第8話

「アデラー、明日暇かー?」


「暇だけど?」


一階のソファーに座り、チーズケーキを食べていたアデラにノーラが話し掛けてきた。


「あ、チーズケーキやん、美味そうやな」


「今日開店したタータン通りのケーキ店で買ってきた」


「ああ、そう言えばチラシに入っとったな」


そう言うとノーラはソファーに腰掛ける。


「美味しいよー」


「ホンマか!、こら買ってこな!」


「今から行っても売り切れてるかもねー、人並んでたし」


「そらヤバいな、何や匂い嗅いだらめっちゃ食べたなってきた」


「あげないよー」


「いらんし、あ、でも一口だけ」


「……はい、あーん」


「あーん」


出されたフォークの先のケーキを食べるノーラ。


「うお!?、めっちゃ美味いやん!」


「だろ?」


「こらええわ」


「……で、何だったっけ?」


「ああ、そや、明日なんやけど…」


「うん」


「ちょっと手つどうてぇー」


「手伝うって、何を?」


「いや、武器やねん」


「武器?、なに?、武器って?」


「家にあるウチの武器を別の所に移動させるんや」


「移動ってどこに?」


「ここや」


ノーラは手に持った広告紙をテーブルに置く。


「なになに…」


アデラは紙を手にし、書かれた文字に目を走らせる。


「貸しスペースねぇ」


「そう、ギルドが提供する貸し場所や」



百剣のノーラの異名を持つノーラの所持する武器はかなりの数になる。

現在の置き場所はノーラの部屋と一階の共用武器庫である。

しかしいつまででも共用庫に割って入っている訳にもいかず、別の置き場所を探していたが中々良い場所は見つからなかった。

いや、単に倉庫だけならあるのだがセキュリティー面を考えた場合には民間の貸し庫では盗まれる可能性がある。

そうした中、冒険者ギルドが直営で貸し倉庫を始めた。

貸し庫のスタッフは冒険者ギルドの元上級冒険者達で構成されている。

そういう意味でセキュリティー面での心配は少ない。

昔は引退した冒険者達は故郷に帰るか全く違う職に就くかしか手はなかったが、近年ではギルドの斡旋で若手冒険者の指導や講習のスタッフ・施設等の警備仕事など起用される事が多くなっていた。



「へー」


ギルドの広告を読みながらアデラは感心する。

ノーラの個人所有する呪いの武具はギルドが運営する『特別第一級危険物保管庫』に仕舞われているが、通常の武器となるとその保管庫は無かった。

今回の貸しスペース庫の開始により、家を持たない冒険者達でも一時的に武具を保管する事が可能になり自由度は増す。

とは言えスペースを借りれる金があればの話であり、下級~中級冒険者はそんな余裕など無いだろうが。


「いいよー、武器運び手伝うよ」


「おおきに~、なら昼飯奢るわ~」


そのノーラの言葉にポエルが入ってきた。


「やった~、ありがとうございます~」


「え?、何や、ポエル!?」


「うむ、ではご馳走様だなノーラ」


「え?、シーグリッドまで!?」


「アデラがやるなら私も手伝うよ!」


「リサ!?」


「さぁ、明日は食べるぞー!!」


「アンタは来んでええわ、どんだけ食う気やねんカイサ!!」


いつの間にか多数が手伝う事になって、ノーラは顔を引き吊らせた。



翌日、ノーラを指揮官にアデラ、ポエル、シーグリッド、リサ、カイサの6人による武器移動作戦が決行された。

とはいえ、家の中ではヴィオラも武器庫の掃除も兼ねて今回持ち出される庫内の記録を付けている。

ヴィオラは何かしら記録を付けるのを好んだ。

本人いわく何かあった時のためらしいが、それが役に立った事は余りない。


「ほな行くでー」


武器を馬車の荷台に載せ、ノーラ達は貸しスペース庫に向けて出発する。

場所は家から大して離れていない。

手入れや取りにいくには非常に便利だ。


「着いたでー」


ものの15分足らずで辿り着く。


馬車だと少し広い通り沿いを行かなくてはならず、目的地からは遠回りになる。

実は狭い路地を歩いていった方が早かったりする。

しかしガシャガシャと武器を持って移動する訳にもいかないので馬車を使う。

だが歩いた方が早いのはか確実だ。


「近いな…というかいつの間にこんな建物が建ってたんだ?」


アデラがギルド直営店の前で脇腹に手を当てた。


「結構前から建ち始めてたよ!」


リサがアデラに答える。


「そうか、こっちは余り来ないから知らなかったな」


アデラのいつもの散歩コースの反対方向にあるこの場所。

当然アデラが歩かない道にあるため知らない。


「アデラは道に保守的やからな」


「何だ、道に保守的って?」


「いつも同じ道しか歩かへんやろ?」


「うぐ…」


ノーラの攻撃にアデラは50のダメージを受けた。


「だよねー、道だけじゃなくて服も同じような服ばかり着てたし」


「ふぐ…」


カイサの攻撃にアデラは80のダメージを受けた。


「いや…最近は違う服着てるし…」


「リサのお陰でしょ」


「あぐ…」


畳みかけるカイサの攻撃にアデラは120のダメージを受けた。


「そう言えば~、食べ物も~大体いっつも同じもの食べてますよね~」


「おぐ…」


ポエルの攻撃にアデラは140のダメージを受けた。

確かに道や服以外に食事も保守的である。


「いやいや、同じモノが一番落ち着くでしょ!?」


焦りながら言うアデラ。


「確かにな」


シーグリッドの肯定にアデラの体力は100回復した。

流石はシーグリッドである。


「よし!!」


思わぬ所でダメージを受けたアデラだったが、取りあえず気を取り直して武器の引っ越し作業再開だ。

ノーラが店の受付で手続きしたあと、実際に借りる部屋を最初に見に行く。

ノーラの借りる部屋は店の少し奥まった場所にある。


「ここや」


鍵で部屋の扉を開けてノーラが部屋に入る。

続けてアデラ達も入った。


「へー」


部屋に入ったアデラ達は予想よりも広い室内に感心した。


「結構広いやろ?」


「ああ、想像よりも大分広いな」


「ウチも見にきた時に気に入ったから借りたんや」


「なるほど」


当然の事なからノーラは部屋を借りる前に事前に見せてもらっていた。

部屋を見て一発で気に入ったノーラは契約をその日の内に済ませ、今日引っ越しである。


「んじゃ、持ってくる?」


「やな、ほな皆頼むわ」


「分かった、じゃやるか」


「はーい」


部屋から出て、外に待機させている馬車の荷台に乗ったシーグリッドが武器を一つ一つ下にいるアデラに手渡していく。

後はリレーでアデラ、リサ、カイサ、ポエルと手渡しながら部屋にどんどん武器を入れ、部屋でノーラが適当にそれぞれ武器を置いていく。

今日は取りあえず武器を部屋に入れるだけだ。

内装はまた後日ノーラがあれこれ考える事になる。



馬車の荷台に載せてあった武器は全て貸しルームに移動させた。


「お疲れさんー」


ノーラが近くにある店からジュースを買ってきて皆に振る舞う。


「うにゃ~、くたくたですぅ~」


6人の中でポエルだけは汗ぐっしょりになっていた。

そもそも戦闘において速さを売りにするポエルは軽装を常とし、軽く細くしなやかな剣を使うため皆ほど重い武器を持てない。

と言ってもあくまで戦士なので腕力や体力は一般人よりは高い…が、アデラ達に比べるとやはり劣る。

…と言うかこの中でアデラだけが異様に突出しているだけだが。


「それにしても、本当に色々あるなー」


立ってジュースを飲みながらアデラは運び込んだブツを見渡す。

短剣や普通の直剣、カーブした刃の剣など形状も様々だ。

それだけに留まらず戦鎚や棹状武器や弓、他にも余り余所ではお目にかからない様な投擲系武器もある。


「コレクションやからな」


床に胡座をかいて座っているノーラが言った。


戦斧バトルアックス、めちゃくちゃ重くないですかぁ~」


「あれ、凄く重かったよね」


「そうか?、私は別に…」


ポエルとリサの少し大振りな戦斧の話題にアデラが割り込んだ。


「え~、重かったですよ~」


「まぁ、アデラは特別だし」


「はは、伊達に大剣は振り回してはいないぜ!!」


二人に力こぶを作って答えるアデラ。

こんなんだから彼氏の一人も作れないのだが、本人に自覚はない。


「弓もあるし」


「そう、あれ凄く良い感じだよね!」


カイサが弓の話を振ると、それにリサが素早く反応した。

弓戦士としては弓の方がずっと気になっていて、話したくてうずうずしていたのだ。


「あれなぁ、南方のロッセムに行った時に手に入れたんや」


「あれってただの弓じゃないよね?」


表面に鈍く輝くような深く青い塗装が施された合成弓。

一部に花の絵と読めない文字が彫られている。


「エルフが使っていた弓らしいで」


「エルフかぁ!」


リサの目が輝く。

実際にエルフを見た事はないが、話にはよく聞いたりする。


「エルフって耳が尖っている長身の奴?」


「そう、それにもの凄く綺麗だって話だよ!」


アデラにリサが興奮気味に答えた。


「話かぁ…」


「うん、実際に見た事はないから話ではなんだけど」


「この中で~、エルフを見た見た人っています~?」


「あ、私見た」


カイサが手を上げる。


「え?、どこで?」


「魔導国で」


「お~」


カイサの言葉に皆が感心した。

確かに魔導国ならば普通にいそうだ。

そんな雰囲気を魔導国は持っている。

と言うか単なるイメージだが。


「何かの用事でさ、たまたま魔導国に来ていたエルフの人を見かけたんだ」


「どんな感じだった?」


「綺麗だったよ、透き通るような白い肌に緑の目に銀の髪

何より背が高かったよ、リサよりも」


「男の人?、女の人?」


「最初さぁ、女の人だって思ってたんだよね」


「違ったの?」


「実は男の人だって後で分かった」


「男の人だか女の人だか分からない外見って事?」


「だねー、中性的って言うの?

あれは見分けがつかないや」


「へー」


カイサのエルフ話に皆が感心を寄せる…訳ではなく、シーグリッドはそんなエルフ話よりも壁に立ててある槍の一つに集中していた。

黒く光る刃の槍。

黒い刃の剣を愛用しているシーグリッドは気になって仕方がない。

けれどもそんなシーグリッドを余所にリサ達はエルフ話で更に盛り上がった。




しょろろろろ……

しょろろろろ……

しょろろろろ……


竜(ドラゴン)の形をしたジョウロで花に水をやるフレドリカ。

家の庭には花壇に植えられた花が色とりどりの綺麗な姿を並べている。

その中の一角に大きく咲く雪のように真っ白い花がある。

スノーナイブと呼ばれる花で、丁度今の時期に咲く。


「……」


フレドリカは黙ってスノーナイブを見つめた。

この花は剣の王国には無い。

剣の王国の北方に位置する『教国』領で咲く花だ。

とは言えどこにでも咲いている訳ではなく、ある一部地域で咲いているモノでそこでしか咲かない。

しかし近年品種改良により、他の土地でも育てる事が出来るようになった。

ただしかなり高価で、一般庶民ではまず手が出せないほどの金額である。

フレドリカは大金を払い土ごと取り寄せた。

他の土地でも育てられるとは言え土も水も気候も異なる剣の王国で育てられるかどうかは分からなかったが、一年経って枯れる事なく見事に花は咲いた。


「……」


フレドリカは無言でスノーナイブを見つめ続ける。

昼間だけでなく夜もまたスノーナイブはその白い輝きを失わない。

真っ暗な中でもぼぅ…とまるで光っているかのように浮かび上がる白い花。

それを見るとフレドリカの心は幸福感で満たされる。



「綺麗ですね」


しゃがみこみ、じぃー…とただスノーナイブを見ているフレドリカにエレンが声をかけた。


「これがスノーナイブですか?」


「…うん」


声がした方に顔を向け、フレドリカは答えた。


「良かったですね、お花が咲いて」


「……うん」


去年高額でこれを購入し植えた時に花が咲くかどうかの話を皆でした事をエレンは思い出していた。

結果は見事に咲いた。


「……私は」


「ん?」


「スノーナイブが咲いて凄く嬉しい」


「そうですね、去年お花が咲くかどうかで皆と話したけどちゃんと咲いて私も嬉しいです」


「白い色はとても好き」


「フレドリカは白い色が大好きですものね」


「……心が洗われるよう……」


「真っ白の世界…私も好きですよ」


「……うん」


フレドリカはエレンから顔をスノーナイブに戻した。


「アデラ達は?」


「まだ帰ってきていませんよ、持っていった武器が多いので時間が掛かっているのかも知れません」


「……そう」


「もしくは…」


「?」


「ノーラが奢ると言っていましたから、今頃はカイサに引っ張り回されているのかも?」


エレンの言葉にフレドリカは微かに微笑んだ。



その夕方、アデラ達は帰ってきた。

案の定カイサの大食いに付き合わされたノーラ達のお腹は一杯で晩御飯は回避となる。


「あ、お帰りー」


アデラ達が帰ってきて少ししてから出かけていたヴィオラが帰ってきた。


「エレン、皆揃ってる?」


「いますよ」


「なら集まって」


少し暗い顔をしているヴィオラを見ながらエレンはアデラに言った。


「…アデラ、上に行ってフレドリカ達を呼んできてもらえます?」


「分かった」


少しピリッとした空気にアデラは急いで階段に向かう。



暫くして皆が一階のリビングに集まった。


「緊急依頼よ」


皆を見渡してヴィオラはテーブルの上に冒険者事務所からの緊急依頼書を開いて置いた。


「マンティコアの一斉攻撃でマルルンドの街が半壊したようです」


そのヴィオラの言葉にアデラとカイサは互いに顔を見合わせた。


「半壊って?」


「言葉通り半壊よ」


アデラの問いにヴィオラは答える。


「もしかして街の人が結構死んだ?」


「具体的には何人とは聞いていないから判らないわね、でも…」


「でも?」


「死人が多数出たとは聞いたわ」


その多数がどれだけのモノかはヴィオラの話からは分かりかねる。

だが街が半壊する程の規模なら相当の死人が出ていても不思議はない。


「町長も亡くなったと聞きました」


「うわぁ…」


アデラではなくカイサが声を出す。


「亡くなったんだ、あの町長」


「みたいね」


町長の死は自業自得だ。

だが町長が金をケチったために犠牲になった一般庶民には同情せざるを得ない。



「ううーん…」


アデラの低い唸りにヴィオラは珍しく優しい声色で話しかけた。


「貴女のせいではありませんよ、アデラ」


「え、んー…そうなんだけど…」


アデラの口ごもりにカイサも察して言う。


「だよー、最初に帰ろうって言いだしたの私だし」


「そうなんだけど…」


そうである。

マルルンドの件に関してアデラ達に非はない。

責任があるとすれば町長達に責任がある。

しかしアデラは考えてしまうのだ。

もし私達があのままマンティコア退治をしていたら今回の事は起こらなかった…と。


確かにその通りではある。

しかし冒険者はボランティアではない。

条件通りの報酬が望めないのならば仕事はしない。

それもまたプロである。

そしてアデラもその事は分かっている。

しかし分かってはいても納得出来ない部分もある訳で…。

アデラは何かその部分で納得のいかないモノを感じる人間だ。


「大丈夫?、アデラ?」


横に座っていたリサがアデラの左手を優しく両手で握る。


「ああ、大丈夫」


「そう、良かった…無理しないでね?」


「ありがとう、リサ」


アデラとリサのやり取りを見ながらヴィオラは更に話を続けた。


「緊急依頼はマルルンドに赴き、マンティコアを倒す事」


「それはいいんだけどー」


ヴィオラの話にカイサが手を挙げる。


「報酬って、結局どうなの?」


カイサの問題とする所は当然そこだ。

そもそもその問題で仕事はキャンセルしたからだ。


「心配ありません、今回は街ではなく国が出します」


「王国直々の依頼ね、なら…」


「破格の報酬になります」


「それなら問題はないね」


口笛を吹くカイサ。

仕事とはこうでなくてはならない。


「ただし…」


「え?、なに?、ただし…て?」


「今回の仕事はマンティコア退治ですが…」


「ふむふむ」


「他にも敵がいる可能性があります」


「ん?…別の敵がいる可能性とは?」


ヴィオラの言葉に珍しくシーグリッドが最初に口を開いた。


「言葉通りよ、マンティコアだけではない可能性があります」


「街を襲ったのはマンティコアだけではないと?」


「そう…と言ってもこれは未確認情報ではあるけれど」


「ふむ?」


「ゾンビが出た…という話が」


「!!」


ゾンビという言葉に皆が反応する。

特にノーラがあからさまに嫌そうな顔をした。


「ゾンビって何やねん!!」


「ゾンビはゾンビよ」


「いや…分かっとるけどさ…」


顔を引きつらせるノーラを置いてエレンがヴィオラに聞く。


「ゾンビがいる…という事が本当なら、死霊使士ネクロマンサーがいる…という事になりますね」


「そうね、そういう事になるわね」


「問題はネクロマンサーとマンティコアの繋がりですけれど…」


「関係がないのか、それとも…」


「関係が無ければ別案件ですが、関係があるなら厄介ですね」


エレンの言葉にシーグリッドは目を鋭かせる。


「マンティコアの大量発生は単なる自然発生ではなく、人為的に増やされた可能性がある…と?」


「無くはないわね」


「マンティコアとゾンビとネクロマンサーか、確かに厄介だ」


そう言って腕を組み考えるシーグリッド。

ヴィオラはシーグリッドから目を離して皆を見渡した。


「今言ったようにマルルンドにはマンティコア以外の敵がいる可能性があります、依頼はそれらの駆除です」


「ウチはパスや」


真っ先にノーラが手を上げた。


「ゾンビはマジ勘弁や、トラウマになっとるし」


「分かりました」


パフュームの仕事依頼については受けるか受けないかはそれぞれに任されている。

一部例外があるとすれば個人指定での依頼の場合だ。

個人指定での場合は大体知っている依頼人からの仕事のため基本的には受ける。

あと貴族の依頼の場合。

こちらはややこしい人間達とのやり取りがあるため、適性のあるメンバーが選ばれる。

それ以外の仕事は全て個人の自由だ。


「私もパス」


グレタも手を上げる。


「長期から帰ってきたばっかでマジ勘弁、暫く仕事したくないし」


「分かったわ」


「……私もやらない」


フレドリカもおずおずと手を上げた。


「ゾンビは怖い……」


「分かった」


ノーラ、グレタ、フレドリカの三人はパス。

残りは…。


「私は行く」


アデラが言った。


「平気?」


「大丈夫さ、むしろこの件のカタをつけたい」


そう言うアデラにカイサは笑う。


「しっかたないなー、じゃあ私も行くか」


「じゃあ私も!」


リサも手を上げる。


この段階でアデラ、カイサ、リサと決まった。

後は…。


「私が行かないと厄介でしょうね」


エレンが手を上げる。

神官戦士であるエレンならばゾンビの浄化には最適だ。


「私も行くか」


シーグリッドも手を上げた。


「ん~、ネクロマンサーさんがいる事を期待して」


そう言うとポエルも上げる。


「何やポエル、ネクロマンサーが見たいんか?」


「いや~、何だかおっかなそうで期待しちゃいます~」


「恐いもん好きか!!」


ノーラの突っ込みににへら~とポエルは笑った。


アデラ、カイサ、リサ、エレン、シーグリッド、ポエル。

この六人でマルルンドのマンティコア撃滅に向かう事になった。


そして会議が終わり、そのままヴィオラが上級冒険者事務所に向かう。

なにぶん緊急依頼なので出発日やメンバーは決まれば即座に報告しなければならないからだ。

そしてヴィオラが暫くして帰ってきた。

『ゾンビの本』というタイトルの本を持って。


「何やこれ?」


「事務所がくれた本よ」


「ほー、どれどれ…」


本を開き書いてある文字に目を走らせるノーラ。


「………」


ペラペラとページをめくり、先に進む。

その速度は次第に早くなり、そして一気に最後まで目を通す。


「………」


パタンと本を閉じるノーラ。


「早いな、もう読んだのか?」


向かいのソファーに座りミルクティーを飲んでいたアデラが言った。


「いや…何か色々突っ込みたいところ満載なんやけど…」


「内容悪いの?」


「まぁ、いうても基本的なとこは押さえてはあるけどな」


「ふーん」


ノーラから本を受け取ったアデラは本を読み始めた。


基本的なところ…。

ゾンビは死人である。

腐った死体である。

ゾンビに噛まれるとゾンビになる。

攻撃力や防御力は低く速度も遅い。

ゾンビはネクロマンサーの術より作られる。

倒し方は剣で倒すか火で燃やすか魔法で消滅させるか。


概ねこんな感じの事が繰り返し書かれていた。


「………」


本を見終わったアデラはパタンと本を閉じる。

ノーラの時と同じく途中からすっ飛ばした。


「…知ってる事ばっかりだな」


「超初心者向けの内容やし」


「まぁ…」


「上級冒険者の事務所が上級冒険者に渡すモンちゃうやろ」


「まぁ…」


「それに何やねん、剣で倒すて」


「書いてあったな」


「近寄れへんから無理やっちゅーの」


ノーラの憤りにお風呂から上がってきたエレンが言う。


「そうでもありませんよ?」


首に巻いたバスタオルで頬を拭う。


「え?、どういう事やねん」


「教国では長年に渡るアンデッドとの戦いでマニュアルが作成されています、ゾンビ戦もマニュアルがあります」


「近づいて戦うとかあるんか?」


「ありますよ、臭いを遮断する特殊なマスクと斬った時に飛び散る腐汁を目から守るゴーグルがあります。

あと手袋も」


「へ~、確かに臭いが感じんのやったら何とかなりそうやな」


「とはいっても見た目ももの凄くて気分が悪くなりますが」


「違いないわ、あれえげつないし」


そう言って引きつって笑うノーラ。


「そのマスクとかって持ってるの?」


アデラがエレンに聞く。


「私の分は持っていますよ」


「そうか、ならゾンビはエレンに任せるしかないな」


「はい、そのつもりです

今回は対ゾンビ戦の装備で固めて行きますからマンティコアは皆に任せる事になります」


「任せといて」


ドンッと胸を叩くアデラ。

それを見てエレンは微笑む。

こういった件に対してはまったくもって頼もしい印象をアデラは皆に与える。


「それはそうとカイサ」


「はい?」


ソファーに寝転んでぐだーっとしていたカイサにエレンは厳しい目を向けた。


「明日の朝早くに発ちますよ?、準備は今からしておいて下さいね」


「はいはい」


「遅れたら置いていきますよ」


「げっ…」


エレンのそれは単なる冗談ではない、前に本当に置いていかれた事がある。


「あと早めに寝て下さいね」


「はーい…」


まるで母親の如き台詞にカイサは起き上がり、上の自室に引き込んでいった。



お風呂に入ったアデラは入浴を済ませ一階のリビングで少し涼んでから自室に戻った。

涼んでいる間にソファーに座りヴィオラやエレンと話をする。

何の話かと言うと旅の装備についてである。

記録魔のヴィオラは記録が目的なだけであるが、エレンは事前にメンバーの装備を聞きに来て戦闘のバランスを考えたり想定したりする。

そういう性格をしている。

それはエレンだけではなくディアナもそうだ。

細かいと言えば細かいが、パフュームメンバーの戦闘能力を

考えると余り意味が無い。

まぁ、いわば単なる趣味の領域であるようだ。


今回アデラの装備する剣は刃が140cmの大剣だ。

完全に対マンティコア戦のみに焦点を当てた。

ゾンビが出たら知らない。

ネクロマンサーが出ても知らない。

マンティコアを操っている奴がいても知らない。

完全に標的はマンティコアのみだ。

6人パーティーの強みである。

と言っても大剣でネクロマンサーもマンティコアを操っている奴がいた場合も普通にぶった斬れる。

ただ人殺しは御法度ではあるが。

魔物はいくら倒してもいいが人殺しは駄目…というのがギルドの掟である。

そういったゾンビやモンスターを使って悪行する輩は捕縛して公的機関に突き出さなければならない。

ただ正当防衛で殺してしまったりした場合、明らかに正当防衛と認められれば罪には問われないが認められるまでには色々とややこしい手続きが必要で時間もかかる。


ゾンビ戦において面白いのはゾンビは人かどうか…という点。

死人ではあるが人である事には違いない。

しかしゾンビ化して動き出した者を倒しても人殺しとは認められない…というのは魔導国や教国の法では明確に確立されているが、王国にはゾンビについての法が定まっていない。

だがゾンビ=モンスターという認識はされているのでゾンビを倒しても罪には問われない…と思われる。

少なくとも過去にゾンビを倒して罰せられた例はない。



今回の戦いでアデラは刃のかなり長い大剣を持って行く。

他のメンバーの武器について語ると…


エレンは対ゾンビ専用剣『死者浄化剣ゾンビキラー』を装備していく。

教国で作られたこの剣は持ち主の法力を剣に伝達させゾンビに大ダメージを与えられる剣だ。

ただゾンビ専用と冠されているとはいえ、普通に剣としての使用も出来る。

しかし、攻撃力はかなり落ちるためゾンビ以外の通常戦闘には不利にしかならない。


シーグリッドは安定のいつも使っている黒剣だ。

大抵どんな場所でも使用でき、どんな敵を相手でも高い攻撃力を持つ万能剣だ。

ただアデラ的には見た目は確かにカッコイイのだが、使うとなると地味で面白味に欠ける剣ではあるが。


ポエルについては今回は専用の細身剣ではなく一階の共用武器庫にある刃が70cmの量産剣を持って行く。

理由は「ゾンビと戦うかもしれないのでばっちいから自分の剣は使いません~」との事だ。


一方、カイサの方は魔力剣を持って行く。

魔力剣とは使い手の魔力を剣に通し、攻撃力を上げる剣である。

魔力は消費するが高い攻撃力が見込める。

丁度エレンの法力を消費して戦う法剣と原理は同じだ。

ただこちらの方の制作は魔導国の方だが。

この前カイサが研修に行った際に手に入れた武器らしく、今回がデビュー戦になる。


そしてリサ。

弓と剣にそれぞれ変形する弓剣を装備。

これはリサの専用武器である。

今回は対ゾンビ戦を想定して矢の先端に火を灯す油を厳選し小筒に入れて持って行くようだ。

これはノーラの遠方から火矢を射てゾンビを燃やし倒した経験から得た準備だ。

さすがに対ゾンビ戦においてエレンだけに負担はかけられないというリサなりの配慮である。



パフンッ


明日行く全ての準備を終えてアデラはベッドの上に乗っかかる。

準備と言っても着替えは適当に詰め、香水もその他の備品も適当にカバンに入れるだけだが。

あとマスクも持って行った方がいいとの事で何枚かバッグに入れた。

後は明日の朝に水筒に水を入れて終わりだ。


「そう言えば…」


急な事でバタバタしていて忘れていた事があった。


「ファングってマルルンドに行くとか聞いたけど…」


中級冒険者パーティー・ファング。

もし行っていたのだとしたら…無事では済んでいないだろう。

少なくとも再びパフュームに依頼が来たのだからマンティコア退治は失敗した筈だ。


「……寝よ」


考えても意味がないのでアデラは寝る事にした。

答えは現地にしかないのだから。




「……」


アデラは朝早くに目が覚めた。


「ふぁ~あぁ~~」


上半身を起こし、大きく伸びをする。

そのままもぞもぞとベッドを抜け出し、水筒を片手に部屋を出た。


トントントントン…

一階に降りて水筒を台所に起き洗面所へ…。

しかし既に先客がいた。


「おはよう、アデラ」

「おはよう」


先に顔を洗っていたのはエレンである。

さすがに早起きだ。


「少し待っててね」

「ほーい」


エレンが口をゆすぎ、顔を洗って交代する。


「お待ちどうさま」

「はーい」


そして顔を洗うアデラ。

さっぱりした後、リビングルームに行くと、今回着用していく各鎧が特設テーブルに並べられている。

同じくお弁当と水筒が置かれていた。

ヴィオラの仕事もまた早い。

というか既にソファーにはシーグリッドとリサが座っている。


「早いな」


「アデラもな」


「まぁ、そうなんだけど」


「おはよう、アデラ!」


「おはよう」


シーグリッドとリサに挨拶し、リサの横に座る。


「あとはポエルとカイサですね」


キッチンから出てきたエレンがコーヒーをアデラの前に置いた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


そして同じくソファーに座ったエレンと4人で雑談した。


暫くしてポエルが上から降りてきて、顔を洗いリビングルームに来る。


「おはようございます~」


「おはよう」


ポエルの声に4人一斉に揃う。


「見事に揃いましたね~」


偶然だが見事に揃ってしまった。

それが妙に可笑しくて顔を見合わせ笑う4人。


「後はカイサですね」


そう言うエレンにキッチンから出てきたヴィオラが声をかけた。


「まだ暫くは下りてこないでしょうから、先に朝食をどうぞ」


という訳でヴィオラを交え6人で朝食を食べる。

ベーコンエッグの味が美味しい。

パンもまた香ばしく、コーンスープも美味い。


朝食を食べ終え、暫くするとようやくカイサが下りてきた。

とはいえアデラ達が早かったのであり、時間的にはまだまったく余裕がある時間帯である。


「おはよー」


寝ぼけまなこで手を上げるカイサ。

どう見ても寝不足でございな顔だが、とにかく余裕を持って起きてきた事は評価できる。


「おはよう」


「どう、私もやれば出来るでしょ?」


「凄いな、見直したよ」


「ふふ~ん」


何やら得意気なカイサ。

そのまま鼻歌を歌いながら顔を洗いに洗面所へ行った。


カイサの朝食が終わり、少しして出発のための最終チェックに入る。

備品の有無や鎧の不具合が無いかどうかのチェック。


「大丈夫ね」


「おー」


ヴィオラの言葉に皆が手をグーにして上げる。


ちなみにマスクについては昨日の夜の段階では個別に持って行く話だったが、ヴィオラが全員分を用意してくれていた。

しかも外の臭いを比較的防ぐ結構良い高額の奴である。

エレンは特別製のマスクを持って行くが、念のためにエレンのマスクも用意してくれていた。


「サンキュー」


予備も入れて1人5枚配られたマスク。

かさばらず軽いのでカバンの中に入れてもまったく邪魔にはならない。

今回の最終兵器は間違いなくコイツである。


「では行きましょう」


「おー」


エレンの言葉に皆が気を張る。


「気をつけて」


ヴィオラに見送られながらアデラ達は家の前に止めてある馬車に乗り込んだ。

そして馬車は動き出す。

アデラ達はマンティコア退治のためマルルンドに向けて出発した。

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