第11話

マルルンドに帰ってきたアデラ達。

血や汗でペトペトなので早速ホテルにてお風呂に入る。

さっぱりした後で軽食を食べ、時間は既に深夜なので一旦寝た。

翌日の昼、ギルドが借りたとある建物の会議室にて森での一連の正式報告をした。

その後マルルンドの役所でもギルドスタッフと共にモンスター狩りの報告をする。

これにてこの件は終了となる。



森での話に戻るとリヴは朝方に目が覚めた。

エレンはリヴと会話し、怪我の状態を本人の口から確認し、回復魔法を再度かけ直す。

動かしても大丈夫そうなので本人の了承の下アデラが背負って一気に森を脱出する事にした。

その折、鎧を着たまま背負おうとしたアデラに皆の突っ込みが入り気がついたアデラは鎧を脱いだ。

その剣や鎧や兜は街人数人が代わりばんこで持って運ぶ事となる。


そして森を出て、迎えが来るのを待つ。

意外にも夕方を待たずに迎えは来た。

何十もの馬車が到着し、街人はそれぞれ乗り込む。

どうやらアデラ達が出発する前には既に馬車の数の手配はギルドがしてくれていたようで、メッセージの到着と共に一斉に馬車群は森に向けて出発したようだ。

流石は上級スタッフ達だ。


ちなみにゾグシム達は兵士監視付きの馬車に乗せられていた。

アデラ達は別の三台の馬車にそれぞれ乗り込む。

幸いな事に食料も持ってきてくれていたので助かった。

お腹が空いているので馬車の中で食べながら帰れるからだ。


ただ馬車に乗るにあたってカイサは実に不安気だった。

「ゆっくり走ってーー!!」

……という心境だ。

来る時がかなりの速度で来たため、車酔いした恐怖が蘇る。

しかし不安は不安だけに終わり、馬車は緩やかに動き移動した。


そうしてマルルンドに無事帰還する。

馬車から降りたアデラ達を待っていたのは上級ギルドスタッフ達である。

その時はギルドスタッフに簡単に報告しマンティコアの首の入った袋を渡した。

後、ゾグシム達も引き渡す。

取りあえず詳しい報告は翌日の昼という事で解散。

翌日と言っても既に日は変わっているから今日の午後からという事になるが。

とにかくアデラ達はホテルに帰り、お風呂に入って寝た。


そして昼間に全ての報告が終わり任務は完了した。

しかしまずはホテルに戻り剣や鎧や兜の洗浄を行う必要がある。

乾いているとはいえ血だらけや泥だらけなので綺麗しなければならない。

そうこうしている内にあっという間に夜になった。


お風呂に入り晩御飯をホテルで取った。

どうこう忙しかったので外に食べに行ったり見て回ったりの気力はアデラ達には無かった。

いや、一人だけ…カイサのみは元気ハツラツで外食食べ歩きの提案者だったが、カイサ以外の全員の却下を受け渋々引き下がる。


そんなこんなでその日も終わるかと思っていたアデラに21:00頃、来客があった。

レッドモアが訪ねてきたのだ。


「夜分すみません」


ロビーにて頭をぺこりと下げるモア。


「あー、いいよいいよ」


手を振りながらアデラは言う。

アデラ的には「やー、どしたの」「うん、実はね…」……と言い合える仲になりたいのだが、中々にうまくはいかない。

何かしら壁のようなものがあって、アデラとモアの間に立って邪魔している。


「それで、どうしたの?」


「はい、まずはモンスター狩りの成功おめでとうございます」


「ん…ああ、ありがとう」


「今回の件が終わったので私達は明日の朝に都に帰ります」


私達というのは中級冒険者及び中級冒険者事務所のスタッフ達の事である。


「あー、そうなんだ」


「はい」


「あれ?、そう言えばリヴは?」


「はい、現在は病院にてまだ治療中です」


「まー、結構酷かったもんね」


「はい、医師の話ではエレンさんでしたか?、その方の治療があと少し遅れていたら死んでいたそうです」


「そっか」


「はい、リヴは暫くは病院で治療を受けて都に帰る事になりますね」


「んーと、治療費は?」


「ギルド持ちです、他の冒険者達も」


「あ、そうなんだ」


冒険者の怪我については大体が自己負担であり、基本的には事務所は関与しない。

関与するのは明らかにギルドのミスによる何かがあった時と、特殊な状況や条件下においての何かがあった時だ。

今回のように王国が直接乗り出してきた案件の場合、国からの金銭的支援がある事とギルドの体面が合わさって関連性があるとはいえ王国が出したパフュームの依頼とは直接関係がない冒険者達の治療費も出す事になったのだ。

そもそも金の無い冒険者達に取っては治療費も馬鹿にはならず、今回のギルド支援はまさに救済と言ってもよい措置である。


「それを心配してたんだ」


「確かに重傷から回復させるにはお金が掛かりますからね」


それが回復魔法にしても、薬や外科の治療にしても高額になる。

エレンが使った回復魔法も魔法病院なら高額請求が来るほどの治療だ。


「エレンさんに宜しくお伝え下さい」


「ああ、言っとくよ…それはそうとフィンは?」


やはり気になるのはフィンだ。


「リヴの傍にいます、回復するまで一緒にいたいそうですよ」


「ふむ、なる程ね」


単なるかつての仲間としてか…それとも仲間以上の何かがあるのか…はアデラには分からないが、リヴの傍にいるのなら任せておくのが一番であろう。


「トールだったっけ?、賢者の、あの人は?」


「彼は色々あって明日一緒に都に帰ります」


「ん?、そうなんだ」


「はい」


色々あった…その言葉にはアデラに伏せているモノがある。

トールは病院に駆けつけたが、その時にフィンと顔を合わせ口論になったのだ。

病院内では何だからと外に出た二人。

いつもは冷静なトールもこの時は相当感情的になり口論から殴り合いの喧嘩にまで発展してしまった。

最初は優勢だったフィンもトールの本気の反撃を受け押され始める。

そんな時、騒ぎを聞きつけレッドモアとサンドラが間に割って入り騒ぎを収めたのだ。

トールはフィンに捨て台詞を吐き、その場から立ち去った。

事件はそんな感じである。


「話はこれだけです」


「そうか、ありがとう」


「それではこれにて失礼します」


「おやすみ、ではまた」


「はい、またお会いしましょう、おやすみなさい」


そう言うとモアは頭を下げ、玄関入り口から出て行く。


「………んーー」


それを見ながら腕を組んで唸る。


「どう?、せっかくだから一緒に飲まない?」……とモアに気軽に切り出せない自分に悩むアデラであった。



翌日の朝、モアやサンドラは生き残った中級冒険者達や中級事務所スタッフ達と共にルコットナルムへ帰るため集まっていた。

この時、ひとつの事件が起こる。

モアやサンドラと同じくA級で一緒に来ていた神官の姿が消えた事だ。

モア達は探し回ったが、見つける事が出来なかった。

仕方なくギルドスタッフは捜索依頼を町長に出して帰りにつく。

この事はこの時間帯に朝食を取っていたり、まだベッドで寝たりしていたアデラ達は知らない事だ。


昼になり、パフュームに上級ギルドスタッフから王国の歩兵隊が到着したとの連絡が入る。

今回の騒動で国から派遣されてきた歩兵隊だ。

その役割はモンスターの生き残りがいないかの確認の為だ。

本来ならそれもパフュームの役割ではあるが、国が絡んでいる関係上直轄の部隊が最終確認を取る形となる。

パフュームからしてみれば首を持ち帰ったマンティコアだけでなく、オーガやグールの掃討も確認してもらえる訳でそれのメリットはかなりあるのだ。


しかしここで厄介な事になる。

地図だけではなく、実際に行った人間に案内を頼みたいと部隊長の要望が出されたのだ。


「また行くのー?、勘弁してー」


カイサがうんざりした顔でいう。


「全員ではありません、行くのは二人だけです」


エレンの言葉にアデラが聞く。


「何で二人?」


「一人だと記憶違いがあるかも…との部隊長の言葉ですね」


「まぁ…無いとは言わないけどさぁ…」


面倒臭そうにアデラが頭を掻く。


「それで私は残りますが、もう一人を決めて下さい」


エレンの言葉にアデラ達は互いに顔を見合わせる。


「えーと、私はパス、男連中と接するの正直メンドイし」


カイサが手を横に振る。


「私も~あんまり兵隊さんは好きじゃないですし~」


ポエルも手を上げた。


「私も同じだ、兵士どもと行動を共にしたくない」


同じくシーグリッドが腕を組んで答える。


「私も男の人達とはちょっと…」


珍しく弱々しい口調で言うリサ。


「えーと、私しか残ってないんだけど…」


アデラは仕方がないなぁ…と考えながら両脇腹に手をやる。


「どうします?、嫌なら私だけという事にしますけれど?、あくまでも向こうの要望ですし」


「んー、いや、いい、私が一緒に行くよ」


「無理にとは言いませんよ?」


騎兵と違って歩兵は余り性格的に宜しくない者が多い。

下手をするとアデラと喧嘩になりかねないからだ。

勿論ぶっ飛ばされるのがどちらかは言うまでもないが、兵との揉め事はエレン的には避けたい所だ。


そう、エレン的にはアデラの心配をしている。

しかしシーグリッド達の心配はエレンに向けられていた。

そもそも男勝りなアデラは男連中に混じっても話とか合わせられそうだが、男の下らない話とかはエレンがキレそうに感じる。

その得意の毒舌が飛び出し喧嘩にならないか非常に心配だ。

とは言えエレンと代わるにしてもやはりシーグリッド達は大勢の男達の中に混じるのが嫌で代わるに代われない。


「いや、私も行く」


「分かりました、それでは私とアデラで行きます」


エレンの言葉に皆が頷きそれに対しての準備が進められたが、直前で問題が生じた。

何かと言うとダナウダの森での案内についてアデラとエレンだけでは街人が閉じ込められていた建物までしか詳しく案内出来ないという事だ。

建物以降の戦いはシーグリッド達がやったのでアデラやエレンでは道案内や実際に行った戦闘の詳しい説明は難しい。


本来なら誰か気付く筈の事が直前まで誰も気付かなかったのが不思議で仕方がないが、「アデラが行くなら」とリサが森行きに加わった。

森行きはアデラ、エレン、リサになり、マルルンドに残るのはシーグリッド、ポエル、カイサになる。

何やらグダグダだが「皆疲れているんじゃない?、ま、たまにはこういった事も起こるよ」というカイサの言葉にアデラ達は一応納得した。



ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト……


馬車は揺れる。

三人乗りの馬車に乗り込んだアデラ達は王国の兵士達50人と共にダナウダの森を目指した。

今回は単にモンスター退治の現地に行っての説明と残っている魔物がいないかの確認であり、急ぐ必要はまったくないため馬車も普通の走りだ。

まったくもって、もう急ぐ馬車には二度と乗りたくはない。


「何か行ったり来たりだね、大丈夫?」


リサがアデラに声を掛ける。


「あー…本当に…」


アデラに取っては都からマルルンドに行き、マルルンドから都に戻り、また都からマルルンドに来てダナウダの森に行き、ダナウダの森からマルルンドに帰ってきたと思ったらまたダナウダの森に行く。

正直非常に慌ただしく非常に面倒臭い事をしている感じだ。

本来なら最初にカイサと来た時に片付いていた案件なのだが、前町長のお陰でえらい目に遭っている事になる。


「まー、今度こそ終わりだし大丈夫だよ」


いつもの元気は余りなく答えるアデラ。

ただしアデラの元気がないのはもう一つ理由があった。

同行している兵士達の余りにも貧相な装備にである。

部隊長を始め全員安価な剣と鎧兜を着用している姿にアデラはがっかりした。

確かに1兵士辺りの装備に予算の関係上金を掛けられないのは分かるが、余りにショボ過ぎて泣けてくる。

せめて部隊長だけでもマトモな装備をしてこいよ…とは思うが兵隊の装備については予め決められているのだろうから勝手に装備を変えたりは出来ないのだろう。

それ以前に兵士達は全員まだ若い。

部隊長もアデラより少し上ぐらいか。

まるで新米兵の訓練に付き合わされといるような感じを受けるが、多分その通りなのだろう。

歴戦の兵士達を想像していたアデラに取ってはとんだ期待外れだ。


何はともあれダナウダの森に到着したアデラは馬車から降りる。

兵士達もモタモタと馬車を降り始めた。


「やはり森の様子がおかしいですね」


森の入口を見ながらエレンが言う。

森が見えた辺りから感じた嫌な気配。

気のせいかと思っていたが近づくにつれてその嫌な気配は濃厚になってきていた。

目の前までくると謎の圧迫感が半端なくエレン達を襲ってくる。


「ピリピリしてるな、何だこれ」


全身の鳥肌が立つ。

だれーんとしていたアデラだったが、一気に気を張り頭を戦闘モードに切り替えた。


「だね…ただ事じゃないよ、これ…」


森の奥から感じる何か判らない得体の知れないザラッとした雰囲気にリサもまたその異常な状況に顔を強ばらせる。


「これは何かヤバそうだね」


アデラの言葉にエレンとリサは頷く。


何らかの異変が起こっているのは分かるのだが、その正体については検討もつかない。

入ってみれば何か掴めるだろうが、正直入りたくないのが本音だ。

入れば厄介な事になると思考も勘も告げている。


「一体このピリピリしたのは何なんだろ?」


森から発せられる肌を刺すような嫌な感じを鬱陶しく思いながらアデラがエレンやリサに聞く。


「分からないよ」


リサはそう言って矢筒の皮紐をギュッと握った。


「……魔術であるのは間違いないですね」


そんなリサを見ながらエレンが答える。


「魔術なの?」


「はい、魔力を感じますから……ですがどんな魔術かは判りません」


「て事は魔術師が居るって事?」


「恐らくは」


「えー、だって居なかったじゃん」


「私達が立ち去った後に来たか…或いは…」


「最初から居て隠れて見ていたとか?」


「可能性はありますね」


「なるほどね、で、これどうする?」


アデラは森を指差した。


「どのような魔術かは分かりませんし、私達にプレッシャーを与えている以上危険であるのは確実です」


「カイサが居れば何か判るかもだけど、居ないしね」


「あー、引き返したくなってきた」


アデラは後ろをチラリと見る。

隊列を整え点呼を取っている部隊。

そのいかにも「行くぜぃ」みたいな顔をしている兵士達を見て溜息をついた。


「行くしかないよねー」


「まぁ、相手の正体が分からないのでかなり注意して進まないと死人が出るでしょうけれど」


かなりやばい。

それが現状のアデラ達の認識である。

どのくらいヤバいのかは数字で表す事はできないが、とにかくヤバいのである。

これがまだアデラ達パフュームチームだけならまだしも、兵士達も一緒となると危険は倍増する。

この兵士達も強ければ言うことはないが、どう考えても下級冒険者に毛が生えた程度の強さだろう。

戦闘になれば最悪守りながらの戦いを覚悟しなくてはならない。

しかし曲がりなりにも兵士なのだから守ってやる必要性はない。

とは言え一応パフュームの仕事関連の最終チェックに来た部隊なため、兵士の死亡に繋がるのは避けたい所でもある。


「面倒っ臭いなー、もう!!」


アデラは脇腹に手を当て、しみじみと溜息を吐いた。


「気楽に行こう、アデラ!」


リサがまぁまぁ…と手を縦に振る。


「ですね、気を引き締めつつ気楽に行きましょう」


「どんなんだよ、気を引き締めつつ気楽って…」


エレンの言葉にアデラは突っ込む。



「準備は整ったぞ、エレン殿」


部隊長のジュードがそんなアデラ達に話しかけてきた。


「ご苦労様です、森に入る前に一つお知らせしたい事があります」


「知らせたい事?、何ですかな?」


エレンよりも少し上の年齢らしき隊長ジュードは顎に手をやる。


「はい、実は…」


エレンは森の異変についてジュードに報告した。

そのエレンの言葉を聞いたジュードは少し考え言う。


「ならばその異変の原因を探らなければならないですね」


ジュードはしっかりとした口調で言った。

しかし当のアデラ達はやっぱりね…という気持ちだ。

ここで諦めてくれると助かるのだが、国から遣わされている部隊としてはそうもいかないだろう。

寧ろ異変ありなら調査して解決させなければならない立場だ。


「一つ提案があります」


「何でしょう?」


「森の異変はただ事ではありません、先に私達3人で様子を見てきたいと考えます」


「ん…それは…しかし…」


ジュードとしては異変があるならば正規たる兵である自分達の出番である。

正規兵がいないのならともかく、居るのに冒険者に任せるのは如何なものかと考えた。


「森に何らかの魔術が掛けられてはいるのは確実です

大人数で入るより少数で動いた方が安全だと考えます」


エレンにそう言い切られればジュードとしてもそれが最善ではないかと考え直す。


「なるほど…もっともです

ならば様子を見てきて下さい、ただし何かあれば即座に戻ってきて頂きたい」


「了解致しました」


エレンはそう言うとアデラ達に目配せして、森の入り口に立つ。


先ほどまで部隊を連れて森に入る想定をしていたが、パフュームだけで様子を見に行った方が都合が良いと閃いた。

勿論部隊の面子云々で部隊長がウダウダ言う様なら一緒に入る危険を覚悟しなくてはならなかったが、あっさりと了承してくれたのは部隊長がまだ若いからか。

しかし若いからと言って頭が柔らかいとは限らない。

逆に若いが故に融通が利かないパターンもある。

今回のジュードはエレン達に取っては当たりだろう。

もっともアデラ的には装備の話でハズレだったが。


「では行って参ります」


「お気を付けて」


部隊長と50人の兵隊に見守られながら、アデラ達は森に足を踏み込んだ。


「うわ…何?」


一歩、足を踏み入れた途端アデラが嫌そうな声を出す。

得体の知れない悪寒が襲ってきたからだ。


「これは…結界ですね」


「結界?」


「魔法による結界…ですが森の奥まで続いているようですから、かなりの規模です」


「結界なんて張ってどうすんのよ?」


「解りません…がピリピリ痺れる様な感覚は結界の力の作用だという事が分かりました」


「でもこれほど大規模な結界を張れるって、相当な術者だよ」


「そうですね、私でも無理です」


結界の術は基本的には神に仕える神官等の魔法である。

しかし小さな結界は張れても大きな結界など100年に1人の天才級でもないと無理だ。

それが張られているだけでも、現在の森の異常性が際立つ。



「なぁ…何か臭くない?」


歩いて15分ぐらいした所でアデラがリサに聞いた。


「確かに何か臭いがするね、腐った臭い」


「グール達の死体はまだ先の筈ですが…」


最初に戦ったマンティコアやオーガやグールの死体のある場所からはまだまだ遠い。


取りあえず気にしつつ更に歩き続けるアデラ達。

しかし奥に行くに従って臭いは酷くなってくる。


「いくらこの先が死体の山だって、ここまで腐った臭いはしないんじゃない?」


「だね、日が全然経ってないのにね」


「…………」


エレンは歩きながら顎に手をやり考えた。


「これはまさか…」


嫌な予感が頭を過ぎる。


その予感が当たっているかのように進めばめば進むほど異臭はより濃い悪臭に変わっていく。

アデラとリサは家を出る時にヴィオラから渡されたマスクを着けた。

エレンは対ゾンビ専用の特殊マスクを着用する。


「間違いないの?」


アデラがエレンに聞いた。


「半々ですが、この悪臭からの次なる状況は過去に経験があります」


「ゾンビって奴か」


「はい、考えられるとすれば私達が倒したモンスター群を何者かがゾンビとして復活させた…と」


「だとしたらやっぱりネクロマンサーは居たって事か」


ノーラ御墨付きの悪臭死体であるゾンビと戦わずに済んだと思ったらこれである。

しかもメンバーが少ない時に来てくれるとは、サービス精神旺盛だ。

その素晴らしいネクロマンサーをアデラはぶん殴りたくなった。


「かなり臭いが強くなってきたよ、近いかも」


リサが警鐘を発する。

確かにエレンはともかく単なるマスクを重ねて使用しているだけのアデラとリサの鼻は悪臭を捉えていた。


「アデラ、リサ、ゾンビが出たら近寄らず距離を取って下さい」


森の中で距離を取るのは難しい。

しかしゾンビ相手だと接近専用のアデラの装備ではそれしか手はない。

リサは弓矢による後方支援タイプなのでそもそも距離を置いて戦うタイプだ。


「OK、ゾンビは動きが鈍いんだっけ?」


「そうです、腐敗した死体ですから動きは非常にゆっくりです」


ならば安心である。

死体の分際で生前のように動き回られては色んな意味で大変だ。


「取りあえず私達は後方にいておくからエレン頼んだ」


悪臭と腐汁を撒き散らすゾンビを相手にアデラは手も足も出ない…と言うか汚すぎて出せない。

何より神聖武器や神聖魔法でないとゾンビは浄化させる事が出来ず、後はノーラ直伝の火で燃やして灰にするぐらいしかゾンビは倒せないのだ。

通常武器でも相手を切り刻む事は出来るが、元が死体な為全身バラバラにされても奴らは生きているからだ。


「任せておいて下さい」


そう言うと剣の柄に手を掛ける。

ゾンビは居ないと言われてまったく活躍出来ていなかったゾンビキラーの剣であったが、やっと活躍の場が来た。

とは言えエレンとてゾンビと戦いたい訳ではない、仕方なくだ。


「さて、では進みま……」


エレンが言いかけた時、離れた前方の木々の陰からのそりのそりと此方に向かって歩いてくる物体が目に入った。

暗くてよく見えないが、何らかの生物であるのは分かった。

そしてそれに伴って悪臭が更に強烈になる。


「前方に何体が動いていますね、周りは?」


エレンは前方の動くモノを注視しながらアデラとリサに周囲を確認させた。


「左右いない」


リサが素早く左右を確認し言う。


「後方も…動くモノは無し」


後ろを向いてアデラは言った。


「取りあえず前方だけですか、しかしあれは…」


エレンは目を凝らして動く物体を見続けた。

のそのそと動くそれらの動きは非常にノロい。

しかし確実にエレン達に向かって進んで来ている。

しかも後続から続々と増え、影が蠢いているようだ


「エレン、どうする?」


「……もう少しはっきり姿が見えるまで待ちましょう」


「了解」


エレンはそれらがもう少し近寄ってくるまで待つ。

こちらから仕掛けていっても良いのだが、今回はゾンビであると確実に判るまで待つ事を選んだ。


「………」


ややあって痺れるような激臭と共にその姿がうっすらと明らかになる。


「マンティコア…ですね」


進んできたのは首の無いマンティコア。

それにグールにオーガが続いてくる。

数日前にエレン達が倒したモンスター群で間違いない。


「さて……」


エレンはゴーグルをして剣の柄に手を掛け、剣をシュランッと引き抜いた。


「どうしましょうか」


ゾンビキラーの剣を抜いたエレンはマスクの下から少し笑む。

抜かれた剣の刀身はゾンビを捉え、うっすらと光った。

昼間の明るい場所ならばまったく気づかない現象だが、陽の光の届かない薄暗い森の中ではそれはかなり目立つ。

とはいえそれはうっすらとした明かりであり、指輪のようにあからさまに光っている訳ではない。


「剣が光ってるけど…」


ゾンビも気になる対象だが、光る剣もアデラの興味を引くのに十分だ。

いや、この際ゾンビよりも光る剣の方に注目度の大半は持っていかれている。


「ゾンビが近くにいると光ります」


「あ、そうなんだ」


「近づくにつれて光は増します」


「え、接近するともっと光るの?」


「そうですよ」


光る剣、それはかなり面白い。

アデラが見た特殊剣の中では魔法剣の所持者コレクターであるヴィオラの持つ雷撃の剣や火炎の剣に匹敵するお宝剣であろう。


「この光がこの剣の核とも言えます」


「その光でゾンビを浄化させんの?」


「その通りです、神聖なる刃でゾンビを浄化させます」


「なるほどね」


エレンとアデラが話をしている間にもゾンビモンスター群は近寄ってきていた。


「周囲は異常ないよ、ゾンビは前方のみだね!」


矢に油を塗り終えてリサはエレンに言う。

矢の先端に火を灯せば火矢を放てる状態だ。


「ありがとうリサ」


エレンはそう言ってリサを見る。

リサは右の方向に目配せした。


「!、それならば前方の敵は私が倒します」


「え、全部?」


「はい、全てです、火矢を放てば火事になる危険がありますし」


「なるぼど、了解だよ」


確かに森の中でゾンビを燃やせば草木に燃え移って火事になる危険がある。

リサの火矢はあくまでリサ達にゾンビが近接近してきた場合の最終手段だ。


「では行きます」


そう言うと前に向かって駆け出すエレン。

それを見守るアデラとリサ。

エレンはそのままゾンビの群の中に突撃していく。

そして戦闘が始まった。

光の剣はアデラ達が見た時よりも力強く光輝き、離れた所からでもエレンの居場所をアデラ達に伝えた。


「おー、良く見える」


光る剣の輝きはその周囲をも照らし、ゾンビ達のグロテスクな容貌すらもくっきりと露わにさせる。

それは確かにマンティコアやグールやオーガなのだが、ちょっと腐り過ぎな気もする。

数日間であそこまで腐った体なのは違和感しかない。


「ちょっと腐り過ぎじゃない?」


「だよね、何か変だよね」


アデラの言葉にリサは頷いた。

そしてリサは矢をつがえ弓を構える。


「それで、いつまでそこで隠れているのかな?」


リサが先程エレンに目配せした場所に向かって声を上げた。


「……」


リサに答える者はいない……。


「え?、何だ?、何かいるの?」


「うん、隠れても無駄だよ、君がいる事は分かっているから」


「……」


時間にして数十秒ぐらいの静寂の後、リサが矢を向けている空間から女の声がした。


「流石ね、上手く沈黙していたのにね」


木の陰から小柄な陰がぬっと出てくる。


「僅かな物音と呼吸音を聞いたからね」


「呼吸音?、それ程激しく息を吸ったり吐いたりした覚えはないのだけれど」


影は光の指輪の明かりに照らされ一人の女性の姿を浮き上がらせる。

美しい黄色の神官衣。

それに身を包んだ女性は少しばかりの笑みを口元に浮かべ、リサ達を口の笑みとは逆の鋭い目で見た。


黄色い神官衣は珍しい。

大抵は白か緑を基調とした色だ。


「黄色い服は汚れが目立ちますからね」


聞いてもいないが、勝手に神官の女は喋り出した。


「暗くて鬱陶しい場所ですよね、私こういったじめじめした環境が苦手なんですよ」


そう言うと右手に持っている金属製の鎚矛メイスを横に振った。


「長いメイスだね、まるで杖のようだ」


「私の特別製ですよ」


可笑しそうに女はアデラに笑む。


「で、どうでもいいけどアンタは何者なんだい?」


「あら?、森と美容の関係について話をしようと思ってましたが」


「どうでもいいって」


面倒臭そうにアデラは大剣の先を地に着けた。


「君はあれだよね、中級冒険者の…」


リサの問いに女は答える。


「そうですよ」


そう言うと恭しく頭を下げた。


「始めまして、私はA級の一人でラージェと申します」


「A級?、ラージェ?、ん、んん!?」


アデラは混乱した。

しかし直ぐに思い出した。

モアやサンドラと同じく神官の女性も同行してきていた事を。


「え?、どういう事???」


思い出したのは良いが、ますます混乱するアデラ。

それには構わずリサはラージェに訊く。


「この状況下だと君がゾンビを操っているように感じるんだけど…」


「君とは心外ですね、私は貴女より年上ですよ?」


「なら訂正するよ、貴女がゾンビを操ってるの?」


「そうですよ」


「!!」


否定の言葉を期待しつつ、しかし現実はこれである。

リサは弓を構えながら更に問うた。


「貴女はネクロマンサー?」


「ええ、確かに私はネクロマンサーです」


「神官じゃないの?」


「神官で魔術師です」


「それって…」


「神官魔術師です」


「なるほどね」


神官魔術師とは文字通り神官と魔術師の能力を有した者である。

とは言えその数は極端に少ない。

神官の使う魔法と魔術師の使う魔法はまったく系統が異なるため、二つを同時に修めていくのは至難の業だからだ。

それは魔法戦士や神官戦士にも共通する困難な道である。


「それで、あのゾンビモンスター達は貴女の仕業かな?」


「そうですよ、私が復活させました」


「……」


この状況ならば当然の答えだろう。

むしろこの場に隠れていて、ネクロマンサーなのにゾンビ復活には一切関わっていないと主張されればそちらの方が頭が痛くなる。


「何の為に?」


リサは慎重に訊く。

問題なのはこの件が先のテイマー達が起こした事件と関係があるかどうかだ。

どう考えてもありそうなのは濃厚だが、関係が無い場合も無くはない。

リサ達に取っては無い方がやりやすい。

関係があるのなら何やら陰謀絡みそうな件なので詳しく聞くのは危険であるから。


「答える気はありませんよ?」


「なるほど、なら良いです」


「あっさりしていますね」


「とりあえず貴女を捕まえます、大人しくして下さい」


「嫌だと言ったら?」


「力ずくで」


「やってみなさい」


ラージェは杖を回転させる。

それは戦闘体制に入った合図である。


「さぁ、どこからでもどうぞ」


長い鎚矛(メイス)を構えてラージェは自信満々に言う。


「……」


逆に呆気に取られるのはアデラ達だ。

戦士相手に神官が接近戦に入るのは違和感しかない。

しかしそれにしても今までお目にかかった事がないほど好戦的な神官だ。


「えーと、リサ?」


戸惑いながらアデラはリサを見た。


「うん、私がやるよ」


リサはそう言うと矢をラージェ目掛けて放った。

狙うは足である。


チュイィィィン


矢は狙い通り足を射た……筈が鎚矛に叩き飛ばされた。


「……!」


弾かれた矢を見た瞬間リサは素早く矢筒から矢を取り、弦に当て引き絞った。

二撃目、しかしこれもメイスで弾かれる。


「へー凄いね、至近距離からのリサの矢を弾くなんて」


アデラは普通に感心した。


「こんな程度の芸当など誰でもできます」


「そうかい」


アデラは言いながら大剣を大きな動作で抜き放ち、ラージェ目掛けて斬り掛かる。

二つの金属音が森に響き渡った。


「わお」


放った大剣の攻撃を避けると思っていたアデラだったが、ラージェは真正面から受けて立った。

大剣と鎚矛が火花を散らす。


「……」


本来ならアデラの怪力で振られた大剣の威力は、鎚矛で受けたとしても吹っ飛ばされるのだがラージェは大剣の威力をそのまま受け止めた。


「ちょ…なに!?、なにアンタ!?」


いくら本気を出していないとはいえ、神官の細腕で自分の剣を止められた事にアデラは驚く。

そして即座に剣を引き、ラージェとは距離を取った。


「あれ?、もう終わりですか?、力比べしたかったんですけど」


鎚矛を数回回転させ再び構えるラージェ。


「もしかして能力上昇の魔法?」


「だよ、きっと」


能力上昇の魔法はカイサが得意としている補助魔法だ。

しかし別にカイサだけの専売特許ではなく、補助魔法を修めている魔術師なら大体使える。

ただしその効果は微々たる上昇が大半である。

カイサのように極端に能力上昇出来る者は少ないだろう。


「私のパワーを受け止めるなんて凄いね」


「だね、カイサ並みかも」


アデラとリサの言葉にラージェは鼻を鳴らした。


「あれ、パフュームは最強の戦士集団と聞いていましたが今の手応えだと大した事がありませんね」


「あー、怒らせようとしても無駄だよ、その手には乗らないし」


「あら、残念」


ブオンッッ


言うかいないかの瞬間にアデラの攻撃が再びラージェを捉える。


「……!」


またアデラの攻撃を受け止めようとしたラージェは今度はその攻撃を避けた。

避けた瞬間リサの矢が飛んできた。


「……!!」


流石にラージェも少し眉を寄せ、矢を弾く弾き飛ばしたが、今度はアデラの二撃目がラージェを捉える。


「く!!」


矢の攻撃の防御でバランスを少し崩したラージェな不安定な体制からアデラの大剣を鎚矛で受けた。

しかし今度は受け止めきれずに吹き飛ばされる。


ザザザザザッッッ


吹っ飛ばされながらも足を地に着け体制を整えて止まった。


「おおお…」


アデラは感嘆する。


「二人掛かりですか、まぁ良いですけど」


ラージェはアデラとリサを交互に見た。

そして鎚矛をまた回転させ構える。


「まったく息が乱れてないね」


「当然ですよ、まだまだ準備運動ですからね」


「準備運動ねー」


「まさか、もしかして今のが本気の攻撃だったとか?」


「いや、違うんだけどさ…何かこう…」


体の調子がおかしい。

アデラもリサもである。


「力が出せないんだよなー」


「アデラも?」


「あ、やっぱりリサもか」


アデラにいつもの剣のキレがないのと同じくリサもいつもの射撃のキレがない。


「ああ、結界の力ですね」


アデラ達のそんな疑問をラージェはさらりと答えた。


「ん?、結界の力?」


「私が張った森の結界ですよ、足を踏み入れた者の戦闘能力を下げます」


「あ、あのビリビリの正体はそれか」


「戦闘能力低下ね、道理で動きにくいと思った」


アデラとリサはようやく合点がいったという顔をした。


アデラ達の戦闘能力低下及びラージェの戦闘能力向上。

その魔法のコンボによりアデラ達は絶体絶命のピンチ……には陥ってはいない。

むしろアデラ的には久しぶりに手応えのありそうな敵に会えた……とはいえ問題は大きい。


「強いね、アンタ」


何やら嬉しそうなアデラ。

確かに嬉しい。

強者は居ないより居た方が良い。

しかし問題は人間であるという点だ。

モンスターならば全力で挑めるが、人間相手だとそうはいかない。


「それはどうも」


ラージェは特に表情を変えず答える。


「それじゃ…」


カシュンッと大剣を鞘に収めた。


「あれ?、剣を仕舞うんですか?」


少し意表を取られたという顔をするラージェ。


「まあね」


そう言うと大剣を足下に置くアデラ。


「どういう事ですか?、白旗を上げるという事ですか?」


「こっちさ」


そう言うとポンポンと拳を合わせる。


「まさか拳で戦うとか?」


「こっちの方がやりやすいからさ」


「ああ、剣だと斬り殺してしまうからですか?」


「下手すりゃそうなる」


「もしかして人を殺した事がないとか?」


「ないね、ギルドにもルールがあるだろ」


「つまらないですね」


「つまらないって…アンタはあるとでも言いたげだな」


「ありますよ」


あっけらかんと言い切るラージェにアデラはリサの顔を見た。

リサも少し困惑気味な表情でアデラを見る。


「へー、あるんだ」


「はい、とは言ってもこれじゃありませんけどね」


そう言うと鎚矛の先端の突起をさする。


「撲殺じゃないとすると魔法かな?」


「ピンポーン、正解です!!」


もの凄く笑顔になったラージェにアデラとリサは顔が引きつった。


「ま、何となくだけどアンタの事が分かったよ」


「それで?」


「多少本気でいくよ」


そう言うと構えるアデラ。


「それは楽しみですね」


鎚矛を構え直してラージェが言う。


その一瞬。

ラージェの鎚矛が空中に飛んだ。


「!?」


ラージェの目には鎚矛を蹴り上げたアデラの姿。

そして首を指で押さえられ……意識が飛ぶ。


そのまま崩れるように倒れ込むラージェの体をアデラは支え抱き留める。


「出たね、アデラの必殺技!」


ラージェを一瞬で気絶させたアデラにリサは片目を瞑る。


「んー、あんまり良くないからしたくはないんだけどね」


そう、このオトすやり方は本人の体に良くはないので極力したくはない……今回はやむなしだ。


「とりあえず手を後ろで縛っとくか、目を覚ますとまた暴れるだろうし」


「だね」


そう言うとリサは持ってきたカバンからロープを取り出す。

そして手足を縛った。


「そう言えば能力低下はエレンも掛かってる筈だよな」


「そう思うよ」


「ゾンビに苦戦してるんじゃ?」


「んー、多分大丈夫じゃないかな」


暗い森の奥から光がぼんやりと光っている。

それはエレンのいる場所だ。

光が動いているのが見えるので、エレンが動き回っているのだろう。


「一人で倒すって言ってたけど…」


「行ってみるか?」


「臭いが結構…どうだろ?」


「臭いかー」


確かに結構離れているためそこまでの臭いではない。

しかし近寄ればヤバいだろう。


「なら私が少し様子を見に行ってみるからリサはコイツ見といて」


そう言うとアデラはラージェを指差す。


「アデラが行くなら私が見に行ってみるよ!」


「え?、何で?」


「いざとなったら火矢でサポート出来るし」


「あ…なるほど」


「じゃあ、行ってくるね」


「あ…ああ、気をつけて」


アデラがそう言うと、リサは手を振りつつエレンが戦っている場所へと駆けていった。


その途端、辺りは急に静かになる。

アデラの立っている場所は日の余り届かない薄暗い森の中。

先程までいたリサも今はエレンの元に向かい居ない。

アデラの側には気を失い倒れているラージェがいるだけだ。


「んー……」


ラージェの見張りのためアデラはここに残った。

別に担いでいけなくもないが、気絶している人間を動かすのは気が引ける。

何よりゾンビ戦には邪魔だ。


「……」


改めて周囲を見渡す。

このダナウダにはパーティーと共に入り、シーグリッド達が別動でマンティコアどもと戦っている間はエレンや街人達が周りにいた。

だから孤独は感じなかったが、一人になると何か言い知れぬ不安を感じる。

気にならなかった森の薄気味悪さもやたらと視界に入る。

思えば不気味な森だ。


「……」


特に何もする事がないが、座ると薄暗さと静けさが精神に来るので敢えて立っている。


「……」


非常に退屈だ。

まるで一分一秒が永遠に感じられる。

余りの静寂に却って耳が五月蝿く鳴る。


「リサが帰って来ないという事は…」


加勢しにいってそのままエレンと一緒に戦っているか、何かトラブル発生か…。

前者ならゾンビを全て倒して此方に来る。

後者ならアデラ自身も駆けつけなければならない事態だ。


「どっちだ」


森の奥、エレン達がいる筈の場所で火の手は上がっていない。

炎の色が見えない以上、火矢は使われていないという事。

目を凝らしても、少し前まで見えていたエレンの剣が発する光は見えない。


「戦いは終わった?」


独り呟いてみる。

側に誰かいれば独り言を聞かれるのは恥ずかしい事だが、今は周囲に気絶している人間以外誰もいないので安心して独り言を呟ける。


「まださ」


アデラの耳元で女の囁くような声が聞こえた。


「!!」


ラージェが起きたのかと倒れているラージェを見るに、まだ気を失っているようである。


「……」


アデラは素早く周りを見渡す。

しかし誰もいない。

だが、確かに声を聞いた。

亡霊でなければ確実に人の声である。

そしてそれは心当たりがある。


「誰だ?」


さっきまでの小さな呟きと違って大声で言った。


「……」


ややあって、また声がする。


「ラージェを一瞬で倒すとは、お主やるな」


今度は野太い男の声。


「んー、取りあえず出てきたら?」


「ならばそうしよう」


その声と共にアデラとラージェよりも離れた所から二人の人間が木々の陰より出てきた。


一人は黒髪でがっしりとした肉体、身長は190cm以上の大男。

もう一人は茶の髪の小柄な女。


「コイツの仲間だね」


アデラは出てきた二人に訊いた。


「そうさ、ちなみにラージェだよ、ソイツは」


「知ってる」


「知ってるなら名前で呼びな、生意気なんだよ」


ぎらつく瞳でアデラを睨む女。

しかしアデラの視線はその女を通り越して大柄の男に向かう。

正確には男の持っている長い大剣にだ。


「デカい大剣エモノ持ってるね」


「これか?」


そう言うと男は肩に担いでいた大剣の先をザッと地に着ける。


「面白そうだね」


男の持つ両手剣を見ながらアデラは木に立てかけてある自分の大剣を手に取った。


「は、勝てるつもりかい?」


大剣を手にしたアデラに茶髪の女は腰に差していた短剣を引き抜く。

指輪の光に照らされギラリと光る刃は黒い。


「アンタ、盗賊シーフ?」


黒く光る短剣を見てアデラは警戒した。


「まぁ、余程のアホじゃなけりゃ当然コレで分かるよね」


短剣をヒラヒラ不利ながら女は答えた。


「厄介だね」


「鈍重な戦士ならそうだろうね」


短剣の刃が黒いのは毒が塗ってあるから。

そして毒を使用する職業は盗賊か暗殺者、または狩人ハンターだ。

目の前の女は暗殺者にしては口数が多いから違う。

暗殺者は無言で相手を殺しにかかるから。

狩人の線も無くはないが、それにしては外見が軽装に過ぎる。

本来武器が短剣だけの装備など有り得ない。

という事は盗賊である。

そしてそれは当たった。


戦士の中でも特にパワー系に位置している狂戦士バーサーカーとスピード特化の盗賊シーフでは相性が悪い。

しかも女だけでなく、その後ろにはアデラと同じく大剣を持つパワー系の戦士もいる。


「そっちの人は戦士だよね?」


毒の短剣は厄介だが、アデラの興味はやはり男の大剣だ。


「そう、俺は戦士だ」


男は低い声で答えた。


「大剣持ちって…もしかして狂戦士?」


「そうだ」


それを聞いてアデラは内心笑む。

冒険者になって初めて同じ技能を持つ者と会ったからだ。


「言っとくけどお前じゃロバーツには勝てないよ」


茶髪の女が言う。

どうやら男の名前はロバーツと言うようだ。


「そもそも本来ならラージェにも勝ててないからね」


「ああ、かもね」


ラージェは神官魔術師であった。

元々接近戦をする必要性は無く、距離を置いて魔法で戦えば勝敗は判らなかった。

アデラやリサの二人を相手に勝利は無くても、少なくとも長期戦には持ち込めただろう。


「何で接近戦を挑んできたのかは判らないけどね」


「は、同じ土俵で戦って勝てると思ってたんだろ?、そこはラージェのミスさ」


「なるほどね」


ラージェは本来の力を出していない。

しかしアデラ達も本気は出していない。

つまる所勝負が着いた訳ではない。


「で、アンタの名前は?」


盗賊に名前を聞いた所で答える訳がない、それがこれから殺ろうとしている相手なら尚更だ。


「ルモニーさ」


答えるんかい!!、とノーラがいたら即座に突っ込んだだろう。

とはいえ偽名の可能性は十分にあるが。


「ルモニーね、私は…」


「アデラだろ?、狂戦士アデラ、パフュームの一人」


「知ってんのね」


「私の情報網は伊達じゃないからね」


得意気に言うルモニー。

しかしここに来てアデラの頭に疑問が浮かぶ。

結局この状況は何なのかという事が。


「えーと、ルモニーとロバーツだっけ?、結局アンタ達何がしたいの?」


「それは答えらんないね」


「あっそ、で、私と戦うの?」


「ラージェを返して貰うさ」


「それは出来ない相談だ」


ラージェを奪われる事なく毒剣と大剣を相手にしなければならないのはかなり高いハードルだ。

しかも目の前の二人の実力が判らない以上、この場を制するのは極めて難しい。

リサが居ないのはかなりキツい。


「まぁ、いい、ならやるよ」


ごちゃごちゃ喋っているのはリサ達が来てくれる時間稼ぎにはなるが、アデラの性分には合わない。

そう言うとアデラは大剣をゆっくりと引き抜いた。


そしてルモニーとロバーツに向き合う。

能力低下の状態で強いだろう二人と戦うのは不利だが仕方がない。


「先手必勝!!」


アデラは大剣を両手で持ち、二人に向かって走り出した。

ルモニーは横に、ロバーツは真正面からアデラに対する。


大剣と大剣が合わさり火花が散った。

そしてそのまま打ち合う。

大剣の一振りは長さと重量で素早くは出来ない。

そこに隙が出来る。

しかしアデラの予想よりもロバーツは戦士と技量が高く、アデラの攻撃を平然と剣で受けていた。

だからアデラに余裕は余りない。

油断すれば斬られかねない状況だ。

そう、難しいのだ。

モンスターなら一撃で沈められるものが、人間相手だと力をセーブしながらの戦いになるから。

そして敵はロバーツだけではない。

横手からルモニーがアデラの隙を見つけて攻撃を掛けてこようと虎視眈々と狙っている。

単なる短剣の攻撃だけなら鎧の隙間から例え一撃受けても致命傷にはならない自信があるが、毒だとそこから体内に入って非常にヤバい。

それにロバーツと戦っている間にラージェの捕縛を解いてしまう恐れもあるため、近寄らさせないように牽制も掛けながらだ。

それを頭においての戦闘。

しかも能力低下の魔法がアデラの動きを鈍らせている真っ最中である。

これはかなり不利な状況だ。


ブオンッッ


アデラの振った大剣をロバーツはかわし空振りした。

その隙を突いてルモニーが短剣で攻撃してくる。

アデラは一回転して蹴りをルモニーに食らわせたが、しかしこれもかわされた。


「ーーっ」


一瞬の判断で剣の柄頭を振り下ろしルモニーの手をぶっ叩いた。


「い!!」


たまらずルモニーは短剣を落とし、苦痛の表情と共に逃げてアデラから距離を置く。


「いったぁーー!!、クソ!!、この馬鹿力が!!」


柄頭で手を殴られたルモニーは激痛が襲ってきた手を振りつつ奥歯を噛みしめアデラを睨んだ。


しかしそんなルモニーも構っていられる余裕はない。

ロバーツの剣がアデラを襲う。

何とかかわして体制を立て直し、ロバーツに斬りかかった。

最初と同じく剣身同士が合わさり火花を散らした。

そして数度打ち合う。


「こりゃ参ったね」


アデラは少し苛ついた。

ラージェの実力は明らかにA級ではなかった。

上級冒険者レベルだろう。

下手をすればS級もあり得る。

それは鎚矛戦の評価ではなく、大規模結界や複数のゾンビを復活させたネクロマンサーとして神官魔術師としての評価だ。


ルモニーは判らないが、目の前にいるこのロバーツもラージェと同じぐらい戦闘能力は高いと感じる。

こちらは今戦っている接近戦での評価だ。


ギイン!!


大きな金属音が森に響いた。


「強いね」


アデラの言葉にロバーツは微妙な表情を浮かべた。

能力低下の結界でアデラの戦闘能力は下がっている筈だ。

そんなアデラに勝てていないロバーツに取って強いという言葉は皮肉のように聞こえる。


「お前の方が強い、凄まじい程にな」


ロバーツは絞り出す声で言った。


「は、強いか、でも油断したね」


「……!、しまった…」


ロバーツに気を取られていたその一瞬でルモニーはラージェを縛っていたロープを解いていた。


「………」


それと共に気を失っていたラージェも意識が戻り、首元をしきりにさする。


「起きたね、ラージェ」


「もしかして気を失ってた?」


「そうさ、アデラにやられたのさ」


「…まったく油断した」


ルモニーと会話しながらラージェは立ち上がった。


「三対一だよアデラ、卑怯なようだけどさ」


別に言わなくてよい事をいちいち言うルモニーにアデラは一応返答する。


「ん…、そうだな」


ラージェをチラリと見てアデラは少し考えた。

絶体絶命の危機をどう切り抜けるか…ではなく、ロバーツ、ルモニー、ラージェの戦闘能力の分析だ。

ロバーツは接近戦を得意とする戦士。

ラージェは本来は魔法で攻撃してくるタイプ。

ルモニーは飛び道具を持っていないので戦闘は接近戦が主体だろう。

この中で厄介なのは遠距離からの攻撃を繰り出せるラージェである。

戦闘再開になればまず間違いなく本来の戦闘スタイルで来るだろうラージェは強敵だ。

さて、どうしたものかである。


「………」


短剣と大剣を構えながらルモニーとロバーツは戦闘体制を整えた。

来るか、とアデラも構える。

しかしラージェが制した。


「ん?、何さラージェ」


「ちょっと待って……」


ラージェは俯きこめかみに手を当てて何事がつぶやく。


「………」


ややあってラージェは言った。


「撤退よ」


「は?、何言ってんの?」


「ゾンビ群が負けた…」


「え?」


ラージェの言葉にルモニーとロバーツが顔を見合わせる。


「冗談でしょ?、一体何体いると思ってんの?」


「全て倒された…信じられない…」


「エレンだろ?、情報では神官戦士だけど…そもそも数多くのゾンビの群れを一人で短時間の内に浄化させるなんて芸当誰も出来る訳がない!!」


甲高い声を上げながら言うルモニー、しかしロバーツが低い声を出し否定した。


「いや…いない訳ではない、教国には神聖法団が存在している」


「え?、神聖法団って…ちょっとロバーツ、エレンがそれだって?」


「それは分からん、しかしゾンビが全滅したのは事実なのだろう?

かの法団が所有する対ゾンビ専用剣は如何なる数であろうと全て地に帰すというが…」


「冗談じゃない、それが本当なら何でそんなのが冒険者やってんのよ!!」


ロバーツ達の話を聞きながらアデラは感心した。

神聖法団云々は知らないが、エレンの所有しているゾンビキラーの剣の威力に。

実は胡散臭い紛い物っぽい雰囲気満載の剣だったため、その威力については半信半疑だったからだ。

正直「そんなんで本当にゾンビ倒せるのー?」…と思っていた。

しかし実はやはり凄い剣だった事が判明したのだ。


「アデラ嬢、エレン嬢は法団の一員か?」


ロバーツに嬢と呼ばれて何かしらアデラは全身が痒くなった気がした。

そもそもそんな呼び方で呼ばれた事がない。

しかしロバーツ氏の方が年上であるのは明らかなため、その呼び方も別に良いかなーとも思う。


「え?、知らない」


「………」


一言で片付けられてロバーツは渋い顔になった。

意外と表情豊かである。


「撤退よ」


もう一度はっきりとした声でラージェは言う。

それにルモニーとロバーツは頷く。

ゾンビが倒された今、エレンとリサが此方に向かって来ているのは明白である。

ラージェ達に取ってはアデラだけでも手強いのに更に二人の戦士と戦うのは絶対避けたい所だ。


「え?、逃げるの?」


アデラのその言葉にラージェの口元が歪む。


「撤退よ」


「逃げるんだろ?」


「撤退よ」


頑として言い張るラージェ。

アデラに取ってはどちらでも同じだ。


「今は引いてあげます、感謝しなさい」


「あー、まぁ…引くならどうぞ」


「ではまた会いましょうアデラ、この次はその首無いと思いなさい」


ラージェはどこまでも強気である。

そのラージェの声と同時に辺り一面に霧が立ちこめた。

それは一気に濃くなり目と鼻の先の視界すら完全に閉ざしてしまう。

これはラージェの魔法だ。


「………」


この場合、足音を頼りにラージェ達を追跡も出来なくもないが敢えて危険を冒して追う気はなかった。

今はエレンとリサに合流する方が良い。


やがて立ち込めていた霧は徐々に薄れて消え去っていく。

気配を探るも、もうその周辺にはラージェ達のいる気配は無かった。




「変な目に遭ったねー」


カイサの言葉にアデラは頷く。


森から帰ってきたアデラ達はお風呂に入り、上級冒険者事務所スタッフの元に行き、全ての経緯を話した。


まず、お風呂に先に入ったのは腐敗臭を取るためだ。

ゾンビと直接戦ったエレン、そして間近まで行き見学したリサの鎧や服や体に着いたゾンビ臭を香水でごまかしつつマルルンドまで帰ってきたものの、その足でスタッフと会うには臭いが酷すぎて話にならない。

何よりエレンやリサ自体が我慢の限界に達していたため即座の入浴を行った。

アデラも直接はゾンビに接近していないが、やはりある程度の臭いは付着していて当然入浴して臭いを取った。


入浴が終わり、着替えた後に上級スタッフの元を訪れる。

経緯としてはラージェ達の逃亡後、一度森から出てジュード隊長に森で起きた事をざっと説明した。

その際には倒したモンスター達がゾンビとして復活した事と不振な三名との交戦を言う。

しかし具体的な名前や技能までは伏せておいた。

今回来ている兵達はあくまでモンスターを退治した事への確認として派遣されて来ているにしか過ぎない。

復活ゾンビやラージェ達の事は仕事外の事だからだ。

パフュームが詳しく報告しなくてはならない相手は所属する冒険者ギルドである。

何よりラージェが冒険者ギルドに所属しているA級冒険者である事を考えれば色々ややこしい。

ややこしいと言えば盗賊であるルモニーもまたややこしい。

もしルモニーが盗賊ギルドに所属しているシーフなら、盗賊ギルドが関わってくる事になり、これはもうアデラ達の出る幕ではない。

とにかく全て冒険者ギルドに任せるのが一番である。

こういう時は助かる。

と言うか、こういう時の為に組織(ギルド)に属している。



「結局アイツらは何だったんだろうね?」


アデラの愚痴にエレンは少し目を細めて答えた。


「最近は反王国を掲げる過激派組織が活発な活動を見せ始めていると聞きます」


「あ、それ聞いた事ある」


エレンの言葉にカイサが頷いた。


「反王国?、何か不満でもあるのかな?」


「さぁ?、ただ色々と主張はあるのでしょう」


「んー」


アデラは腕を組み目をつむって唸った。

あのラージェ達がそうなのだとしたら、何の不満があるのか知らないが私達はえらい目にあったと感じる。

リサはゾンビを目の前で観たショックから気分を悪くし食欲も無く、マルルンドに帰ってきてからホテルの部屋で横になっている。

しかしリサはそんな状態だが、直接ゾンビと戦い全て倒したエレンは平気であり何事も無かったかのようにピンピンしている。

エレン恐るべしだ。


「で~、いつ帰ります~?」


ポエルがぽえぽえ声で聞いてくる。

流石にゾンビを見ていない者は元気だ。


「リサの回復次第かな」


「ですよね~」


「しかしリサがダウンするのは予想外だな」


シーグリッドの言葉にアデラは苦笑した。

そりゃ腐った動く死体の群れを見たら気分は悪くなるだろう。

シーグリッドだってゾンビを見たら……いや、大丈夫な気もするのはきっと気のせいだ。


「明日か明後日か…リサ次第ですが、彼女の体調が戻り次第都に帰りましょう」


エレンの言葉にアデラ達は頷いた。

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