第6話
しょろろろろ……
しょろろろろ……
しょろろろろ……
家の庭には花壇に植えられた花が色とりどりの綺麗な姿を並べている。
家を作る際に庭に
フレドリカが仕事に行っている間はヴィオラが変わりに水やりをしているが、基本的に家にいる時は当然ながらフレドリカが世話をしている。
「………」
舞ってきて葉に止まった蝶々に水がかからないように避けながら、同じく葉にモゾモゾと動くテントウ虫を手を止めてじぃーーーっと見る。
昆虫は非常に小さい。
普段相手している魔物とは大きな違いだ。
しかし小さいながらもモゾモゾする昆虫はフレドリカのお気に入りである。
勿論それは益虫に対してであり、害虫に対しては手厳しい対応を行うが。
モソモソ動くテントウ虫を見てクスリと笑うフレドリカ。
こういった光景はもの凄く心が安らぐ。
魔物との血生臭い戦闘の中にあるザラザラした感じを洗い流してくれる。
小鳥の地を移動するちょこちょことした動きを見ながら、竜のペンダントに触れ、フレドリカは目を閉じた。
今家にはアデラとノーラ、そしてフレドリカの三人しかいない。
数日前、
とある貴族からパフュームを指定しての依頼らしく、断るのも難しい選択のため依頼を受ける事になった。
メンバーはヴィオラを筆頭にシーグリッド、ポエル、リサの四人。
本来の人数指定は五人だが、
アデラはその雑さから護衛には向かず、ノーラはお喋りな事と無礼な事を口走る危険があるため外された。
フレドリカは人と接する事そのものに向いていないためお留守番である。
後はディアナだが適任ではあるものの本業が多忙のため参加できない。
残りのメンバーについては長期の冒険からまだ帰ってきていないので、仕方なく今回の依頼はヴィオラ込みでの四人仕事になった。
しょろろろろ……
無言で花に水をやるフレドリカ。
正直訳の分からない貴族という人間達と接する事が無くなってホッとしている。
もっとも選ばれても断ったが。
花も虫も鳥ものびのびと生きている。
しかし人間社会は非常に窮屈だ。
そうした窮屈な世界はフレドリカの心を酷く縛る。
唯一パフュームやこの家のみがフレドリカと人間社会とを結びつけている場所だ。
ここや仲間達がいなければ到底人間社会には適応できない事をフレドリカも十分分かっている。
「おーい、フレドリカー」
家の中から庭に向かってアデラが声を掛けた。
そのアデラの声にピクリと反応して声のした方を振り向く。
「……?」
フレドリカはアデラを見ながら少し首を傾げた。
その長い髪が零れるようにサラサラと落ちる。
「めしだぞー、めしー」
「………分かった」
そう言うと竜のジョウロを所定の場所にしずしずと返し、家の中に戻るためその足を向けた。
「ごちそうさま…」
食事が終わるとフレドリカはいつの間にか食卓から消えていた。
いや…確か「ごちそうさま」のか細い声は聞いたが、アデラはフレドリカがいつ席を立ったのか分からなかった。
フレドリカの存在感の無さは12人中最強で、時にはまったく気配を消せる変な能力を持っている。
その存在はまるで
しかもただの戦士ではない。
『竜戦士』と自他共に認める特殊な能力を持つ戦士だ。
フレドリカと
子供の頃に出会ったらしい。
そして交流を重ねたらしい。
竜の背に乗って竜の世界にも行った事があるらしい。
そして邪悪な
らしい…と言うのもアデラは直接フレドリカから聞いた訳ではなく、ヴィオラ等を通じて聞いた事であるだけだ。
しかしフレドリカのその話は絵本の中に出てくる物語じみていて普通の人は単なる空想の産物としか考えないだろう。
だが少なくともパフュームの中ではそれが真実であるという事が分かっている。
何故かと言うと、フレドリカの持つ竜の形を取り入れた異形の鎧は竜の鱗より作られた代物だからだ。
その竜の鎧は普段は小型の竜の姿に身を変えている。
そして絶えずフレドリカの身辺を護衛し、戦闘になれば変形しフレドリカの身を守る鎧となる。
その防御力は並の武器では傷一つ付ける事が出来ない程だ。
かくいうアデラも本気で剣を振らないと破壊する事は出来ないだろう。
そして竜鎧の翼を得たフレドリカは一定時間空を飛翔出来る。
空から地上への攻撃が行える事と空を飛ぶ敵との空中戦が可能な事から仲間達からは空中戦のプロと言われている。
しかもそれだけではない。
フレドリカの持つ剣は竜の牙より作られた剣であり攻撃力も半端ではないのだ。
並みの安価な剣ならば、戦いで刃を合わせれば一瞬の内に折ってしまうほど強度と切れ味が備わっている。
まさに竜の戦士だ。
「ふんふんふ~ん」
自室に戻ったアデラは自分の所有する剣を綺麗に拭いた。
手入れという手入れでもないが、こうやって手に取るのも楽しみな事だ。
何せ使っていない剣もあるため、せめて手入れはしておきたい。
そして剣の次は鎧もである。
防御力よりは攻撃力重視のアデラではあるが、自分専用の鎧には愛着はある。
場合によっては自分の命を守ってくれる大事な相棒だ。
ついでに兜もである。
ちなみに盾についてはアデラ的には片方の手で持って戦いたいのだが、両手持ちが基本の大剣だとどうしても盾を持つのが無理になってしまう。
しかし諦めてはいない。
何とかして大剣と大盾を持って敵の真っ只中に突撃していきたいと考えているから…。
「まぁ…普通に無理だな」
我ながら無茶な装備にアデラは苦笑した。
例え大盾を持ったとしても途中から邪魔臭くなって敵にぶん投げそうな気がするから。
やはり
しょろろろろ……
しょろろろろ……
しょろろろろ……
竜のジョウロで庭で咲き乱れる花々に水をやるアデラ。
水の加減は分からないが、ある程度やれば大丈夫なのだろう。
「ほな留守番頼むわ」
……と言って森に黒草取りに行ったノーラとフレドリカ。
家にはとうとうアデラ一人になってしまった。
とはいえお手伝いさんはいるのでアデラ一人ではないが、パフュームメンバーではアデラ一人だ。
家で一人はもの凄く久しぶりである。
のびのび出来る。
とはいえ退屈でもある。
だから散歩に出かけた。
日中の街は人が行き交う。
夜の街灯が灯っている静かな街も好きだが、ガヤガヤとしているのも悪くはない。
香水屋の通りから足を運び東の市場に剣を見に行く。
買い物は特にしないが見て回るのは楽しい。
剣の通りを歩いているとフトこの間話した男の子の事を思い出した。
確か魔法戦士だった筈だ。
パフュームに憧れているとか何とか言っていたが、その後はどうなったのかは知らない。
剣の通りから鎧の店が並んでいる通りを抜けて雑貨屋通りを歩く。
この辺りは商人や旅行者、そして冒険者達が多い。
かくいうアデラも冒険者だが。
結構な距離を歩き少し疲れたアデラは一服するために雑貨屋通りの一角にある喫茶店に入った。
「何になさいますか?」
可愛らしい店員さんが注文を取りにくる。
「えーと、アイスコーヒーを」
「アイスコーヒーですね、畏まりました」
お辞儀してカウンターに行く店員さん。
ああいった可愛らしい容姿と態度が取れればアデラも冒険者はやっていなかったかも知れない。
狂戦士は天職だー…などと考えていたアデラも最近では違う道を模索し初めている。
正直いつまででも冒険者をやっている訳にはいかないからだ。
それは皆も同じ事である。
ディアナは最初から副業として参加しているから将来の心配はいらないが、アデラ達は将来を考えなくてはならない。
いや…他のメンバーは多分何をさせても上手くは出来るだろう。
ノーラなどは商人として活躍したいという夢もあるようだ。
「ん~~」
自分は戦士という枠を外せば何が残るのだろうか?。
そう言う意味で実は一番将来が危ういのは自分である。
「おまちどうさまです」
「ああ、ありがとう」
来たアイスコーヒーに砂糖を入れスプーンでかき混ぜる。
そしてストローで飲む。
「うーむ、困ったな…」
そう呟いた瞬間、奥でテーブルを叩く音が聞こえた。
「何だ?」
アデラがそちらの方に顔を向けると冒険者らしきチームが何やら言い合っている。
「あれって…えーと…何だっけ?」
見たことがある冒険者チーム、しかし名前が思い出せない。
「ああ、確かファングか」
魔法戦士の男の子が所属している中級冒険者チームのファング。
しかし席には四人しかいず、魔法戦士の子の姿はない。
バンッ!!と尚もテーブルを叩くケネス。
「何で補助魔法が使えないんだ!!」
「はぁ?、補助なんて下っ端が使うもんでしょーが!!」
ハンネは切れ気味にケネスに言った。
「それでも魔法使いかよ!!、使えねぇ」
「は?、何?、補助魔法に頼るしかないアンタの腕のヘボさを棚にあげないでくれる!?」
「何だと!!」
「何よ!!」
いかにも掴み掛かりの喧嘩に発展しそうな二人の剣幕にリヴは青い顔をしてただ狼狽えている。
トールは「またか」とばかりに首を振った。
役立たずのフィンをクビにした事で更なる躍進を遂げる筈だったファング。
だが、補助魔法要員だったフィンがいなくなった事で戦闘は随分と苦戦を強いられるようになった。
何より武器や防具に施されていた付与魔法による向上効果が無くなった事によりパーティー全体の攻撃力や守備力が低下した。
魔法使いのハンネは主に攻撃系魔法重視・補助系魔法完全軽視の思考のため、補助系魔法は殆ど使えない。
その事に対してケネスとハンネは最近喧嘩が絶えなくなってきている。
「いい加減にして下さい!!」
たまらずトールが声を出す。
「ちっ…」
ケネスは舌打ちすると席から離れ喫茶店から出て行った。
「ウザっっ」
ハンネは呟くとテーブルにあったコップを持ち壁に叩きつける。
砕け散るコップの音が響き、ハンネはケネス出て行った方を見て睨んだ。
「………」
喫茶店での中級冒険者ファングメンバーによるその言い合いを目撃したアデラ。
気を取り直してペット系の店が並ぶ通りにやってきた。
するとレッドモアと会った。
どうやら霊獣に与える食料を買いにきたようで…。
せっかくなので喫茶店で少し話をする事にした。
「ファングですか?」
「そ、ファング」
先程見た喧嘩は置いておいて、本来は五人いる筈のグループが四人しかいなかった事に引っかかったアデラはその事をモアに聞いてみた。
同じ中級冒険者であるモアなら何か知っているかも知れないと思ったからだ。
もちろんあの魔法戦士の男の子が別の用事で外している事も考えられるし、単にメンバー内から仲間外れにされているだけも考えられる。
まぁ、とはいえどうしても知りたいという訳でも実はない。
簡単に言えば暇なので話相手が欲しいだけだったりする。
「魔法戦士の男の子ですか、確かメンバーから離れたと聞きましたが」
「あ、グループ辞めたんだ」
確かに他のメンバーと仲が良くない雰囲気だったので辞めて正解がも知れない。
「辞めた…というかクビですかね」
「はぁ…」
確かに邪魔者扱いされていたっぽいのだからクビも特に不思議ではない。
「で、魔法戦士の子は冒険者も辞めたの?」
「ファングを離れて一人で活動しているみたいですけど」
「あ、そうなんだ」
「何か気になる事でも?」
「いやね、ちょっと前にその子と話をした事があってね
で、今日ファングのグループを街角で見かけたんだけどその子が一緒に居なかったんで何だろうなーて」
「そうですか、最近はこういった事が多いですよ」
「そうなの?」
「上級さんはどうかは知りませんが、中級冒険者の中にはそういった足を引っ張る仲間を切る事が流行っていますね」
「ほへー、そうなんだ」
「ええ」
確かに足を引っ張られれば戦闘などではパーティー全滅の危機も有り得る。
一見当然のようなものではあると感じるアデラだが、よく聞いてみると中身は随分と違うようだ。
「自分達が有能であると勘違いする子等が中級冒険者には多いんですよ」
「ああ、驕りみたいなもの?」
「そうです、私から見てもまだまだ未熟な子達が自分達は出来ると勘違いし少しでも出来ない子等を嘲るという状況です」
「はぁ…」
「所詮は井の中の蛙なんですけれどね」
「うーむ…」
モアは普段はこういった愚痴っぽい話はしない。
相手がアデラだから現在の自分が中級冒険者に対して苛ついている状況を吐いている
モアはアデラがパフュームのメンバーである事を知っている余り多くない内の一人だ。
とある仕事で共闘をした事があるのでアデラの実力も十分に知っている。
「困ったものだな」
「困ったものです」
そう言うとモアはコーヒーカップを手に取り、中身をグイッと飲んだ。
レッドモアと喫茶店で少し話し別れたアデラ。
しかし今日は知っている人と何故かばったりと出会う事が多い。
それは家の近所の人であったり、同じ上級冒険者達であったり冒険者事務所のレミさんであったりした。
レミさんも今日は休暇らしくその私服はおしゃれだった。
とは言えアデラも負けてはいない。
この間、リサにコーディネートしてもらった服を着ている。
いつものとは違い新しい服は気分も変わるというモノだ。
これで化粧でもしていれば随分と変わると言おうものだが、面倒臭いのでしてきてはいない。
リサ的に言えば『もったいない状態』と表現する所か。
色々と市場を見て回っている内にやたらと音のするエリアに踏み込んだ。
リンリンリンリン…
コンキンコンキン…
リリーン…リリーン…
チリンチリーン…
カンカンカンカン…
その通り一帯に響き渡る鐘や鈴の音色。
ここには初めてくる。
「うるさいな…」
鐘や鈴の音自体は嫌いではないが、一斉に鳴られていると脳に響く。
このエリアをさっさと通り抜け、暫く歩くと薬草等を売るエリアに辿り着いた。
ここで売られている薬草類は冒険者が取ってきた物も含まれ、丁度ノーラ達が今採りに行っている黒草もここで売られていたりする。
先程までの音とは違い、ここでは独特な臭いが支配し鼻を突いた。
薬草自体はアデラも採取に行った事があるが、引き渡された物が加工され具体的に売りに出されている状況はいつ見ても奇妙に見えるモノだ。
「あ…」
薬草店をぼけーっと見て回っていると、さっき話に出たファングの魔法戦士の男の子の姿を見かけた。
いや、今は元ファングメンバーか…。
何やら以前よりもやつれて見えたが、現在は一人で冒険者として活動をしているのならば色々と大変なのであろう。
まぁ、とにかく無事みたいなのでそれは何よりだ。
何やらキョロキョロしながら店を見て回っているようだが。
モアが言っていたが現在は中級でも大した仕事にはありつけないそうで…。
薬草採取の仕事も冒険者事務所に依頼が来る仕事の他に店先に直接張り出されている仕事もある。
そういった仕事を求めて街を歩きながら探す者達もいたり…まぁ、魔法戦士の男の子も見た所そのようだ。
「大変だな」
邪魔するとナニなので話しかけずにそのまま薬草店エリアを出るアデラ。
しかし本当に今日は知った顔に出会う。
そう言えば何も考えずにあちこち移動したが、相当な距離を歩いている事になる。
しかしそんな距離は冒険に出て現地に着いて帰ってくるまでの距離に比べればまったく大した事はない。
とはいえ街中を歩くのはまた違った体力を消費する。
「ふぁーぁぁ…流石に疲れたな」
欠伸をして伸びをするアデラ。
「帰るか」
そう言うと家に帰るルートに入った。
そして帰りながらも知り合いには何人もまだまだ会う事になるアデラであった。
「………」
何とかようやく家に帰ってきたアデラ。
家に帰ってくるまでに何人かの知り合いと出会いながらヘロヘロになって帰ってきた。
家に帰ってきてまずお風呂に入る。
そしてお手伝いさんが作ってくれた食事を取る。
本来ならいる筈のメンバーが自分以外全員いない状況にお手伝いさんにも気を遣ってしまう。
いや…別にいつもは気を遣っていない訳ではないが、意識しているためかいつにも増して気を遣い疲れてしまう。
なんだかんだと時間が経過し、食器類の片付けを終えたお手伝いさんは帰ってしまった。
この時間からはこの家にいるのはアデラただ一人である。
「あー…」
何もする事がない…。
いや、それは別に特別な事ではない。
いつも自室でウダウダして寝るだけなのだが、今日はいやに緊張する。
実のところ家にアデラ以外誰もいないのは初めての事だ。
いつもは誰かしらいる。
というかいつもはヴィオラがいる。
例えヴィオラが居ない時でも誰かはいる。
しかし今日はいつもとは違う。
誰もいないのだ。
「うーむ…」
一階のリビングでソファーに座って唸るアデラ。
戸締まりは万全だ。
万全ではあるが、もし泥棒が入れば一大事である。
ヴィオラやディアナらと違ってアデラは寝ると物音には中々気付けない。
爆睡している最中に泥棒が侵入すればまず間違いなく色々と盗まれてしまうだろう。
アデラ的には他のメンバーが家で留守番している時に泥棒に入られて自分のモノが盗まれても笑って済ますだろうが、自分が留守番している時に他のメンバーのモノが盗まれたりするのは絶対に避けたい。
他のメンバーも仕方ないなと苦笑して許してくれるだろうが、アデラとしてはそんな事は避けなければならない。
「戸締まりはした、後は…」
何か不備はないかと腕を組む。
何せ初の家で一人ぼっちだ。
泥棒とは戦うのには不安はないが、こっそり入られてこっそり盗み出されるのは非常に困る。
「まぁ…心配ないか」
ウダウダと考えていても仕方がない。
アデラは一階のパフューム事務所に行きスケジュール表を確認した。
「えーと、ノーラ達は明日帰ってくるっと…」
指をなぞりスケジュール表の先を見る。
「ヴィオラ達は四日後…と」
その前に魔法戦士カイサが帰ってくるかも知れない。
カイサは現在『魔導国』に研修に行っている。
本来ならば既に帰ってきている筈の予定だが、今だに帰ってきていない。
何かあったか、単に帰りが遅くなっているかだ。
カイサにおいてはいい加減な性格なので後者だろう。
時間にルーズだし、恐らくは思いっきり寄り道している筈なのだ。
「んー…」
他の三人はまだ帰ってくるには時間が掛かろう。
「取りあえず明日まで家を死守だな」
アデラの不安な夜は始まったばかりだ。
「帰ったでー」
「ただいま…」
翌日の朝にノーラとフレドリカが帰ってきた。
「おかえりー……」
どべーん…とした顔で出迎えるアデラ。
「な…何やねん、どないしたん!?」
そんなアデラの様子にノーラは顔を引きつらせる。
「いや…あれだよ…」
「あれ?、あれって何や!?」
「あれだよ…ゾンビがね…」
「ゾンビ!?、何やねんゾンビって!!」
「ゾンビの大群が襲いかかってきた…」
「襲ってきた!?、どこで!?」
「襲いかかってきた夢…」
「は?、夢?」
「そう夢を見た」
「なんやそれ、悪夢っちゅー奴か?」
「そう悪夢…」
目をしょぼしょぼさせながら言うアデラ。
結局夜中の間ベッドの上で寝られず横になりながらも起きていて、ようやくうつらうつらとしかけた時に見た夢が家にゾンビの大群が押し寄せてくる夢だった。
そして直ぐに目を覚ましそのまま起きていた。
「取りあえず寝る…」
「え?、ああ…おやすみ…」
ノーラは引きつらせた顔を元に戻し二階に上っていくアデラを見送る。
「ゾンビの大群が襲ってくる夢、えらい悪夢やな」
「………」
フレドリカは興味なさげに髪をいじった。
「お手伝いさんにお風呂の用意してもらうわ」
ノーラの言葉にフレドリカは頷く。
「私は水やりを…」
そう言いながら庭に向かうフレドリカ。
お風呂の用意を頼んだノーラは玄関の近くの椅子に腰掛ける。
「どっこいせ」
その瞬間、一気に旅の疲れが出た。
しかしここで力尽きる訳にはいかない。
少なくともお風呂に入ってからでないと布団で寝られない。
食事は取らなくてもいいからお風呂には入らないと気持ち悪い。
不思議なモノで旅先で何日も入浴出来なくとも我慢出来るが、家に帰ってきたら入らないと一気に気持ち悪くなり我慢できなくなる。
「あーだる…」
さっさとお風呂に入りたい。
「それにしても…」
ゾンビの大群に襲われたというアデラの悪夢を考える。
確かに悪夢である。
通常の一般人にはゾンビに襲われるという話など荒唐無稽で現実味が一切ないため単なる妄想や夢だと思われるが、実際にゾンビと戦った事があるノーラには『ゾンビの大群に襲われた』という話は極めて現実的である。
有り得ない話では全くないからだ。
だから単なる夢であると聞いた時はホッとした。
あいつ等はマジで臭くて見た目もグロいからだ。
戦った人間のみが判る恐怖がゾンビにはある。
そこには強いとか弱いとかいう単純な尺度では計れないヤバさがあるのだ。
そうグロくてヤバくてマジ最悪なのだ。
だからゾンビの夢で寝られなくなったアデラの事はよく分かる。
本来アデラが寝られなかった真の理由は知らず、ただひたすらゾンビの悪夢を見たアデラに対して同情するノーラであった。
アデラが再び目覚めたのはその日の午後2時ぐらい。
「よく寝た」
ベッドの上で伸びをする。
やはりメンバーの誰かが家にいてくれた方が安心出来る。
防犯上の理由で。
パフュームの共有財産ならびに個人の私有財産を守る戦いはアデラには向いていない。
そういう意味でヴィオラの存在は偉大なのである。
トントントン…
自室を出たアデラは一階に下り、洗面所で顔を洗った。
そしてリビングルームへ。
ソファーにはフレドリカが座ってぼー…としている。
「おはよう」
「…おはよう」
頭を少し傾けフレドリカは言う。
アデラはそんなフレドリカを見ながら向かいのソファーに座った。
「よく寝れた」
「…そう」
「いやー、昨日は夜中寝れなくてさー」
「…夢?」
「ん…そうそう、いや違う違う」
「?」
「夢を見たのは夜明け前ぐらい、それまで寝付けなくてさ」
「…悩み事?」
「色々とあーだこーだと考えてたら寝られなくなった」
侵入してくるかも知れない泥棒の事で。
しかしそこは伏せておく。
「…そう、大丈夫?」
「今は平気だ」
「…そう」
そう言うとアデラから視線を外すフレドリカ。
無言タイムでのぼー…と時間にまた切り替わった。
そんなフレドリカと同じくアデラもぼー…とし始めた。
しばらくして、ノーラが自室から出てきて一階に下りてくる。
「あー、よう寝た…」
「あれ?、寝てたんだ」
「せやで、おはようさん」
「おはよう」
「…おはよう」
そのまま洗面所に向かうノーラ。
そして顔を洗ったノーラはリビングに来た。
「アデラは寝られたん?」
「ああ、ぐっすりと」
ノーラはドカリとソファーに座る。
「またゾンビの夢でも見るんちゃうかってフレドリカと言ってたんや」
「ん?、何だ?、ゾンビって?」
「いや、何か言うてたやん
ゾンビの大群に襲われた夢見たとかって」
「ん?……」
アデラは腕を組む。
確かに夜明け前に何か嫌な夢を見たが、内容が記憶から消えている。
「覚えてない…」
「なんじゃそら」
「確かに変な夢を見たのは覚えてるけど、どんな夢だったかまで覚えてないな」
「まぁ、確かに覚えてる時もあれば直ぐに忘れてまう夢もあるけどな」
「そうなんだよねー…で、私ゾンビの夢って言ってた?」
「言うとったで、なぁ?フレドリカ」
「…うん」
「そうか、ゾンビの夢か」
「ゾンビの大群に襲われた夢や」
「全然覚えてない」
「そら残念やわ、起きたら聞こうと思うとったんやけど」
「え?、何で?」
「ゾンビはな…あれはあかんねん」
「何がダメなんだ?」
「アデラは本物のゾンビを見たことないんやったな」
「ないなぁ」
「ウチはあんねん」
「あんの!?、初耳だけど!!」
「戦った事あんねん」
「へぇ~、どんなだった?」
「まず、臭いがエグいわ」
「あー……」
ノーラの言葉にアデラは想像できた。
そもそも体が腐敗しているのだから当然だろう。
「見た目グロいし」
「腐ってるしな」
「まったく近寄れへん」
「そもそも近づきたくないなぁ」
「近づきたくない以前に近づけへん
近づいてどうこうできひんし!!、気分悪なってめちゃめちゃ吐き気して戦闘どころちゃうし!!」
「よっぽどだな」
「せやで」
「……どうやって倒したの?」
ぼー…と話を聞いていたフレドリカがノーラに聞く。
「それな!、遠くから火矢射って燃やしたねん」
「接近戦どうやってもやっぱり無理なんだ」
「無理!!、絶対無理!!、100パー死ぬ」
「そんなに?」
「マジヤバいからな、あれ!!」
その後、ノーラのゾンビ退治に至るまでの長く熱い話が夕方まで続いた。
夜の食事を終えお風呂を済ませたフレドリカは、外で付着した竜の汚れを布で綺麗に拭き取り、真っ白いその体をポンポンっと叩く。
この竜の名前は『ドリス』
作られたのは4年前の事で、フレドリカが14歳の頃だ。
白竜より贈られたこの贈り物はフレドリカの身を守る守護竜として、以後はずっとフレドリカと共にいる。
ドリスは自らの意志で動き、戦闘時には変形しフレドリカの全身を包むフルアーマー形態に変わる。
ドリスは竜の鱗に相応しい高い防御力を持ち、並みの武器では傷一つ付けられない。
ただし旅で付いた汚れは洗浄機能が無いため取ってあげなくてはならないが。
「お疲れ様……」
フレドリカは座って竜の硬質な背をさすりながら今回の冒険を労った。
ドリスはそれに満足したのか、赤く光る目を消し眠りに入る。
魔法で動く竜とはいえ機能を維持するには休息は必要なのだ。
「ありがとう……」
そう言って竜の背に手を置くフレドリカ。
その背はひんやりと冷たい。
「………」
「………」
「………」
暫くそうしていたが、竜から手を離し立ち上がる。
本来フレドリカは冒険や仕事といったモノは好まない。
しかし自身の生を繋ぐためには衣・食・住は必要であり、それをらを成り立たせるためには仕事をしなければならない。
しかしそもそも人と接する事を好まないフレドリカではマトモな職にはつけない。
考えた末、人間界の中にあって手っ取り早く稼げる稼業が冒険者であったため冒険者になった。
幸いな事に竜の牙より作られた剣と竜の鎧を標準装備しているフレドリカにとって、弱小モンスターなど敵ではなく、何ら恐れるモノではない。
とは言え
そんな事を続けていた時、とあるパーティーの誘いを受けた。
それが現在所属しているパフュームである。
しかしそもそも無類の人見知りであるフレドリカは最初は勧誘を大いに拒絶した。
それでも根気強く接してくる『精霊戦士』に次第に心を開いていった。
片や小型竜、片や精霊を守護に持つモノ同士何かしら通じるモノを感じたのだ。
やがてアデラやノーラ達他のメンバーともマトモに話が出来るまでになった。
「今日は疲れた……」
ノーラのゾンビ話を長時間聞かされ流石に疲れた。
それだけではなく、黒草採りに森林地帯の比較的奥まで入った事の疲れもある。
「ゾンビ……」
ノーラから怖い話しを聞かされ少し怖くなったフレドリカ。
お風呂に入っている最中も頭をシャンプーで洗って目を閉じている時にゾンビが来たらどうしよう…とか、目を開けたらゾンビがいたらどうしようとか考えたぐらいだ。
幸いにそんな事はなかったが、この寝る時に昼間聞いたノーラの話が思い出される。
パフッ……
ベッドに飛び込み、掛け布団を頭からすっぽりと被った。
そして今夜は部屋の明かりを付けっぱなしで寝る事に決めた。
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