁ、コイツはあんまり強いモンスターじゃないし」


「はぁ…、そうね、その通りだわ」


「ま、仕事は終わったんだから首を持って帰ろうか」


「そうね」


もの凄く不満そうなルーツを余所にアデラは魔獣の首を袋に入れた。


「首を持ち帰るってほんっと前近代的よね」


「あー、確かに面倒くさいよな」


「穢らしいし、重いし、場所取るし」


「あはは」


ルーツの言葉は確かにその通りである。

これはカイサやグレタもスマートじゃないと言っていて、あのリサですら愚痴を言っていた事だ。


ドンッと大盾を地に下ろし、ルーツは槍を地に立てる。


ルーツの戦闘スタイルは盾による防御と槍による突きだ。

たが最初からこのスタイルだった訳ではない。

最初は単なる軽装備の戦士としてスタートした。

ところが精霊使いに目移りし、精霊使いとして努力した。

だが精霊使いとしての才能に限界を感じ、精霊戦士としてデビュー。

その直後、重装歩兵に目移りし重装備の精霊戦士としてスタイルを変えた。

ところがそもそもの体力や力が足りず厚い鎧の装備ではたちまちダウン。

仕方なく防御力は盾に任せて全身鎧の厚みを削り動きやすくした。

重装備時に大盾とロングソードという、いかにも戦い辛いスタイルから小剣に変えたが大盾と小剣という更に戦い難い事になってしまい、こうなったら槍だー…という事で現在槍を武器に戦っている。

非常におかしな紆余曲折を経て辿り着いたルーツの境地は大盾でいかなる敵も止め、その攻撃を防ぐ事。

その一点に強い拘りを持っている。

相手の攻撃が強ければ強い程、受け止める充実感は増すようだ。


もっとも現在のルーツの戦闘スタイルはこうであるが、精霊戦士である事も忘れてはいない。

ポフポフとモフモフという毛玉を召喚して戦わせる事もたまにある。


「さ、帰るか」

「うむ」


アデラの言葉にルーツは頷いた。




場所は移ってここはルコットナルムの都。

中級冒険者の事務所にやってきた一人の男がいた。

槍を持った若い男で事務所のに入ったものの、勝手が分からず少し立ち止まり事務所の中を見渡す。

ごった返している下級冒険者事務所と違って閑散としていた。


カリカリカリ…


頭を掻いて昨日まで世話になっていた下級冒険者事務所との差にどうしたモノかと考える。


「何か用?、入り口でぼけーっとされてると邪魔なんだけど?」


女性受付スタッフのメラインが鬱陶し気に男に聞いた。

中級冒険者スタッフは中々に態度が悪い。

とは言えそれでも教養は割とある方で、下級冒険者事務所のスタッフに比べればマシだ。


「あ…俺は…」


男は来た目的を思い出し、懐から推薦状を取り出した。

そしてメラインに渡す。


「ああ、昇級ね」


「だな…です」


「名前はヤガックね」


「だ…です」


「手続きをするわ、奥の待合室で待ってなさい」


「へい…」


ヤガックは待合室に行き椅子に座る。

待合室には他にも何人かいて一人でぼけーっとしている者もいれば二人で喋っている者達もいた。


「………」


ヤガックもぼけーっとする。


昇級とは則ち下級冒険者から中級冒険者に中級冒険者から上級冒険者に上がる事だ。

ヤガックは今日まで下級冒険者だ。

そして今日から中級冒険者に上がる。

特に大した実績はない。

ここ一年程運搬や採集の仕事を主にやってきた。

モンスターとの戦いはゴブリンやコボルトとの戦闘ぐらいだ。

それも退治した訳ではなく、追い払った程度だ。

そんなヤガックでもそれが実績と見なされ中級冒険者への道が開けた。

本来ならば中級冒険者にはなれない力量だが、大量脱落者を出した中級冒険者事務所が慌てて下から汲み上げた結果、ヤガックのように多少なりとも経験がある冒険者が中級に押し上げられてきた。


これに関してはギルド内で相当揉めた。

特に上級スタッフの大反対に合ったが、中間層の空白を埋める為に中級スタッフはギルド上層部に訴えかけ大量昇級の了承を得たのだ。


ヤガックに取っても中級冒険者への昇級は嬉しいが実力が伴っているかと問われればまったく自信などない。

経験値もさる事ながら持っている槍も実際に使用した回数は指で数える程度だ。


「場違いだよなー…」


推薦状を貰った時は浮かれていたが、実際に登録に来てみたら不安が襲ってきた。


「場違いなの?」


「は?」


少し離れた席で煙草を吸っていた青い魔術師服を着た女がヤガックの呟きに聞いてきた。


「いや…何というか…」


ヤガックは頭を掻く。

聞かれていたとは恥ずかしい。

女はそんなヤガックを見ながら煙草の煙を吐いた。


「えーと…アンタ誰?」


「私は…」


女は少し間を空けヤガックの問いに答える。


「サンドラ、A級冒険者よ」


「…A級ってーと…」


ヤガックは頭を巡らす。

B級は知っている。

下級冒険者の中でも優れた実力と実績を持っている者はB級の位が与えられていた。

という事はA級は中級冒険者上位に当たるという事になる。


「中級冒険者以上、上級冒険者未満?」


そう言うヤガックにサンドラは少しニヤリとした。


「そうよ」


「ほへー、凄い人なんだ」


「まったく凄くないわよ~」


「いやぁ、俺からすればスゲーって感じる」


「君は今日から中級冒険者?」


「かなー、実感はあんまないけど」


「君は仲間は?」


「あ、いねーです、ずっと1人でやってきたんで」


「そう、けど中級だとそうはいかないわよ~」


「そんなもんですか?」


「覚悟しておきなさい、戦闘出来ないと苦しい仕事が増えるから」


そうである。

軽作業系や運搬といった戦闘外の仕事が多い下級冒険者と違って中級冒険者になると危険な仕事が増える。

その分報酬は高くなるが、怪我は勿論下手をすれば死亡に繋がりかねない案件が並ぶ。

1人で活動するには限界があるのだ。


「あー、だ…ですね」

「仲間を見つけなさいな」

「パーティーって奴ですか?」

「そうよ~」


サンドラの言葉にヤガックは「んー…」となる。


「知らない連中とパーティー組むの苦手なんだよなー」


頭を掻いて唸るヤガック。


「そう、まぁ人それぞれだけど~、苦しくなるわよ~」


たっぷりと脅すサンドラ。

ただでさえ不安があるヤガックをビビらす。


「登録準備できたわよ~」


そんな中、メラインがヤガックを呼びにきた。


「あ、へーい、じゃあ」


「もし仲間を探したければ相談に乗るわ」


「た、どうも…」


そう言って受付の方に歩いて行くヤガック。

その背を見ながらサンドラは煙草をくわえた。

そして吸い、白い煙を吐き出す。



暫くして中級冒険者の入り口の扉が開いた。

そして二人の冒険者が入ってくる。


「あ、いた、サンドラさん」


フィンは待合室で煙草をふかすサンドラを目に留め近づく。


「こんにちは~フィン」

「あ、こんにちは」


頭を下げるフィンの横で同じく頭を下げるリヴ。


「リヴちゃん、もう完全に治った~?」

「はい、大体は!!」

「そう、なら良かった~」


フィンとリヴ。

元ファングのメンバーであり、マルルンドの戦いではケネスとハンネが死んだ。

そしてこの間トールが死んだ。

その事でフィンとリヴの事を心配したレッドモアがサンドラに二人の事を見てくれと頼んだのだ。

本来ならばモア自体が見れれば良いが生憎と身動きが取れないためサンドラに相談した。

サンドラとしては余計な事に関わるのは避けたい所だが、モアの頼みとあらば断れない部分もあって引き受けた。

幸いがどうかはともかくケネスやハンネの死、そしてトールの事件や死を苦しみながらも乗り越えリヴは再び冒険者として復帰する道を選んだ。

それの支援としてサンドラはフィンとリヴに新しい仲間を見つける為の協力を現在している。




ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴトーー


馬車は進む。

乗っているアデラ達も進む。


魔獣との戦いを終え都への帰路についているアデラとルーツ。

特に何もする事がないアデラと、戦闘で汚れた盾を専用のクリーナーで丹念に拭くルーツ。

ルーツの盾ラブ具合は相当なもので、とにかく綺麗にするのは盾が最優先である。

もっとも家に帰れば真っ先にお風呂とヴィオラ達がうるさいため、その時ばかりはお風呂が先となる。

その為、専用クリーナーを冒険時には必ず香水とセットにして持ってくるのだ。


「フンフンフンフ~ン♪」


上機嫌で盾の手入れをするルーツ。

その顔は実に生き生きとして楽しそうだ。

盾は戦闘において最も傷つき易いモノだ。

それ故に冒険者の中ではあまりキチンとした手入れをしている者は少なく、傷だらけになれば店で引き取ってもらい新しいモノを買って使う…というのが主だ。

それも当然の事で冒険者の使う盾は大量生産の安価なモノばかりで防御力も高くない。

これは値段の問題で、騎士達や王宮戦士達ならともかく、冒険者達が高価な盾を購入する事が困難であるからだ。

安価な盾ですら日々の暮らしに終われる冒険者達には贅沢な代物で、装備している者達は余りいない。

贅沢品なのだ、盾とは。


「どう?、綺麗になった!」


ピカピカになった盾をアデラに見せるルーツ。


「おー、そのクリーナー、やっぱり凄いな」


「騎士御用達だし」


ルーツの使っているクリーナーは王国の上級騎士が使っている特殊クリーナーであり、値段はそれ相応に張る。

これだけで下手をすれば下級冒険者が一カ月みっちり働いた場合の金額になるだろう。

しかもそれを使って綺麗にしている大盾の金額は恐らく中級冒険者が半年に渡って休みなく働いた場合の報酬に相当する。

しかしこの大盾ですらルーツの持つ盾コレクションの中では中ぐらいの値段のモノである。

所持している最高級の盾の値段はかなり稼いでいる上級冒険者ですら目玉が飛び出す程の金額だ。


「フンフンフンフ~ン♪」


同じく鼻歌を歌いながらルーツは指で盾の表面をなぞり、その感触に気分は上々だ。

そんなルーツを見ながらアデラは迂闊にも呟いてしまった。


「盾かぁ~」


そのアデラの言葉にルーツが反応する。


「ん!?」

「え?、何?」

「アデラ、今何て言った?」

「え?、何って?」

「今言ったよね?」

「今?、ああ…盾かぁ~って」

「そう、それ!!」

「それがどうしたんだ?」

「それってつまり…」

「ん?」

「アデラは盾が欲しいって事よね!?」

「え?、何でそうなる!?」

「誤魔化しても無駄よ、アデラの顔に書いてあるもの」

「え!?」


慌てて顔を手でさするアデラ。


「ほらやっぱり!!」

「うぐ…」


まんまとルーツにしてやられ唸るアデラ。


「でも無理よ、アデラは大剣持ち、大剣と盾じゃ相性が悪すぎるわ」


流石は紆余曲折を経て今のスタイルを見つけたルーツである。


「そうなんだよねー、そこがねー」


そのアデラの言葉にルーツは不敵に笑み答えた。


「じゃあ、帰ったら早速盾を求める戦いよ!!」

「え…いや…」


颯爽と言うルーツにアデラはつい呟いてしまった事を後悔した。

そうしてルーツの盾攻撃を退けつつアデラは無事家に帰ってきた。


「ただいまー」

「ルーツただいま帰宅!!」

「おかえり」


家で留守番をしていたヴィオラが出迎える。


「あれ?、ひょっとして皆まだ帰ってきてない?」


「まだよ」


「んー?」


アデラは頭を掻いた。


距離的に考えれば自分達よりもポエル・ノーラ組の方が早く帰ってこれる筈だ。

次にエレン・グレタ組、そしてアデラ・ルーツと続いてリサ・フレドリカ組、もっとも遠くがシーグリッド・カイサ組である。


まぁ、ポエル達がゆっくり帰ってきているとしても、エレン組すら帰ってくるのが遅れているのは気に掛かる。


ずばしっっ!!


そんなアデラの背中にチョップを食らわすルーツ。


「え!?、何!?」


驚いてルーツを見ると実に鬱陶しげな顔をしていた。


「考えている事を当てようか?」


「え…」


「ポエル達が帰ってくるの遅いなー…とか思ってるでしょ?」


「あ…正解」


再びルーツのチョップがアデラの背中を襲う。


「いや、痛いって」


「そんな事よりまずお風呂だし!!」


腕を組み、敢然と言い放つ。

確かに冒険から帰ったらまずお風呂である。

旅の汚れを取りあえず落とさないとヴィオラがうるさい。



翌日、エレン達が帰ってきた。

しかしその容姿にアデラ達はぎょっとした。

鎧が傷だらけだ。


「ど…どうしたんだ、二人とも」


「ちょっとね…」


グレタは遠い目をした。


「取りあえずお風呂いいかしら?」


相変わらず涼しい顔で言うエレンだが、疲労の色は見て取れた。


「どうしたんだ、一体…」


エレン達が入浴中、ヴィオラとリビングで会話するアデラ。


「何かあったんでしょうね」

「だな」


魔猫退治でエレン達が苦戦するのは有り得ない。

しかも鎧を傷だらけに出来るモンスターなど余程上位級でなければ無いだろう。


「あーさっぱりしたー」


グレタが、そしてエレンが出てきてリビングに来る。


「で、どういう事ですか?」


のんびりしているエレン達にヴィオラが聞いた


「レーマと戦いました」


開口一番エレンがサラリととんでもない事を言った。

それを聞いてヴィオラは目を細めアデラはあんぐりと口を開く。


「は?」

「…それは?」


「魔猫はレーマの使い魔でした、恐らく偶然でしょうが私達はそれを引き当てました」


「それで?」


「激戦になりましたがレーマの使い魔は全て倒しました、しかしレーマ自身には逃げられてしまいましたけれど」

「でも後もうちょっとだったけどね」


「あ、そうなの?」


「そう、でもやっぱり強いよアイツ、久しぶりに本気になった」


「まぁ、遭遇が偶然だったかはどうかはともかく、よく無事で帰ってきました」


「そうですね、でも今回は本当に疲れましたよ」


エレンはやや笑んで答えた。



「ただいま帰りました~」

「あーだる…」


その翌日の朝方、元気よくポエル達が帰ってきた。


「遅かったな」


アデラの言葉にポエルは答える。


「あ~、それはですね~」


小鬼退治に行ったポエル達。

しかし想像以上に数が多かった。

巣に突撃して潰したものの、拡散して逃げた小鬼達も分かる範囲で追跡し倒してきたのだ。


「そうか、大変だったな」


「やなー、マジでアイツらチョロチョロしとるから面倒臭いわ」

「ですよね~」


「まぁ、エレン達の方はもっと大変だったらしいけどな」


「ん?、エレンやグレタは確か魔猫退治やろ?、何が大変なんや?」

「もしかして~、大量の猫ちゃん達が~?」


「え…とな…」



その四日後、リサ達が帰ってきた。


「ただいま!」

「……ただいま」


「おかえり」


フワフワフワ……


宙を浮く鎧竜ドリスも一緒だ。


「もー、アデラ、大変だったよ!」


「ん?、何かあったのか?」


「怪鳥を追ってたら…」


「ふむふむ」


「反王国派の人達と遭遇して…」


反王国派、その言葉にアデラは対戦したラージェ達を思い出した。


「それで?」


「戦闘になったりして大変だった!」


「はー、アイツ等また色々動いてんだな」


「そんな混乱で怪鳥は取り逃がして、追跡してやっと倒せたんだ、ね、フレドリカ」

「……うん」


「なるほど、それは大変だったな」


アデラは唸る。

ひょっとして順調に行ったのは自分達だけではないかと…。

いや、しかしまだシーグリッド達がいる。

だがしかし…。



その二日後にシーグリッド達が帰宅。


「ん?、どうした?」


何か起こったかも知れないという期待の眼差しをアデラ達に向けられシーグリッドは何が何か分からずに眉を寄せた。


「どうだった?、魔犬退治」


「ん?、いや…普通に倒したが…」


「何か他に~特別な事とかありました~?」


「ん?、いや…特には…」


「無いんかい!!」


「え?、何?…」

「何だ?、一体…」


ノーラの突っ込みに訳が分からず顔を見合わせるシーグリッドとカイサ。


「色々あったみたいよ」


横から飛んできたその声にシーグリッドがいち早く反応する。


「ディアナか」


「お疲れ様、まずはお風呂に入ってからよ」


そう言ってディアナは笑みを見せた。




「ソーサス結成に乾杯~」


その夜、とある街角で新たなる冒険者パーティーの結成式が細々と行われていた。

新たなる冒険者パーティー名はソーサス。

メンバーは女魔術師ソピア。

槍使いの戦士ヤガック。

盗賊ゴダン。

そして魔法戦士フィンに復帰した神官リヴである。


盗賊ゴダンのみは下級冒険者だったが、腕の良さが認められ超最短で中級冒険者の仲間入りを果たした。

普通なら有り得ない事だが、ゴタゴタしている現在の冒険者事務所の隙を突いた形だ。


「はい、リーダー、何か一言~」


ソピアに促されフィンは恐る恐る立ち上がる。


「えー…頑張りましょう!!」


「なんじゃそりゃ~」


ずっこけるゴダンに苦笑するヤガック。

それにリヴも笑顔を見せる。


新しいパーティー、そして新しい仲間達メンバー

ここにフィンの新たな冒険が始まった。

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女戦士が12人 @nau2018

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