第9話

ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト…


馬車は揺れる。

いつもの事だ。

しかしカイサ的には馬車は快適とは言えず、不満はかなりある。

だが仕方がない事ではある。

ド田舎の王国では。



マルルンドを半壊させたマンティコア退治のために出発したアデラ達パフュームの六人。

しかし出発したのはこの六人だけではない。

実は冒険者ギルドのスタッフも何人か同行している。

同じ馬車ではないが。

そのギルドスタッフも二つに別れていた。

中級冒険者事務所のスタッフと上級冒険者事務所のスタッフにだ。

同じ組織とはいえ中級スタッフと上級スタッフの仲は良くない。

というかかなり悪い。

学歴の差からエリート揃いの上級スタッフに比べて中級スタッフは何かと下に見られる事が多い。

これに不満を持つ中級スタッフはかなり多い。

当然の事ならがそこに対立が生じている。


今回の件も上級冒険者であるパフュームがキャンセルした仕事を中級が受け持つ事になり、上級のお下がりではある事に不満はあるものの中級の名を高めるチャンスではあった。


そのため冒険者チームは計四チーム、二十三人が派遣されたのだ。

予算の関係上、本来街より出される報酬よりも一人辺りの報酬が極端に少なくなるが中級事務所も多少出す事で四チームを送り出した。

そもそも中級冒険者達も仕事がないため、藁にも縋る思いでこの仕事を引き受けたのだ。

文句など言っていられる場合ではない。

そうした経緯があり、マンティコア退治に送り出された中級冒険者達。

四チームもいるのだからその成功は約束されていた筈であった。

しかし彼らは失敗した。

情報ではマンティコア襲撃時に二十三人中半分近くが戦闘で死亡したようだ。

残りも負傷し満身創痍との事。


これを受けて治療及び撤退のために中級スタッフが現地に赴く事になった。

上級スタッフについては現地の状況の把握及び中級スタッフからの仕事引き継ぎのために赴く。

これらはまぁ、ギルド内のゴタゴタが関係していてアデラ達に取っては関係がないし面白くはない。


関係があるとすれば三人の冒険者メンバーが中級スタッフと共に動いている事か。

一人は女魔術師、一人は女神官、もう一人は精霊戦士であるレッドモアである。

三人ともA級の刻印の入ったペンダントをしていて、上級冒険者に匹敵する実力者だ。

三人は治療及び生き残った冒険者達の帰還のために今回同行したようだ。


「しっかし馬車って嫌だよねー」


カイサが不満を述べる。


「揺れるし?」


アデラが苦笑する。


「だよー、何回乗っても嫌」


「魔導国の乗り物はそんだけ快適なのか?」


「快適だよー、揺れなんて殆どないし」


「ほわ~、一度乗ってみたいですね~」


ポエルのポエポエ風味な声が荷台に響く。


「そだねー、一度皆で行こう」


「さんせい~」


元気に手を上げるポエルにリサは微笑む。


「確かに魔導国には興味がありますね」


それを聞いていたエレンが口を開いた。


「へ~、あるんだ、意外」


カイサが驚いたという表情でエレンに言う。


「教国にはない技術があると聞いていますからね」


「あーなるほど

でもごめん、私教国に行った事ないからどういう技術が有るのか無いのか分かんない」


「なら教国にもいずれは来て下さい」


「教国かぁ~、寒くない?」


「暖かい時期に来れば大丈夫ですよ」


「なるほど~、なら一度行ってみまーす」


そう言って手をカイサは手を上げた。



やがてアデラ達一行はマルルンドに到着。

この前来たアデラとカイサは破壊された街を見渡しながら言う。


「見事に破壊されてるな」

「だねー」


「この間泊まったホテルは無事かな?」

「どうだろねー」


能天気に会話するアデラ達を後目にギルドスタッフ達は現町長のいる町役場に向かう。

アデラ達的にはお風呂に入ってからがパフュームの伝統だが、そうも言っていられない状態のため一緒に付いていく事にした。


「凄いね」


町役場に着くまでの道を馬車で走行中に見た街の様子はかなり悲惨なモノであった。

まず半壊した建物や獣の爪跡が残る壁や柱等が目に入る。

続いて包帯を巻いた人々が道を歩いていた。

その人々はこちらに気づき、ある者は驚きの…ある者は怪訝な顔の…表情を見せじっと見つめてきた。


「想像以上に怪我人が多そうですね」


その街の状況を見ながらエレンが目を細める。


「だな、マンティコアの被害は相当なものだ」


「医者は何をしているのでしょうね?」


「いや…治療は多分してるでしょ」


「神官が不足しているのでしょうか?」


不満気なエレンの言葉にシーグリッドが答えた。


「回復魔法を使える神官が街にいないんだろう、王国ならよくある事だ」


「魔法を軽視するド田舎だし」


シーグリッドに続いてカイサも説明した。


「なるほど…」


街の様子に目を取られてその事をすっかり忘れていたエレンは目を閉じる。


「それにしても痛々しいですよね~」


ポエルは自分の怪我や血は割りかし平気だが、他人の怪我や血は体がぞわっとする感覚を覚えて不愉快になる。


「着いたみたいだよ!」


あだこだ喋っている間に役場に着いた事をリサが言った。



「失礼いたします」


ギルドスタッフ、そしてパフュームの順に町長室に入る。


「よく来てくれた!!」


座っていた町長は椅子から立ち、手を広げた。

この前までの太った町長とは違って今回の町長は痩せている。


「さて、早速ですが…」

「はい」


広い会議室に移動し、ギルドスタッフと町長達との話が長々と続く。

文字通り長々だ。

その大半は事務的な話だったが。

ちなみに中級冒険者の生き残りは全員で九名。

十四名が戦死である。

生存者の名前が提示され、それによるとファングのメンバーの中で生き残っているのはトールという者だけだ。

アデラはトールの顔を覚えている。

しかしその他のメンバーが戦死と知り、内心は複雑なモノがある。


そしてそれらの話が最初にされ、ギルドスタッフの話は終わり次はマンティコア狩りの話に移った。

パフュームに取ってはこれが最も重要な話だ。


「まずは質問があります」


「何でしょう?」


手を上げたエレンに町長は手を向ける。


「とある情報でマンティコア以外のモンスターの出現が確認されていると聞いております、それが本当かどうかお答えして頂けますか?」


エレンの言葉に町長は側近に目を向けた。


「それについては私がお答えいたしましょう」


書類を手に答弁に立ったのはこの前来た時、朝に面白契約書を持って再依頼してきた町長の使いの男だ。

男はアデラと目が合ったが、直ぐにエレンに目を向け直す。


「マンティコアの他にモンスターは居るかとのご質問ですが単刀直入に申し上げます、他にもモンスターが確認されております」


これにはギルドスタッフ達も顔を見合わせた。


「では他に何が確認されているのかお教え下さい」


にこやかに言うエレン。

ここまでは想定通りな展開だ。

後は「ゾンビが確認されております」という答えが帰ってくればゾンビ対策をしてきているパフュームの勝利である。

しかし男が口に出したのは予想外なモンスターの名前であった。


「グールです」


「グール?」


「はい、そしてオーガ」


「オーガ?」


「この二種のモンスターがマンティコアの他に確認されています」


「全て人喰怪物マンイーターですね」


エレンはそう言うと少し奥歯をギッと噛む。

しかしそれは一瞬の事であり、またいつものにこやかな笑みを浮かべる。

そしてメンバーの皆を見渡した。




失礼する。


レッドモアがガチャッと役所の一角にある部屋の扉を開け、中に入った。

続けて他のA級の二人も入る。

部屋の中には傷だらけの中級冒険者達九人が椅子に座って一斉にモア達を見た。


モアはぐるりと見渡し、一人の男の前に立つ。

男は頭と左目に包帯を巻いている。

腕にも一部包帯を巻いていた。


モアは少し息を吸い、言葉を出す。


「こっぴどくやられたね、ベルゲ」


「お前が来たのか…」


「仲間は?」


「全員やられちまった…」


「そうか…」


そう言うとベルゲが力無く肩を落とす。

モアはベルゲから目を外し、周りを見る。

他の二人も別の冒険者と話をしている。


「何人だ?」


「ん?、何がだ?」


再びベルゲを見るモア。


「援軍は何人だ?」


「私達は違う」


「違うってのは何だ?」


「この件は上級冒険者にバトンタッチさ、私達はお前達を迎えにきただけだ」


それを聞いてベルゲは複雑な表情になる。


「上級が来てんのか…」


「中級の仕事はこれで終わりだよ、目、大丈夫かい?」


「多分もう無理だな…」


「そうか…」


「上級は何人来てんだ?」


「六人」


それを聞いてベルゲはガタンと椅子から立ち上がる。


「舐めてんのかギルドは!!、たった六人で勝てる訳ねーだろ!!」


「落ち着きなよ」


「落ち着いていられっか!!、ギルドのバカ共は何も分かっちゃいねー!!、あれは…あいつ等は化けモン共の集まりだぞ!!」


激しく言うベルゲだったが、全身の傷の痛みに顔を歪ませる。


「奴らってのはマンティコアやオーガ共かい?」


「そうだ、奴らに俺達の攻撃は殆ど効かなかった…」


「…そうか」


「上級でも六人程度じゃ勝てねーよ、あんなモンレベルが違う」


「どうだろうね?」


「何だぁ?、何なんだその自信は?」


「上級は上級でもS級だよ、今来てるのは」


「S級ぅ」


「聞いた事あるだろ?、パヒュームの名前は」


「パヒューム…?、おい…おいおい、まさか…」


「二年前に魔人を倒したあのパヒュームさ」


「嘘だろ…?」


パヒュームの名前は冒険者達の中では既に伝説である。

いくら中級が上級を嫌っていると言ってもパヒュームは別なのだ。


「どこだ?」


「見たいかい?」


「当然だろ」


「後で教えてやる、今は座りな、皆に状況説明する」


「……」


ベルゲはそろりと椅子にもたれるように座る。

勢いよく立ち上がったものの、全身の痛みが今襲ってきたからだ。


パンパンッ


レッドモアは部屋の真ん中に立ち、手を叩く。


「みんな注目だ、今から状況説明する」


皆に聞こえるように部屋中に響く程の高い声を出す。


「まずは…」


モアが言いかけた時、バタンと扉が勢いよく開いた。


「……」


はぁはぁ…と肩で息をしながら一人の若者が部屋に入ってくる。


「何だ君は、いや…君は確か…」


どこかで見た顔にモアは記憶を辿った。


「ファングのフィン?、魔法戦士のフィンか?」


「はい!、そうです!」


モアの言葉にフィンは額の汗を拭いながらはっきりとした口調で答えた。

そしてフィンは椅子に座っている冒険者達を見渡す。

同じグループのメンバーだったケネス達を見つける為である。


「あ!!」


ぐるりと見渡し、見知った顔を見つけたフィンは急いでその者の所へ小走りで駆け寄った。


「トール!!」


「……」


ファングのメンバーの一人であったトールは近寄ってきたフィンに微妙な顔を向ける。


「トール、無事だったんだな」


「ええ……」


目を逸らしそう答えるトールにフィンは更に言う。


「ケネス達は?」


「……」


ケネス達の名前が出てきた事でトールは暗い顔で俯いた。


「トール?」


そんなトールの姿にフィンは心臓が高鳴った。


「トール?」


トールの名前を口にしながら「もしかしたら」という、マルルンドに来るまでに考えた事の一つを頭に浮かべ呼吸が荒くなる。


「………」


「………」


何も答えずただ俯くトールとトールの前で立ち尽くし次の言葉を待つフィン。

それは時間にして一分程の事ではあったが、二人に取っては非常長く感じられた。


しかしやがてトールは口を開いた。


「ケネス達は…死にました」


「……え!?」


マルルンドが攻撃された事を知った時から覚悟をしなかった訳ではない。

しかしそれはあくまで最悪の事態の場合の想定であって、マルルンドが戦場になったからと言ってそれが即ケネス達の死には直結する訳ではない。

怪我は負っていても生きているだろう…その楽観的な希望はあった。

だがトールの口からそれを言われ、頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を襲ってきて頭が真っ白になるフィン。


「な…え?…」


言葉が出ないフィンはただ呆然となった。


「なんで…」


絞り出すように声を出すフィン。

その瞬間、部屋にモアの手を叩く音が響きビクッと体を震わせる。


「はいはい、今から状況説明するから空いている席に座りなさいフィン」


「あ…はい」


厳しめの口調で言われ、フィンは反射的に近くにある空いている席に座る。

フィンの着席を確認し、モアは説明を始めた。


「取りあえず皆ご苦労様、今回のこの件は中級冒険者から上級冒険者に移ります」


モアの言葉に怪我を負っている冒険者達からざわざわと声が広がった。


「言いたい事はあるだろうけど後は先ほど来た上級冒険者に任せて私達は撤退よ、怪我人の本格的な治療は都に帰ってからになります」


そのモアの言葉に冒険者の一人が質問した。


「上級冒険者って誰が来ているんだ?」


先ほどベルゲに言った事を皆一人一人に聞こえるようにモアは声を高めて答えた。


「パフュームよ、聞いた事がない人間は…いないわね?」


皆を見渡しならが言うモアに冒険者達から驚きのざわめきが起こる。

勿論フィンも驚いた。


「パフューム…?」


自分が憧れ目標とする伝説のグループがこの街に来たらしいが、ファングの元仲間達を失った衝撃が大きいフィンはそちらに心が引っ張られ嬉しさはまったく感じない。


「説明は以上だ、皆帰る準備をしてくれ」


モアは淡々と喋り話を切り上げる。

本来ならば中級の事務所スタッフがしなければならない事だが、皆の反発が高まる事が確実なためモアが説明する事になった。

それ程までにギルドスタッフと冒険者達の間での仲の悪さや認識のズレが色々とあるのだ。


モアの話は終わったが、生き残った冒険者達は複雑な表情を浮かべ椅子に座ったまま身動き一つしなかった。

というより全身傷だらけで痛くて動けない…が真実である。

S級冒険者達に仕事を引き渡した事で先ほどまで張っていた緊張の糸が切れ、疲れが一気に襲ってきたのだ。


「いたたた……」


あちこちで痛みを訴える唸りが起きる。

べルゲも例外なく唸った。

この部屋の中で痛みを訴えないのは四人。

モアと一緒に来た女魔術師と女神官、そしてフィンだ。


フィンはトールの元に行き、詳しい状況を問いただした。

最初は嫌そうな顔をしたトールだったがポツリポツリとケネス達の事を話し始める。



「………だ」


「………」


話を聞いてフィンは拳を握りしめた。

要約するとケネスはオーガの攻撃で頭を割られ、ハンネはグールの群れに全身を食い千切られたとのこと。


「……リヴは?」


「リヴは…マンティコアの毒針に刺されて連れ去られた」


「連れ去られた…て?」


「それは…」


「予備肉の確保だよ」


言いにくそうにしたトールに変わってモアが間に入る。


「予備肉って?」


「予備の食料だ、マンティコアの尾にある大針に刺された者は体が痺れて身動きが取れなくなる」


「はぁ…」


「体が痺れた獲物を巣に持ち帰り食料にするって事だ」


「それって…」


モアの言葉にフィンは青くなった。


「リヴという子が連れ去られたのならもう生きてはいないだろう」


「……」


フィンとトール、二人が暗い顔をして無言でうつむいた。

そんな二人に声が掛かった。


「そうでもないんじゃな~い?」


「どういう事だ?、サンドラ」


話に入ってきた青い魔法着を着た女性。

モアと共に来た女魔術師だ。

名前はサンドラ、その遠くからでもはっきりと映える真っ青な衣装からブルーサンドラと呼ばれている。


「言ったままよ?、連れ去られたのはその子だけじゃないわ」


「何を…ん?、まてよ…そうか…」


サンドラの言葉にモアは顎に手をやる。


「そういう事~」


「つまり…まだ死んでいない可能性もあるのか」


「え、どういう事ですか?」


モアとサンドラのやりとりにフィンは首を捻る。

そのフィンにトールが小さく声を出した。


「街の人々の何十人かもマンティコアに連れ去られています、つまりまだ食べられていない可能性がある…と」


「知ってたのか!」


「知っていたらどうだと言うんだ!?、私達ではどの道助けに行けない!!」


普段冷静なトールの口調が荒くなる。


「く…」


確かにトールの言う通りだ。

マンティコアの群れの中に飛び込めば殺されに行くようなものである。


「どうすれば…」


歯軋りするフィンにモアはサンドラと目を合わせた。

何か言いたげな表情で口元をやや上げたサンドラにモアは溜め息をついた。


「どうもこうも…助けられるとしたらたった一つしか手はない」


「それは!?」


顔を上げ、モアを見るフィン。

サンドラの薄い笑みを受けてモアは敢えて口にした。


「あの人達に任せるしかないだろうな」




マルルンドの街の中で二番目に大きなホテルに入ったアデラ達。

なぜ二番目なのかと言うと一番大きなホテルはモンスター被害にあって現在休業中だからだ。

ちなみにギルドスタッフ達はビジネス用のホテルに泊まっている。

中級冒険者達は格安のホテルに泊まっていて、明日の朝に都に帰る予定だそうだ。

明日の朝と言えばアデラ達もモンスターの巣窟であるダナウダの森に向かう予定である。


ホテルに着いたアデラ達がまず真っ先にしなければならない事…。

それは入浴である。

何せ早く到着するために馬車を乗り継いで急いでやってきたため、途中での宿泊は一切せずに朝昼夜馬車に揺られて辿り着いたのだ。

その疲労もあり少し寝たいが、真っ先にはお風呂である。

幸い浴場はかなり広く、昼間でも入浴可能なため早速アデラ達はお風呂に入りさっぱりした。


お風呂から出たアデラ達は軽く食事をとり、夜の7時まで自由時間とした。

少し寝たい者、出歩きたい者、くつろぎたい者と色々いるが、明日の朝から向かうダナウダの森の地理についてメンバー内で確認しておく必要がある。

そのための簡単な地図を町長や森に詳しい地元民の協力で作成してくれていて、ギルドスタッフが夜に持ってきてくれる予定だ。



「寝る」


大あくびをしたアデラはポエル達にそう言った。


「了解です~」


敬礼しポエルとカイサとシーグリッドは街に出掛ける。

アデラからすればよくそんな元気があるなと思わせられる。

正直結構な速度で走っていた馬車に激しく揺られて疲労が溜まっているからだ。


「年かねぇ…」


頭を掻いて口を曲げたアデラは割り当てられた個部屋に向かった。

エレンとリサについてはエレンはアデラと同じく睡眠を取るため部屋に、リサはくつろぎたいとこれまた部屋に行く。


「疲れた…」


部屋に入り、ホテルが用意してくれている寝間着に着替えたアデラはベッドの上に倒れ込んだ。

強力なモンスターと戦うよりもこちらの方が体力が削られる。


「……」


ベッドに倒れて五分もしない内にアデラは寝息を立て始めた。


「……」


「……」


「……」


コンコンッ


部屋のドアを叩く音が聞こえた。


「……」


アデラはその音に目を覚まし、時計を見る。

ベッドで横になって一時間半ぐらい経っていた。


「あー……」


結構寝たなー…と思いながら、ベッドから起き上がり寝間着のまま部屋のドアを開けた。

メンバーの内の誰かと思っていたが、部屋の前に立っていたのはホテルのスタッフさんであった。

しかも男性で若くて顔も良い。

慌てて胸元や足元を整えるアデラ。


「失礼致します、アデラ様で宜しいでしょうか?」


「あ、はい、そうです」


「ロビーにてご面会の方が来ておられます」


「面会?」


面会だの客だの来る覚えはまったくない…が誰か来ているのなら行くしかない。


「分かりました、着替えてロビーに行きます」


「畏まりました、ではそうお伝えしておきます」


お辞儀をし、ホテルスタッフの男は立ち去る。


「んー…」


いきなり若い男に寝間着を見られ驚いた。

しかしまぁ…それは仕方ない事だ、うん、仕方ない。

自分にそう言い聞かせ、ドアを閉めて室内に戻ったアデラは着替える。


「それにしても誰が来たんだ?」


まったく思い当たらない面会人にアデラはやはり先程の男の顔が頭の中でグルグルした。



「あ、モアちゃん」


考えながらアデラがロビーに行くと、待機所のソファーに赤い服の女性と青い服の女性が腰掛けて隣同士で仲良く座っている。

その赤い服の女性は都から一緒に来たモアである。

青い服の女性も同じく都から一緒に来た女性であるが、元々乗っていた馬車が違うため喋った事はなく名前も知らない。

しかし物腰から中級冒険者の中でもモアに匹敵する実力者だというのは最初に見た時から推測出来た。


モアはアデラに気付くと立ち上がり頭を少し下げる。

遅れて青い服のいかにも魔術師でございな服装の女性も立ち上がり会釈する。

それを受けてアデラは手を胸元まで上げた。

それにしても鮮やかな赤と青のコントラストにアデラは目を見張る。

ものすごく派手に映る。

しかも良く似合っている。

その姿にアデラは圧倒された。

それと同時にそれらがよく似合う顔と容姿を持つ二人を羨ましく思った。


「や、モアちゃん、お待たせ」


ロビーには何人か他にも人がいるが、見渡してもアデラに会いに来た者という人間はこのモアぐらいしかいない。

だから「お待たせ」になったが、違っていたら顔から火が出る程恥ずかしい。

しかし会釈してくれているのだから間違ってはいないだろう。


「お忙しい所をすみません」


「構わないよー」


「まず横にいるのはサンドラです、私と同じA級で魔術師です」


「サンドラです、宜しくね」


「あ、こちらこそ宜しくです」


サンドラはアデラよりも確実に年上だろう。

何歳かまでは分からないが、見た感じはヴィオラやエレンよりも幾つか上だと感じる。


「えっと…それでどうしたの?」


モアがホテルに訪ねてくる時点で何事かあると思うが、思い当たる事がない。

あるとすれば今回の仕事に関する何かだ。


「はい、まずはファングの事です」


「あ、うん」


「リーダーのケネスと魔術師のハンネは戦死しました」


「あー…なるほど」


腕を組みアデラは眉を寄せた。

余り良い印象を持っていなかった戦士と魔術師だったが、死んだとなれば話は別だ。


「賢者のトールは怪我を負いながらも生きています」


「うん、トールについては聞いた」


「後は神官のリヴですが…」


「ふむふむ」


「マンティコアに連れ去られ生死不明です」


「……なるほど」


マンティコアに連れ去られ、巣で喰われた…という考えがアデラの頭に浮かぶ。


「ただ、生死不明ですが生きている可能性があります」


「と言うと?」


「街の住人も多数連れ去られています」


「あー、ストック用に閉じ込められて生きている可能性があるって事ね」


「はい」


「それとフィンがこの街に来ています」


「え?、何で?」


フィンの名前が上がってアデラは口を開けた。


「マルルンド襲撃を聞いてファングのメンバーが心配で馬を飛ばしに飛ばして街に来たようです、今日の昼間に会いました」


「まぁ…」


仲間が心配…というのは分かる。

アデラが同じ立場ならやはり駆け付けるだろう。

もっともフィンの場合、元仲間だが。


「それでフィンからパフュームにお願いがあると…」


「もしかしてリヴを助けてくれ…とか?」


「あくまで生きていて見かけたら…と」


「そうだね、でも安請け合いは出来ないよ?

人の救出が目的じゃないからね」


「それは私も本人に話しておきましたから分かっていると思います」


「分かった、その事は頭の片隅には一応置いとく、それでいい?」


「はい、ありがとうございます」


そう言ってモアは頭を下げた。


その後、アデラとモアはまだ暫く色々と話をした。

サンドラは特に何かを話す訳ではなく、アデラとモアの会話をただ聞いているだけである。

アデラ的にはモアとばかり話をしていて何かサンドラを無視しているみたいに感じてどうかと思ったが、そもそも知らない人なので会話を振るにもどのような会話を振っていいか分からない。

取って付けた会話を振っても却って相手を困惑させそうなので、とりあえずはモアとの会話に集中する。

周りからはフレンドリーっぽく見られたりする時があるが、アデラは結構な人見知りである。

と言ってもフレドリカにはまったく敵わないが。



「ではこれで失礼します」


一区切りつきモアとサンドラはソファーから立ち上がる。

アデラも立ち上がった。


「ああ、ありがとう」


アデラの言葉にモアとサンドラは一礼し、ホテルの正面出口から出て行った。


「……」


二人に手を振っていたアデラはモア達が見えなくなると微妙な顔になった。


まず、モアの話では中級冒険者は明日の朝に帰らないという事。

どういう事かと言うと…


本来の予定では生き残った冒険者達を連れてモア達は都に帰る…との事であったが、予定が変更になった。

中級冒険者はパフュームのモンスター殲滅戦に連動して、このマルルンドの街の防衛に当たる事になったのだ。

パフュームが森で戦った際に逃げたモンスター達が街に侵入してくるかも知れないという事で、ギルドスタッフ間で話し合いが行われ急遽中級冒険者達は街の防衛戦に組み込まれた。

モア達に取っては寝耳に水であり、勝手に決定された事に反発は当然あるし何より従う理由がない。

放っておいて帰るのも一つの手だとモアはベルゲ達に言ったが、神官によって傷を癒やしたベルゲ達は防衛上等とこの話に乗っかった。

満身創痍の時は気力も萎えて一刻も早く帰りたかったベルゲ達だが、傷を癒やし少し余裕が出てくると仲間を殺された怒りがフツフツと沸いてきたようだ。


一方中級冒険者事務所のスタッフ達が急に予定を変えた理由は、このまま手ぶらで帰るよりは上級の手伝いとして街の防衛に一役買ったという実績を欲しがったからだ。

まぁ、体裁という奴である。


「はぁー…」


溜め息をつくアデラ。

ダナウダの森でまだ生きている人々がいるかも知れないというモアの情報。

それがアデラの心を沈ませる。

救出とか護衛とかはアデラの最も不得意とする所だ。

期待しないでくれとモアには言ったが聞いた以上は無視する訳にはいかない。


「リヴ…か」


顔を見た事はあるが、どんな子だったかさっぱり覚えていない。


「記憶力悪いな、私…」


今に始まった事ではなくいつもの事だが、どうにもモヤモヤが頭の中で曇りを作っている。




19時になり、アデラ達は別に借りたホテルの一室でギルドスタッフや役所のスタッフ達及び森に入った事のある地元民と明日行くダナウダの森の手書き簡易地図を見ながらいくつか質問していた。

地図によればこの森も比較的広く深い。

当然だがあくまで地元民が立ち入った場所しか描かれておらず、それよりも更に奥の地がどうなっているのかは分からない…との事だ。

その少ない情報を元にモンスターの巣になっている所の検討に入る。

その中で話として出てくるのは連れ去られた人々の行方だ。

正確な人数は分からないまでも、連れ去られた人々がいた事は町長達も把握はしていたようだ。

と言っても把握しているだけで、救出なぞ無理なので放置するしかなかったようだが。


およそ一時間ほどの会議が終わり解散となる。

役所スタッフもギルドスタッフも地元民も帰った後でアデラ達はその部屋で地図を見ながらあーだこーだとした話を続けた。


「結局ゾンビの話は誤報だった…という事でよいのでしょうかね」


対ゾンビ装備に特化した武装で臨んだエレンが微妙な表情で言う。


「だと思うよー、そもそもその話の出所って役所でも分からないみたいだし」


カイサの言葉にポエルが残念そうにした。


「うみゃ~、ネクロマンサーさんを見れると思ったのに~」


「何でそんなネクロマンサーが見たいの?」


「え~、だってホラーっぽくて良いじゃないですかぁ~」


「ホラーっぽいって…何!?」


ポエルとカイサのやり取りを見ながらシーグリットが口を開く。


「あるいはグール辺りをゾンビと見間違えたか…」


「ありそうですね」


シーグリットの言葉にアデラが手に持ったリンゴをかじりながらグールについて頭の中で思い出してみる。


「あー、そう言えばグールも腐臭するんだっけ?」


「ああ、顔も死人みたいな顔色だ」


「それか!!」


シーグリットを除く全員で声を揃えて言った。


「しかしグールとゾンビの違いは敏捷性が違うという所だ」


「すばしっこいんだっけ?」


「ああ、小柄で素早い」


「パワーのオーガにスピードのグールか…嫌な組み合わせだ」


しゃりっとした音を響かせリンゴを囓り続けるアデラ。


「あとパワーとスピードのあるマンティコアだね!」


リサが嬉しそうに言う。


「何で嬉しそうなの!?」


そんなリサにカイサが突っ込んだ。


「弓矢の狩りは四足に限るからね!」


「何それ?」


「四本足を倒してこその弓戦士だよ!」


「はぁ!?」


よく分からない話にカイサは顔が引きつる。

だがリサにはリサなりの拘りと世界があるのである。


「さて皆さん、では他にはないですか?」


そろそろメンバー内会議も終わらせる必要があり、エレンが区切りを付けた。


「まぁ、後は現地に行ってからだな」


アデラが言う。


「ですよね~」

「私はもうないよー」

「私も!」

「私もだ」


「ならばこれで終わります」


「ほ~い」


「あとカイサ」


「ん?、なに?」


「明日は朝から出発しますから…」

「はいはーい、分かってまーす」


エレンの言葉にカイサは苦笑いして答えた。

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