第10話

翌朝、早くに起きたアデラ達は朝食を食べて森への準備を整える。


今回は全員専用の鎧を着用している。

中型の魔獣マンティコアを相手に戦うには皮製の鎧では心許ない。

しかもオーガまでいるとなるとこの装備は正解だ。

回復役のエレンがいるとはいえ、一発でも攻撃を食らうとそのダメージは大きい。

特にマンティコアの尾の針は皮を突き通すため、鉄製の防具は必需品である。


ただいくら専用に作られた防具とはいえ、ポエルだけは鉄製の防具はやはり動き難そうだ。

スピード重視のポエルに取ってはもっと軽装の方が良いが、オーガやマンティコアとの戦いの為仕方がない。

武器もマンティコア戦とゾンビ戦を考慮して専用の細身剣は携帯してこなかったが、動きが比較的早いグールとの戦いの場合は細身剣の方が遥かに有利になる。

しかし細身剣はオーガ戦においては不利になる。

そもそもオーガのような中型の上以上のモンスターとの戦闘にポエルは向いていない。

そういう意味で今回の戦いにおいてポエルは非常に戦い難いのだ。


エレンにも言える事でゾンビ戦に全振りした武器で望んでいる為、他のモンスターとの戦いは不利になる。

勝てない訳ではないが、攻撃力が著しく落ちるためかなりやりにくい。


「お、カイサ早いじゃん」


「ふふ~ん、もち」


いつもはモタモタしているカイサが素早く鎧に着替えている。

今日も起きるのがアデラ達とほぼ同じだった。


「さぁ、頑張るぞー」


着用の終わったカイサはそう言ってキッチンに向かった。


「何だか今日はやる気が違うな」


アデラがシーグリッドに言う。


「連れ去られた人々がいるから流石のカイサも時間を無駄には出来ないんだろう」


「あー、時間との勝負だからね」


こうしている間にも犠牲になっているかも知れない人がいるだろう事を考えれば当然の事であろう。

カイサにも正義の心が燃え盛っている事にアデラとシーグリッドは感心した。



カイサが少しオレンジジュースを飲みたいと思い食堂に向かうと、いち早く鎧に着替えていたポエルがミルクを飲んでいた。

カイサが既に鎧を着用している事にポエルは一味違う今日のカイサにからかい気味に言う。


「あれ~、今日はえらくやる気がありますね~」


「だよ~」


「やっばり捕らわれている人達の事を考えると心がはやりますよね~」


「え?、そう?、私は全然」


「え~、そうですかぁ~?」


「うん、まぁ…確かに無い事はないけど基本私に関係ないしー」


「はぁ…そうですか~」


「そんな事より楽しみなんだー」


「え、何がですかぁ~?」


「魔力剣を実戦で使うの」


「あ~なるほど、分かります~」


新品の剣を実戦で使う時のドキドキ感は堪らない。

戦士ならば誰でもが一度は経験があるだろう。


「さっさと行って戦いたいね!」


カイサの普段とは違うキビキビとした動きの理由が分かってポエルは苦笑した。



ガタガタガタガタッ


馬車三台でマルルンドからダナウダの森へ向かうアデラ達。

生きている人がいるかも知れないため、かなり速い速度で車を走らせている。

そのお陰でアデラ達は非常に素晴らしい揺れに襲われていた。


「酔いそうなんだけど…」


一台目を走る馬車に乗っているアデラは隣に座るシーグリッドに言った。


「確かに良い乗り心地ではないな」


青い顔で顔をしかめるシーグリッド。

いつもは大して苦しみの表情を見せないシーグリッドがそんな顔をしている時点でかなりの状況だ。


続く二台目にはエレンとリサが乗っている。

少しだるそうなリサと違ってエレンは表情を変える事なく涼やかな面持ちで揺られていた。

最後方の三台目にはカイサとポエル、こちらは酷い事になっていた。


「だめ、気分悪い…」


吐き気を抑えながらカイサは必死に耐えていた。


「大丈夫ですかぁ~」


そんな今にも吐きそうな感じのカイサにポエルはエールを送る。


「何でアンタは平気なの!?」


いつ吐いても良いように手には袋を握りしめながらカイサはポエルを信じられないというように聞く。


「結構しんどいですよ~」


見た目とてもそんな風には見えないポエル。

しかしカイサは極端としても、揺れでかなり体力を削られている事は確かだ。


そうした苦難を受けながらようやく一行は森の入り口に辿り着いた。



「来たなー」


森の入り口に着いたアデラの乗る馬車。

一番最初に降り立ったアデラは大剣を肩に担ぎ森を見据え言った。


「ああ、途中襲撃を受けるかもと思ったが受けなかったな」


続いて降りたシーグリッドが言う。


ガシャンッ


後続を走っていたエレン達の乗る馬車が止まった。

少ししてエレンとリサが降りてくる。


「だるかったー…」


少しぐったりした感じのリサがアデラに声を掛けてきた。


「ああ、揺れか?

やっばりそっちもかなりあった?」


「だよー、もう最悪…」


そんなリサとは対照的にエレンは普段通りの感じで森を見ている。


「何か無敵だな…」


そう思うアデラ。


ガラガラガラガラガラガラ……ガシャンッ


馬の嘶きと蹄の音と車輪が跳ねる音がこだます。

二台目から少し離れて走っていた三台目がようやく到着した。


「………」


少ししても一向にカイサとポエルが降りてくる気配がないのをアデラ達は不思議に思っていたら、ポエルだけが降りてきて言った。


「車酔い?」


どうやらカイサは酔ってダウンらしい。


「降りられそう?」


エレンは三台目に近づきカイサに声を掛けた。


「な…なんとか…」


取りあえず無理しない程度にのそのそと馬車から降りるカイサ。


「荷物は?」


「下ろしたよー」


エレンの言葉にリサが元気に答える。

どうやら地上に降りた事で気分は回復したみたいだ。

それはそれで超回復である。


「では皆様、行って下さい」


それを聞き御者達はマルルンドに向けて馬車を動かす。

短期決戦で終わらせるつもりだが、あくまで予定でありどうなるか分からないため馬車は引き上げさせる。

アデラ達が森にいる間に魔物に襲われればひとたまりもないからだ。


馬車を見送りながらアデラ達は森に入る準備を整える。



「大丈夫?」


「とりあえずは……」


「じゃあ、行こう」


「よ、よし…行こう」


30分ぐらいカイサを横にさせてその回復を待っていたアデラ達はいよいよダナウダの森に入る。


この森は大森林地帯と同じでかなりの広さを持っているらしい。

アデラ達は森に入った事のあるマルルンドの町人が描いた地図を頼りにモンスター達がいるであろう巣を目指して歩き続けた。


「通ったね」


「だね」


森を進むパフューム一行。

地図があるとはいえ普通なら迷う所だが、モンスターの足跡を辿れば簡単に奴らの居場所まで辿り着ける。

本来ならレンジャーの技能を持つグレタの出番だが、今回は生憎長期出張で帰ってきたばかりでNoだったため残念ながらその活躍は見られない。

とはいえオーガやマンティコアのような中型種の群れが通った後などレンジャーの能力を持たないアデラ達でも容易く追いかける事が出来たため苦労はなかった。



時間にしてどのぐらい歩いたか…。

おそらく一時間以上は歩いた筈だが、そろそろ森も深部に近づきつつあるように感じられたその時…。


先頭を歩いていたアデラは大剣を抜きはなった。

同じくシーグリッドも剣を抜く。

一方、中衛にいるカイサとポエルは剣の柄に手を掛けた。

後衛にいるエレンも柄に手を掛け、リサは弓を構える。


「来るね」


「どっちから?」


「真正面からだ」


アデラが言うと正面の木々の間からマンティコアが数匹飛び出してきた。

それを見てアデラはマンティコアに向かって猪突猛進する。


「三…四…五匹か」


少し遅れてシーグリッドもアデラを追いかける形で距離を置いて走り出し、現れたマンティコアの数を数えた。


マンティコア達はそんなアデラに咆哮し威嚇する。

しかしそんな事で怯むアデラではない。

一気にマンティコアとの距離を詰めたアデラ。

その牙が届く位置まで接近しそのまま大剣をマンティコアの一匹に向けて振るう。


キン!!


何か固い物が大剣を弾いた。

それはマンティコアの尾である。

石のように硬いマンティコアの尾とその先端に敵を痺れさせる毒を注入してくる針、刺されれば間違いなく戦闘不能に陥るだろう。


シーグリッドもマンティコアの中に突撃する。

ただアデラとは極力距離を置く。

大剣の長さを考慮すれば近づくのは双方にメリットがないためだ。


前衛のアデラとシーグリッドが戦闘に入ったのを受け、中衛のカイサが剣を抜く。

ポエルはまだ柄に手を掛けたまま動かない。

カイサが戦闘体制に入ったのは前方から襲いかかってきたマンティコアが此方に来ないとも限らないからだ。

なによりもマンティコアが前にいる五匹だけとは限らず、その後ろからも続々と現れる可能性は高い。

それに前方だけからだけではなく左右の茂みからも飛び出してくる危険性もある。

カイサはその両方に気を配り、いち早く動けるようにするのが役目だ。

そしてポエルは素早く左右を見渡す。

カイサの動きに合わせてポエルも対応しなくてはならない…が、後衛のリサの盾にもならなくてはならない。

難しい所だ。


後衛ではエレンが後方からの襲撃に備えるため、後ろを向きリサと背中を合わせた。


「最速で片付けるぞ」


「ほーい」


シーグリッドの言葉にアデラは答える。

少し戦闘を楽しみたかったが、さらわれた人々の命が危ない以上、そうも言っていられないだろう。


大きく振った大剣がマンティコアの夜叉のような顔の口から喉に、そして胴体を斬り裂く。


「まずは一匹」


斬り裂かれたマンティコアはそのまま絶命した。

一方、シーグリッドはマンティコアの首を斬り飛ばす。

それを横目に見ながら襲い掛かってきたマンティコアの牙を避けたアデラは、避けた近くにいた違う一匹を攻撃しようとした時、尾の一撃が飛んできた。


「!!」


避けようかと思ったアデラだったが、一瞬の判断で剣を尾目掛けて振るう。


マンティコアの叫びと共に尾の先端が吹き飛んだ。

続け様に左前足を斬り飛ばし、前のめりになったマンティコアの首を刎ねる。


「二匹目」


アデラが二匹目を仕留めるのとほぼ同時ぐらいにシーグリッドも二匹目を仕留めた。


「最後」


五匹いる四匹は仕留めた。

残るは最後の五匹目…と思った瞬間、新たな敵が前方から現れた。


「オーガだ!!、アデラ、マンティコアを頼む」


シーグリッドは言うと出現した数匹のオーガに向かって走る。


「カイサ、左!!」


中衛にてシーグリッド達の戦いを見ていたカイサにポエルは言い、剣を抜く。

ポエル達がいる左側の木々から小型の人型モンスターがワラワラと出てきた。


「了ー解!!」


カイサは魔力剣を手にグールに攻撃を掛けた。

この状態で何が大事かというと、前方で戦うアデラ達からグールの後ろからの攻撃を遮る事。

マンティコアや新たに出現したオーガに集中出来るように

カイサ達がグールを全て引き受けなくてはならない。


「いくよいくよいくよ!!」


馬車酔いはどこへやら、カイサはノリノリでグールを手当たり次第にぶった斬っていく。

しかし斬っても斬っても続々と出てきて、キリがない。

その数は予想以上に多い。


「ポエル、右!」


カイサに手を貸そうとポエルが動き掛けた時、リサが言った。

右からもグールが飛び出して来たからだ。


「行きますよ~」


ポエルがそう言った瞬間、一気に右側から現れたグールまで一線し接近し斬り捨てた。


リサは弓を構えながら、状況を把握する。

現時点で混戦になったため、弓型よりも剣型の方が良いと思われる…が判断が難しい。


「後ろから来ましたよ」


「!?」


エレンの言葉にリサは前を気にしつつ後ろをちらりと見た。

来た道からも数匹のマンティコアが現れ此方に向かってきている。


「代わろうか?」


「ええ、流石にこの剣では少し厳しいですね」


エレンは苦笑し、背中合わせになりながら前後逆になった。

エレンが前、リサが後の状態だ。

通常の剣ならばマンティコアは強敵ではないが、ゾンビにしか力を発揮出来ないゾンビ専用剣ではマンティコアやオーガは流石に苦しい。

リサ的には後方支援が最も好ましいが、こういった前後左右からの攻撃ではそんな事も言っていられない。


「じゃあ、いくよー!」


その掛け声と共にエレンは背中合わせを止め、少し斜め横にずれる。

それと同時にリサは突進してくるマンティコアに向けて素早く矢を弦につがえ引き絞った。


アデラ達が通って来た道から現れたマンティコアは三匹。

リサは素早く一番中間にいるマンティコアの右目を矢で狙う。

より自分に近い一番前にいるマンティコアではなく中間にいるマンティコアだ。

リサの手から放たれた矢はマンティコアの目に命中した。

その途端目に矢を受けたマンティコアはひっくり返り、地に体をこすりつけ目に走った激痛に暴れだす。

どんな動物でも目を攻撃されればひとたまりもない。

例えそれが鋼鉄の鱗に覆われたドラゴンであったとしてもだ。

リサの強みは動いている動物の目に矢を外す事なく正確に射れる来る事にある。

当然他の箇所も命中させれるが、目を攻撃し潰すのはリサの得意技だ。


続けて背負っている矢筒から矢を取り出し弦にあて引き絞る。

その動作は一秒とかからない。

そして最後尾にいるマンティコアの右目を狙う。

この順番は特に意味はない。

リサのただの気分だ。

そして放った矢が命中する間に次の矢をセットする。

矢が当たった瞬間、一番前のマンティコアの目を狙い矢を射る。

本来ならばもう少しゆっくりとした動作で弓矢を扱うが、周りの状況が状況なだけに素早くカタをつけたい思いがある。


「右目は潰したよ、行くね」


リサは背後をグールから守ってくれているエレンに声を掛けた。


「手を貸しましょうか?」


「グールをお願い」


「分かりました」


弓は剣に変形し、リサはマンティコア三匹に向かって走り出す。

弓使用中は背後を護らなくてはならないが、剣タイプになった場合にはその必要性はない。

片目を潰され怯んでいるマンティコア相手ならリサでも十分である。

一方エレンは左右の茂みや木々の間からワラワラと出てくるグールを倒す為にカイサやポエルに加わる。



前方ではマンティコアの鮮血が辺りに飛び散った。

口から喉、胴体にかけてアデラの大剣が切り裂き、マンティコアは地に音を立てて倒れる。

まだ死んではいないが、その命は長くはない。

しかしそんなマンティコアにトドメは差している余裕はない。

新たに現れたオーガが棍棒で殴りかかってきたからだ。

間一髪かわしたアデラは四歩ほど距離を置き、体制を整える。


「流石はオーガだね、燃えるよ」


余り知能の高くないマンティコアやグールと違って多少知能の高いオーガは獣の動きとは違う攻撃を繰り出してくる。

この場合、人対人の戦闘パターンに切り替えなくてはならない。


「デカい図体だ」


にやけるアデラ。

マンティコアもその図体はデカいが四足歩行型のため、横に長い。

しかしオーガは二足歩行のため縦に長く、より大きく見える。

とはいえトロールよりは小さい…か、実際の戦闘においてはトロールよりもオーガの方が戦闘能力は高い。

単純なパワーだけならトロールの方が高いが、オーガの場合は単なるパワー一辺倒ではなくある程度相手の動きを読んで戦ってくるので厄介度が違う。


「遊んでる場合じゃないんだ、一気にいくよ」


アデラは片手で振っていた大剣を両手持ちに切り替える。

そして雄叫びと共にオーガに突進した。


アデラの放った両手剣の一撃はオーガが持つ棍棒もろとも腰を横一文字に斬り裂く。

上半身と下半身が真っ二つに分かれたオーガはそのまま地に倒れた。


「まずは一匹」


目の前のオーガを倒したアデラは周りに目を走らせる。

少し離れてシーグリッドがオーガの首を刎ねるのを見た。


「さて…と」


残りは二匹のオーガ。

それを確認し、アデラは倒れているオーガを飛び越え今だ無傷のオーガに突進する。

一方のシーグリッドもそんなアデラの動きを見ながら、もう一匹のオーガに向かって走り出した。

ただ問題があるとすれば目の前にいるオーガ二匹がすぐ近くに固まっている事だ。

この場合、アデラに任せてシーグリッドは少し離れ何かあれば直ぐに対応出来る位置で状況を見るのが一番良い。

下手に手を出すとアデラの邪魔になるし、何より大剣が自分に当たりかねないからだ。


オーガに近づきながらシーグリッドは後方も確認する。

途中からグールの群れが出てきていたのは知っているが、後ろはポエルやカイサ達に任せていた。

よもやカイサ達がグールに負ける事は考えなれないが、状況の把握は大事だ。


見るとグール達は殆ど地に倒れている。

立っているグール共も次々とカイサやポエルに斬り倒されている。


「後ろは問題無し」


そう考えシーグリッドは前を見る。

見るとアデラがオーガの一体と戦闘に入っていた。

しかしそのオーガの持つ棍棒は金属製で先程のオーガが使っていた木製ではないのが目に入った。


キイン!!


金属同士の甲高い音が響く。

アデラの攻撃をオーガが棍棒で弾いたのだ。

その隙を突いてもう一体のオーガがアデラの横腹に棍棒を振叩き込もうとする。

瞬間、アデラの蹴りがオーガの手を蹴り棍棒を飛ばした。

棍棒は回転しながら近くの草原へ落ちる。


しかし危機は去っていない。

横腹を狙ってきたオーガに気を取られている間に、剣を弾いた方のオーガがアデラの頭上に棍棒を振り下ろそうとした。

だが、オーガの心臓に矢が突き刺さり後ろ向きに倒れ込む。


「うおぉぉぉぉーーー!!」


アデラの雄叫びが通り、武器を無くしたオーガは剣を腕でガードしようとしたが腕ごと首を飛ばした。


別に叫ぶ必要は無かったが、何か声を出した方が力が入るのでそうしたまでだ。


これで前方周囲の敵は全て倒した事になる。

見た感じ新たに前からモンスターは出てきていない。

アデラは胸に矢の刺さったオーガを見る。

見事に絶命していた。

これは後方から放たれたリサの攻撃である。

グール戦において、グールが殆ど死んだ状況でエレンはカイサ達に任せリサの援護に回りマンティコアを倒した。

そしてそのままリサは前方にいて戦っていたアデラの援護に入り、オーガを一撃で倒した。


「終わったー?」


グールの死体の山を見ながらカイサがエレンに聞く。


「みたいですね、モンスターは」


「ん?、モンスターはって?」


「出てきなさい」


エレンの言葉に木々の陰に潜んでいた者達が姿を現した。


それは灰色のローブを着てフードを深く被った五人組である。

エレンの近くにいたカイサ、ポエルはエレンの近くまで寄りローブの者達に切っ先を向け戦闘態勢を整えた。

リサは弓を下に構え矢をいつでも射れる体制を取る。


ガサガサガサ


地に生える草木を踏み分け五人はエレンのすぐ側まで近寄って来た。

近寄ってくると同時に前方にいたアデラとシーグリッドも五人組を視認してエレンの近くまで走って来る。


「我等に気づいていたとはな」


五人の中の一人が前に出てエレンに問うた。

声は男だ、顔はフードに隠れ見えないがまだ比較的若そうだ。

とは言えエレン達よりは上であろう。

恐らく20代中頃~30代前半ぐらいか。


「通常モンスターは同族以外で行動する事はありませんよ」


「操っている事を見抜いていたと?」


「確信したのは戦闘に入ってからです、統率が取れすぎていましたからね」


「なるほど、流石にパフュームだ」


男の言葉にエレンはやや眉を寄せた。


「どうやら単なるモンスターが勝手に暴れているだけの事件ではなさそうですね」


「そういう事だ」


「貴方方は何者です?」


「それを知ってどうする?」


「いえ、訂正します、今のは結構です

では改めてお聞きします、モンスターを操っていたのは貴方方ですか?」


「そうだ、我々だ」


「なるほど」


「それを知って…」


男が言うかいなかでポエルとカイサが素早く接近し、男と他の四人に一撃を与えた。

ポエルは持ち前のスピードで、カイサはスピードを上げる補助魔法で。

カイサの補助魔法はポエルのスピードやアデラのパワーに匹敵する能力を一時的に得られる。

ただし重ねて使う事は出来ないし、パワー・スピード向上を同時にも掛けられない。

どちらか一つである。

その持続時間は十分程度。

しかも魔法で無理をして身体能力を向上させているだけなので、反動があり結構キツイ。


今回使用したのは中ぐらいのレベルのためそれほどでもないが、上レベルの能力向上を使うと何日かは足腰が立たないほどの痛みが体を襲う事になる。

つまりカイサ的には極力使いたくない魔法であるが、一気に捕縛するにはこれが一番手っ取り早い。


「あれ、終わり?」


男達がカイサとポエルの攻撃により倒れたのを見てアデラが声を出した。


「だな」


シーグリッドが頷く。

アデラ的には男達との死闘を頭で想像していたが、余りにあっさりカタがついてしまい呆気に取られた。


「えーと…」


頭を掻くアデラ。


「どうした、アデラ?」


「え?、いや…ほら…こう…もっと…何て言うか…」


不思議そうに見るシーグリッドにアデラは言い淀む。

アデラが期待したラスボスとの戦いはこんなものではない。

というか余りにも弱すぎる。


そうこう考えている内にカイサが捕縛の魔法を気絶している五人に掛けた。

胸と腕をロープで縛るような感じの魔法である。

あと念入りに手枷のように両手首を縛る魔法も掛ける。


「あーと…うん…」


何か納得出来ないアデラにリサが声を掛けてきた。


「まだ終わりじゃないよ!、モンスターはまだいるし人を助けるとかもあるよ!」


「あー、うん…そうだな」


完全に五人を捕縛し、カイサはエレンに聞いた。


「何者なの?、こいつらってさぁ?」


「さぁ?、ただモンスターテイマーらしいのは確かでしょうね」


「テイマーって言うと、アレだよね」


「そう、アレよ」


カイサの問いにエレンが答える。


「テイマー?、何か聞いた事があるような…」


そんなカイサとエレンの会話にアデラが入った。


「モンスターテイマー、モンスターを操る能力を有した者の事ですよ」


「あー、魔物使いか!!」


アデラの言葉にポエルはにやけた。


「アデラ~、それ古いです、すごく」


「え?、そう?」


古いと言われ頭を掻くアデラにシーグリッドが口を開く。


「せめてモンスターマスターぐらいは言ってもらわないとな」


「え~と…シーグリッド~、それも古いです~、すごく」


「ん?、そうか?」


シーグリッドはアデラと顔を見合わせ口をへの字に曲げた。


「それにしてもコイツら弱くない?、オーガやマンティコアを操っていた割にさ」


古さはともかくアデラの気になる所はやはりそこである。


「テイマー自体の戦闘能力は大して高くはありませんよ」


「にしてもさぁ…」


「とはいっても、この五人だけとは限りませんけれど」


「そう言えばそうか!、他にもいる可能性はあるな」


「はい、可能性は十分にあります」


その可能性はかなりあった。

それにまだ残りのオーガもマンティコアもグールもいる筈である。

油断は出来ない。


ちなみにテイマーの強さ自体は大した事はない…とは言え、実際に戦えば中々に手強いほどには強い。

しかし王国最強の戦士二人の有無を言わせぬ瞬速攻撃を受けて反撃出来るかと言われれば、それは無理な話である。



「で、結局この連中何なの?」


カイサが再びエレンに聞く、どうやらその正体に興味深々のようだ。


「聞いてみるのが一番の早道でしょうけど、推測はある程度出来ます」


「ほいほーい、エレン先生の名推理聞きたいですー」


手を上げるカイサにエレンはやれやれと言う顔をする。

しかしカイサに言われるまでもなくこの話はしておかなくてはならない。


「先ほどこのリーダーらしき男性はパフュームという名前を口にしました」


「あ~それ聞きました~」


ポエルが手を上げた。


「私達がパフュームであると知っている…つまりこのマルルンドにパフュームが来ている事を知っている…つまり…」


「ん?、つまり?」


「普通に考えれば都にいる何者かと繋がりがある者達でしょうね、国の役人や貴族…もしくは冒険者ギルドか…それに関わる誰か」


「へー、意外とヤバい感じの案件なんだ」


「そう、だから彼等が起きてもそれについては一切聞かない事にします」


「はーい、了解ー、聞くのは残りのモンスターの情報と連れ去られた人々の居場所だけって事だね」


「そう、私達はあくまでギルドにテイマー達を引き渡すだけです」


余計なゴタゴタには極力関わらない、それが冒険者の鉄則だ。

厄介な事になればギルドに任せるのが一番である。


「皆、それでいいですね?」


エレンはアデラ達一人一人の顔を見て同意を求めた。

一応仕切っているとはいえエレンはパフュームのリーダーではない。

それにメンバーの中に意見を異にする者が一人でもいればそれはそれでまた考え直さなければならないからだ。


しかし異にする者はいず、その場にいるメンバー全員が頷いた。


「…ちょっと顔見てみよ」


カイサは気を失った男達の被っていたフードをめくりあげる。


「んー、イケメンはいないねー」


その顔を見ながら小さく呟いた。


「聞こえてるぞ」


「あ、聞こえてた?」


アデラの突っ込みにカイサは笑う。



男達が起きるのを待ってエレンは情報を聞き出そうと待っていた。

余り強く殴ったつもりはないのだが、スピードの勢いがついて少しは強かった気もするカイサとポエル。

とにかく気がついてもらわなければ先に進めない。


暫くして男達が目を覚まし始めた。


「……流石だな」


目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出してきたパフュームにリーダー格の男は無表情で言う。


「さて…状況はお分かりですね?」


「我らは負けた」


「貴方がリーダーですか?」


「そうだ」


「お名前は?」


エレンの問いに男は答える。


「ゾグシムだ」


「ゾグシムですね?、ではゾグシム氏、貴方達はモンスターテイマーですか?」


「そうだ」


やけにあっさりと答えるゾグシムにエレンは目を細めた。


「では…聞きたい事はあと二つです

残っているモンスターの数とマルルンドより連れ去った人々がいるはず…その場所を教えて下さい」


予定の通りその正体や目的についてはあえて聞かず、連れ去られた街の人々や残っているモンスター等について訊いてみる。

大人しく言えばそれで良いし、言わなければ少々痛い目に合ってもらう。

そういうのはシーグリッドがある程度把握している。


「利口だな」…モンスターを操っている目的について聞いてこないパフュームメンバー達を見ながらゾグシムはそう考え口元をにっと上げた。


「ならばまず…」


情報については残っているモンスターはマンティコア15匹、オーガ12匹、グール40匹。

どちらもこの場所よりまだ少し奥に進んだ場所にて別々の洞窟にそれぞれ居住している。

街人達についてはそれとは違う別の場所で閉じ込めてある。

そうゾグシムは言った。


「なるほど…それならば…」


パフュームの次に行く場所は街人救出だ。

本来なら救出作業は仕事の内には入っていないが、やっておかないと喉に刺さった小骨の如く気持ちが悪くて仕方ない。

正直モンスターはいつでも倒せるからだ。


「貴方達が案内して下さいます?」


「嫌だと言ったら?」


「ここで木にぐるぐる巻きにして放置しますが宜しいですか?」


そうにこやかに言うエレンにゾグシムは舌打ちした。

流石に手や腕が自由に動かせなければテイマーとしての能力は発揮できない。

単なるロープや紐ならまだ解いたり切ったり出来るが、魔法による拘束なら手も足も出ない。

これで獣に襲われれば待っているのは確実なる死だ。


「いいだろう、しかし嫌な神官戦士だな」


「はい、よく言われます」


笑みを見せながらエレンはしかしその目は笑っていない。

単なる脅しではなく断るなら躊躇なく無慈悲な行動に出る事をエレンの瞳は語っている。


「うぐぉ…」


そう言うと足と腰に力を入れ、地面から自力で起き上がるゾグシムと男達。


「ます最初に連れ去った人々のいる場所に案内して下さい」


「ああ…付いてこい」


ゾグシムと男達は先頭に立って歩き出した。



ゾグシムと四人の男達を先頭にそれから30分程歩いた場所でとある建築物にたどり着く。


「これは…何故この様な場所に?」


石で作られたと思われる一階建ての小さな建物。

その外観は既にボロボロであちこちがひび割れ地面近くでは苔が生えている。


「かつてここに住んでいた何者かの痕跡だ」


ゾグシムが言う。


「ここに街の住人達がいると?」


「そうだ」


ゾグシムはそのまま建物に近づく。

それに歩調を合わせエレン達もその後ろから付いて行った。

入り口は横幅が狭く人が一人通れるぐらいだ。

その入り口に到着したエレン達。


「さて…誰が一番最初に入りますか?」


こういった場合、罠である可能性もある。

ゾグシムの仲間達がまだいて、攻撃してこないとも限らない。


「私だね」


アデラが大剣を肩に担ぎ直し、颯爽と言う。


「さっすがは突撃隊長ー、いよ、男前ー!!」


カイサがからかい半分にはやし立てた。

しかし言われるまでもなく、こういった突入や突撃の先陣はアデラの専売特許だ。


「気をつけて下さいね」


「ああ」


そう言うとゆっくりと慎重な足取りで建物の入り口から中を覗き込む。

所々の天井の隙間から光が射し込んでいるが、光源がそれだけなので内部は非常に暗い。


「指輪がいるね」


「はいよー」


カイサがマジックアイテムである光の指輪を荷物から取り出し皆に手渡した。

アデラ達は指輪を付け出す。


「光る指輪か?」


興味深そうにその光景を見ながらゾグシムは尋ねる。


「そう、結構明るいよ」


指にはめたリングを見せながらアデラは答えた。


「それに持続時間が長いしー」


カイサがアデラの言葉を補足する。


「頑丈で壊れないですし~」


更にポエルが付け足した。


「小さいから邪魔にならないしな」


シーグリッドがポエルの後を追う。


「旅の必需品だね!」


リサがポーズを着けて指輪を掲げた。


「デザインはいまいちですけれど…」


ここでエレンのオチが入り、リング制作者であるカイサがずっこける。


「………」


この謎のやり取りを無言で見つめるゾグシム達。



「んじゃ行くよー」


改めて先鋒のアデラが指輪を光らせ入った。

次鋒でカイサが次に入る。

次いでポエルが突入した。


エレン、シーグリッド、リサはゾグシム達を見張りつつ外で待機である。

全員中に入っては何かあった時に対応出来ないからだ。


暫くしてカイサとポエルが入り口から出てきた。


「いたよー、ただ負傷して歩けない人もいるからエレンお願い」


「分かりました」


エレンはポエルと交代し、カイサと共に建物に入った。

中は想像以上に薄暗く、光の指輪の発する光の届かない場所は暗闇が覆っている。

砂と誇りが散乱する通路を進んでいくと、鉄格子が見えてきた。


牢の扉は既に壊されており、扉の入り口にはアデラや数人の人間達が話している。


「怪我人は?」


「こっちだよ」


カイサの手招きでエレンが牢に入る。

元々あった比較的広い部屋を牢屋に作り替えたらしく、この一角だけ逃げられないように壁や床は鉄板を張り補強されていた。


通路から漂ってきてはいたが、牢の中は余り良い臭いではない。

当然ながら何日もお風呂に入っていない人々が一カ所に密集しているのだから当然と言えば当然である。

少し目を細めながらエレンは怪我人のいる所まで近寄っていく。


牢の中にはさっと見ただけで約30程の人々がいる。

その中で横たえられている者が一人。


「この人ですか?」


「はい…」


エレンの言葉に看病していた一人が答えた。


横たえられている者にリングをかざす。

神官衣を着た人物。

髪の長さや容姿から女性である事が判る。


「………」


エレンは膝をついてその容態を確認した。


「怪我はどこです?」


「う…腕…右腕と右足です…」


街人の言葉にエレンはそっと衣の袖を捲る。

か細い腕にボロ布が巻かれていた。

しかし血はかなり滲んでいる。

同じく裾を捲り、右足を確認した。

やはり布が巻かれ血がべっとりと付着している。


「大丈夫ですか?」


神官衣を着た女に話しかけた。

すると唇が動き微かにだが声を出す。


「な ん と か……」


それを聞き、エレンは牢の外にいるアデラとカイサに言う。


「手を貸して下さい、外に運び出します」


エレンの言葉を聞き、アデラとカイサは牢に入ってきた。


「動かして大丈夫なのか?」


「そっと持ち上げてゆっくり運びましょう

ここでは暗くて適切な治療を行えません」


「分かった」


頷くアデラとカイサ。


「その前に皆さん、先にここから出て下さい」


エレンの甲高い声が牢中に響き渡り、街人達は急いで牢から出て建物の出口に向かってゾロゾロと早足に向かった。



建物から神官の女性を出したアデラ達は綺麗な敷物の上に寝かせた。

そこからエレンの治療が始まる。

治療にはポエルとリサが手伝う。

その間、アデラとシーグリッドは五人組の監視であり、カイサは街人から色々と聞き取りしていた。


話としてはここに連れて来られたら街人達の半数は何らかの怪我を追っていたらしい。

それを牢内で魔法治療を行い治したのが神官衣の女性との事だ。

ただ、自身が負った怪我は自分では直せないらしく段々と衰弱していったとの事である。


自身の傷は自身では治せない。

世にいる大半の回復魔法使はそうである。

他人の傷は治せても自身の傷は治せない。

その他人の傷もまた個々の能力に応じて強弱がある。

ほんのかすり傷程度しか治せない者もいれば、多少深い傷が治せる者もいる。

それは才能の差と呼べるものだ。


そして一握りの才能ある者はかなり深い傷でも治せる。

自身の傷ですら。



暫くしてポエルが呼びにきた。


「終わりましたよ~」


「ああ、どんな感じ?」


「ん~、もう大丈夫みたいですよ~」


「そうか、ごめんシーグリッド、ちょっと行ってくる」


五人組の監視をシーグリッドとポエルに任せてアデラはエレンの元に向かう。

その慌てた様子からポエルはシーグリッドに聞いた。


「あの神官衣の女の子って~…もしかしてファングさんの~?…」


「ん、確か名前は…リヴだったか?、恐らく…そうだろうな」


腕を組みシーグリッドは答える。


「なら良かったですね~、探してる人が~生きてて~」


「ん…まぁ、まだ確定ではないがな」



「あ、リサ!」


エレンの元に焦ってかけつけてきたアデラを見てリサは驚いた。


「え?、どうしたの?」


「あー、えっと怪我人は?」


「今は眠ってるよ、よっぽど疲れたんだね」


「ああ、少し顔を見たいんだけど」


「あ、やっぱりあの子が…」


「いや、暗くて良く判らなかったんだ…それを確認したい」


そう言うと敷物の上で寝ている彼女まで近づいた。


血の付いた薄汚れた神官衣…それを着た女性は死んだように顔を白くして目を閉じ眠っている。

そもそも目を閉じている彼女を見た事がないため、一瞬では判らなかったがその顔立ちは何となくだが覚えてはいる。


「間違いない…と思う」


自信なさげに言うアデラ。

人の顔を覚えるのは得意ではない。

ましてそれ程見た訳でも接した訳でもない相手なら尚更だ。


「取りあえずは彼女が起きてからですね」


エレンがフォローを入れた。


「それでさ、どうするの?、これから」


カイサが街人からの話を切り上げてアデラ達の傍まで来た。


伝言メッセージを送ります」


「ほーい」


エレンの言葉にカイサは荷物から小袋を出す。

そして中から折り畳まれた紙を出し広げた。

その大きさは手の平大ぐらいだ。


「ペンとインクを」


「ほーい」


言われた通り、小箱に入ったペンとインクを取り出す。

そしてエレンはペンを持ち、紙に書き始めた。

ここでいう伝言メッセージとは魔法の品を用いて遠方にいる相手に迅速に伝言を送るアイテムである。

伝書バトみたいなものだ。

送り先はマルルンドにいる冒険者ギルドにいる上級スタッフ。

今回においては最低でも一度は送らなければならないため、スタッフがパフュームに持たせた物だ。

このアイテムは冒険者ギルドが用いているアイテムではあるが、高価なため多用は出来ず一般の冒険者に渡されるのは特殊な状況下においてである。

それに万能という訳でもなく、その距離は限られ一定以上の距離には対応出来ない。

つまりこのダナウダの森からマルルンドまでなら送れるが、都までは無理なのである。


「送ります」


シュッとした音と共に書いた紙は消え去った。


「何て書いたの?」


カイサが首をやや傾げエレンに聞く。


「首謀者五名の捕縛と30名程の街人の救出をした、と書きました」


「迎えを?」


「そうです、速やかに五人を役人に引き渡し街人達を帰さなくてはなりません」


「だねー」


正直街人や捕縛者達同伴では身動きが取れない。


「んじゃ、私達は迎えがくるまで森の入り口まで戻って待機って事ね」


「いいえ」


「え?」


「ここで待機します、怪我人を今すぐ動かすのは宜しくはないでしょうし」


「そりゃそうだ」


「しかしモンスター退治は行います」


「あー、なるほど」


ポンと手を打つカイサ。


「で、誰が行くの?」


「私は怪我人を看なくてはなりませんので動けません」


「ふむふむ」


「私だね」


アデラが言う。


「いえ、シーグリッド、カイサ、リサ、ポエルの四人で戦って下さい」


「え?」


「へー、意外とアデラが残りなんだ」


「はい、もしここに多数のモンスターが現れた場合の対処としてです」


「なる程ね」


「お、出るかー?、バーサーカーモードー!!」


カイサが冗談めかして笑いながら言う。


「あー…バーサーカーモードねー…」


言われた当のアデラは遠い目をした。




「お疲れ様です、疲れたでしょう」


戦いを終え、帰ってきたシーグリッド達を見てエレンは労いの言葉をかけた。


「はい~…結構疲れました~」


クタクタしたというようにポエルが情けない顔をして見せる。

しかしそれは演技も入ってはいるが、実際にかなり疲れたのも事実だ。

あと、気持ち悪さがある。

乾いているとはいえ全身返り血だらけだから。


「使える水はあるかい?、顔と手だけでも洗いたい」


シーグリッドも全てのモンスターを倒した事と帰ってきた事で気を緩め一気に疲れを感じた。


「ありますよ、使えるのはこれだけですけれど」


そう言うと水筒の一つを手渡す。

重さを確認し、シーグリッドは兜を外した。


「4人分には十分だ」


水筒のキャップを開けて手と顔を洗う。

とはいえたくさんは使えないので手と顔の汚れを少し取っただけだ。

シーグリッド、ポエル、リサと水で洗う。

カイサは血が付着したままでも構わずアデラと談笑していたが、リサに水筒を渡されて思い出したように手と顔を洗った。


「さっぱりしました~」


ようやく気が済んだとポエルがほっこりした声を出した。

しかしお風呂に入りたい気持ちはもの凄くある。

さっさとマルルンドに戻ってお湯を使いたい。



その後は残していた食料をカイサ達は食べ、眠りにつく。

魔物は倒したとは言っても、火の番と周囲への警戒は行わなければならないため街人も比較的元気な者は交代で起きている。

アデラ達は3・3に分かれて起きている事にした。

何せゾグシム達も監視しておかなくてはならない。

眠っているフリをして隙を見て逃げ出すかも知れないからだ。


まず最初にシーグリッド、ポエル、カイサが眠りに入る。

立て続けの戦闘で流石に疲れているからだ。

リサもそうなのだが、リサは後で良いとの事なので後寝になった。


そして時間が経ち、交代でアデラ達が眠りに入る。

そのまま何事もなく朝が来た。



「ねむ…」


中途半端な眠りに睡眠不足気味で起きたアデラ。

辺りは明るくなっている。

街人もまだ寝ている者達もいるが、徐々に起き始めていた。


「おはよう!、アデラ」


「おはようリサ」


清々しく言うリサにアデラは寝ぼけまなこで応える。


「あれ、エレンは?」


傍で寝ていたエレンの姿がなく、アデラは見渡した。


「リヴちゃんの様子を見に行ってる」


「あー…」


見れば寝ているリヴの側にエレンがいた。


「リヴを動かせるようなら一気に森を出られるな」


「だね、多分今日中には迎えが来ると思うから」


「メッセージはちゃんと届いているのかねー」


「心配ないと思うよ、多分」


「そうか」


「うん!」


リサにそう言われればそうなんだろうと思える。

問題は食料を持ってきてくれるかどうか…だ。

何せ街人の全員はお腹が減っている。

直ぐにでも何か食べたい程に。

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