第12話

ゾンビの大群が周りをぐるりと取り囲んだ。

その状況にアデラは焦る。

自分の持つ剣は大剣ではあるが、ゾンビを倒す事は出来ない。

エレンの持つ対ゾンビ専用剣があれば…とは思うものの、それは手元には無く絶体絶命のピンチだ。

こうなれば手薄な場所に突撃し、ゾンビを牽制しながら突破し逃げるが勝ちだ。

そしてアデラはゾンビの群れに向かって走り出した。



「………」


どうにも嫌な夢である。

ゾンビの夢。

目を覚ましてアデラは最近よく見るこの夢に舌打ちした。


ダナウダの森騒動から都に帰ってきて一週間経った。

ゾンビ戦以降、アデラはゾンビ達に追いかけられる夢を度々見る。


「あー…」


この手の夢は不快感が非常に強い。


「えーと…」


時計を見ると午前4時30分頃だ。


「………」


少し寝汗をかいていて何やら熱い。

なので取りあえずさっぱりするため部屋を出て一階の洗面所に向かった。



しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく……


歯を磨く音が洗面所から聞こえてきた。

大抵こんな時間に顔を洗っている者は大体一人だ。


「はよー…」


まだ寝たらない顔つきで挨拶したアデラを見る歯を磨く女。

名前はグレタ、パフュームの一人にしてレンジャーの技能を持つ戦士である。


「なに?、早いじゃんアデラ」


「ゾンビの夢見てさー」


「あー、また?」


「そう、で変な時間に目が覚めた」


しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく…


そのまま無言で再び歯を磨くグレタ。


「ぺっ」


歯磨き粉を吐き出しアデラに言う。


「大体あんたゾンビと戦ってなかったんでしょ?」


「まぁ…」


「目の前で見た訳でもなかったんじゃなかったっけ?」


「まぁ…」


「なのに何であんたが一番ダメージデカいのよ」


そうなのである。

エレンのように直接戦った訳ではなく、リサのように間近で見た訳でもない。

アデラは離れた場所で違う敵と戦っていた。

にも関わらずゾンビ精神的ダメージはアデラが大きかった。

経験値のあるエレンはゾンビダメージなど皆無であり、リサも直後は心的ダメージがあったが直ぐに回復した。

していないのは何故かゾンビと戦っていないアデラで、ゾンビの悪夢を見てうなされていたりする。

一種のミステリーだ。


しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく…


そんなアデラに構わずグレタは再度歯を磨き始める。


「いや…歯を磨くの長くない?」


アデラの言葉にグレタは磨くのをピタリと止めてブラシを口から離す。


「歯を磨く時間は15分よ」


「え?、15分?」


「短くて10分、長くて20分よ」


「いや…15分って長くない?」


「虫歯になってもいいって?」


「いや…そういう訳じゃ…」


そのまままた歯を磨き出すグレタ。

アデラ的には少し顔を水で洗いたいだけだが、グレタが洗い終えるまで待つ必要がある。


そうこう考えているとまたグレタの手が止まった。


「で、何か用?」


「いや、寝汗かいたんでちょっと顔を洗いたいなー…って」


「なら先にそう言えばいいじゃん」


そう言うとグレタは歯を磨きながら隅っこに移動する。


「ん」


手を洗面台に向けた。


「ああ、悪い」


そう言うと水で顔を洗うアデラ。

確かにそうではあるんだがアデラ的には終わるまで待つのがいつもの事である。

ただ待つにはグレタの歯磨きは長かった。

確かにポエルから最近グレタの歯磨き時間が長くなってるってのは聞いた気がするが…。


あーどこーだと考えながら、外に出て夜明け前の街路を散歩したアデラは家に帰り再び寝た。

次に起きたのは午前9時00分頃。

下に降り、改めて顔を洗う。

歯を磨きながらグレタの言葉を思い出す。

普通は15分、早ければ10分で長いと20分…。


「いやいや、長すぎるでしょ…」


20分も歯を磨いていたら途中で絶対にダレてくる事間違いなしだ。

と言うか口の中が歯磨き粉であわあわになる。

3分で十分だ、5分でも長い。


顔を洗い終えたアデラはリビングのソファに座って雑誌を見ているカイサに声を掛けた。


「おはよう」


「あ、おはよう」


そしてそのままソファに座る。


「なに?、雑誌?」


「鎧や兜の本だよ、創刊したって」


「へー」


「東市場を中心に地方の鎧も乗ってるよ」


「ほー」


カイサの見ている鎧雑誌とやらをチラリと見る。

剣の専門雑誌や剣・鎧の総合雑誌はあるが、鎧兜の専門雑誌は今までなかった…気がする。


「何か面白そうなのあった?」


「あるよー、特に東市場の鎧屋の特集記事に色々とある」


「おー」


東市場は普通に歩いても行ける。

と言うかよく行く。


「ビキニアーマーとかいう奇特な鎧を売る店も出来たみたいだね」


「ぶっ」


思わずオレンジジュースを吹き出しそうになった。


「ビキニアーマーって…何?」


「ん?、こんなの」


雑誌のページを捲りカイサは指差した。

そこには殆ど半裸に近い感じの写真が載っけてある。


「何だこれ、胸とかパンツ部分とか…あて腕と肩当て、脛から足にかけて鎧になってる…というか殆ど防御力皆無じゃん」


「だねー、なに考えてるのか分かんないけど」


「これなに?」


「んー、実用的じゃないから…ファッション?」


「こんなの着て歩いてたら変態だろ」


「だねー」


そのビキニアーマーのページを飛ばして他のページを見てみる。

ビキニアーマーこそアレだったが、他は実用的な鎧兜が載っていてアデラの目を引いた。

まったくビキニは一体何だったのか…。


「今日行ってみるかな」


「ん?、ああ、防具屋?」


「そう」


「東の市場に?」


「そう」


「へー、なら私も行こっかなー」


「え?、一緒に?」


「そう、ん?、駄目?」


「いや、駄目じゃないけど…」


カイサと出掛ける時に予定の時間に出発出来る事はまずない。


「あー、分かった!、私が遅れると思ってるなー」


その通りである。

自覚がある辺り賢いが、ならば自覚通り予定の時間に出発させて欲しいものだ。


「いっつも遅れるだろ」


「ふふふ、心配なく、私は覚醒したから大丈夫だよ」


「え、何?、覚醒って?」


「様々な苦難を経て私は成長したのだよ、アデラ君」


「え、そうなの?」


「そうなの!」



その後、午後から市場へ遊びに出たアデラとカイサ。

カイサの覚醒の言葉通り、出発予定時間の13:00から15分遅れて13:15分からの出発となった。

しかしカイサにしてはこれは恐ろしく早い。

流石は覚醒したカイサである。

カイサとてくてく歩き、東の市場に到着した。

いつものルートだと香水屋から市場のルートになるが、カイサに任せたため直接市場ルートになった。


「出た、ビキニアーマー」


鎧の店が立ち並ぶ通りでカイサが奇特な鎧を売る店を指差した。


「あー…」


防御力皆無な露出度抜群のアーマー屋にアデラは呆れた声を出した。

鎧は極めて重装で実用的な性能を求めるアデラには紙防御な鎧はまったく興味の範囲外だ。


「見ていく?」


カイサの提案にアデラの顔は引きつる。

が、カイサが見たいなら仕方がない。

たまにはこういうのも有りだろう。


店内を一通り回って出た。

水着のような鎧に呆れて見ていたアデラと感心しながら見て回るカイサ。

何を感心する事があるのか知らないが、アデラ的にはビキニアーマーは防御力的に有り得ないふざけた着用品である。


「あー、面白かった」


店を出たカイサは伸びをする。


「え…面白かったの?」


「だってさ、馬鹿馬鹿し過ぎて逆に楽しめるよ」


「あー、まぁ…ギャグだと思えば…」


「一種の嗜好品だよね」


「まぁ…」


苦々しい顔のアデラにカイサは苦笑した。


「じゃ、鎧見に行こう」


そんなで鎧の店を見て回る。

何軒か回った頃にはアデラの気分は戻っていた。

そして鎧店の並ぶ通りを抜けて雑貨店が並ぶ通りに来た。

ここは鎧店通りと違って多くの客が行き来し賑わうゴミゴミした場所だ。

そしてここで思わぬ事件が起こった。


「ちょっと御免よ」


混雑する通路で前からやってきた男が当たるかどうかといった所でアデラをすっと避けて横を通り過ぎた。

男が三歩四歩進んだ所で女にぶつかり倒れ込む。

その音にアデラとカイサは振り返った。

見ると男がうつぶせに倒れ込んでその上に女が男に乗りかかり、腕を後ろに捻り上げている。


「え…何?」


状況がよく分からなかったが、乗りかかっている女には見覚えが……というかグレタだ。


「え?、グレタ?、どしたんだ?」


「アデラ、スラれたよ」


「え?」


アデラは急いで上着のポケットに入れてあった財布を確認する。


「あれ?」


入れていた筈の財布が無い。

男を見ると手にアデラの財布を持っていた。


「うお?、いつの間に」


驚くアデラにグレタは男の手から財布を奪い返し、アデラに投げた。

そしてグレタは男の腕を放し体から離れる。


「行きな」


グレタの言葉に男は起き上がり一目散に逃げ出し人混みの中に消えた。


「危なかったね」


財布を受け取ったアデラにグレタは言う。


「ああ、助かったよ、ありがとう」


「それにしてもさぁ、アデラから財布奪うなんて大したものじゃない?」


カイサの言葉にグレタは微妙な顔になる。


「アデラは戦闘以外は意外と抜けてるからね」


「う…」


図星にアデラの顔が沈む。


「でも確かに腕は良かったね」


「えっと、逃がしてよかったの?」


「スラれる方が間抜けなんじゃない?」


「う…」


確かにスラれる方が悪いとも言う。

そんなぐうの音も出ないアデラを横目で見ながらカイサが話題を変えた。


「所でさぁ、何でここにいるの?、買い物?」


「まあね、ちょっとした野暮用ってヤツ?、たまたまアンタらを見かけたから声をかけようとしたらスリに気づいた」


「まぁ…何にしてもありがとうね、グレタ」


「どういたしまして、これは貸しとして付けとくから」


「え?、マジ?」


「冗談だよ、じゃあ用事あるから」


手を振りながらグレタもまた人混みの中に消えていった。



グレタと別れたアデラとカイサは雑貨店を一通り見てカフェに入る。


「どっこらせ」


椅子に座りほっこりするアデラにカイサが苦笑した。


「えー、おばさんみたい」


「おばさんだよ、私ゃ」


「いやいや、同い年だしやめて」


アデラもカイサも19歳である。

しかし来年は20歳であり20代の仲間入りだ。

つまり今年は10代最後の年に当たる。

ちなみにパフュームメンバーの中で同い年はリサと先程のグレタだ。


「あっと、私オレンジジュース」


「えーと、アイスコーヒーを」


注文を取りに来た店員さんに注文し、アデラは椅子の上でぐでーんとなった。


「疲れた?」


「まぁ、何というか…ゾンビの夢でね」


「え?、まだ続いてんの?」


「だなー」


「へー、大変だね」


カイサはゾンビと遭遇していないので極めて他人事だ。

シーグリッドもポエルもそうである。


「そう言えば…シーグリッドはバーダン?」


「あー、ヴィオラがそう言ってたね」


今日の朝早くにシーグリッドは貧民地区バーダンに行った。

これはちょくちょくある事だが、何の用事で行っているのかは聞いていないので知らない。


「何しに行ってんだろーね?」


「さぁ?、聞いてないし」


「だよねー、何か聞きにくいし」


「え?、何?、興味あるの?」


「んー、多少は」


「バーダンかぁ、私は最近はまったくあの辺りには行かないなぁ…アデラは?」


「いや、私も行かない」


「だよねー」


アデラとカイサがそう言った話をしていると注文した飲み物がやって来た。


「もしかして彼氏がいるとか?」


「え?、誰が?」


「シーグリッド」


「えー、違うだろ」


「そうかな?」


「だったとしたらバーダンだと…」


「まぁ…」


アデラとカイサは顔を見合わせ、それぞれの飲み物を飲む。


「エレン達は今頃教国でのんびりしてるかな」


「あー、じゃないかな」


エレンは現在教国に帰国している。

例のゾンビキラーを清める必要があるためだ。

でなければ斬れ味が著しく落ちるらしい。

しかし今回はエレンだけではなく、ルーツやリサやノーラが一緒に付いていった。

ルーツは教国の教えに興味を持ち、リサやノーラは対アンデッド武器に興味を持ったからだ。

リサはアンデッドを射って倒せる聖なる矢があるらしいので入手するためであり、ノーラは特殊専用武器の収集のためだ。

今回の件で大した役に立てなかったリサはどんなモンスターが来ても倒せるように勉強したいらしく出発する時に燃えていた。

まったく戦士の鏡である。

ノーラは単なるコレクションとしてだが。


「ポエルも今日は朝からどっか行ってんだよね」


「あー、何か猫カフェに行ってるらしいよ」


「何、猫カフェって?」


「猫と一緒に戯れながらカフェする店だよ、最近西の市場にオープンしたって」


「へー、何だろう、猫かぁー」


アデラ的には犬よりは猫派である。

しかし敢えて猫と戯れながらカフェをしたいとは思わない。


「猫に囲まれながらポエポエ時間か…」


ポエルのその姿を想像するアデラ。

確かに合ってはいる。

それを自分に当てはめてみると…。


「似合わないな…」


「え?、そう?、ポエルには似合ってると思うけど」


「いや…そうじゃなくて…」


「ん?」


猫と遊んでいる自分の姿を想像しての言葉だが、笑われるのでカイサにはその事を言わないでおいた。


「そう言えばカイサってさぁ…」


「ん?、なに?」


「いや、将来の夢とかあるのかなぁーって」


「何?、突然?」


「いやー、単に聞いてみただけ」


アデラの問いにカイサは少し考えて答えた。


「将来の夢ねー、無いなぁ」


「したい事とか無いの?」


「んー、元々魔導国の魔術師になりたかったけど無理だったしねー」


「あー、そう言えばそう言ってたな」


「まー、仕事じゃないけどしたい事はあるかなー」


「え?、何?」


「世界中の美味しいモノを食べに行く」


「あー…」


まぁ、確かにしたい事ではある。


「アデラは?」


「え?、私?」


「当たり前ー、こっちにだけ聞いといて自分は言わないって無しでしょ」


「んー……」


アデラは腕を組んで唸る。

振られてもまったく無いのだ。


「実はまったくなくてさー、このままじゃ何かヤバいなって」


「仕事の話?」


「そうそう」


来たアイスコーヒーをストローを通じて飲みながら、カイサもまた腕を組んだ。


「確かに…いつまででも冒険者やってられないのは確かだよねー」


特に戦士職は若い内はともかく年が経ると体力的にも出来なくなっていく。

いくら今は最強戦士だったとしても衰えはあり、仕事もし辛くなっていく。


「そうなんだよね、いつまででも戦士じゃ将来性ないし」


「んー私の知ってる中だとノーラは武器商人、フレドリカは花屋、ヴィオラは税関連の仕事に就きたいとか言ってたけど」


「え?、ノーラは知ってるけどフレドリカとヴィオラはそうなんだ」


「ディアナは本職あるし、エレンも教国に神職の仕事はあるって言ってた」


「はー」


「ま、いずれは皆それぞれ旅立っていくんだよ」


「だな」


それがいつかは分からないが、やがてはパフュームは解散する時が来るだろう。

その時に自分はどうするのか?。

今はまだやりたい仕事もしたい事も無いが、探しておかなくてはならないのは確かだ。


「新米冒険者に仕事を教える講師の職があるみたいよ?」


「うお!?」


いきなり横手から声を掛けられアデラとカイサは驚いた。

しかしこの声には聞き覚えがある。

声のした方を見ると黒のドレスに帽子を深々と被った女が立っていた。

その女は少し帽子を上げて顔を二人に見せる。


「あ…」


アデラとカイサは声を出そうとしたが、女は指を口に持って行き「しっ」とした動作をしたため名前を言うのを飲み込んだ。

それはディアナである。


「丁度通りかかったら二人がいたので声をかけてみたわ」


にこりと口元を上げ、また深く帽子を被り直す。

ディアナの身分上、単身で出歩く際にはこうして姿を極力隠して歩く事が多い。


「元気ー?」


「元気よ」


「用事?」


「少し市を見たくてね」


「なるほど」


「二人は?」


「ブラブラと」


「そう」


それを聞きディアナは笑む。


「冒険者の講師ねぇ」


「そう、若手の子達の育成よ」


「私に出来るかな?」


「出来ると思うわよ?、アデラならね」


「はは、なるほど」


「え?、私は?」


ディアナの言葉にカイサが自分を指差した。


「カイサは人にモノを教えられるタイプじゃないでしょ?」


「えー」


納得いかないと言った顔のカイサの顔を見てアデラは苦笑した。


それしても今日はグレタといい街中でメンバーと会う日だ。

いつもはこんな事はないのだが、しかしある時は連続する。


「今日は東の市で買い物?」


ディアナは空いている席に着く。

本来なら挨拶だけして直ぐに立ち去るつもりだったが、アデラ達の顔を見たら少しお喋りしたくなったからだ。


「そう、鎧をね」


「鎧?」


「創刊された鎧専門の雑誌に東の市場の特集をしてたから見に来たんだ」


「そうなの」


ディアナはミルクティーを注文し、アデラ達の着ている鎧を思い出した。


「アデラのは比較的古かったわね、一年前からずっとあれ?」


「ああ、新しくしようと思ってたけど何だかんだで機会が無くて新しく作って貰ってないなぁ」


「結構傷だらけじゃない?」


「そうでもないよ、修復はしてもらっているし何より余り着てもいないしね」


「余裕ね」


口元を上げるディアナにアデラは手を横に振る。


「いやいや、皮の鎧の方が動きやすいし」


「確かにそうだけど、油断は禁物よ」


ディアナはおかしそうにした。

専用の鎧を着用しないアデラ達と違ってディアナは冒険に加わる際は常に白金の全身鎧(フルプレートアーマー)に身を包んでいる。

聖戦士と威容を示す為もあるし、素顔を兜で覆える効果もあるからだ。

そもそもディアナのような高い身分の者が底辺である冒険者などという職にいるのが有り得ない事である。

ましてや身分の低い冒険者風情と共に戦い気軽に話しているなどと知れれば問題である。

だから冒険中は鎧で姿を隠しているのだ。

鎧はディアナに取ってはいわば生命線である。

だから鎧にはもの凄く重きを置いている。


「あー、そう言えば…」


アデラは言いかけて言葉を飲み込んだ。


「何?」


そんなアデラを不思議そうに見るディアナ。

言いかけて止めたのが明らかだが、敢えて聞いて見る。

普段本職に就いているディアナならば聞き流す所だ…が、今は聖戦士としてのディアナだ。


「いや、何でもない何でもない」


慌てて両手を左右に振るアデラ。

ビキニアーマーの鎧の話をしかけて止めたのだ。

この手の話題はディアナにはしない方がいいだろう。

元々お堅いタイプで、しかも鎧に強い拘りを持っているディアナとは真逆の性質を持つ鎧だ。


「何?、気になるけど?」


「いやいや、ホントに何でもないから」


「そう?」


「ん、そうそう」


慌てるアデラに苦笑しそうになったディアナ。

しかしこれ以上の追撃は無意味なのでしない事にした。


「ならいいけど」


ディアナの言葉にアデラはホッとした。

まったく厄介な鎧である、ビキニアーマーは…。


そんなアデラの苦労を知らずにカイサが言った。


「そう言えばさぁ、ビキニアーマーって鎧の専門店も出来たよ」


カイサの言葉にアデラは固まった。

言っちゃったよ…と。


アデラは恐る恐るディアナを見た。

帽子で顔半分は隠れているが、その表情で大体分かる。


「それなら知っていますよ」


アデラの不安を余所に飄々と答えるディアナ。


「え?、知ってるの?」


驚くアデラにディアナは頷く。


「面白いですね、あれは」


「え?、面白い?、もしかして興味ある?」


自分が気を遣って誤魔化し避けた話題だったが、以外とイケる感じなのか?…。

と思ったのも束の間。


「私とはまったく相容れないデザインですけれどね」


あ…やっぱり…。


淡々と喋りながらも少し怒気を含ませたディアナの言葉に自分はやはり間違っていなかったと感じたアデラであった。



暫くディアナと会話を楽しんでいたアデラとカイサ。

やがてミルクティーを飲み終えたディアナは話が一段落した時に席を立った。

同じくアデラ達も席を立つ。

そして会計を済ませ、カフェの入口でディアナと別れた。

また冒険に一緒に行こうと言って。


最近は殆ど不在のディアナと冒険の仕事に行くことはめったにない。

直近だと半年程前にモンスター狩りに出た時か?。

それにしても随分前である。


そもそもパフュームが全員集合で一丸となって戦ったのは2年前の魔人戦以来であり、以後は少数パーティーをそれぞれ空いているメンバーで組んで仕事をするのが常だ。


出来るならもう一度全員で一緒に仕事がしたいと思うアデラ。

恐らく殆どのメンバーも同じ思いであるだろう。

多分…。


そんなこんなでディアナと別れカフェを後にしたアデラとカイサの次なる目的地は香水店の集まる場所である。

そう、いつものお馴染みな場所だ。

それで二人はてくてくと歩いて行った。


その途中の道で見た事のある後ろ姿を見かけた。

ブルーブラックのロング髪、独特の紋様の入った衣服、きびきびではなく少しノタノタした歩き方。

あれはまさか…と思った二人。

そしてそれは見事に的中した。


「フレドリカー」


その前を歩く女性に声を掛ける。


「………」


少し間を置いて女性が此方を振り向く。

その顔立ちはまさしくパフュームメンバーの一人であるフレドリカだ。


「あ……」


そう言うとフレドリカは振り向いたままじぃーと此方を見た。

その手には植木鉢と中に白い花が咲いている。


「あー、やっぱりだ」


「……カイサ」


カイサの言葉にフレドリカは少し目を細めた。


「えーと…、買い物?」


フレドリカに近づき持っている植木鉢に目をやる。


「……うん、お花を……」


「あー、なるほど、そう言えばこの近くにお花屋さんあったよね」


「うん…、そこで買った…」


「へー、綺麗だね」


「ホワイティーロードロード…北の地に咲く花…」


「もしかして珍しい花なの?」


「うん…、その地にしか咲かない花…」


「え、それってここじゃ直ぐに枯れちゃうんじゃない?」


「大丈夫…、育て方…世話の仕方…知ってる」


「そっか、枯れない方法があるんだね」


「うん…」


フレドリカは頷く。

そんなフレドリカを見てアデラは思い出した。

フレドリカがお花屋さんを開業したいという話を。

多分開業で間違ってない…筈。

少なくとも一従業員として働きたいとかいう話ではない筈だ。


フレドリカは非常に華奢である。

その容姿はお人形さんの様であり、戦士とはかけ離れている。

しかし紛れもなくフレドリカは戦士である。

但し戦いを嫌う戦士だが。


「カイサ達…はどこに行ってたの?」


「ん?、私達?、私達は東の市場で鎧を見に行ってた

創刊した雑誌に特集が載っててね」


「そう…」


まったく興味なさげに言うフレドリカ。

そもそもフレドリカに取っては鎧とはただ一つのものであり、買いにいくモノではない。

鎧とは竜の鱗より作られた最高の防御力を持つ防具であり、鎧型と竜型に変形する生きた相棒である。


「あ、そう言えばディアナに会ったよ」


知っている名前が出てフレドリカの表情が緩む。


「……どこで?」


「カフェで」


「……そう」


両手が植木鉢で塞がっているため、自分の髪に触れたいが触れられない事にフレドリカの心が少し青くなる。


「…これからどうするの?」


「ん?、これから?」


フレドリカの言葉にカイサは腰に手を当てた。


「えーと…何だっけ?」


「香水店だろ?」


「あー、そうだった、これから香水店に行くんだー」


「そう……」


素っ気なくそう答えたフレドリカ。

フレドリカの使っている香水は『お花屋の娘さん』シリーズで各種花の匂いが揃っている香水である。

このお花屋の娘さんシリーズも新作が出た筈で、フレドリカもまだ買っていないだろう。

多分……。


「フレドリカも一緒に…て無理だよね」


「うん…ホワイティーを早く持って帰りたいから」


「分かった、何か買っとくモノある?」


「……お花屋さんの新作……確かローズローズブルーが出てた…から…」


「OK!、有ったら買っとくよ、他には?」


「……他は……無い」


「分かった」


花を持っているフレドリカと長く会話をするのも何なので手短に済ませて別れた。

それにしても今日は街中でやたらとメンバーに会う日だ。


アデラとカイサは暫く歩いて香水の店が並ぶ通りにやって来た。


「えーと、まずはお花屋さんシリーズの置いてある店から行こう」


「だな」


「えーと、確かローズローズグリーン…だったっけ?」


いきなり間違うカイサ。

自分で聞いていてこれである。


「ブルーだぞ、ローズローズブルー」


「あ、そうそうブルーだった」


頭に手をあて苦笑するカイサ。

まぁ、こういうのは度々あって何時もの事だが。


「じゃあそれ見に行こー」


元気に手をあげ歩き出す。


そしてお花屋さんシリーズが多く置いてある店に到着。

今日は平日のため客数は少ない…が、いつもよりも更にお客さんが少ないように感じる。


「空いてて良いよねー」


「確かに休日のごった返しは凄いからな」


「そうそう、あれは勘弁だよねー」


空いている店内で新作のローズローズブルーを手早く購入し、店を出たアデラ達。

そして通りの通路を歩き出した。


「ん?」


その一角で店の前の椅子に座って会話をしている若い男女を見かけた。

別に不思議な光景ではない。

彼氏が彼女にプレゼントするために来ている事など珍しくもない。

本来なら見ても単なるカップルが買い物をして椅子に座り会話している…だけで何らアデラの目を引くものではない。

しかしこの二人は…。


そのまま通り過ぎて、少し無言で進んだ。


「あれってさー」


「ん?」


暫く歩いてカイサが口を開いた。


「あれだよね、リヴちゃん」


「やっぱり気づいてたか」


「そりゃーね」


話していた二人の内、一人はダナウダの森で助けたファングのメンバーであるリヴだ。

そしてもう一人は…。


「あの男の子って誰だろ?」


「元ファングのフィンって子だよ」


「あー、あのメンバーから外れたっていう?」


「そう」


「マルルンドまで駆けつけて来たっていう?」


「そう」


「なるほどねー」


カイサは一人納得した。


「何か楽しそうにしてたねー」


「元々同じメンバーなんだからそうだろ」


「ふーん」


カイサの言葉はアデラもそう思う。

実に楽しそうにしていたから邪魔しちゃ悪いのであえて声は掛けなかった。

それにしても見た感じリヴの怪我も治っているようで何よりだ。

救出した時は本当にこのまま歩けなくなるんじゃないかと思うぐらい足の損傷が激しかったからだが。

多分エレンの応急処置がもう少し遅れていたらそうなっていただろう。


「あの二人ってさー」


「ん?」


「冒険者続けるのかな?」


「さぁ?」


それは二人の問題であってアデラの知る所ではない。

続けるとしても問題はリヴのメンタルだ。

あれがトラウマになって戦えなくなる可能性はある。

実際それで引退した冒険者は山ほどいるからだ。


「あ…」


「あ~」


歩いているアデラとカイサの目の前に香水店の袋を持ったポエルが反対側から歩いてきて互いに声が出た。


「え?、何か買ったの?」


「はい~、いつものが無くなってきてるので~」


「そう言えば猫カフェに行ってたんだっけ?」


「そうですよ~、可愛かったです」


「ほー」


聞きながら、やはり猫と戯れる自分を想像出来なくては少し唸るアデラ。


「そう言えば~鎧はどうでした~」


「あー、良いのは幾つかあったよ」


アデラの言葉にカイサも言う。


「悪いのもあったけどね」


「アレね…」


「アレだね…」


アデラとカイサの会話にポエルは聞く。


「アレって何ですか~?」


「ビキニアーマー!!」


二人は声を揃えて言った。


「何ですか~?、ビキニアーマーって?」


「水着のビキニは知ってるよね?」


「知ってますよ~」


「あんな感じの鎧」


「………」


ポエルは指を頬に当て、ん~…とした表情で考えた。


「何ですか~、それ~?」


イマイチ想像が出来なくては悩むポエル。

水着のビキニの様な鎧と言われてもピンとこない。


「まさしく水着をそのまま鎧にした感じかな?」


「……それって鎧として機能してなくないですか~?」


「そうなんだよね、鎧としての防御力は皆無に近いよ」


「何の為にあるんですかね~?」


「さぁ?、カイサはファッションじゃないかって」


「ファッションで鎧買う人って居ないと思いますけど~?」


「分からないよー?、世の中には奇人変人がいるからねー」


ポエルの言葉にカイサが言う。


「ほぇ~、しかし変な物を売る店も出てきてるんですね~」


確かに変なモノだ。

マトモな戦士なら絶対に買わない代物だろう。


「で、ポエルは帰るの?」


「はい~、買い物は済ませたので~」


「んー、そうか」


「何ですか~?」


「いやー、私ら来たばっかりだからさ、何なら一緒に見て回んない?」


「え~、ん~、やっぱり帰ります~」


「え?、何で?」


「猫と遊んで疲れちゃいました~」


なるほど、確かに猫と戯れるのは必要以上のエネルギーが必要である。

それはモンスターと戦うよりも遥かに過酷で神経を使う。

しかしその見返りとして大いに癒やさるのだ。

そのほっこりした充実感は終わった後に一気に襲いかかって来る。

ポエルの疲れは大いに分かる。


「なるほど、それなら仕方ないな」


一人で勝手に納得したアデラは頷く。


「はい~、私は一足先に帰ります~」


「ああ、気をつけて」


「はい~でわでわ~」


そう言うと手を振りポエルは家の方角に向かって去っていった。


「猫カフェかぁー」


「え?、何?、アデラ興味あるんだ?」


「え?、いやー、興味あるかと言われると…」


そう言いながら頭を掻くアデラ。


「あるんだ」


「まぁ…少しは…」


「何なら今から行ってみる?」


「え?、今から?」


「そ、今から」


「いやいや…」


「まだ閉まる時間じゃないから開いてるでしょ」


「そうだろうけど…」


「んじゃ決定ね、行こう」


そう言うとカイサはアデラの腕を取った。


「いや…香水は?」


「何か買うものある?」


「特には……」


「ならまた来れば良いんじゃない?」


「あー……」


確かにその通りである。

だがイマイチ猫カフェもどうかだが…。

そんなアデラに構わずカイサはアデラの手を取り、猫カフェのある西市場に引っ張っていった。




猫カフェで猫と戯れて家に帰ってきたアデラとカイサ。


「お帰り」


そんなアデラ達をヴィオラが出迎える。


「ただいま」

「ただいまー」


「ん……ん?」


アデラ達をヴィオラは少し目を細めて見た。


「どうした?、ヴィオラ?」


「猫臭いわね」


「え?」


「もしかして猫カフェに行ってきた?」


「よく分かったね」


「ポエルも猫臭くして帰ってきたから」


「ああ……」


「これはあれね、先にお風呂ね」


「へーい……」


やはりヴィオラの鼻は誤魔化せない。

と言うかそんなに猫臭いだろうか?。

という訳で早速お風呂タイムである。



「あー良い湯だった」


お風呂から上がったアデラはリビングでくつろいでいるシーグリッドに声を掛けた。


「今日は色々と疲れたよ」


「どうした?」


「いやー、カイサと東の市場に行ったらスリにあってさー」


「スリ?」


「そう、で、まったく気づかなくて財布をスラれたんだけど…」


「ふむ」


「運良く通りかかったグレタが盗まれた財布を取り戻してくれたんだ」


「ふむ、それは…、しかしアデラが気づかないとは凄腕だな、ソイツは」


「結構な腕だと思うよ」


「それで、そのスリは?」


「グレタが逃がしてやった」


「まぁ…グレタらしいが」


「んでカフェに行ったらディアナに話かけられた」


ディアナの名前が出るとシーグリッドの片方の眉が少し上がる。


「元気にしていたか?」


「あー、元気だよ、東市場を見て回っていたみたいだ」


「そうか」


「それで少し話をしてディアナとはカフェで別れた」


「ほぅ」


「カフェを出た後、香水店に向かったら途中でフレドリカに偶然会って…」


「そう言えば花屋で花を買ったとか言ってたな」


「そう、帰る途中だったみたいだ」


「なるほど」


「そのまま私とカイサは香水店に行ったら、路地で猫カフェ帰りのポエルとばったりと会った」


「……」


「そんでカイサに引きずられて猫カフェに二人で行って帰ってきた」


「何かメンバーにやたらと会ってるな」


「そうなんだよねー、今日は少し変わった日だ」


家では顔を合わせていても、外で別行動を取っているメンバーと偶然顔を合わせる事は無いとは言わないがかなり低い。

にも関わらず今日のようにメンバーに会いまくるのは何なのか…という。

確かにそういう日は確かにある。

結局それは何かと言われると偶然が重なっただけという事であろうが、何か不思議な気がする出来事だ。


「シーグリッドは?」


ごく自然にシーグリッドの事を聞く。

バーダン地区の事については聞きたかった事だからだ。


「私は…バーダン地区に行っていた」


「へ…へぇー…」


「そうか言っていなかったな、施設等に寄付をしに行っている」


「あー、恵まれない子供達とかの?」


「そう、それで寄付ついでに時々様子を見に行ったりしているんだ」


「なるほどねー」


謎だったモノが一つ解けた。

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