第14話

「アデラ…、アデラ…」


夢の中で誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。


「アデラ、アデラ」


声は…聞いた事があるし、体を揺さぶられている感じもある。

そしてアデラは夢の中で、現在の自分は寝ている状態と理解出来た。

誰かが自分を起こしていると…。


しかし目は覚めない。

……と言うか起きた…と思ってもそれはまだ夢の中なのだ。

それが続き次第に自分が寝ているのか起きているのか判らなくなってくる。


「…………」


やがて何やらぶつぶつと囁く声が聞こえてきた。


「…………」


「…………」


「…………」


「!!」


声が途切れた時、アデラは目を覚ました。


「あ…あれ?」


一瞬これも夢かと思ったが、目の前にカイサが立って此方を見ていた。


「カイサ?…あれ?…どうした?」


ぼやけた頭でカイサに聞く。


「起きたね」


「ん…んん、起きたけど…」


頭は混乱する。

自分が現在どこにいるのか判らなくなったからだ。


「あれ?」


見渡して、ここが自分の部屋である事を思い出す。

そして自分はベッドで寝ている。


「あっと…」


そのまま上半身を起こした。


「ん…えーと…どうした?」


カイサが自分の部屋に入ってきている。

基本メンバーは本人の同意無しに部屋に入ってくる事はない。

あるとすれば緊急を要する時である。

つまりは何らかの緊急事態が発生したという事だ。


「どうした?」


アデラはベッドから降りてカイサを見た。

その足元にはフレドリカの相棒たる竜鎧のドリスまでいる。


「敵がさぁ、襲ってきたのよ」


「敵?」


「例の不審者共」


「え?、ここに乗り込んで来たの?」


まさかの状況にアデラは驚く。


「そう、魔法使いがいて乗り込んでくる時に眠りの魔法を家全体に掛けてきたんだよ」


「………!、あ!、私は眠らされたって事?」


「んー、多分元々寝てたんだろうけど起きられない様にされたってトコ?」


「あー、なるほど」


起きようとして起きられなかった原因は魔法のせいか…と納得する。


「私が解術した」


「そうか、サンキュー」


とは言え素早く聞いておかなくてはならない事がある。


「敵は?」


敵が乗り込んで来たのなら危機である。

しかも眠りの魔法で眠らされていたのならヴィオラ達まで眠った事になるだろう。

パフューム最大の危機である。

と言っても慌てる心はさして無い。

目の前にカイサがいて解術をしてくれたのなら、状況は最悪にはなっていない可能性が高いからだ。

しかし現状どうなっているのかはさっさと知りたい。


「大丈夫、敵は捕らえたから、ヴィオラ達も無事だよ」


「そうか」


それを聞いて安心した。


「詳しくはポエルを起こしてから下に降りて言うから」


「ん…、ポエルも眠らされているんだ」


「そうよー、眠りの魔法にかかったのはアデラとポエルとフレドリカだよ」


「あー…面目ない」


そう言ってアデラは頭を掻く。


そのまま部屋を出たカイサはポエルの部屋まで歩いて行く。

カイサの後をアデラは付いて行った。

その後ろからはドリスが付いてくる。

下の階は何やらざわざわと人の話し声が聞こえてきた。

それは男達の声だ。


「え…何?」


「あー、捕縛した侵入者達を逮捕しに街の警備兵さん達が来てるし、今ヴィオラ達が対応してるから」


「あ、そう…」


言っているとポエルの部屋だ。

そのポエルの部屋の前には剣を持ったフレドリカが見張っていた。


「……起きた」


アデラの姿を見たフレドリカはそう呟く。


「ありがとフレドリカ、んじゃ起こしてくるからちょっと待ってて」


そう言うとカイサはポエルの部屋に入って行く。


「………」


アデラはフレドリカを見る。

お人形さんの様な顔に、もの凄く細長い腕で剣を持って立っている姿は違和感しかない。

それがまだ鎧姿ならまだしも、寝間着だと尚更だ。


「フレドリカが守ってくれてたの?」


「……うん」


「ありがとう」


「……うん」


「………」


もっと詳しく話を聞きたいが、どうにもフレドリカとの会話は時間が掛かる。


「あれ?、そう言えばフレドリカも魔法で眠らされたとか言ってたけど…」


「……ドリスが助けてくれた」


「ああ、なるほど」


「………」


剣を壁に立てかけ、フレドリカは髪をいじった。


「カイサとヴィオラは下で不審者共と戦ったの?」


「……起きた時にカイサが廊下で戦ってた……カイサはヴィオラを助けに下に降りて……私がポエルの部屋と……ドリスがアデラの部屋を守った」


「なるほどねー、そう言う事か」


要約すると魔法使いの眠りの術にフレドリカも掛かりアデラ同様深い眠りに落ちたが、異変を察知したドリスの解術によりフレドリカは目覚めた。

ドリスについては通常の魔法攻撃は効かず、魂と繋がっているフレドリカに対してのみ魔法の効果を解く能力を持っている。

そして部屋を出ると廊下で上がってきていた不審者とカイサが戦っていた。

不審者を倒したカイサは魔法で寝ているだろうアデラとポエルをフレドリカに任せてヴィオラと多数の不審者共が戦っている一階に降りていった…という所だ。


「奴らは何人ぐらいいたの?」


「……全部で11人」


「11人か、多いな」


「……それとは別にグレタが外で1人を追いかけていった……みたい」


「ん?、グレタはそいつを捕まえたの?」


「……分からない、まだ帰ってきてない……」


「そうか、シーグリッドは?」


「……シーグリッドはこっちに来た」


「なるほど」


つまりは外で見張っていたグレタとシーグリッドだったが、現れた不審者共がそのまま家を襲撃したため、シーグリッドはこっちに救援に来たと言う事だ。

一方、襲撃した11人の他にもう1人いて、こっちは襲撃に加わらず何らかの理由で離れたかシーグリッド達に気づいて逃げ出したかしたのをグレタが追いかけたのだろう。


「おはようです~」


寝ぼけ眼で手を上げて部屋から出てくるポエル。

まったく緊張感0である。

まぁ、カイサから既にアデラやフレドリカも起きていると聞かされているだろうから安心しきっているのだろう。


「おまたせー」


そしてカイサが出て来る。


「下にはヴィオラとシーグリッドがいるのか?」


「だよー、あ、フレドリカから聞いた?」


「まぁ、ざっくりとは」


そんなアデラとカイサの会話にポエルが入ってくる。


「結局~何がどうなったんですか~」


「詳しくは下で話すよ」


そう言うとカイサは階段に向かって歩き出した。

続いてアデラ、ポエルと続く。

最後にフレドリカはドリスに部屋に戻っているように言って体をさすった。

ドリスはフワリ…と浮き上がり自分の部屋までふわふわと漂って戻っていく。

それを見ながらフレドリカはカイサ達の後を追う。


そして一階に降りたアデラ達。

既に侵入者達は警備兵達によって引っ立てられていった後であり、まだ残っている一部の警備兵達とヴィオラ達が話していた。


やがてその警備兵達も居なくなり、ヴィオラとシーグリッドはリビングにいたアデラ達の元にやってくる。


「起きたわね、二人とも」


ヴィオラはアデラとポエルに視線を向けた。


「はい~、起きました~」


手を上げてポエルが答える。


「いや、参った」


手を頭の後ろに当て、アデラも言う。

そんな二人を見ながらヴィオラが言った。


「無事ならばそれに越した事はないわ」


そしてヴィオラとシーグリッドはソファーに座り、話し始めた。



家の周辺で隠れて不審者共が来るのを監視していたグレタとシーグリッドは不審者共が周囲に現れた事に気づく。

しかし今回は少人数ではなく10人以上である。

多いと感じなら、取りあえず連中がどうするのかを見ていた。

するとその内の1人が家の玄関のすぐ側まで近寄り何やらしている。


「あれは…」


連中に気づかれる事なく、その様子と行動を影で見ていたカイサは傍にいるシーグリッドに呟く。


「魔法よ」


「ああ、だな」


杖を手に持ち、頭の上に高々と掲げている。

その杖の先端部にはめ込まれている石がぼぅ…と光った。


「何か魔法を使ってるわね」


「開錠か?、それとも…」


約5分ほどそれが続いた後、杖を持った者は仲間達に向き頭をコクリと下げた。

それを合図にその中の1人が出てきて玄関まで歩いていく。

そして玄関のドアの前まで来ると鍵穴に何かを差し込んで探っている。


「まさか、乗り込む気?」


予想外の展開にグレタはシーグリッドを見る。


「ん…あれ」


玄関のドアの鍵を開けようとしている者と杖を持つ魔術師、そして少し離れて10人のローブを着て頭にフードを被った連中。

合わせて12人。

その少し離れている10人の中の1人が仲間達から離れていくのが見えた。


「どうする?」


シーグリッドの問いにグレタは答える。


「どうもこうも…シーグリッドは家を頼むわ、私はアイツを追う」


家の中ではヴィオラが起きて待機している筈だが、直前に魔術師が使った魔法が気に掛かる。

中にいる人間に対して何らかの効果を及ぼすモノであろう事は確実だからだ。


「あ…」


その時シーグリッドが気づいた。


「思い出した、まずい!!、あれは眠り系統の魔法だ」


「く…」


シーグリッドの言葉にグレタが唇を噛む。

ならばヴィオラは眠らされた可能性が高い。

もはや一刻の猶予も許されない。


「行く!!」


「追う!!」


そう言うとシーグリッドは家に向かって走り出した。

一方、グレタはもう1人を追うため足音を消して後を追う。


シーグリッドが家の前まで着くと既に連中は家の中に入っていた。


「くそ!!」


急いでシーグリッドは玄関から中に飛び込む。

その途端、刃物と刃物がぶつかり合う金属音が耳を打った。

誰かが室内で戦っている音だ。


「ん…これは…ヴィオラ…か?」


てっきり眠らされたと思っていたが、起きて戦っているなら少しは安心である。


シーグリッドが音のする方に素早く足を向け広間に入ると、ヴィオラが侵入者達と戦っていた。

見ると既に侵入者の1人は床に倒れている。

しかし後10人がわちゃわちゃと広間で動いていて非常に鬱陶しい。


「ヴィオラ!!」


シーグリッドが声を出し、ヴィオラに自分が来た事を知らせる。

ヴィオラはその声を受けてチラリとシーグリッドを見た。

侵入者達が二階に上がらないように階段下で戦っていたヴィオラだが、場所的に不利で防衛一方だったためシーグリッドが来てくれたのは助かる。


「見た通りよ」


「了解だ」


そう言うとシーグリッドは持っていた短剣を引き抜いた。


「こっちだ」


武器とはいえ、あくまで短剣なためこれで敵を制圧出来るかどうかは微妙だ。

そもそも敵とはいえ人間なので魔物相手のように斬り殺す云々は出来ない。

うまく気絶させるぐらいしか出来ない。


何人かがシーグリッドに向かって襲いかかってきた。

一方、ヴィオラは魔術師の出した炎をかわした…が、それによって階段への道を開けてしまった。


「しまった!!」


ヴィオラは舌打ちをする。

恐らく魔法で眠らされているアデラ・ポエル・カイサ・フレドリカを攻撃されたらひとたまりもない。


ヴィオラは体制を整え階段を守ろうとするが、何人かに防がれてしまう。

その隙をついて2人程が階段を駆け上がっていく。


「どきなさい!!」


剣の柄頭で殴り1人を倒すものの、魔術師がまたもや炎の魔法で攻撃してくる。


「く…」


再び避けるヴィオラ。


「まずい」


このままではポエル達の命が危ない。

久しぶりに本気で焦るヴィオラ。


その時、上から男達の怒声と争う音が聞こえた。


「何?」


その音にヴィオラは階段の上を見上げる。

そして上からはカイサの声がした。


「こっちは大丈夫だよ、ヴィオラ」


その声にヴィオラは安堵する。


「上は任せたわ」


「ん?、んん…下はどうなってんの?」


「シーグリッドも来たから大丈夫よ」


「了解ー」


上から聞こえてくるカイサの声を聞きながらヴィオラは落ち着きを取り戻す。

急に家になだれ込んできた連中を同時に1人で階段を守りながら相手しなければならなかった先程までとは状況が違う。

今は向こうでシーグリッドが何人かを相手にしてくれているし、上はカイサが守っているので気にする必要はない。


目の前には魔術師と数人の男がヴィオラを攻撃しようと身構えているが、もはやヴィオラの敵ではない。

そもそも縛りがなければヴィオラ1人でも勝てる相手だ。


パリッ……パリパリッ……


ヴィオラが意識を集中すると、持っていた剣から電気が発生した。


パリパリッ…パリパリパリパリッ……

それは次第に激しくなり、まるで稲光が迸るように剣身を光らせる。


そんなヴィオラの剣に魔術師は驚愕の表情を浮かべ、周りにいる連中も恐怖し後ずさりした。


「魔法剣、雷撃」


ヴィオラは、距離があるが魔術師に向けて横に振った。

その途端雷音と共に雷撃が魔術師に直撃する。

その威力は両横にいた2人の侵入者達にも拡散しぶち当たった。


「終わり」


哀れ雷撃を受けた魔術師と2人は煙を吐いて倒れる。

死んでは…いないだろう、多分…。

思いっきり手加減したのだから。


ヴィオラは自称『最弱の戦士』を名乗っている…が、メンバーからは『魔法剣のヴィオラ』と呼ばれている。


パチパチ…パチチ…チチ……


剣から発せられる音は徐々に収まってきた。

それと共にヴィオラの呼吸が荒くなり、汗も出てくる。

魔法剣の使用はかなりの体力と精神力を使う。

威力こそ高いが、この点が弱点だ。


『魔法剣』は元々最初から魔法が込められた剣である。

ただし魔法剣は大抵見た目は普通の剣と大差がないため、それが魔法剣であると認識するには『特殊鑑定』のスキルが無いと見分けがつかない。

故にそうしたスキルを持たない戦士が使用しても単なる剣としてしか使用出来ないのが大半だ。

ヴィオラの持つ特殊鑑定はそうした魔法剣を魔法剣だと見抜き、本来の力を解放させる事の出来る能力だ。

魔法剣の多くは中古市場に眠っており、それを掘り起こしていくのがヴィオラの趣味である。

そうした魔法のこもった特殊な剣をヴィオラは現在20本程所有している。

剣のコレクションとしては一介の冒険者が持っている中では相当な数だが、ノーラに比べればまだまだ少ない方だ。

しかしあくまで数ならばであり、価値として見ればヴィオラのコレクションは類をみないものとなろう。


魔法剣の特色として、使い手に魔力は必要ない。

最初から備わっている力なのだから。

ただし力を発動させるには発動条件を満たす必要があり、その発動条件を知るには鑑定の能力が必須となる。

ヴィオラはその能力を有しており、魔法剣を使いこなす。

それによって他のメンバーのような高い戦闘能力こそ持ってはいないまでも、そこで力不足を補っている。


しかしやはり弱点は存在しており、『魔力剣』が持ち手の魔力を削って攻撃力とするのと同様、『魔法剣』は持ち手の精神力や体力を削って攻撃力とするのが特徴だが発動後は非常に疲れる。

それは隙を生みやすい。


「はぁ…はぁ……はぁ……」


ヴィオラは息切れしていた。

一発の威力こそ高いが、雷撃発動後はその反動が一気にくる。

『最弱の戦士』の名は伊達ではない。


そんなヴィオラの隙をついて少し離れて見ていた侵入者の1人が短剣の切っ先をヴィオラに向け、走ってきた。


「………!」


それにヴィオラの体は反応出来ない。

体を動かすにはあと2秒ほど待つしかない。

恐らく刃がヴィオラの体に届くかどうかのギリギリな時間だ。


「………」


ヴィオラの瞳はその一瞬をまるでスローモーションの映像の如く捉えていた。

刃が自分の体に届くか届かないか。

1cm程度の距離ならギリギリ回避出来る。

果たしてどうか…。

僅か0.1秒ほどの間にそうした考えが頭をグルグル回転する。

間に合うかどうか…。

どうか…どちらだ…?


………


ドンッと体を叩く音がして、刃物を持って向かってきていた男が横に吹っ飛び壁に激突しそのまま床に倒れた。

直ぐに立ち上がってこない所を見ると、気を失ったか。


「間一髪~」


ヴィオラが声のした方を見るとカイサが一階に降りてきていた。


「カイサ、上は?」


「あー、フレドリカが起きてきたから代わった」


「なるほど」


ヴィオラは周りを見渡した。

シーグリッドが1人と戦っている。

そして今それとは別に立っている侵入者達は2名だけ。


「片付けますよ」


「はいな」


ヴィオラとカイサは素早く動き、残り2名をあっさり倒した。

そもそも1対1でパフュームメンバーとやり合える者自体が少ないだろう。

見ればシーグリッドの方もカタはついたようだ。


「お疲れー」


カイサがシーグリッドに声を掛ける。


「ああ、お疲れ様だ、カイサ」


「あり?、グレタは?」


「ああ、グレタなら…」


シーグリッドは外でのやり取りを話す。


「ほー、まぁ、1人なら大丈夫でしょ」


軽く言うカイサにヴィオラが言う。


「追跡したのは1人でも、その先にいるのが1人とは限らないけれどね」


「あー、ごもっともです」


カイサはアデラのように頭を掻く。


「アデラ達は?、上はどうなっている?」


シーグリッドの言葉にカイサが説明した。


「……なるほど」


シーグリッドは腕を組み少し呼吸を整えた。

下手をすれば仲間を失いかねなかった今回の襲撃に少し苛立ちを持つものの、取りあえずは一安心だ。

後はグレタが無事に戻ってくれば良い。


「それにしても……」


3人は一階の広場を見渡した。


「やったねー」


「ああ、派手にな」


「まぁ、壊れた物は買い換えればいいわ」


襲撃者達が暴れたために一階の半分は傷だらけ、火で焦げだらけである。

家具や調度品もめちゃくちゃだ。


「………」


3人とも無言で苦笑した。

この場合笑うしかない。


「取りあえずこの者達を全員縛りましょう」


「ほーい」


カイサが魔法の縄を用いて1人1人を縛り上げ動きを封じていく。

一方、シーグリッドは街の警備兵を呼びに外に出た。



「これでよしっと」


パンパンっと手を払うカイサ。

全員を縛り上げ、カイサは一服する。


「てゆーかコイツ等結局何なの?」


家を監視されるだけでも気持ち悪いが、いきなり襲ってくる辺り頭がおかしいとしか思えない。

フードを捲って顔を確認するも、全員中年のぶさいく男であり面白くも何ともない。


「さぁ?、ただ何かあるのでしょうね」


「ん、で、どうするの?」


「どうするも何も警備兵に引き渡して、調べて貰うのが良いでしょう


「なるほど」


納得しカイサは頷く。



暫くしてシーグリッドが兵達を連れて帰ってきた。

そしてヴィオラと兵士達との状況等の説明が始まる。


「あ、私アデラ達を起こしてくるよ」


思い出したようにカイサが言う。


「そうだな、起こしに行ってくれ」


「ほーい」


シーグリッドの言葉にカイサはたったったっ…と階段を上っていった。




「…以上がこれまでの経緯よ」


ヴィオラは起きたアデラとポエル…それにフレドリカへの説明を終えた。


「あー、はい」

「分かったです~」

「………」


寝ていたアデラとポエル、そして一階には降りていなかったフレドリカが頷く。


「それはそうとさ、ヴィオラは何で寝むらされなかったんだ?」


睡眠系魔法は起きている人間を眠りに落とす魔法だ。

本来なら家にいたヴィオラも掛からないとおかしい。


「これよ」


そう言うと左指を見せる。


「あ、なるほど」


アデラ達は一発で納得した。

ヴィオラのはめていたのは抗魔の指輪である。

何かと言うと敵の魔法攻撃系等の威力を半減させる効果を持つ指輪だ。

通常は冒険時につけて対魔法対策を行っている代物だが、今回嫌な予感がしたのでヴィオラは家にいながらにして着けていたのだ。


「流石はヴィオラ」


アデラの言葉にヴィオラは苦笑する。


「と言っても結構危なかったけれどね、強烈な睡魔が襲ってきたから」


「よく耐えたな」


「もちろん」




一方、ヴィオラ達が家で襲撃者達と戦い捕縛している頃、グレタはひたすらもう1人を尾行していた。

その場でひっ捕らえ家に戻ってシーグリッドの加勢に行く事は出来たが、そもそもどこに行くのかに興味が沸いたため尾行する事にしたのだ。

うまくすればコイツらのアジトが分かるかも知れないし、黒幕がいるのなら黒幕の正体を突き止める事も出来よう。


「………」


静かに動き、足音を立てず、周囲に注意を向けながら、近づき過ぎず遠過ぎずの距離を保つつ、標的を追う。

これはレンジャーの基本である。

似たスキルとして狩人ハンター盗賊シーフも持っているモノだ。


「………」


獲物は街の路地や建物の間を走る細道を駆け足で走り抜けていく。

今の所、気づかれた様子はない。

いや、気づいて誘い込まれている可能性も少なからずあるが、どの道追って捕まえなければならないのなら同じ事だ。

罠であろうと飛び込む覚悟はしてある。


「………」


それにしてもコイツはどこに行くつもりなのか…。

もうかれこれ30分近く小走りで走っている。

だが、出鱈目に動き回っている訳ではない。

ある方角を目指して向かっているのは確かだ。


「………」


無言のままグレタは標的を追う。

既に場所はグレタ達の家の地区から少々お上品ではない地区に入っていた。

この一帯は中級冒険者事務所のある地区になる。

グレタ達に取ってはかつて足を運んだ懐かしい地区とも言える。

取りあえずそのまま追跡を続ける。


「…………」


やがて見知った道に出た。

すぐ側には中級冒険事務所がある。

しかし標的は事務所前を素通りし、更に街路を進んだ。


「………」


まだ行くの!?…と叫びたい気分を押し殺し、グレタも後を追う。

正直、少々うんざりしてきた。


「………」


「………」


「………」


「……!」


まだ暫くの尾行劇の後、標的はとある建物で足を止める。


その建物を見て、グレタは「あれ?」と思った。

見た事がある建物だ。

そう、確かギルドが運営している中級冒険者の宿泊施設だ。


グレタは離れた場所から標的を目に入れ、その動きを追う。

すると標的はその宿泊施設の入り口から中に入っていった。


「……襲撃犯の正体は…中級冒険者?」


口の中で呟いてみる。

これは中々にややこしい事になりそうだ。


グレタは静かに中級冒険者宿泊施設に近寄る。

中に入ってすぐの部屋に施設の事務所があり、入出の手続きを行う窓口がある。

これは夜間でも管理スタッフが常駐しているため、今入った人物の名前が分かるだろう。

そう思いグレタは施設の正面入り口から入った…瞬間、人間が仰向けで倒れているのを見た。


「は?」


グレタは倒れている人間に駆け寄る。

その倒れている人間は管理スタッフの服装を着ている。

そして胸からは血が出ている。


「何?」


グレタは頭を回転させた。

この状況はつまりは施設に入った標的が管理スタッフに呼び止められやられた…と考えられる。


「ぐうぅぅ……」


「!!」


グレタは短剣を引き抜き声がする方を見る。

見るともう1人のスタッフが事務所の入り口付近で足を押さえて呻いていた。

右足のズボンの上が血だらけになっている。

どうやら右足を斬られたらしい。


「無事?」


グレタはスタッフに向かって聞く。


「あ…ああ、何とか…」


「ローブの奴にやられた?」


「そうだ…」


「ソイツは中に?」


「入っていった…」


「動けるならギルドに連絡して」


「分かった…アンタは?」


「上級冒険者よ、アイツを追ってきた」


そう言うとグレタは施設の奥の宿泊区画に向かって駆け出した。

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