第7話

「や、みんなただいまー」


玄関を通り、手を振って帰ってきたのはカイサである。

しかしいち早くノーラが突っ込んだ。


「あんたなぁ、帰ってくる予定日より五日も遅れとるんやけど?」


「いやー、何て言うの?

帰ってくる時に色々見たいなーとか思って」


あっけらかんと言いながら片手を頭の後ろに回すカイサ。


「もうちょっとマトモに帰ってこれへんのか?」


「ごめんごめん」


「ごめんで済むか!!」


カイサの実力ならば魔物に襲われても対処はいくらでも出来る。

しかし万が一という事もある。

何より何か別の事で大事になったという事もある。

あと一日遅れていたら捜索隊を出そうかとノーラ達が考えていた所だ。


「またヴィオラに怒られるかな?」


「心配せんでもヴィオラは今は護衛の任務で家におらへん」


「へー、珍しいね」


「何や知ってる貴族らしくて断れんかったみたいや」


「そっかー、ラッキー!!」


「何がラッキーやねん、今日帰ってきた事は言うとくからな」


「げ、それは秘密にしといて、ノーラちゃーん」


「そんな訳にいかへんわ、メンバー全員の記録を正確に付けなあかんし」


「えー、お願いノーラ~」


「あかんあかん」


「なにー、ノーラのケチー」


「ケチで結構や」


ぷくーっと頬を膨らますカイサにノーラはそっぽを向く。

そんなやりとりを見てアデラは苦笑しフレドリカは無表情で自分の髪をいじった。



魔法戦士のカイサ、年齢は19歳

黒髪で黒い瞳の持ち主だ。

元々は魔術師に憧れ幼少期に魔導国に渡り勉強をしたが、才能の無さに挫折し王国に帰ってきた。

以後は剣の腕前を磨く為に剣を習うも、決して誉められたモノではなかった。

二度の挫折を経てたどり着いのは『魔法戦士』である。

魔法も使える戦士。

しかし異なる二つを両立させるのは困難であり、四苦八苦しながらも現在に至る。

その劣等感からか『中途半端』と自嘲気味に言っているが、実力は結構ある。



「で、どうやったん?、魔導国は?」


「研修はバッチリだよ」


「ふーん、いや…それもそうやけど、魔導国自体に何か変化はあった?」


「そうねぇ、特に変わんないけど…

あ、そうそう、最年少の魔女が誕生したね」


「最年少って?」


「クレアって子、同い年の19歳」


「マジで?」


ノーラが驚くのも無理は無い。

魔女とは二つの院にそれぞれ君臨する26人の魔術師達の事だ。

その発言権は大きく、魔導国の国政を動かしている。

その一人に選ばれたクレアという女性。

実力主義と言われる魔導国においてそのポジションに着いたという事は余程優秀なのだろう。


「結構おっかなかったよ」


「え、会うたん?」


「彼女も研修に立ち会ったし」


「どんなんやったん?」


「めっちゃ厳しかった、何よりクール、そして美人…てとこ?」


「美人なんかい、優秀で美人、反則やな」


「うん、そう思う」




カイサが研修から帰ってきた翌日、ソファーにてくつろいでいたアデラに外から帰ってきたカイサが紙を見せた。


「これ!!」


「何だ、んー?」


それを手に取り読んでみる。


「なになに、えーと…マルルンド近辺でマンティコアが出没…か」


その紙はカイサが冒険者事務所で貰ってきた求人だ。


「そうだよ」


「ほー、マンティコアか」


「行こう、アデラ」


「……はい?」


「だから行こう!!」


「え…と、行こうって…これに?」


「そうだよ?、それ以外に何かある?」


両手を後ろに回し、にこやかに言うカイサ。


「いや…別に」


「え?、もしかして嫌?」


「というか、マンティコアが何匹いるのか書いてないんだけど」


「ああ、聞いたらさ、一応確認出来ているのが二匹だって」


「え…それってつまりもっといるって考えた方がいいんじゃ…」


「だと思うよー」


マンティコア退治は特に問題はない。

あるとすれば数の問題だ。

しかしこれは勝てる勝てないの話ではなく、報酬的に割に合うかどうかという問題。

いくら数を倒しても報酬が同じなら美味くはない。


「報酬はどうなってんの?、書いてないけど」


「一匹につき…の報酬だよ」


「そうか、なら損はないか」


「沢山倒せば報酬はいっぱいってトコだね」


「じゃあ、いく」


「はいはーい、決まりね、なら冒険者事務所で手続きしないとね」


「ああ、だな」


「んじゃ、午後から付き合って」


「ん…分かった」



その日の午後、アデラとカイサは街に出かけた。


「へー、珍しいね、アデラが違う服を着てるって」


出掛ける時に着た服をカイサに指摘される。

今着ているこの服はこの間リサと一緒に買い物した時にリサに選んでもらった一つだ。


「変かな?」


「んーん、似合ってるよ」


「そうか」


「ん、ていうかいつも似たような服着てたしさ」


「あー、服には興味ないからなー」


「それってリサと一緒に行って買ったの?」


「よく分かったな」


「そりゃあ…ね」


アデラに合わせてはいるが、リサの趣味も入っている。

見たら一発で分かる。


「相変わらずだねー、リサは」


「ん?、リサがどうかした?」


「何でもなーい」


そう言うとカイサはタタタッと小走りになり通路の先を行った。


カイサの趣味は食べ歩き。

とにかく店を次から次に渡り歩き食べまくる。

カイサの体型や体重は普通クラスであるが、どこに入るのかと言いたくなるぐらい食べる。

パフュームのメンバーの中でもカイサの食べ歩きに付き合えるのはアデラぐらいのモノだ。

パワー系であるアデラはエネルギー量の消費が多く、そのため多くの食事を必要とする。

しかしカイサはそれとは関係なく大食漢だ。

一度ノーラがカイサに付き合ったが途中でダウンだった。


「食事ってさー、沢山食べられないとつまんなくない?」


そう言うカイサ。

「アンタは食いすぎだよ…」とアデラは思うが思うだけにしておく。

しかしいくら食べても太らない体重が増えないカイサの体の秘密は脅威だ。

一体食べたモノはどこにいくのか…。

まさに魔法使いである。


「そう言えばさ…」


「ん?、何?」


店から店に移動中にチョコアイスクリームを舐めているカイサ。

そのカイサにアデラが話をした。


「魔法戦士って子が他にもいたよ」


「へぇー」


「冒険者で男の子だけど」


アイスを舐めながら歩くカイサの足がピタリと止まる。


「それってもしかしてファングメンバーの子?」


「そうそう、何だ、知ってるんだ」


「そりゃあねー、一応は同じ魔法戦士だし」


「会った事は?」


「ないよー、あくまでもいる事を知ってるだけ」


「なるほど」


「ていうか、この都に来ている魔法戦士は大体把握してるし」


「ん?、そうなんだ」


「そりゃあ、私も魔法戦士だし」


「なるほど」


同じ技能を持った人間の把握。

アデラ的には興味が無い事だが、カイサの話で少し考えた。

狂戦士は都にどのぐらい居るのだろうか…と。



翌朝朝早くに目覚めたアデラ。

今日は午前11時からマルルンドに向けて旅立つ『予定』だ。

そう予定だ。


トタトタトタ…


寝間着のまま自室を出て一階に下りる。

そして洗面所へ。



しゅ…しゅ…しゅ…しゅ…


小さな歯ブラシで歯を磨いている先客がいた。


「おはようー」


そのアデラの声に反応してフレドリカが顔をアデラに向ける。


「……おはよう」


少し顔を傾げフレドリカはアデラをちらりと見た。

そして再び顔を目の前の鏡に移し、水で口をゆすぐ。


くちゅくちゅくちゅ…びちゅ…


その一連の動作はゆったりとしている。

そして顔を洗うフレドリカ。

その時に前にサラサラとこぼれる髪が非常に美しい。


フレドリカはまるで人形のようだ。

年齢こそ18歳だが、その容姿は若々しく14・15歳に見える。

美少女と言うのなら、端から見ればまさしく美少女に見えるだろう。

とはいえ本人はまったく自覚していないみたいだが。

というか容姿についてはまったく興味はないようだ。

リサ的に言えば「もったいない」という所か。


「……終わった」


顔をタオルで拭き、フレドリカはアデラに目を向ける。


「ん…」


そのままフレドリカは洗面所から出て、リビングに行った。


「さてっと…」


アデラは自分の歯ブラシを取り、歯磨き粉を乗せた。

今日はしっかり磨く。

仕事に出ている時は十分な水を確保出来ないため、歯も磨けない事が多々あるからだ。



歯を磨き終え、朝食を食べる。

しかしこの段階でまだカイサは起きてこない。

いつもの事だ。

旅の備品のチェックを済ませ、剣や鎧等も机に置いて準備しいつでも出掛けられる状態にする。

いつもはヴィオラが準備してくれているが、今回は不在なのでノーラがやってくれている。

とはいえ足りない不備がちょこちょこあってアデラも気を付けながらの最終チェックをしていた。


やがて午前10時頃ー。

この時になってようやくカイサは起きてきた。


「や!」


手を上げて下りてくるカイサ。


「や!…ちゃうわ!!、いつまで寝とんねん!!」


「いやーごめんごめん、ちょっとさー、本読み始めたら夜更かししちゃって」


ノーラの突っ込みにカイサは手を頭の後ろに回して笑ってかわす。

その後、顔を洗って朝食を取ったカイサは自室に戻っていった。

そして小一時間…。


時間は昼を回り、午後1時になった。

そしてようやく下りてきた。


「遅いわ!!、何しとったんや!!」


ノーラの突っ込みが飛んだ。


「いやー、替えの服とか下着とかどれ持っていこうかなーとか?、あと香水もさー」


「昨日の夜に何で用意しとかんのや!!」


「えー、だって悩むじゃん」


「悩むな!!」


「ま、とにかく準備出来た?」


苦笑しながらアデラは聞く。


「はーい、バッチリよー」


「なら鎧合わせて」


「了解ー」


鎧が合っているかどうか、不具合がないかどうかの最終チェックをし始めるカイサ。


その間、ノーラの小言は続く。


「アンタなぁ、時間にルーズ過ぎるんや、もうちょっとパパっとやな…」


「えー、心配ないって

マンティコアは逃げない逃げない」


「そういう問題ちゃうわ!!」


その後、何だかんだで出発したのは午後3時を過ぎてからだった。



「じゃあ、さっさと行ってさっさと帰ってこよう」


出発した時、カイサはそう言った。

とてもダラダラしていて出発を遅らせた人間の言う台詞ではない。


「お、気合い入ってるね」


「え、入ってないよ?」


「ん?、そう?」


「そうそう」


アデラの言葉に頷くカイサ。


「いつも言ってるけど私は仕事嫌いだから」


「ああ、だな…仕事は嫌いだけど…」


「そう、仕事は嫌い

でも仕事で得た報酬で遊ぶ事は好き」


きっぱりと言い切るカイサにアデラは苦笑した。



カイサの出身はこの『剣の王国』ではあるが、いた時間は『魔導国』の方が長い。

先進の魔導国の空気を多く取り込んだカイサに取っては王国は何もない古びたド田舎にしか過ぎない。

だから魔導国は大好きだが王国はそもそも視界の外だ。


しかしそんな大好きな魔導国に現在その身を置いていないのは魔術師としての才能が無いからだ。

魔導国においては魔術師としての能力が最優先される。

当然魔術師としての能力が高ければ上に上れるが、低ければそれなりのポジションや暮らししか与えられない。

その競争は激しく、戦いは幼少の頃より始まっている。

しかし例えどんなに努力してみても辿り着けない領域がある。

エリートとして上に行けるのは一握りの天才達だけだから。

そこに居心地の悪さがある。


今回魔女に就任したクレアは努力と天賦の才能を持って最年少で着いた。

だがそれは凡人には到底太刀打ち出来ない領域である。

カイサはその凡人の中の一人でしかなかった。

だから魔導国から脱落し、王国に戻り剣の道に進んだ。

魔術師達から見れば逃げたと思われる行為だ。

しかし圧倒的な才能の差を見せつけられてなお食らいつく根性はカイサにはなかった。

だから逃げた。

逃げて剣に走った。

とは言え生粋の戦士ではなく『魔法戦士』として。


魔術師としての夢は諦めたものの、魔法そのものには愛着も執着もある。

だから魔法戦士として一つの希望を見いだしたのだ。

正直剣の腕前自体は大した伸びは無い。

しかし少なからず努力はした。

血の滲む努力みたいな凄い努力はしていないが、それなりにはした。

その甲斐あって現在は戦闘中でも魔法と剣を両立できるようになった。

そのバランスを保つのにも相当の能力がいる。

例え逃げであったとしても今のカイサを支えているのは紛れもない魔法を使える戦士という技能だ。


因みに魔法戦士と一括りにしているが大別して二つある。

『魔法を使える戦士』と『剣を使える魔法使い』だ

同じように聞こえるがメインがどちら側かという問題で大きく異なる。

魔導国出身者及び魔導国で魔法を学んだ者ならば『剣を使える魔法使い』と答えるだろう。

カイサも勿論そうである。

それもまた一つのプライドだ。



「それはそうと、この間ディアナさん来たの?」


「あー、夜に一緒に酒飲んで翌日帰った」


「そっか、彼女はどうなんだろうねー」


「どうって?」


「冒険者もう続ける気無いんじゃないかと思ってさ」


「そんな事は…」


「本業忙しいでしょ?、両立出来ないんじゃない?」


「あー…、確かに」


「でしょ?」


「でもさ、時間があれば冒険したいと思ってる筈なんだよね」


「んー…、そう?」


「…と思う」


「なるほどねー」


「何か気になる事でも?」


「ないよー、聞いてみただけ」


ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト……


馬車に揺られ二人は行く。


「………」


カイサは少し何事か考え、フワッと自分の髪を掻きあげた。



マルルンドに着いたアデラとカイサはホテルでお風呂に入り着替えたのち、町長に会いに行った。

町長とはいえ、ここマルルンドはかなり人口の多い街だ。

当然街を守る警備兵達も存在している。

にも関わらずマンティコアの被害があり、冒険者に依頼しにくるというのは少し腑に落ちない部分があった。


「どういう事ですか?」


町長の言葉にカイサは少し表情を曇らせる。


「いやね、で…あるからして…」


言葉を濁しながら言う町長。


つまる所、現在マルルンドはマンティコアの脅威に晒されていた。

しかも一匹や二匹ではない。

何十というマンティコアの大量発生である。

具体的な数字は判らない。

ただ少なくとも二十匹以上は確実であるとの事。


それだけでも契約書に記されている数を大きく上回っているのに、何匹倒しても報酬は一緒との事。

完全に契約書の条件と実際の条件とが違っている。


「帰ろう、アデラ」


見切りをつけてあっさりと帰ろうとするカイサに町長は慌てて引き止めた。


「いやいや、折角来たのだから…」


「嫌です」


きっぱりと言うカイサ。


「そもそも私達二人では無理です」


「君達はあの『パフューム』なのだろ?」


「確かにパフュームですよ?、でもマンティコア二十匹以上を相手に二人では無理です」


「そこを何とか…」


「無理です」


無茶振りを言う町長に背を向けてカイサは部屋を出て行こうとする。

慌ててアデラもカイサの後に付いて出て行った。


「馬鹿馬鹿しい」


そう口に乗せ走らせるカイサ。

実際の所、マンティコア数十匹相手に二人で勝てないかと言われれば『勝てる』だろう。

しかし報酬の件で頭にきた。

どう考えても舐めているとしか思えない。



ホテルに戻ったカイサは帰りの支度を始める。


「ハズレかぁ、めんどくさい」


ぶつくさ言うカイサ。

ここで言うハズレとは契約書に記載されている条件と実際の内容が異なる事を言う。

これは実はよくある事で、冒険者を下に見ている人間達が使う手だ。

通常なら現場まで来た冒険者達は条件が違っていても泣く泣く引き受けるしかない。

でなければ金にならないし、戻って新たに探すにしても直ぐに見つかるとは限らない。

何より単に往復しただけの時間が勿体ないからだ。

だから引き受ける。

しかしそれに味を占めた連中によって、募集時には好条件を提示しながら実際には悪条件を出して仕事をさせる悪党達が多くなっている。

今回の件もそれに該当するだろう。


「ごめんねー、受けなきゃ良かったよ、こんな仕事」


「あー、まぁ…別にいいよ」


「さ、帰ろう」


「あのさ、ホテル代もう払ってるんだから一泊していかない?」


「え?、まぁ…アデラが良いならそうするけど」


「ならそうしよう」


「了解ー、なら街を見て行く?」


「そうしたい」


「分かった」


カイサは先程までの鬱陶しそうな顔から一転、いつもの明るい表情に切り替わった。



マルルンドの夜。

ホテルから外に出たアデラとカイサは人の行き交う街路を歩きながら外食出来る店にいく。

まだ明るい時間帯に幾つかの店を見つけてピックアップしていたが、その中の一つに入った。


「いらっしゃい」


店の店長らしきおじさんが声を出す。

アデラ達は適当に空いている席に座った。


「えーと…メニューわっと…」


席の横に置いてあるメニュー表を取って開けるカイサ。


「今日は食べるぞー」


「いや、いつも食べてるし」


「今日は特に食べるぞー!!」


「マジで?」


顔をひきつらせるアデラ。

今日は一体何件ハシゴするのか…。


「やけ食いだぁ」


「あー、まぁ…」


メニュー表から美味しそうなモノを選び注文しまくるカイサ。

そして注文したモノをあっさり平らげ次の店へ。

数えると三軒の店巡り。

そして三軒目を出て次は居酒屋に…。


「仕事のキャンセルにかんぱーい!!」


「かんぱーい……」


まったくめでたくない乾杯をしビールの入ったジョッキを傾ける二人。

そのまま続けて飲みまくる。

やがて結構酔ってきた。


「そう言えばさぁ」


「んー、なにー?」


「魔導国ってどんなトコ?」


アデラの思わぬ質問にビールを飲んでいたカイサは「うぐっ」となった。


「けほけほ…」


「だ…大丈夫か?」


「う…うん…思いがけない質問だったからさ」


「そう?」


「へー、魔導国に興味あるんだー」


「まあね、私はさ、王国から出たことがないからさ」


「綺麗なトコだよ」


「綺麗なのか」


「そう、それに色々な技術が開発されてて住みやすい」


「魔法で付く明かりとか?」


「それは今や基本だねー」


「他には?」


「移動するにも馬車なんて使わないし」


「馬車がないの?」


「そう、魔法で動かす車があるから」


「魔法で動かす車?」


「空を飛ぶ乗り物もあるよ」


「空を飛ぶ!?」


カイサの語る話は全てがアデラの驚くべきものばかりだ。


「何でそんな技術が王国には殆どないんだ?」


「剣を信奉する王国の人々は魔法を嫌ってきたからねー」


「それはまぁ…」


「と言っても、魔導国が一気に発展したのはここ60年ぐらいの間なんだけどさぁ」


「そうなの?」


「大魔女シャーロットの話」


「シャーロット?」


「そう」



魔導国もまた昔は王国と同じく世襲制を導入していた。

しかし社会が停滞し、技術発展も進まず全体が末期の様相を呈していた。

そんな時、天才魔女シャーロットとその仲間達によって改革がなされ、世襲制の廃止となる。

無能な者達が根こそぎ排除され、実力のあるモノが上に立つという実力主義の制度の導入。

これにより技術部門にも能力のある魔術師達が入り研究が進んだ。

結果技術は向上し、魔導国は爆発的な発展を遂げる事になる。


「へー」


「シャーロットはもう亡くなられたけど、そのお弟子さん達によって魔導国は運営されてきたんだよ」


「今は違うの?」


「違うよー、今は実力のある若手が中心になってる」


「あー…なるほど」


クレアという自分と同い年の子が『魔女』に抜擢され、国の運営に携わるようになったという話がここで繋がった。


「ほんと凄いよ、魔導国は」


キラキラした目でそう語るカイサ。


「魔導国、好きなんだな」


「当然じゃん、めちゃくちゃ好き!!」


そう言うカイサを見てアデラは魔導国に一度行ってみたいと思った。



その夜は大いに食べ、大いに飲んだ。

そしてしたたかに酔ったアデラとカイサは店から出てホテルに帰ろうと路地を歩く。

既に時刻は午前0時を過ぎていた。

辺りはもう人影もまばらだ。

そんな中、アデラ達を呼び止める連中が現れた。


「待ちな」


「んー?」


アデラとカイサが声の方に目をやると、いかにもな恐い系のオッサンら五人が立っていた。

先頭の男はナイフを持っている。


「なにー?、強盗ー?」


カイサが手をぶらぶらさせて聞く。


「そうだ、金目のモノを寄越しな」


「やだよー」


「ああ!?」


低い声で脅す男。


「ぶっ殺すぞ、コラ!!」


「やってみな」


それまで酔い顔のアデラの顔が引き締まる。


「野郎!!」


男の一人がアデラを押さえようと近づいた瞬間…


「誰が野郎だ!」


そう言ったアデラの右ストレートが男の頬に入る。


「ぶへ!!」


そして吹っ飛ぶ男。


「な!?」


そしてそれに驚いているナイフ男の腹にアデラの蹴りがすかさず飛んだ。


「ふぐ!!」


腹に蹴りを食らった男もそのままナイフ共々吹っ飛ぶ。


「あと三人」


「野郎!!」


目の前で起こっている予想外の事に顔をひきつらせるながら、男達は慌てて懐からナイフを取り出す。


「やる?」


カバンの中に入れていたダガーを出し、男達に刃を向けてカイサの笑みがこぼれる。


「うお!?」


男達から唸り声が上がった。

しかしそれは当然の事で、女がダガーをカバンに入れ持ち歩いている…時点で明らかに『普通の一般の女』ではないからだ。


「くそ、こいつらヤベえぞ!!」

「ずらかれ!!」

「逃げろ逃げろ!!」


そう言うとアデラの攻撃で気を失って倒れている二人を残して男達三人はバタバタと逃げ出した。


「えー、なにー、もう逃げるの?」


ダガーをプラプラ振り、カイサが呆れ顔で言う。

少しは酔い覚めの運動になるかと思えばまったく拍子抜けさせられる。


「こいつらどうする?」


倒れている二人を見ながらアデラが聞いた。


「放っとこう、気を失ってるだけだよね?」


「だな」


アデラが二人の状態を確認し答えた。


「なら帰ろう」


そう言うと、アデラとカイサはホテルに向けて何事もなかったかのように再び歩き出した。




ホテルに戻ったアデラとカイサは眠りにつく。

酔いもあって直ぐに眠れた。

やがて夜が明けて、ホテルが提供している朝食の時間になる。

いつもの如くカイサはまだ寝ているため、アデラは一人で朝食を食べるために食堂に入った。

その時に町長の使いとやらがやってきた。


「何か?」


「少しお話が……」


「食べてからでもいい?」


「もちろんです、お待ちしております」


そして朝食を済ませ、一階のロビーの休憩所で話を聞くアデラ。

どうやらも昨夜も来ていたようだが、あいにく外食に出ていたため、ホテルにはいなかったから朝にきたらしい。


「それで?」


「はぁ…実は…」


話は条件の変更である。

これは来ると思っていた。

だから一泊したのだ。

しかし、再び出された条件は多少報酬を釣り上げただけのモノであった。


「んー、駄目だね」


「駄目でございますか?、それは何故?」


それは何故?…と言われても答えに困る。

むしろ何故そんな薄い条件で仕事を引き受けてもらえると考えるのか逆に聞きたいぐらいだ。

とにかくアデラは断り、使いを追い払った。


それから暫くして起きてきたカイサ。

町長の使いが来てショボい条件を提示しに来たので追い返した事をアデラから聞いて笑う。


「何にも分かってないよねー」


「さすがに呆れたよ」


そしてカイサが朝食を取っている間にアデラは帰り支度を整えた。

それから何だかんだと相変わらずぐだぐだして昼過ぎにマルルンドの街を出発した。

アデラはマンティコアの大量発生には個人的に興味があった。

しかし仕事として成立していないので、これ以上首を突っ込む気にはなれない。




「あー疲れた」


ルコットナルムに帰ってきたアデラとカイサ。

仕事のキャンセルを冒険者事務所に伝え、家に帰ってくる。

冒険者側からのキャンセルはキャンセル料を依頼主と事務所に支払わなければならないが、最初の書類に記された条件と実際の条件が異なる場合でのキャンセルは支払う必要はない。

しかしだからといって行き帰りの馬車代や食費やホテル代金は冒険者の自腹でしかなく、こういった今回のような件は冒険者側の大損でしかない。


「ハズレを引いたみたいね?」


護衛から帰ってきていたヴィオラが眼鏡をクイッと上げてアデラ達に聞いた。


「だねー、まったく頭にくるよ」


飄々と言うカイサ。


そんな二人の横をお風呂から上がったアデラは通り過ぎリビングのソファーに座った。

正面にはポエルが紅茶を飲んでいる。


「あー、行って帰ってくるだけでしんどい」


「お疲れ様です~」


「お疲れー」


「大変でしたね~」


「いや、単に一泊して帰って来ただけだし」


「あはは~それはそれで大変ですよね~

こっちは別の意味で大変でした~」


「別の意味?、なに?」


「貴族さん達と接するのはひじょ~に気を遣いました」


「あー、それは確かに大変だ」


アデラはそういった世界は苦手中の苦手だ。

護衛もまったく性に合っていない。

だから今回の護衛の仕事からは外された。

それは正解だったが、開いた時間に受けた仕事が不正解だった。

とはいえ、そんなモノは現地に行ってみないと分からない。



「事務所は何か言ってた?」


「とりあえず契約書の違反で町長に抗議する…て言ってたけど」


「そう…」


カイサの言葉にヴィオラは眼鏡を上げる。


「でも私達がキャンセルしたから別の冒険者達を募集しだすと思うよー」


マンティコア大量発生の件はまったく終わっていない。

かといってあの町長が条件を更に釣り上げて依頼を出すとも思えない。

今度は虚偽の条件で事務所に依頼を出せないだろうから、低い条件での募集として事務所に張り出される筈だ。

そんな低い報酬条件で上級冒険者達が動く訳もない。

おそらく募集は中級冒険者事務所でになると考えられる。

しかし中級冒険者達にマンティコアの大群を相手に戦えるとは到底思えない。


「モアちゃんに言っとくかー」


アデラはジュースを飲みながら中級冒険者のレッドモアが頭に浮かぶ。

取りあえずモアに今回の件は話しておくか…と。



翌日、レッドモアを求めて東の市場辺りを探すアデラ。

しかしそう簡単に見つかる訳もない。

そもそも人口の多い都市で市場に集う人も多いため、一人の人間を探すのはかなり難しい。

というかここにいるとも限らない。

仕事で余所にいっている可能性もあるし、住んでいる寮で休んでいる事も考えられる。


「いないよねー、やっぱり」


散々歩き回ったが、バッタリと出会う可能性は限りなく低い。


「中級冒険者の事務所に…」


言いかけて止めた。

場所は知っている。

昔、利用していたからだ。

確かに中級冒険者事務所ならレッドモアの現在の場所は分かるだろう。

しかし極力は行きたくはない。

上級冒険者が行くと色々と場違いだからだ。

利用している中級冒険者達から良い目では見られない事と、冒険者事務所のスタッフ達の雰囲気も悪い事が上げられる。

上級冒険者事務所のスタッフと違って、スタッフのレベルが落ちるからだ。

その対応は結構雑で、言葉遣いも余り良くない。

とはいえ、それでも下級冒険者事務所よりは遥かにマシであるが。



それから数日間レッドモアを探したがやはりバッタリと道で出会う事はなく、アデラも諦めかけた。

そしてそれから更に数日経ち、仕方なく中級冒険者の事務所に行く事にした。

とは言っても中には入らない。

あくまで前を通って様子を見るだけだ。


いくつもの道を通り、くねくね曲がる道を通り抜け事務所に辿り着く。


「来たなー…」


久し振りに見る事務所の外観。

昔とまったく変わっていない。

まぁ、数年で劇的に変わる方が無いしあればおかしいが。


「さて…と」


すぃー…と何食わぬ顔で前を通ってみる。


「うわ…」


事務所の壁に設置されている掲示板に目がいったアデラは思わず声が出た。

そこにはマンティコア退治の募集が張り出されている。

見れば報酬条件はアデラ達の時とまったく変わっていない。

しかも今回は数十匹のマンティコア退治での低い報酬であると堂々と書いている。

ここまでくるといっそ清々しい。


「うわぁ…」


掲示板を見ながらアデラは呆れる。

こんな募集を出しても応募する馬鹿なんぞいはしない。


ポンッ


「ん…」


背後から近寄ってきた誰かに肩を叩かれた。

近寄ってこられていたのは気づいていたが、特に気にせず接近を許した。


「……」


後ろを振り向いたアデラの目の前に真っ赤な鎧に身を包んだ女が立っていた。


「あ、モアちゃんみっけ」


「はい?」


不思議そうに首を傾げるレッドモア。

モアからすれば上級冒険者であるアデラがこんな所で何をしているのか…と問いたいぐらいだ。


「これ」


「何ですか?、マンティコア退治…の募集?」


アデラの指差した募集書を見るレッドモア。


「知ってた?」


「はい、昨日から張り出されてますから」


「そうなんだ」


「はい」


「ていうか鎧着てるって事はこれから仕事?」


「そうですよ?」


「え?、もしかしてコレ?」


マンティコア退治の募集書を指差す。


「違います、森の奥で薬草採集です」


「あ、なーんだ」


「え…と、その募集が何か?」


「ん…とね」


アデラは経緯をざっと話す。


「……なるほど」


顎に手をやり考えるモア。


「一応忠告にきたんだけど、ここまであからさまに地雷求人だと誰も応募しないよねー」


「……えーと……」


言いにくそうにモアが濁す。


「え…まさか…」


「いますよ、一組」


どうやらこんな募集に応募したメンバーがいるようだ。


「誰?、凄いね」


「ファングが行くようです」


「あー…」


あいつらか…とアデラは思った。

確かに応募しそうな感じのリーダーだったな…と。




「本当にいい天気だね!」


リサは青々と広がる快晴の空を見上げて伸びをする。


「あー、本当に良い天気だな」


はしゃぐリサの言葉にアデラはジュースを飲みながら答えた。


「これからどこ行く?」


アイスクリームを食べながらカイサが言う。


ここは西の市場に近いカフェ。

それぞれ食べたいもの、飲みたいものを注文し三人はこれからの行き先を言い合う。

とはいえ三人共特にここに行きたいという案は特に持っていない。

どちらかと言うと足の向くままだ。


久し振りにアデラとリサとカイサは三人でショッピングに出かけた。

取りあえず香水屋の集まる通りを見て回り、気に入った商品を購入。

そして西の市場に。

アデラルートではいつもは東の市場を回るのだが、今日は西の市場に行き食料品を見て回る。

ついでに服も。

食料品はカイサが嬉々として見て回り、服はリサが試着したりしながら楽しく見て回る。

二人に武具を見て回るという発想は無い。

それがあるのはアデラだけだ。


昼食を済ませ、カフェでくつろぐ現在の時刻は午後2時。

そして次なる場所を求めて話す三人。

「いよいよ東市場に行くか!!」…とアデラは考えたがカイサとリサが美術館に行こうと言い出したのでそこに行く事に決めた。

正直美術館なんぞで美術品を鑑賞しても面白くも何ともない。

しかし音楽ホールよりはまだマシだ。

クラシックは眠くなる。

下手をすると本当に寝てしまう。

いや、絶対寝る自信がある。



美術館鑑賞後、東市場には行かずそのまま家に帰る。


「ただいまー」


三人が帰ると美女が笑顔で出迎えた。


「おかえりなさい」


「あ……」


「久し振りですね、アデラ」


「帰ってきたんだエレン」


「今日のお昼に帰ってきました」


ミントグリーンの髪の美女はニコリとして答える。


エレン、年齢は21歳。

神官戦士の技能を有する。

主に回復系魔法を使いこなし、パフュームの中でも治療要員として活躍。

戦闘能力はさして高くないが、補助系魔法を組み合わせた攻撃は微妙に厄介な代物とされる。

その微妙さは絶妙とメンバーからは評され、味方の時は頼りなく感じるが敵として戦った場合は戦い辛くどこか厄介で鬱陶しい攻撃だと言われたりしている。



「ルーツとグレタは?」


「事務所に書類を提出しに出掛けて行きましたよ」


「そっか」


アデラは頷く。


「でも本当に久し振りだね!」

「一ヶ月以上経ってるよね」

「もうそのぐらいになりますね」


リサとカイサも加わりワイワイと言い出し始める。


「あーでも…」


そう、しかしともかく…本当に久し振りなのだ。

今日この瞬間、ディアナ以外のパフュームメンバー11人が家に帰ってきた事が。


「今日の夜はパーティーね」


アデラ達のワイワイなやり取りを見たヴィオラはポエルに言った。


「やった~、ではでは盛大にいきましょう~!!」


「ポエル、少しお使いに行ってくれる?」


「いいですよ~、どこにですかぁ~?」


「ディアナ邸に行って今日の夜来れるかどうか聞いてきてくれない?」


「ほいさ、了解です~」


バシッと敬礼し、ポエルはその準備のため自室に戻った。

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