第16話

しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ…


歯磨き粉をたっぷり付け勢いよく歯を磨くアデラ。

グレタのように時間を掛けて歯を磨くよりは、勢いよくぱっとやってたっと終わるのがアデラ流だ。

とはいえ勢いよくやりすぎて力が入ってしまい歯茎から血が出る時がたまにあるため力はなるべく込めない。


今日は皆で買い物である。

皆と言ってもエレン、リサ、ノーラ、ルーツの四人は教国に行っているため皆の内には入っていない。

そもそも四人は自宅が襲撃された事自体まだ知らない。


今日の買い物とはズバリその襲撃され破壊された自宅の家具の買い替えだ。

本来なら襲撃された翌日に買い物をしに行きたかったのだが、ここ数日間は非常に慌ただしくドタバタしていてその暇はなかった。

何かと言うと、国の警備本部からの呼び出しがまず第一。

例の襲撃犯の取り調べ云々に対して家にいる全員が事情聴取を受けた。

それは被害者としての聴取であり、比較的簡単な聴取で終わったが、問題は中級冒険者宿泊施設襲撃に関わったグレタへの聴取である。

当時丁度現場に居合わせた事とトールと戦った事、レッドモアとトールの戦いを直接目撃した証人としてかなり細かく聴取がなされた。

何かというと、現在レッドモアはトールを殺した事についての取り調べを受けているからだ。


この件は『殺人事件』に当たるのか『魔物を倒した事件』に当たるのか。

魔物化した人間は人間と呼べるのか否か。

その定義が曖昧なため、警備本部の捜査機関も国の法律機関も頭を悩ます事件に発展していた。

そもそも本当にトールは魔物化していたのか?、そういう声も上がり捜査は何やら難航している。

そうした経緯からグレタはトールが魔人化した事を証言出来る証人なため、それにかなりの時間聴取されていたのだ。

本人は長時間の取り調べにうんざりしていたが。


「大変だなぁー」


歯を磨きながらアデラはぼんやりと考える。

家襲撃にしても宿泊施設襲撃にしても、事件中寝ていたアデラからすればどこかぼやけて見える。

しかしレッドモアは友達…になりたい子のため、今回の件で無罪になっては欲しい。


そんなアデラがにしても、もう一つの事情聴取については流石に驚いた。

何かというとギルドからの通達である。

今回の騒動に関わったパフュームメンバー全員に事情聴取を行いため、来られたし…と。

しかしこれは別に不思議な事じゃない。

この件ではトールもレッドモアもパフュームも冒険者ギルド所属のメンバーだ。

かつ襲撃されたのはギルド運営の宿泊施設である。

ギルドが真っ先に動くのは当然の事であった。

アデラが驚いたのはギルド本部に来てほしいという通達。

上級冒険者事務所ではなく本部で聴取…。

S級冒険者であるアデラ達ですらギルド本部には行った事がない。

しかし来てくれと言うのだから、行かない訳にもいかない。

それでアデラ達は担当レミさん以下上級スタッフの何名かと共に、本部に向かった。

ギルド本部で行われた聴取は捜査本部のそれとは違い、ギルドのお偉方のみならず王国のお偉方も立ち会っていて緊張度はかなりのものだった。



歯を磨き終わりコップに入った水を口に入れる。

本部からの帰りレミさんから聞いた話では今回の件は穏便に終わらせるようにギルドが動いているため、レッドモアも多分大丈夫だと言ってくれていた。

そのためにどれぐらいの金が各方面にバラまかれるのかは知らないが、金で解決出来るのならそれに越した事はない。


若い頃は金で解決云々は何やら気に入らない事ではあったが、生死を掛けた戦いをくぐり抜けてきた今となってはまったく大した事には感じなくなった。

むしろ余計なゴタゴタが回避出来るなら有効な手段ではあるだろうと思う。



がらがらがらがらがらがら……ぺっ……


口をゆすぎ、顔を洗ったアデラはふと洗面所の入り口を見た。


「うわ!!」


アデラは驚く。

そこにはフレドリカが無言で立っていたから。


「あー、ビックリしたー、おはよう」


「…ぉはよぅ…」


「いつからいたの?」


「さっき…」


「そ…そうか、すぐ代わるから」


「……うん」


そう言うとフレドリカはコクンと頷いた。





「あー、疲れたー…」


買い物を終え、家に帰ってきたアデラはリビングの床に座り込む。

午前09:00から皆で買い物に出掛け、家具屋や雑貨店等をあーだこーだと見て回り、午後6:00に漸く帰ってきたのだ。


壁紙の色は何だ、絨毯はどれが良い…など模様替えに伴う基本的な色合いから家具・雑貨をそれに合わせるため色々考え見比べそれぞれの趣味を言い合いながら選ぶのにえらく時間が掛かった。

しかし結局時間を費やして出たのは「前と一緒で良いんじゃない?」という結論。

そもそも一階は共用スペースのためそれぞれの趣味を凝らす必要はまったくない。

したければ個人の部屋ですれば良いのだ。

そういう訳で以前と同じ壁紙、以前と同じ量産された同じ家具・雑貨を購入する事になった。


実はこうなる事は出掛けた前から全員が分かっていた。

今日は単に皆と色々見て回り、ぐだぐだと会話しながらショッピングしたかっただけである。

事実、共用スペースの買い物だけではなく個人的な買い物もして楽しんだのだ。


「疲れましたね~」


ポエルが笑顔で言う。


「いやー、しかしまだ食べ歩き足らないんだけどー」


食べ物のいっぱい詰まった袋を両手に持ち、不服そうに言うカイサ。


「いや、お前は食べ過ぎだろ…」


歩きながらも何かしら食べていたカイサの行儀の悪さに呆れ顔のシーグリッド。


「皆、お疲れ様」


下にズレたメガネを上に上げ、ヴィオラは言う。

そしてその後から部屋に入ってきたグレタとフレドリカ。


「……部屋に戻る」


「え?、あ…お疲れ」


グレタにそう言ってフレドリカはフラリと歩き、階段を上った。



フワフワ…フワフワ…フワフワ…


階段を上るフレドリカの足音はまるで実態が無いかのように軽く静かだ。


「………」


階段を上り、廊下を進んで自分の部屋の前に着く。


「………」


スッと手を伸ばし、ドアの取っ手に手をやり…そしてドアを開けた。


「……光」


部屋に入ったフレドリカはそうポツリと呟く。

すると部屋に魔法の明かりが灯る。

これはカイサが家のあちこちに設置した魔法だ。


「……ただいま」


部屋の中央で丸まって寝ていたドリスが声に反応して首を少し上げた。


「…………」


そのままフレドリカは進み、机の椅子を引いて座る。


「ゎ……」


緊張していた体から疲れが一気に来た。


「………」


そのまま椅子の背にもたれ、目を閉じる。


「………」


皆と出歩くのは嫌いではない。

しかし人混みの中に長時間居るのは人一倍苦手だ。


「つか…れた…」


体がというのではなく、心が酷く疲れてしまう。

その心の疲れが体にも影響を与えてしまい非常に怠い。


「………」


暫く目を伏せ椅子にもたれ掛かっていたフレドリカだったが、非常に眠たくなり目を開けるとフワッと立ち上がった。


フラフラ…フラフラ…


怪しい足取りでベッドに向かう。


フレドリカの動きはフワッとしているかフラフラしているかの場合が多い。

優雅と言えば優雅と言えなくもないが、他人から見ると動作が鈍くてフラフラして倒れてしまいそうな人…と見えるだろう。

とても戦士とは思えない。


ポフッ…


フレドリカは服を脱ぎ捨て、お尻をベッドにつけ…そのままもぞもぞと掛け布団の中に潜り込んだ。


「………」


暫く布団の中でもぞもぞしていたフレドリカだったが、やがて動きを止めて静かに寝息を立て始めた。


夢の中でフレドリカは竜の背に乗って大空を飛ぶ。

しかしこれは夢であって夢ではない。

この夢はかつて本当にあった事なのだ。

まだフレドリカが若い頃の話である。

白竜の背に乗って空を舞った時の記憶が夢に出てきているのだ。

キラキラと白金に輝く美しい鱗に見とれながら硬質なのに滑らかなその感触を手で感じ取る。

フレドリカが最も愛する時間だった。

今は白竜とも遠く離れてしまったが、再び戻りたいと思う事は多々ある。

いずれは帰るだろう第二の故郷を懐かしみながら、この夢を見るのが楽しみの一つだ。


「………」


竜の背に乗って空を翔ていたフレドリカは彼方から迫ってくる黒雲に身を固くする。

やがて黒雲は空一面に広がり、白竜を飲み込まんとした。


「いく……」


白竜に告げ、フレドリカは覚悟を決めた。


黒雲に突入した白竜とフレドリカ。

辺りは闇で所々稲光が発している。

そして荒れ狂う暴風と水滴が襲ってきた。


竜は一声吠えた。

それを聞いてフレドリカは頷く。


「私は平気…」


白竜は口元を引き締めると更に加速し、闇の真っ只中を飛翔した。


「いた…」


フレドリカはその中心部に佇む巨大な影を見て呟く。

稲光の雷光に照らし出されたのは竜。

白竜とは違いその色は漆黒の闇色である。


「ルド…行く…」


白竜の名前を呼び、フレドリカは剣を抜いた。

そして戦いは最終決戦に突入した。



「………」


それらは過去の事。


夢の中でフレドリカの周りには何も無くなっていた。

白竜も青い大空も黒竜も黒雲も全てない。

あるのはただ暗闇の中にポツンと立つフレドリカだけだ。

しかしフレドリカに不安はない。

たった1人きりである事に恐怖はないから。

真に恐怖すべきは雑多な人の群れである。

それらが出す雑音はフレドリカの心に重くのしかかり、心身の疲れを引き起こす。


「………」


暗闇の中でフレドリカは目を瞑った。

これは夢である事が分かったからだ。


「………」


フレドリカが深呼吸し、目を開けると暗闇の中に二つの目が宙に浮いていた。


「ぁ……」


フレドリカはその二つの目を見て声を出す。

それは過去からの因縁だ。

そして二つの目は話しかけてきた。


「久し振りだね、フレドリカ」


「………」


その声は女の声だった。


「………」


フレドリカは髪の毛を弄る。


「レーマ…」


「おや、名前を覚えていてくれたみたいで嬉しいよ」


「貴女は…家を襲った…」


「単なる挨拶代わりだね」


「なぜ…?」


「何がだい?」


「貴女はなぜ…生きているの?」


フレドリカの問いには答えず二つの目は静かに消え去った。


「………」


闇の中で沈黙が訪れる。


「レーマ…」


フレドリカはかつて戦った魔族の女の名前を再び口にして、目を伏せた。



「………」


そしてフレドリカは目覚めた。

時計を見ると針は19:15分を差している。


「………」


ベッドから出たフレドリカはクローゼットから着替えを取り出し着始めた。

かつての敵レーマの夢を見た事で気分は非常に灰色に染まっている。


「ドリス…」


そんなフレドリカの心を読み取って起きたドリスが心配そうに見つめる。


「心配ない」


そう言うとしゃがみ込み、その背を撫でた。

ドリスは背を撫でられるのを好む。

硬質な体であっても羽毛の生えた動物のようだ。


「心配ない…」


もう一度言うと背を撫でるのを止めて立ち上がる。

それにドリスは不満気に首を上げた。


「晩御飯食べに行ってくる…」


ふらつく足取りで部屋のドアまで行き、取っ手に手を掛け…開ける。



「うわ、負けた!!」


一階に降りた時、アデラの大声が響いた。


「アデラってマジ弱いよねー」


カイサの笑い声が飛ぶ。


「カードゲームは苦手なんだよ」


「表情に出過ぎだ」


シーグリッドの声が聞こえた。


「え…そんなに出てる?」


「分かり易過ぎです~」


「うるさい、ほっとけ」


フレドリカがちらりとリビングを覗くとポエル達が折り畳み式のテーブルと椅子に座りトランプで遊んでいた。


「………」


ヴィオラの姿がそこに無いのを見て事務所に足を運ぶ。

案の定、ヴィオラは事務所にてスケジュール表等を見ていた。


「………」


フレドリカはコンコンと開いている事務所のドアをノックする。


「ん?」


その音に机の上の書類からドアの方に目をやるヴィオラ。


「フレドリカ?、起きた?」


「うん…」


「夕食ならダイニングに用意してあるわよ」


「うん…」


「………」


何か言いたげなフレドリカの様子にヴィオラは手に持った書類を机の上に置き立ち上がった。


「どうしたの?」


「………」


「何かあった?」


フレドリカに近づくヴィオラ。


「夢を見た…」


「夢?」


そう言うとヴィオラは少しだけ身構えた。

フレドリカの夢は時として重要な要素を持つ時がある。

それが竜の力と連動しているらしいフレドリカ独特の能力の一つで、予知夢や人の心を映す夢にとして現れる事があるからだ。

フレドリカがわざわざ言いに来るという事は何かしらのそういった夢を見た事を表す。

しかも余り良い方の夢ではないのはフレドリカの不安気な表情から明らかだ。


「どんな夢?」


出来るだけ穏やかな表情を保ちつつヴィオラはゆっくりと聞く。


「……二つの光る目」


「!、レーマね」


「そう…」


「レーマが出てきたの?」


「うん…」


「それで?」


「…ただ出てきただけ」


「何か言っていた?」


「襲ったのは挨拶代わりだって…」


「他には?」


「私は聞いた…」


「何を?」


「なぜ生きているのかって…」


「どう言っていたの?」


「何も答えずに消えた…」


「そう…」


フレドリカの手を取り安心させようとするヴィオラ。

その夢が単なる夢なのかレーマの心を現したモノなのかの判断はつきかねる…。

が、今だ半信半疑であるレーマの生存が現実味を帯びてきた事にヴィオラは非常に厄介になってきたと溜め息をつきたくなった。


ヴィオラとの話が終わり、フレドリカは事務所から出てダイニングに足を向ける。

キッチンではお手伝いさんがアデラ達の取った食事の食器類を洗っていた。

テーブルにはフレドリカ用の食事が用意されている。


「あ…」


同じくテーブルにはグレタが座って食事を取っていた。


「よく眠れた?」


肉料理を美味しそうに食べていたグレタが聞いてきた。


「…うん」


「そう、と言っても変な時間に寝たから夜寝られなくなるかもね」


「…多分平気」


「そっか」


フォークで肉を刺して口に運ぶグレタ。

フレドリカはキッチンに行き、お手伝いさんに温かいスープを入れてくれるように頼んだ。

そしてテーブルに戻り自分用の食事が置かれた前の椅子に座る。


「………」


直ぐにスープが運ばれてきた。

フレドリカはスプーンですくって口に運ぶ。


「…美味しい」


「でしょー、今日のこのスープすごく美味しいよね」


「…うん」


ヴィオラに話した事とスープの味に先程までの暗い気分は随分と薄れた。


「そう言えばさ」


「…何?」


「エレン達から手紙が来たよ」


「…まだ向こうに?」


「あと数日滞在したら帰って来るって」


「…そう」


パンを手で千切りながらフレドリカは小さくした欠片を口に入れた。

肉料理は余り好まない。

どちらかというと野菜や果物、パンが好みだ。

あと消化の良い麺類である。


「色々とお土産買って帰ってくるって」


「…そう」


「ん」


グレタはナイフでススッと肉を切りフォークで刺す。

フレドリカはプチトマトを摘まんで口に運ぶ。


「明日…」


「ん?」


「明日家具が届く?」


「そう、昼ぐらいに持ってくるって」


「…新しい家具を見たら…驚くね」


「そうねー、帰ってきて家具類が新品に変わってたらリサ達驚くだろうね」


「驚く顔を見るのは…楽しみ」


「そうね」


帰ってきたエレン達のリアクションは大体想像がつく。

エレンはにこやかな顔で口元が少し引きつり「何ですか?、これは?」と言うだろう。

ノーラは「何やねん!!、何でやねん!!、なに無駄遣いしとんねん!!」と騒ぐ筈だ。

リサは「わぁ、全部新品だね!」…と手を合わせ新しい家具を触ったりして喜ぶだろう。

ルーツは「新品でも前と同じ製品なんてまったく面白くないし!、つまらないし!」…と否定的に言うのが目に見えている。



食事を終えたフレドリカはアデラ達とカードゲームで遊ぶ事もなく、自室に戻りポエルから借りた恋愛小説の続きを読んだ。

読み終えた時、気がつけば時間は既に深夜になっていた。


「………」


フレドリカは部屋を出て一階に降りる。

既に全員自室に戻っていて、一階には誰もいなかった。


「………」


フレドリカは庭に通じるドアを開け、庭園に足を向けた。


「………」


月明かりに照らされ庭にある花々は暗くとも美しい花の色を見せている。


「………」


フレドリカはガーデンにある椅子に座り、頭上に輝く月を見上げた。


「………」


幻想的な色合いを見せる月の光。

そしてその光の下に静かに沈む街々。

そのぼんやりと光る色と静寂はフレドリカの心を癒やす。


「………」


そのままフレドリカは月光を浴びながら、その光が薄れるまでその時間を楽しんだ。



月の光が薄れ始めた時、フレドリカはガーデンから自室に戻りようやく眠りについた。

それと入れ替わるようにアデラは目覚める。


「うわ!!」


正確には飛び起きた。

またしても悪夢である。

またゾンビかと言われれば答えはノーだ。

正解は寝ている間に殺される夢。

数日前にあった襲撃事件の夢を見る。

襲撃時には魔法で眠らされていたアデラはそれを非常に気にしていた。

いや…別にアデラだけではなくポエルもフレドリカも眠らされていたのだから…とはいえ、やはりアデラは気にする。

そのまま眠っていたポエルはともかく、起きたフレドリカや自力で睡眠魔法を解いたカイサ、嫌な予感がすると対魔法の指輪を事前にはめていたヴィオラに比べれば実に不甲斐ない。

事件後は対魔法の指輪をはめて寝る事にしたが、夢の中ではなぜか作用せず眠らされたまま殺される夢を見る。


「あー」


寝汗をかきながらアデラは「またこの夢か…」と呟いた。


「水…」


何か飲みたいと思い自室を出たアデラはキッチンに行き水をコップにくんだ。


「あー、おいしい」


水は冷たく少し熱い体や頭を冷やすのに気持ちいい。


「えーと…」


水を飲み終えたアデラはこれからどうしようかと考えた。

また寝て同じ夢を見るのも鬱陶しい。

というか目が覚めてしまった。

今日は昼に家具が届く。

ならこのまま起きておくか…と。

そしてアデラはいつもの如く夜明け前の街を散歩するため家を出た。



家具が来たのは午前11時ぐらいであった。

夜明け前の散歩から帰ってきたアデラは自室でうだうだしながら朝食を食べ、昼前までぐだぐだしていた。

そして家具の到着である。

予定は昼過ぎだったが、早めに来た。


「一丁やるか」


タンスなどの重たい系を運び込むのはアデラの得意である。

重い系担当は主にアデラとシーグリッド。

軽い系はポエルとグレタ担当。

壁紙系はヴィオラとフレドリカが貼り直した。


「あり?、もう終わった?」


自室でもたもたしていたカイサが一階に降りてきた時、既に全て終わっていた。


「遅いって」


アデラが呆れ顔でカイサに言うとカイサは「いやー」と頭に手をやる。


「遅いぞ」

「遅いです~」

「遅いわね」

「遅いよー」

「………」


シーグリッド、ポエル、ヴィオラ、グレタが同じく呆れ顔で言う。


「ごめんごめん、代わりにご飯奢るし」


「お、なら許す」


アデラが言うとシーグリッド達も頷いた。

カイサは「あははー」と笑いながら蘇った一階広場を見渡す。


「それにしても見事に同じだねー」


破壊される前の一階と見事に同じになった事にカイサは感心した。


「そりゃ、みんな同じ製品だし」


「違うのは新品って事だけですね~」


「そりゃそうなんだけどさー」


カイサの言葉にシーグリッドが言う。


「まぁ、いつものが良いだろ」


「そうだねー」


それにグレタが呟いた。


「もっとも、約一名だけうるっさいのがいるけどね」


そのグレタの呟きにシーグリッドが腕を組む。


「ああ、また始まるな」


「帰ってきたら~、面白くない~つまらない~とか言いそうですよね~」


「絶対言うよ、間違いなく」


「ある種、あれはあれで名物だからな」


「はいはい、もう終わり」


アデラ達のぐだぐだ話をヴィオラは手を叩いて終わらせた。


「それでカイサ」


「はいよー」


「その奢ってくれる日はいつ頃です?、聞いておかないと色々と予定が狂いますからね」


「今日の夜とか?」


「明日以降にしなさい」


「ほーい」



翌日、リビングのソファーにはアデラとポエルは寝そべってゴロゴロしながらその心地良さを実感していた。


「いいなぁ~」

「いいですねぇ~」


仰向けで寝転び天井をぼんやり見つめる二人。

まったくもって至福の時であり実に平和な時間だ。


「そいやシーグリッドはー?」

「出掛けましたね~」

「どこにー?」

「冒険者の事務所に~行くって言ってました~」

「えー、もう仕事ー?」

「ですね~」

「少し休めばいいのにー」

「ですよね~、私もそう言ったんですけど~」

「んー、何てー?」

「体が鈍るからって~」

「…あー、かもねー」


確かにゴロゴロしているだけでは体が鈍る。

しかしたまには長期休暇も取るべきだとは思う。

しかし体も感も鈍ってしまうのは確かだ。


「カイサはー?」

「同じように~冒険者事務所に行きました~」

「えー、怠け者のカイサがー?」

「はい~、何でも~」

「んー?」

「食が私を呼んでいる~とか言って~」

「あー…」


食いしん坊のカイサは都の食のみならず地方の食にも貪欲だ。

冒険者をやっている理由の一つが美味しいモノを食べに行く…というのが含まれている。


「好きだねー」

「ですね~」

「………」

「………」


そのまま少し沈黙が続いた後、ポエルが言った。


「グレタは~」

「んー?」

「いつものですね~」

「あー、いつものねー」


いつもの…とはスポーツジムの事だ。

体を動かす事を好むグレタはスポーツジムで体を動かしている。

シーグリッドも鈍った体をそこで動かせばよいのだが、それは嫌いらしい。


「高いんじゃなかったっけー?」

「それ程でもないですよ~」


グレタが利用しているジムは会員制で金額が結構高い。

ポエルがそれ程でもないと言ってはいてもS級冒険者だからこそ言える台詞であり、中級以下の冒険者では到底捻出出来る金額ではない。


「私も行こうかなー」

「どうぞ~」

「ポエルは行ったことあるんだっけー?」

「ありますよ~、グレタと一緒に行きました~」

「どんなだったー?」

「いい汗かけますよ~」

「へー」


それを聞いて自分も行ってみようかという気になるアデラ。


「フレドリカはー?」

「香水屋さんに行くって言ってました~」

「ほー」


意外とフレドリカは外出する頻度が高い。

しかも移動範囲も結構広い。

そしてよく知らない道にも平気で歩いていったりする。

いつも決まった道しか歩かない道に保守的なアデラとはえらい違いだ。


「みんな外出してるんだなー」

「ですね~」

「………」

「………」


アデラとポエルはそのまま無言になった。

そんなだらけた二人に一階事務所から出てきたヴィオラが呆れ顔で言った。


「…二人とも、太るわよ」


「のにゃあ~~!!」


太るというキーワードにポエルは反応する。


「太るの嫌です~」


「そう?、でもゴロゴロしてるとそうなるわよ」


「うにゃ~、ジム行ってきます~」


そう言うとポエルは着替えるために自室に向かう。


「アデラは出掛ける予定ある?」


「いや、私は今日は出ない」


「私は出掛けるので留守番頼める?」


「え?…」


また一人で留守番である。

とはいえ前と違って今はまだ昼間でしかも夕方になればみんな帰ってくるのだから心配はいらない。


「ああ、構わないよ」


「ならお願いね」


そう言うとヴィオラもまた着替えるために自室に戻った。



「んー…」


ポエルとヴィオラが出掛けた事により、家にはアデラだけとなった。


問題はない。

何ら問題はない。

しかし、もしこの間のように襲撃者が襲ってきたら…と考えると気が張る。

特にあの魔族のレーマが生きているかも知れない現状では気はまったく抜けない。


「………」


さっきまでのだらけ具合とは違い、何かピリピリし始めるアデラであった。



家でアデラがそんな緊張を強いられている時、フレドリカは見知らぬ街路をふわふわした足取りで歩いていた。

周りから見ればまったくの無防備に見える。


「やるか…」


そんなフレドリカを建物の陰から鋭い視線で見ていた若い男は呟いた。

男の名前はゴダン。

地方から上がってきた盗賊のスキルを持つスリの常習犯である。

盗賊ギルドには加盟せず一匹狼を気取ってはいるが、もちろん知られれば罰を受けるか最悪命の保証はない。

ゴダン的にはそのスリルを味わうのも醍醐味と捉えていた。

それは確かな腕と絶対に見つからない、捕まらないという自信からくるものだ。

事実ゴダンは都に来て以来、ヘマはしでかさなかった。

たった一度を除いては。


「いく」


そう口の中で呟きゴダンは建物の陰から出て先回りし、フレドリカが歩いてくるやや斜めの位置から歩き出した。

そして徐々にフレドリカに近づく。


たった一度のヘマ。

それは少し前の事だ。

市場で獲物を物色していたゴダンは連れと歩いている間抜け面の赤髪女を見かけた。

中々に体格はよかったが、何か隙だらけでしかも金も多少なりとも持っていそうな女。

その日はいまいち良い獲物にありつけなかったゴダンは仕方なくその女を狙った。

しかしその判断が間違っていた。

確かに赤髪女からサイフを奪えたが、直後に赤髪女の友達か知り合いか知らないが別の女に見破られ腕を取られたゴダンはねじ伏せられたのだ。

ゴダン自体はさして弱くはない。

むしろ結構強いと思っている。

しかし女はゴダンをあっさりと倒した。

そう、狙った相手が悪かったのだ。

その時ゴダンは終わったと思った。

このまま突き出されれば全て終わる。

そう思ったが女はゴダンを解放した。


「……失敗は二度とするかよ」


ほとぼりが覚めるまで少し大人しくしていたゴダンだったが、仕事再開だ。

奥歯を強く噛みゴダンは指を動かす。

そしてフレドリカに近づく。


当たるか当たらないか…といった瞬間、ゴダンの体はフレドリカの体を透き抜けた。


「……!?」


体制を崩しゴダンはその場で倒れる。


「な……」


何が起こったのかまったく分からない状況にゴダンは一瞬ポカンとした表情になったが、直ぐに立ち上がり何事も無かったかのように取り繕った。


「………」


フレドリカはそんなゴダンの様子を横目でチラリと見たが、特に気にせず視線を外し無言のまま歩いていく。


「俺は確かに…」


信じられない思いでゴダンは歩いていくフレドリカの後ろ姿を見た。


「……!」


そしてある事に気づいた。

足の動きである。

ゆらゆらとした足取りだが、その動きは独特で静であり柔なる動作を可能にする動きだ。

つまり体を透き抜けたのではなく、透き抜けたと錯覚させるぐらい鮮やかにかわされたという事だ。

盗賊にもそういった技術は存在するためゴダンも知識としては知っているが、修得難易度は極めて高く達人の域に達しないと体得は困難である。


「何だ…?」


ゴダンは衝撃を受けた。

当然だ。

それをゴダンよりも明らかに年下である華奢な人形みたいな可愛らしい顔の少女が使ったのだ。


「………」


少しその場に立ち尽くしていたゴダンだったが、ある決心をした。

ゴダンはその日からスリから足を洗い、日雇い労働で金を稼ぐ事にした。



シーグリッドやカイサが上級冒険者事務所で仕事を探している頃…中級冒険者事務所では宿泊施設襲撃における事件の衝撃が冒険者達の中で広がり、かなりざわついた様相を見せていて、ごった返していた。


そんな事務所の広間のテーブルに座り悠々とパイポ煙草をふかす青い魔術師。

A級冒険者であるサンドラである。


「ふぅーーー」


吸った煙を吐きながら他の冒険者達が慌てている様を観察する。

広間に設置された各テーブルで「あーだこーだ」と会話し合う話を盗み聞きすれば面白くも実に耳障りな雑音だ。


「すぅーーー」


「ふぅーーー」


口から吐き出される煙は実に白くゆらゆらとしながら溶けて消える。


「邪魔するぜ」


ガタンと対面の椅子を引いて男がドカリと座った。

A級でこそないが同じ中級冒険者のベルゲだ。

その左目には眼帯を付けている。


「何か用~?」


「ああ、今回の件だ」


「何か話があるの?」


「レッドモアは…その…」


「平気じゃない~?、ギルドもそう動いているみたいだし」


「そうか…、まだ警備本部に留め置かれてんのか?」


「魔物殺しか人殺しか…その答えを出すのは時間がかかるんじゃない?」


「だな、しかし本当にファングのトールが…」


「最近怪しい動きをしていたらしいから」


「魔物になった…なんて本当にあんのか?」


「2年前にそれはあったって話だけどね~」


「魔人襲来か…」


「今回の件で~、それが関係しているって話よ」


「まさか、魔人が生きていたとかか?」


「もしくは~、その残党の仕業とか?」


「ま、どっちにしろ俺には関係ねーな」


「辞めるの?」


「片目やられたんだ、仲間ももう皆いねー」


「だね」


「ようやく怪我が治ったから今日登録抹消しにきたんだ」


「引退式挙げてあげようか~?」


「冗談じゃねー、マンティコア相手に手も足も出ないでこのザマじゃ恥でしかねーだろ」


「まぁ…」


「もうここに来ることはねーからモアに伝えてくれ」


「何て?」


「色々迷惑かけてすまなかったな…てな」


「分かった、伝えとく」


「じゃあな」


そう言うとベルゲは立ち上がり、事務所から出て行った。

その背中はついこの間まで自信過剰で大言壮語吐きで下級冒険者達を足蹴にしていた奴とは思えない。


「躓いて少しは丸くなったかな~?」


サンドラは煙を吸い、そして吐く。

実はベルゲだけではなく今回の襲撃事件に恐れをなした中級冒険者達は次々と登録抹消に来ていた。

その為、中級スタッフ達も大混乱でかなり慌ただしく仕事をしている。


「少しは仕事をさせないとね~」


いつも大して忙しくもない仕事をダラダラして給料を貰っているスタッフ達に向けて呟いた。


それから数えて煙草は三本目にさしかかろうとした時、事務所にフィンが入ってきた。

出来るだけ目立たないような服装で。


入ってきたフィンにサンドラは手招きする。

今日フィンを呼んだのはサンドラである。

フィンもリヴやモアと同様トールに関する参考人として警備本部に度々呼ばれている身で、仕事は出来ない状態だ。


「何でしょうか?」


近くに来て立ちながら言うフィン。


「少しね~話があるの~」


そう言ってサンドラは席に着くように手を椅子に向けて座るように示した。




「んー…」


留守番というのは一番の苦手だ。

ソファーの上で胡座をかき、大事に備えるアデラ。

しかしこの間の時とは違う事もある。

上にいるドリスの存在だ。


「ドリスがいる!!」


そうこの間にはいなかった心強い味方が上にいる。

これはもう「どこからでもかかって来い!!」という感じだ。

もっともフレドリカがいない今はドリスの行動範囲は自室のみに限定されてしまうが…。


「………」


「………」


「………」


頑張って雑誌などを見て時間を潰すアデラ。

いつもならあっという間に過ぎ去る時間だが、意識するとなぜか時間の進みがもの凄く遅く感じる。


「いやいや…」


「………」


「………」


殺される悪夢のせいで睡眠不足気味な為、うつらうつらとし始めるアデラ。


「うお!!」


思わず目を覚ます。


「いや…だめだめ…」


ここで寝ては留守番を頼まれた役目を果たせなくなる。

何としても起きていなくてはならない。


「………」


「………」


「……ぐぅ…」


「は!!」


一度眠気が襲ってくると少し振り払っただけでは振り切れない。

何度かこくりこくりとして起きてを繰り返し、アデラはとうとう眠りに入った。



「ただいまー」


暫くしてシーグリッドとカイサが帰ってきた。


「………!」


その声にアデラはソファーから飛び起きる。


「あれ、こんな所で寝てたんだ?、風邪ひくよー」


カイサの言葉にアデラは頭を掻き時計を見た。

どうやら一時間程寝ていたらしい。


「やっちゃったよ…」


「え?、何を?」


「ヴィオラから留守番を頼まれてたんだけどさ…」


「ふんふん」


「見事に寝ちゃったよ」


「あー、まぁいいんじゃない?」


カイサのあっけらかんとした言葉にシーグリッドも頷き付け加えた。


「玄関の鍵は掛かっていたし、気にし過ぎだ」


「だよねー、真っ昼間から泥棒が入ってくる訳じゃないしねー」


「そうなんだけどさー」


しかし頼まれた以上は起きて見張っていたいアデラである。

これは大いなるミスだ。

全ては悪夢のせいである。


「事務所に行ったんだっけ?、仕事はどうだったー?」


机の上のガラス瓶からクッキーの袋を取り出したカイサは言った。


「あんまり良いのなかったよー」


そして破いて中身を口に入れる。


「そっかー」


「無くはないんだが少なかったな…私達が全て取ってしまう訳にもいかないしな」


「あー、だね」


パフューム以外にも上級冒険者達は勿論いる。

彼らに仕事を譲るのも必要な事である。

持ちつ持たれつだ。


「あれ?、ポエルは?」


クッキーを噛みながらカイサが聞いてきた。


「ゴロゴロしてる時にヴィオラに太るわよって言われて慌ててジムに行った」


「へー」


「多少太った所でどうという事もないと思うんだけどね」


「あー、アデラはまったく気にしないからなー」


「そう言うカイサは気にしてんの?」


「んー?、全然」


「…だよな」


更にガラス瓶に手を伸ばすカイサにアデラは皆が普段疑問に思って話題にしている事を頭に過ぎらせた。

いくら食べても太らないカイサの謎を。

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