第13話

アデラの周囲には魔物の群れが取り囲んでいた。

魔物はゴブリンやオークやコボルト等の小型弱小モンスターに始まりオーガやマンティコア、トロール等の中型モンスターも混じっている。

その魔物群に対するはアデラただ一人。

パヒュームの他のメンバーは一人もいない。

これは実に久しぶりの事だ。


仕事は本来二人以上で行動するのが基本となっていて、一人で動くのは余程でないとしない。

例外は単独で動かなくてはならない仕事の場合ぐらいか。

たまにノーラが独りで森林地帯に出る時があるが、これは余り誉められた活動ではなくヴィオラから小言を言われたりしている。

当然の事ならが冒険者の仕事は命がけの事が多い。

戦闘となれば尚更の事で、背後を守ってくれる者がいなくては生き残る事は難しい。


そんな中、アデラは独りで魔物達と対峙していた。

しかしアデラには恐怖はない。

寧ろ妙な高揚感が全身に溢れていた。

それもその筈である。

右手には大剣、左手には盾を装備しているからだ。


「あははははは、さぁ、どこからでも掛かってこい!!」


縦を全面に出し、アデラは高笑いする。

ずっと盾を装備したいと思っていたのだから、その思いが叶った今は達成感とやってやるぜ!!…というやる気が満ち溢れている。


盾とは言うまでもなく敵の攻撃を防御する為の防具だ。

戦士なら普通に装備出来るモノであるが、大剣持ちのアデラとは相性が悪い。

大剣は本来両手で持って振る武器であり、盾を持つ事は出来ない。

と言うかアデラは盾を装備したくても出来ないが、他のメンバーも三人以外は盾は基本的には装備しない。

理由は色々あるが、例えばポエルの場合は速さが強みのため盾なんぞ装備すれば戦闘能力が著しく下がってしまうなどだ。

ちなみに盾を装備しているメンバーはディアナ、フレドリカ、ルーツである。

ディアナとフレドリカの場合は専用の鎧と一体型のタイプのため標準装備として初めからある。

ルーツは盾達人シールドマスターと自称する程に様々な盾を趣味で集めている。

アデラもルーツの盾コレクションを見せてもらったりしていた。

と言うか頼みもしないのに見せにくるので他のメンバーからは鬱陶しく思われているが本人はまったく気づいていないマイペース人間だ。



「さぁ、来い!!」


盾を構えアデラは魔物達に大声で言う。

その声と共に魔物達は一斉にアデラに向かって動き出した。


「………」


「………」


「………」


「……ふが……」


天井向かってに手を突き出した格好でアデラは目を覚ました。


ここはアデラの部屋。

そしてアデラはベッドで寝ていた。

時間は午前二時、まだ深夜だ。


「あ…夢か…」


そう言うとアデラは蹴飛ばして体から外れている毛布を引き寄せて被る。


「でも良い夢…」


アデラはにやけると丁度良い所で終わった夢の続きを見ようと目を閉じた。




「………」


アデラが再び目を覚ましたのは午前四時。

盾の夢から覚め、再び眠りに入ってから二時間経過していた。

残念ながら盾の夢の続きは見る事はなく、ただ何かしらの夢は見ていた気がする二時間。


「あー…」


中途半端に目を覚まし、また寝たのはいいがまた中途半端な時間帯に起きた。

その眠りの浅さにアデラは舌打ちし、ベッドから起き上がり部屋を出る。



しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく


一階に降りたアデラの耳に微かに歯を磨く音が響く。

こんな時間帯に歯を磨いているのは…ただ一人だ。


「相変わらず早いねー」


洗面所に足を向けたアデラはグレタに話しかけた。


「べっ…」


口に含んでいた歯磨き粉を吐き出し、グレタはアデラを見る。


「なに?、またゾンビの悪夢でも見て飛び起きたの?」


「いや…今回は盾の夢だ」


「え?、なに?、盾って?」


「盾を装備して魔物の群れと戦う夢さ」


「盾ねー」


「そう、盾」


すっきりした顔で言うアデラにグレタはピンときた。


「…もしかして本当に盾を使ってみたいとか?」


「ん…いやー、実はそうなんだ」


そう言って頭を掻くアデラ。


「あんたは大剣持ちでしょーが」


「そうなんだけどさー、盾で防御しつつ戦うってスタイルに憧れてたりする」


「まぁ、小剣と盾ならいつでも装備出来るけどさぁ」


「そう、一度やってみたい」


「て言うかさぁ…アデラ盾使えんの?」


「え…いや、使った事ないけど」


「盾で防御しつつ戦うって意外と技術いるしさぁ」


「あー、まぁ…かも…」


「あんたは盾を投げつけて攻撃とかの方が合ってない?」


「え、いやいや…それはないだろ」


「どう考えてもそっちでしょ」


「そんなわけ……」


しかし無いとは言えない所だ。

確かにモタモタ戦うよりは大剣で一気に一刀両断でぶった斬る方がアデラの性やスタイルには合っている。

まさに攻撃は最大の防御である。

一方真逆がルーツだ。

ルーツの極意は盾による防御である。

ルーツは盾を使い守りを基本として敵の隙を見つけ攻撃しながら戦う。

かなり地味だが堅実でもある。

防御は最大の攻撃、それがルーツ流だ。


「まぁ、盾ならルーツが詳しいから帰ってきたら聞いてみれば?」


「あー、だな」


グレタの言葉にアデラはやや口元を下げた。

ルーツに聞くのはかなり躊躇われる所だからだ。

盾の話になると恐らく一日中付き合わされる羽目に陥るだろう。


「考えとく…」


そんなアデラにグレタは苦笑した。

グレタ自体もルーツの性格はよく知っている。

多分アデラが盾に興味を持っていると知ったら買うまでしつこく絡んでくるだろう。

ルーツのしつこさは筋金入りだ。

かつてパフューム結成時において勧誘に来たルーツのどしつこさにはアデラ達が根負けした程だ。


「で、もしかして顔洗うの?」


「いや、ちょっと外の空気を吸ってくる」


そう言うとアデラは洗面所から出て、廊下を歩き玄関の扉の前まで来て取っ手に手をかけた。

と…寝間着のままだと気づき慌てて自室に戻り着替えてから外に出る。

どうにも近頃こうしたぼんやり思考に陥っている事が多い。

これは由々しき事態だ。


外に出て、鍵を閉めまだ闇の中に静まり返っている街の歩道を歩き出す。

とは言え歩きなれた道だ。

目をつぶってもどこに何があるかが分かる。

しかし実際に目を瞑って歩くと危ないのでそんな事はしないが。


「………」


ぼー……とした頭で街路を歩く。

既に起きている人々もいるらしく、ランプの灯りが窓からこぼれている家もある。

いや…もしかすると既に起きているのではなく、ずっと起きていた可能性もある。

そんな事を思いながらアデラは歩き続ける。


街路灯は相変わらず消える事なく明々と街々を照らしている。

よく見ると消えているモノもあるが、大体は付いている。

定期に巡回してくる火の守り番が来ればまた消えている街灯は復活するだろう。

毎度の事ながら頭の下がる思いだ。


「……」


いつもの散歩コースを通って家付近まで帰ってきたアデラ。

いつもならそのまま家に帰り玄関を開けてまたひと眠りするお決まりのパターンだ。

しかし今日は少し異なった。


「一人…二人か…」


家の間近まで歩いていたアデラは人影を見つけ建物の影に隠れた。

その人影は同じく建物の影に隠れ、周囲を警戒しつつアデラ達の住むパヒュームの家を見ているようだ。


「………」


最初に気づいたのは一人だったが、暗闇に目が慣れてくると少し離れた場所にもう一人いるのが分かった。


「何だ?」


アデラは眉をひそめた。

服装はローブにフードを被り顔は見えない感じだ。

そして人の家をコソコソと見て探っている様に見える。

しかしあくまでも見えるだけで確実ではない。

だが怪しい連中であるのは間違いない。


「出た時には居なかった…よな?」


自分が家を出た時にはいなかった筈だ…多分。

考えてられるのは家を出た後でやってきたか、それとも最初からいたが気づかなかったか…だ。

しかし最初からいたのだとしても付けられたら気配はない。

つまりコイツらの目的は家そのものか特定の誰かか…。


「んー、泥棒?」


普通に考えれば強盗の類を想像してしまうが、それは確かではなく答えは出てこない。

そもそも本当に自分の家が探られているのかも明確ではない。

しかし少なくともこんな夜明け前の時間に影に隠れてコソコソ何かを探っている連中なんぞマトモでないのは確かだ。


「どうしたものか…」


問題は自分はどうするかである。

このままノコノコ出て行って家に帰り鍵を閉めて寝る手もあるが、どうにもこの連中が気に掛かる。


「少し見張るか…」


取りあえず二人。

あくまで確認が出来ている限りである。

もしかしたらまだいる可能性はある。

そう考え周囲を少し見渡す。

監視していた筈が見つけた二人とは違う別の奴に監視されていた…という笑い話にもならない事態は避けたいからだ。


「強盗目的なら……」


何らかのリアクションを起こすだろう。

起こせば取り押さえる事が出来る。


「それとも下見か?……」


単に家を見ているかも知れないだけでは取り押さえる事は出来ない。

一人なら何だかんだで話しかける事は出きるが、二人なら下手をすれば一人に話しかけた時に逃げ出しかられない。

巡回兵が回ってくれば言って職務質問でもして貰うが、そうそう都合よくは来てくれないだろう。


「さて…」


変な現場に居合わせたアデラは取りあえず二人がどうするのか離れた位置から長期戦覚悟で観察する事にした。




「ふあぁぁぁぁ……」


リビングのソファに腰掛けアデラは大きく欠伸をする。

時刻は午前五時を過ぎた。

そろそろヴィオラ辺りが起きてくる筈だ。

ついでにお手伝いさんが朝食を作りにくる頃だ。


怪しい連中を暫く見張っていたアデラ。

時間にして30分ぐらいか?。

そろそろ夜明け時間で空がうっすらと明るくなって来る頃に二人は動いた。

家とは反対方向に。

後を追うべきか追わざるべきか一瞬判断に迷ったが、追わない事にした。

気づかれる事なく静かなる尾行をするのはアデラの得意とする所ではない。

それにやはり一人ならともかく二人だと後を追うのも厄介だし気づかれる可能性も増す。

だから止めた。

取りあえずアデラに出来る事はメンバーにこの事を伝える事だ。

そう考えたアデラは周囲に注意を払いつつ、いつもと変わらぬ足取りで家の前まで歩いていき玄関のドアを開ける。

そして入ったら素早く鍵を閉めた。


家の中は特に変わった様子はない。

もっとも泥棒目的でこっそり忍び込んでも誰かには感ずかれれだろうが。

例えば起きているだろうグレタとか。

いつもと違う物音がすればシーグリッドとかヴィオラとかが目を覚ますだろう。

フレドリカは…まぁ、異変があれば鎧の番犬たるドリスが気づくだろう。

ポエルは微妙だ。

カイサは……うん、まぁ…無いな。


そう思いリビングに行ってソファに腰掛けテーブルの上に置いてある雑誌を手に取りパラパラと捲る。

怪しい奴等が家の周りをウロついて何やら監視っぽい事をしていた……という少し変な事があったが、皆を起こす程かと言うと躊躇われるモノがある。

グレタは起きて自室にいるだろうが、寝ていないとも限らない。

だから皆が起きてくるまでリビングで待つことにした。


トントントントン……


階段を下りてくる微かな足音が聞こえアデラは音がする階段の方を見た。


「アデラね」


声はグレタである。

そしてリビングに姿を現した。


「あ、グレタ、やっぱり起きてたか」


「まあね、今帰ってきたの?」


「ああ、あっと…さぁ…」


「外で変な奴いなかった?」


グレタの言葉にアデラはポンと手を合わせた。


「あ、気づいてた?」


「隠れて家をじっと見てた奴よね?」


「やっぱりここを見てたのか…あー、正確には二人だけどね」


「二人…か、上の窓からだと一人しか確認出来なかった」


「散歩から帰ってきた時に私も気づいてさ、30分ほど奴らを監視してた」


「顔は見た?」


「いや、二人ともフードで顔をすっぽり覆ってたから分からなかった」


「んで、その二人は同時に消えたの?」


「ああ、さっき二人とも同じ方角に歩いていった」


「尾行は?」


「無理そうなんで諦めた」


「そう…まぁ、無難なトコね」


そう言うとグレタは対面のソファに腰掛ける。


「何者だろうな?」


「さぁ?、財宝狙いの泥棒なら簡単だけど、違うなら厄介かも?」


「あー、かも…」


金持ちそうな家を調べている泥棒なら解決策は実に簡単だ。

しかしここがパフュームのアジトであると知って別の目的で調べているのだとしたら色々と厄介である。

何にしても一度今家にいるメンバー全員で対策を練らないといけない。


「ふあぁぁぁぁ………」


大きく欠伸をするアデラ。

何はともあれメンバーの誰かにこの事を伝えられた安心感で眠気が一気に襲ってきたが、まだ寝る訳にはいかない。

家にいるメンバー全員でこの件の対策を立てなければならないため、皆が起きてくるまでアデラは眠いながらも起きていなければならないからだ。

帰ったらまた寝るつもりがまったく災難である。

それもこれも全てあの不審者共のせいだ。


アデラがたまたま散歩する時間帯にコソコソと家の周りを見張っていた不審者共。

しかも30分ぐらい外で立たされる羽目になった。

かつ帰っても直ぐにベッドに入れない鬱陶しさ。

何もかもあの不審者共のせいである。


いや、そもそも盾の夢を見て途中で目を覚ましたのが運の尽きか…。

つまり盾の夢さえ見なければ起きて散歩する事もなく、不審者共を目撃する事もなかった。

という事は…だ、要するに盾のせいでもある。

だが、しかし…果たして本当に盾に罪はあるのだろうか?。

否、それはない。

逆に考えれば盾の夢を見たお陰で不審者共の存在が分かったのだから、盾様々と考えるべきか。


「………」


「………」


「………」


何やら眠気が襲ってくる中でアデラは睡魔と戦い、そしてヴィオラ、シーグリッド、ポエル、フレドリカ、グレタの5人が揃った。


「え…カイサは?」


「多分~まだ寝てると~思います~」


「あ、そう…」


ポエルの伸び伸び声にアデラは笑うしかない。


「何か話があるらしいが、どうした?」


シーグリッドがそんなアデラの顔を見ながら聞いてくる。


「あー、全員集まったほうが…」


言いかけてヴィオラが口を出す。


「まだ当分起きて来ないのだから私達だけで話を進めましょう」


「あ、へーい…」


確かにカイサの場合はいつ起きてくるか分からない。

だからさっさと会議した方が早いだろう。


「アデラ、どうぞ」


ヴィオラがせっつく。

既にグレタからは事前に聞いているため、さっさと皆に伝えて対策を講じたいのだ。


「あー、えっと…」


たどたどしいながらも夜明け前に起きた事を皆に説明する。

もちろん盾の事は伏せてだ。

つまりたまたま目が覚めて外に出てからの事だ。


「………て事なんだ」


一応皆に起こった事の説明はした。

これでアデラの今すべき事は完了となる。


「さて、どうします?」


ヴィオラがアデラの説明を受けて皆の顔を見渡した。


「怪しい連中…か」


腕を組み、シーグリッドが呟く。


「そいつらは男か女なのかも不明なんだな?」


「ああ…フードをすっぽりと被っていて分からなかった」


「体格は?」


「えーと…、恐らくだけど二人共男だと思う。


「なるほど」


腕を組むシーグリッドの横でポエルが声を上げる。


「もしかして~ストーカーさんとか~?」


「んー、いや…多分違うな」


アデラの否定にグレタが声を出す。


盗賊シーフ…かも知れないし、違うかも知れない」


「あれ?、意外と自信なし?」


「当たり前、上から窓越しで、しかも遠目からなんだから」


「まー確かに…」


腰に手を当てたグレタにアデラは顎に手をやる。

ヴィオラは更に続ける。


「泥棒であるのか、それともまったく違う理由で家を見張っている者達なのか…そもそも今回が初めてなのか、それとも毎夜…もしくは決められた日や時間帯に見張りに来るのか」


「げ、毎夜とかマジ勘弁」


「とにかく調べてみる必要性がありますね」


「OK、は~、仕方ないな…なら今夜から少し張り込んでみる」


グレタはそうヴィオラに言う。

追跡や尾行を視野に入れるならグレタが最も適任だからだ。



「じゃあ寝る」


「ん?、あ…ああ…おやすみ」


不審者目撃を伝えた事で現時点でのアデラの任務は終わりだ。

約一名だけ伝えられていないが、後は皆に任せる。


眠気をもの凄く感じながらアデラは二階へ上り、自室のドアを開け…そしてベッドの上に倒れ込んだ。



「………」


アデラが目を覚ますと午前11時である。


「あー…、よく寝た…」


一時間ほど寝るつもりが、結構寝てしまっていた。


「ふぁーぁ……」


ベッドからもぞもぞと起き出し、欠伸をして伸びをする。

少しそのままぼー…としていたが、不審者の事を思い出した。


「あー、そう言えば…」


何かそんな連中がいたなー…と。

今朝の事だが、凄く遠い日の出来事に感じる。


「……ふぅ」


深呼吸してアデラは自室を出、一階に降りた。



「起きたか」


リビングにいたシーグリッドが降りてきたアデラを見て声をかけてくる。


「あー、よく寝た」


頭を掻きながらアデラはまだ寝たらなそうな顔で答えた。


「ああ、そう言えば不審者の件だが…」


「ん?、ああ…どうなったの?」


そう言えば皆に話してそのまま寝たのでその後の話は知らないなぁー…と思いながらシーグリッドの話に耳を傾ける。


「夜の周辺張り込みはグレタと私で行う事になった」


「あ、そうなんだ」


「うむ」


確かにグレタ一人だけだと何かあった時に動きが取りづらい場合もあるだろう。

そう言う事ではシーグリッドも隠れて監視するスキルは多少なりとも持っているため、グレタとコンビを組むには最適である。

ただし尾行や追跡はグレタの独壇場で、その展開になるとシーグリッドでも苦しい事にはなるが。


「家はヴィオラが夜間起きて見張るそうだ」


「へー」


「その代わりヴィオラは昼間寝る事になる、私やグレタもそうなる」


「あー、なるほど」


「ポエル、カイサ、フレドリカ、そしてアデラは日中起きて夜間は寝るという体制になった」


「なるほどねー、了解」


確かに全員で夜中起きて見張り、全員で日中寝るよりは誰かは起きて誰かは寝ている状態の方が良い。

その体制には異存はないが、一つ気がかりな事はある。


「不審者は日中現れるかな?」


アデラの言葉にシーグリッドは顎に手を当てた。


「んー、可能性は無くはないな…とは言え日中の人が少なからずいる中でコソコソと不審な動きと格好をしていれば却って目につき易いから無いとは思うが」


「まぁ、確かにね」


「ただ用心はしておいた方がいい」


「そだね」


まぁ、日中ポエル達も起きているなら何かあっても対応は可能だろう。


「グレタは既に動いている」


「ん?、動いているって?」


「ああ、今朝アデラが見た情報を元に不審者達が立っていた場所の周辺の調査だ、何か手がかりがないかどうか」


「はー、なるほど」


「あと、その周囲の地形を詳しく分析している

監視に適した場所の割り出しと、不審者達を待ち伏せするに適した場所を探すために」


「ほへー、熱心だな」


「私も手伝おうと言ったが、一人の方が集中出来るそうだ」


「グレタらしいな」


一匹狼的気質。

パフュームのメンバーになって随分経つが、やはりグレタはグレタである。



「さて…」


取りあえず今回の件は夜間にグレタ達が動くという事でアデラ的には気が楽になった。

シーグリッドが言ったように、日中に不審者共が現れる可能性はかなり低いだろう。


「………」


まぁ、普通にしていれば良い。

そう、普通にしていれば良いだけだ。

しかし…気にすると何故か非常に気になる。

気にしないように考えても色々と考えてしまう。


「えーと…」


そもそも今日は外に用事はない。

取りあえず…は…。


「やることないな…」


かと言って外にぶらぶら歩くのも今日は躊躇われる。

なので仕方なく自室に籠もっておく。

しかし特にやる事もない。


運動でもしようかと考えたが、気分は乗らない。

そう言えばポエルも今日は自室で読みかけの本を読むと言っていた。


「本か…」


アデラは読書派ではないので大した本は持っていない。


「本があれば退屈しのぎにはなりそうだが、本を読む気分でもない」


シーグリッドは夜に向けて少し昼寝するとか言っていた。

ヴィオラはフレドリカを連れて買い物に出かけた。

グレタは外に出たまま、まだ帰ってきていない。

…という事は現在話し相手になるのはカイサしかいない。


「カイサは出掛けてない筈だけど…」


そう考えアデラは自室を出てカイサの部屋まで行き、ドアをノックする。


「………」


ややあってドアが開いた。


「あれ?、アデラじゃん、どしたのー?」


キョトンとした顔でカイサがアデラに言う。

同じ家に住んでいるとはいえ、アデラがカイサの部屋を訪れるのは珍しいからだ。


「いやー、何か暇だなー…と思って…」


「ん?、ああー、外に出たくないのね」


あっさりと見破られている。


「ん…そう…、何か面白そうな本とかない?」


「ん?、何故に本?」


「ポエルが本読んでるらしくて、私も何か読みたいなーって」


「そっか、立ち話も何だから入って」


「あ、いいの?」


「どぞー、散らかってるけど」


「お邪魔しまーす」


そう言うとアデラはカイサの部屋に入った。

散らかってると言いながら部屋は大して散らかっていない。

寧ろかなり整理整頓されている。

これはルーズなカイサの異名を撤回しないと駄目だろう。


「綺麗にしてるねー」


「ん?、そう?」


「私の部屋は汚いかも…」


「そんな事ないでしょ?」


「いやいや、部屋の掃除もっとマメにしようと思った」


そう言うと部屋の中央に置かれているガラスのテーブルの前まで来てカイサの勧めで座る。

カイサもアデラの対面に座った。


「そう言えば聞いたよー、夜中の変質者達の話」


「いや…、変質者…じゃないと思うけど」


「違ったっけ?、まぁ、怪しい連中だよね?」


「そうそう」


「うわー、それは大変だー」


他人事のように言うカイサ。

確かに夜間監視班に回らない以上、カイサに出来る事は何もない。


「何者か分からないのが鬱陶しいけど」


「捕まえれば分かるでしょ」


あっさり言うカイサ。

確かにそうだ。

しかし今日の夜明け前では二人いて、しかも自分の家をターゲットにしているかどうかも不明だったためその選択肢をアデラは取れなかった。


「だな…」


そう言うアデラにカイサは人差し指を立てる。


「あ!、あった!!」


「え?、何が?」


「本、とっておきの漫画が!」


「漫画?」


「そう、魔導国で描かれた本だよ」


「へー」


魔導国の本と聞き、興味深げに聞くアデラ。


「あっと、ちょっと待ってて」


そう言うとカイサは立ち上がり、別の部屋に行ってしまった。


「………」


待つ事、約5分。

カイサは手に何冊かの本を持って帰ってきた。


「お待たせー」


「え…ああ…」


手に持っている本を気にしつつアデラは返事をする。


「これだよ、漫画」


そう言うとカイサは本をガラスのテーブルの上に置いた。


「本…だよな?」


「そう、絵と台詞で構成された本」


「見ていい?」


「どうぞー」


カイサの勧めでアデラは本を手に持ちパラパラとめくる。

確かに絵…と何やら文字で書かれた台詞が目に入った。


「なにこれ?」


「これが漫画」


「へー」


単なる一枚絵に喋っている台詞入りの絵は王国にもある。

しかし見た所それが小説のようにストーリーとして連続で続いているようだ。


「ほえー、こんなの初めて見た」


「ふふーん」


何故か得意気なカイサ。


「魔導国ではこんなのが流行ってんの?」


「そうよー、ただし本だけじゃなくて幻術を応用して映像としても観られるけどね」


「映像として観られる?」


「そう、絵が動くのよ」


「へー」


カイサの言葉を聞いて感心するアデラ。

しかし実はよく分かっていない。

何せ観た事がないのでイメージがイマイチ出来かねている。

ただ、絵が動くのは何か凄そうとは思う。


「面白そうだな、これ」


パパっと本を見てそう感じた。

絵も嫌いな絵柄ではない。


「面白いよー、一巻から読んでみて」


「え、続いてんの?、これ」


「だよー、これは四巻まで出てる」


「え?、もしかしてその本とかって」


「そう、アデラの持ってる本の続き…て言うか、アデラが今見てるのは三巻だけどね」


「あれ?、これ三巻目?」


「そう、三巻目」


重ねてテーブルに置かれた一番上の本を手に取ったアデラ。

どうやら三巻目を手にしたようだ。


「それにしても、こんなの持ってたんだなー」


「あー、魔導国で人気のモノは目を通してるよ

勿論気に入ったモノは買ってるんだ」


「なるほどねー」


カイサの持っている本の半分以上は魔法に関する専門書だが、中には今流行りの漫画等も買い揃えたりしていた。


「それにしても凄い印刷の技術だな、まったくとんでもないよ」


「でしょー、王国とは違うし」


カイサは得意満面になる。

王国の貧弱な印刷技術程度ではどう足掻いても魔導国には勝てないだろう。


「やっぱり行ってみたいなー」


「え?、魔導国に?」


「ん?、うん…」


以前に確か魔導国の話が出て、カイサに魔導国に行ってみたいと言った記憶がある。

しかしこれは本当に一度行ってみないと駄目な気がしてきた。


「確か馬を必要としない車とか空飛ぶ乗り物とかあるんだっけ?」


「あるよー」


「見に行かないと、駄目な気がしてきた」


「ほほー、なら私が案内したげるよ」


「え?、いいの?」


「メンバー中、魔導国の案内に最も適任なのが私だよ?」


そう言うとカイサはウインクをした。



その後、あーだこーだとカイサと何でもない話をして切り上げたアデラは自室に戻った。

そしてカイサから借りてきた漫画を見てみる。

ストーリーは駆け出しの女魔法使いが失敗しながらも仲間達と共に冒険していく話だ。

とはいえバトルがメインではなくトークとギャグを織り交ぜたドタバタ劇だ。


「へー…」


見慣れないながらも漫画のページを進めていく。


「………」


ギャグ調からややシリアス調になってきた所で四巻は終わりである。


「あれ?、もう終わり?」


一巻から読み始めて、あれよあれよと言っている内に一気に四巻まで読んでしまっていた。


「いや……」


続きが非常に気になる…が、もう一度読み直す。


「はぁ……」


二度目は何か非常に疲れた。

というか、いつの間にか夕方になっている。


アデラは自室を出て一階に降りた。

リビングではソファーにポエルが座っていて泣いていた。


「え?、な…何で泣いてんの?」


「本が~~… 」


「本?」


「ぐす……読んでた~本…が~~ぐすぐす」


「え?、何!?」


聞けば読んでいた小説の終わりが悲しい結末で終わってしまったとかで悲しくなり泣いていたようだ。


「はぁ……」


が先程まで読んでいたドタバタ漫画で少し笑っていたアデラとは正反対だ。


「ぐす…ぐす…」


「………」


そんなポエルを放っておいて、少し離れソファーに座るアデラ。

鎧の雑誌をパラパラとめくる。


「お…」


ある一角に盾のページもあった。


「へー」


僅か4個程度の記載だが、やたらと高額なモノが載っている。

正直普通の一般人では手が出せない金額だ。

勿論、一般の冒険者は言わずもがなである。


「高!!、何この値段…」


安価な盾は当然知っているが、ここまで高い盾は見た事がない。

まさにプロ御用達な盾であろう。

というか、安価な盾と高額な盾の違いがよく分からない。

多分防御力の違いなんだろうが、アデラ的には大した違いは分からない。

多分ルーツに聞けば色々教えてくれそうだが、言うとしつこいので極力は盾の話題はしたくない。


「ただいま」


そんな時、丁度ヴィオラとフレドリカが帰ってきた。

ついでにグレタも。


「あー、お帰りー」


「ぐす…お帰り…なさい…ぐす…」


「え?、何でポエル泣いてんの?」


グレタがポエルの泣き顔を見てぎょっとした。


「はい~…実わ~……」



暫くしてシーグリッドが起きてきた。


「中途半端に寝ると返って怠いな」


首を左右に振りながらそう言う。


「ヴィオラは寝なくていいのか?」


「一晩ぐらい起きていてもどうという事はないわ」


「そうか」


今晩から家周辺の監視である。

これがいつまで続くかは分からない。

不審者の出現次第だ。

つまり早ければ今晩中に片付く可能性もある。

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