第4話

タードレオ地方にてトロル発生!!

トロル退治人急募!!



「……」


上級冒険者の事務所の前にある掲示板にそう張り出されている求人募集。

それを見ながらアデラは指を顎に当てる。


事務所に入るべきか、入らないべきか…。

入れば必ず担当のレミから話が来る事になる。


「……」


取りあえず事務所には入らないで、掲示板の下に重ねて入れてあるその求人のチラシを手に取り家に帰る事にした。



「トロールですかぁ~」


アイスクリームを食べながらポエルは言った。


「いや、トロルだろ」


「トロールですよね~?」


「いや、トロルだ」


アデラはトロル派でありポエルはトロール派だ。

単なる呼び方の違いなのだが、この果てしなき戦いは昔から繰り広げられ今だに決着がついていない。


「トロールですよ~」


「いいや、トロルだ」


「え~、絶対トロールですよ~」


「求人にもトロルって書いてあるだろ」


「じゃあ~それは~書き間違いです~」


「そんな訳ないだろ!」


不毛な戦いは尚も続く…かに見えたが…


「どうでもええわ!!」


その戦いに終止符を打ったのはノーラだ。


「それで、どうするの?」


アデラの持つ急募案件の紙を見ながらヴィオラが聞いた。


「行きたい…けど…」


アデラはそう言って口ごもる。


「遠いな…」


場所を見てシーグリッドが言った。


トロルの現れたタードレオ地方。

剣の王国の端にある地方で行くだけでも一週間以上かかる。

しかも国境を接するのは魔法の国たる『魔導国』だ。

もしトロルを取り逃がして魔導国に逃げられたら手が出せないし、魔導国からのクレームも来る。

もっとも取り逃がす事はないだろう…が、やはり遠いのが最大のネックだ。


「そう、遠いんだよ」


「タードレオは田舎ですから~、大した街もありませんし~食べ物な補給が心配ですね~」


「あー、それに風呂にも入られへんな…」


「食料補給も風呂も怪しいか…」


「では辞めておく?」


「報酬はいいんだよねー」


「では行く?」


「んー…」


「では辞めておく?」


「いや…ヴィオラ、ちょっと考えさせて…」


腕を組ながら考えるアデラ。

しかし答えはでない。

そもそもトロル退治案件ならば一人では危険だ。

いや別にアデラだけでも十分だが、最低でも二人一組のルール適応がヴィオラの口から出そうではある。


「私が行くとして、付いてきたい人~」


「……」


「……」


ポエルもノーラも手を上げない。

さすがに遠方で食料補給もお風呂もかなり怪しい場所の冒険は好まない。

何よりポエルはデカい怪物は苦手で、ノーラはまだ完全には回復していないからだ。


「ヴィオラは?」


「嫌よ」


ピシャリと言われるアデラ。


「私が行こう」


そうシーグリッドが言った。


「マジ?、帰ってきたばかりなのに」


「個人的な用事だったからな」


「じゃあ行くか!」


「ああ、行こう」


こうしてアデラとシーグリッドはトロル退治を受ける事になった。



「おはよう」


「おはよう」


翌朝、洗面所にて歯を磨くアデラにシーグリッドが声を掛けた。


しゃこしゃこしゃこしゃこ…


念入りに歯を磨く。

水が余り使えない旅になるので出発の日はたっぷりと磨くのだ。

口をゆすぎ、顔を水で洗う。


「お先ー」


タオルで顔を拭き、そのタオルを洗濯籠に入れた。

そしてキッチンルームに足を向ける。


キッチンルームには既にヴィオラが朝食を済ませコーヒーを飲んでいた。


「おはよう」


「おはー」


そう言うと奥にいるお手伝いさんに食事の用意を頼んだ。


「備品は全て大カバンの中よ」


「今回は大カバン二つか…」


「行き帰りで二週間の長旅だからね」


「途中で村か何かあるっけ?」


「地図に印を付けておいたわ、あとメモ帳にルートを書いておいたから」


「さすが、サンキュー!」




朝食を終え、自室に戻ったアデラは鏡台の前に座り髪をとぐ。

暫くはお風呂はお預けである…。

そして軽めに香水をつけた。


「さて…」


そう言い自分用の大カバンを持つ。

ヴィオラが用意してくれたのは旅の備品や食料・保存食、水類である。

この自分用のカバンに入っているのは着替えや香水といった身の回りのモノだ。


「行きますか」


大カバンを持ち、自室の扉を開け廊下に出た。

そして部屋の扉を閉める。


「……」


約二週間は帰ってこれない部屋だ。



トントントントントントンッ


階段を降りて一階のリビングルームへ。


「おおー!」


そこでアデラは思わず声が出た。


既に降りていたシーグリッドが鎧を着用していたからだ。

ただの皮鎧レザーアーマーではない、板金鎧プレートアーマーだ。

しかも特殊加工が施された黒の鈍く光る鎧。

これは一階の共用庫にあるモノではなく、シーグリッドが独自に持つ専用の鎧だ。


「出たなー」


アデラはこの鎧が非常に好きである。

シーグリッドが着ると強そうな感じが更に増す。


「アデラも早く着なさい」


「ほーい」


ヴィオラに促されアデラも自前のプレートアーマーを着た。


「どう?」


「…大丈夫、不具合は無い」


最終チェックは念入りに行う。

現地に行ってから何か不具合を発見したとしても直せないし取り返られないからだ。


「しっかしこれも久しぶりに着るな」


「いつもは皮鎧だものね」


「ああ、窮屈た」


「我慢しなさい」


「うう…」


そう、いつもは皮鎧だ。

アデラの最近は洞窟探索や遺跡探索等の狭い場所での仕事が多く、動きやすい皮鎧の着用ばかりだった。

しかし広い場所…平原や街といった場所では板金鎧を着用する。

特に今回は怪力で知られるトロルとの戦いだ。

一発でももらえばそれだけで骨が砕け散りかねない。

何せか弱い乙女なのだから…


もっとも一発食らわせる事が出来ればの話だが。



「それじゃ、行くか」


「ああ」


片手に剣、片手に自分用の荷物を持ったアデラとシーグリッドは玄関に向かって歩き出す。


「いってらっしゃい」


「行ってくる」


ヴィオラに見送られ二人は家の前に停めてある馬車に乗り込んだ。



ガタガタガタガタガタガタ……


馬車に揺られて一週間。

途中まであった街や村も今ではその姿は見かけなくなり、人気のない土地に入っていた。


「良い天気だなー」


「そうだな」


馬車の荷台で変わらない青空と形を変える雲を見ながらアデラは自前の剣をいじる。

今回は二人一組ではあるが、場所が平原のため刃が100cmの大剣を持ってきていた。

トロルを斬るには短い剣では役立たずだからだ。

本来ならもっと長い剣を持ってきたかったか、流石に二人の時は隙が生じやすい長剣の使用は色々と問題があるため控えたい。


一方シーグリッドの方も専用の剣である。

刃の長さは80cmでロングソードと変わらないが、その刀身の色は鎧と同じく黒色で特殊な加工が施された剣だ。

その切れ味は量産の剣とは比較にならず、攻撃力はかなり高い。



「良い風景だなー」


「そうだな」


延々と続く同じような風景にアデラもお手上げである。

これで話し相手が賑やかなら退屈はしのげようモノだが、シーグリッドも御者さんも寡黙なため退屈はしのげない。

そうした移動は結構疲れる。


「そろそろ着くー?」


アデラは御者のおじさんに尋ねてみた。


「地図だともうそろそろグト村に着くよ」


御者のおじさんはそう言う。


グト村とはタードレオ地方にある比較的人が密集している村だ。

トロル退治の依頼はこの村から出されている。

しかしこの村にトロルが襲ってきた訳ではなく、実際は各地に散在する民家からの被害を代表してグト村が冒険者ギルドに依頼を掛けた。

つまりグト村が最終地点なのではなく、そこからがトロル退治の出発点なのである。


「とにかく…」


「ん?」


「村についたら風呂に入りたいな」


苦笑しながら言うアデラの言葉にシーグリッドもまた苦笑した。

途中の街で入ったとはいえ、そこからは人家が少なくなり入浴が困難になっていったからだ。

こういう時は香水に頼らなければならない。



ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴトーー


それから更に1日ほど馬車に揺られアデラ達は村についた。



「極楽だぁーー」


この村には宿というモノは存在しない。

そのため民家で使われている缶桶に水を張って下から火で焚く風呂に浸かるアデラ。

久しぶりのお風呂は気持ちいい。

そのあとシーグリッドも入って二人とも心身共にリフレッシュできた。


グト村の村長の話ではここより東の地にトロルが出没するらしい。

取りあえずアデラ達は村で一泊し、明けて次の日の朝に東に向かう。

道案内に村の男の人が一人同行する事になった。



「いやぁ~本当にデッカいんでさぁ~」


馬車の荷台で話しまくる道案内のおじさん。

話は村で取れる農産物の自慢から始まりトロルの話に移っていった。

おじさんはいかにトロルが恐ろしい化け物かをアピールする。


そんなおじさんの話に耳を傾けながら、アデラ達はトロルが目撃されている地帯まで馬車を進めた。


「そう言えばさぁ…」


「何だ?」


「トロルって自分の巣に財宝を溜め込んでるって話だよな」


「ああ、私は一度トロルの巣に入って財宝を持ち帰った事がある」


「へー、やっぱりあるんだ」


シーグリッドの話に財宝への感心を寄せるアデラ。


冒険者という職業が誕生して随分と時間が経過した。

…にも関わらずその職業が廃れず、今でも多くの若者が目指す理由の一つには魔物の持っている財宝がある。

中には金銀宝石の他に魔法のアイテムも含まれていて、それらは非常に高値で売れる。


「トロルの巣ってのは洞窟だよな?」


「だな、トロルはそこに財宝を溜め込む習性がある」


「以前見た財宝は多かったかい?」


「ああ、一人では一気に持ち運べないから何回かに分けて往復した」


「なるほどねー」


その話はパフュームの結成前…まだ一匹狼としてシーグリッドが一人で冒険者をやっていた頃の話だ。


シーグリッドの冒険者歴は長い。

最初の冒険者登録は5年前、まだ15歳の頃である。

その時は同じ初心者同士の仲間達とパーティーを組み冒険に出た。

しかし次第にパーティーの仲間達はシーグリッドと距離を取り始める。

そしてパーティー結成から1年後、解散した。


最初は皆より少しだけ強かった程度のシーグリッドの能力が高くなりすぎた結果、パーティー内のバランスが崩れたためだ。

途中からはシーグリッドが仲間達を守りながら戦うというスタイルに変わり、それによって当時の仲間達は自分達の才能や能力の無さを痛感し冒険者を辞めていった。


解散後、シーグリッドは一人で冒険者を続ける道を選んだ。

その実力から直ぐに下級から中級に昇格したものの、仲間達が去っていったトラウマからパーティーを作る事はせず一匹狼として活動し周りからは『黒き狼』と呼ばれるようになった。

黒き狼の由来は当時から装備していた黒剣と黒い鎧に因み付けられたものだ。


トロルと戦いその財宝を手に入れたのは、シーグリッドが一人で冒険していたこの頃の話である。


そして1年経った時、そんな孤独に戦うシーグリッドを勧誘しにきた連中がいた。

最初は断ったシーグリッドだったが、余りにもしつこい奴がいて半ば呆れ気味にそのパーティーに入る事になった。


それが3年前。

女戦士達によるパフュームの結成時代である。


かつては仲間達を守りながら戦ったシーグリッド。

しかし新たなる仲間となった彼女達は守りながら戦う必要はまったくなかった。

肩を並べて戦える仲間達、それをシーグリッドは得たのだ。



「トロルは大抵森にいる」


「なるほどー、丁度森っぽいのが見えてきた」


アデラ達の乗る馬車は平原から鬱蒼と茂る深い森へ向かって走っている。


「この辺りかい?、おじさん」


「そうそう、この辺りで二匹のトロルを見かけたんだ」


アデラの問いに道案内人はうんうんと頷く。


「二匹…村長さんもそう言ってたけと、三匹以上いる可能性はあるな」


「だな…とは言えトロルは巣にそんなに多くの数は暮らさない、多くて三~四匹だ」


「どっちかって言うとここで出てきて欲しいけど」


森が目の前に迫ってくるなかアデラは言う。


「同感だな」


シーグリッドがそう言いながら目を細める。


広い場所での戦闘ならば即座にカタはつく。

しかし森に入れば木々や繁みが邪魔して思うようには戦えない。

どの戦闘でもそうだが地形が悪ければ不利になる。

特に大剣を持って戦うアデラには不利だ。

しかしトロルのようなデカい図体のモンスターを相手に戦う場合は大剣でなければアデラの力を発揮する事は出来ない。


ガラガラガラガラーーゴトンーーー


馬車は森の少し手前で止まる。


「いないよねー」


「いないな」


二人は周囲を見渡した。

しかしそう都合よくは出てきてはくれない。


「いないな…」


「まぁ、仕方がない」


そう言うと荷台から飛び降りるシーグリッド。

そして遅れてもそもそと降りるアデラ。


「これから私達は森に入る、ここで待っていて欲しい」


シーグリッドの言葉に頷く御者。


「俺がさ案内出来んのはここまでさぁ」


「え?、そうなの?」


「この森さに入った事はねぇんだ」


「ならここで一緒に待ってて」


「すまねぇ」


謝る案内人を馬車に残しアデラとシーグリッドは森の外見をぐるりと見渡す。


「あそこだな」


シーグリッドの指差した場所だけ大きな入口が穴を開けていた。


「トロルが出入りしている場所だな」


「辿れば巣に着く」


「んじゃ行きますか」


「だな」


そう言うと御者と案内人にもしトロルと遭遇したら全力で逃げるように言い、木が押し倒しされている大きな入口に足を踏み入れた。


鬱蒼と茂る木々。

上の枝から伸びて生やす葉が被さり重なり、日の光を遮っている。

そしてその薄暗さは奥に行くに従って濃くなり先が見えない程に暗くなっていく。


「不気味だねー」


「そうだな」


そう言うとシーグリッドを先頭として森の奥に向かって歩いていく。

進む道は繁みが左右に掻き分けられていて草も踏み潰されていた。

トロルの通り道だ。


「分かり易いな」


「体が大きい分、通り道もまた大きい」


「なるほど」


そう言いながら二人は慎重に歩を進める。

足音は極力出さないようにしているモノのやはりカサカサという音はするものだ。

そして本来なら森の中で鳴らない音もする。

鎧の擦れる部分から鳴る金属音だ。

街中では気にならないこの音も森の中でかなりの違和感を持って耳に付く。


「……」


暫く歩いていくと、とうとう日の光が殆ど届かない場所になってきた。

流石に暗すぎるので二人ははめていた光の指輪を点灯させた。

トロルに見つかるよりも闇の中で攻撃を受ける方が脅威だからだ。

しかしこれはあくまでトロルと真正面で戦い勝てるという自信があればの話であって、実力のない者がするのは自殺行為である。


「しかしくっらいなー」


「森の中はこんなモノだ」


「以前トロルと戦った森もこんな感じ?」


「そうだ、当時は松明を片手に進んだモノだ」


「うはー、大変だな」


「本当に大変だったよ」


そう言うとシーグリッドは苦笑した。



アデラ達が更に奥に進むと、二匹のトロルがのそりと現れた。


「相変わらずデカいな!」


身長は二匹とも4メートル弱の巨体。

一匹は木の棍棒を、もう一匹は鉄のハンマーを持っている。


「ヤバいもん持ってるね」


流石に鉄のハンマーは食らうと大怪我しそうだ。


「恨みはないけど殺らせてもらうよ!」


そう言うとアデラは剣を抜き、先頭に立つ鉄ハンマーのトロルに斬りかかる。


ブオン!!


トロルは鉄ハンマーを横に振って攻撃してきた。

アデラは一旦後方に退き、鈍いハンマーの攻撃を回避する。


「!!」


空振りしたトロル。

しかしもう一度返しでハンマーを引き戻し攻撃をかける。


ブオン!!


その音はアデラの耳に心地よく響き、風圧を受けた肌は脳を刺激する。

それも回避しながらアデラはワクワクした。

戦いとはこうでなくてはならない。

デカい奴が暴れ回り、こちらも大剣を持って迎撃する。

これが真の戦いだ。


「良いね良いねー!」


はしゃくアデラを見ながらシーグリッドは後ろにいるトロルを警戒しながら剣の柄に手をかけた。


暫くはトロルの攻撃を回避しながら徐々に後方にいるトロルとの引き離しを行うアデラ。

一方、シーグリッドは後方トロルの注意を引きつけ別の場所に誘導をかける。



「さて…と」


引き離しに成功し、1対1に持ち込めた。

もう一匹はシーグリッドに任せておいて問題はまったくない。


「じゃあ、やるか」


攻撃に転じたアデラは振り回される鉄ハンマーの大振りから生じたスキをついて、ハンマーを持つその右腕に斬りつけた。


「ブオォォォーーーーー!!」


鉄ハンマーを落とし、斬られた腕をもう片方の手で押さえながら吠えるトロル。

流石にトロルの腕は太いため切り落とすまではいかない。

しかし半分近くはいった筈だ。

これがもっと長い大剣ならば腕を切り落とせていただろうが、そこまでの完璧さを求めるのは我が儘だろう。


トロルのその咆哮を聞きながら間髪入れずに右足も斬る。

グラリとトロルの巨体が崩れた。

右足のダメージでバランスを崩し膝をついたトロル。

そのまま左足も斬りつけ、トロルはたまらず仰向けに倒れる。

そしてその仰向けの状態もがくトロルに、跳躍したアデラはトドメの一撃を腹に深々と突き刺した。


「グオォォォーーー!!」


けたたましい叫び声を発するトロル。

しかし直ぐに声は途切れ、静かになる。


「……」


暫くは体をピクピクと動かしていたトロルだったが、やがては動かなくなった。


アデラは剣をトロルの腹から引き抜き周囲を見渡す。

少し離れた向こうではシーグリッドとトロルが戦っている音が聞こえたが、トロルの絶叫が轟きやがては静かになった。


「やったか」


そう呟きシーグリッドのいる方向に向かって歩き出す。


「まさかトロルにやられてないだろうな」


そう考えながら進むとシーグリッドの姿が見えてきた。


「倒したかー」


「見ての通りだ」


剣を鞘に収めたシーグリッドとその近くに倒れているトロル。


「二匹だけかな?」


「分からない、だがこの近くに巣がある筈だ」


「もしまだ居るとすればそこか」


「それか巣から離れて餌を探しにいっている奴もいるかも知れないな」


「とりあえず巣を探してみるか」


「だな」


そう言うと二人はトロルの巣を探し始める。

探し初めて15分、トロルが入れそうな洞窟が見つかった。


「これかな?」


「多分そうだな」


「じゃあ入るか」


「だな」


周囲を警戒しつつアデラから先に入る。


洞窟は下に向かって伸びていた。

最初は大きかった洞窟内も進む毎に狭くなっていく。

やがて行き止まりになり、足を止める。


「ハズレか?」


「いや、ここは非常にトロル臭い」


「トロル臭い?」


アデラは息を吸い込んでみる。

確かに嫌な獣臭がするがそれがトロルの臭いかどうかは分からない。


「臭うか?」


「感じないか?」


「んーー」


そう言われても…確かに嫌な臭いはするが…。


「変な臭いはするな」


「これがトロル臭だ」


なる程と思うアデラ。


「と言う事は…ここが巣だな」


「だな」


「財宝はなさそうだ」


「いや…」


そう言うとシーグリッドは少し土が盛り上がっている場所を指差す。


「あそこだな、トロルは財宝を土に埋めて隠しておく」


「はー、じゃあ掘り返すか」


アデラは鞘の先端で土を掘ってみる。

すると固いモノに当たった。

そのまま力任せに掘ると、土の中から少し大きめの宝箱が出てきた。

それを持ち上げてみる。


「重た…」


宝箱は予想以上に重たかった。

力自慢のアデラが重いと言うのだから相当なモノだ。


グギギィィ……


開ける時に錆びた音がする。

そしてその中には、宝石がぎっちりと詰まっていた。


「うわ、凄い」


「溜め込んでたな」


「これ売ればかなりの額になるな」


「だな」


二人はまだないか更に掘り進めてみる。


結果として宝箱は最初に見つかった箱を合わせて三つ。

一つは最初と同じく宝石、あと一つは金や銀の延べ棒だ。


「以前もこんな感じだったのか?」


「いや、私の時は刀剣や魔法系のアイテムが多かった」


「ああ、一人では持ち出すのに苦労したって…」


「モノが一つ一つ大きいのが多かったからな」


「大変だったな」


「大変だった」


そう言いながら二人は宝箱を持って森の入口付近まで運ぶ。

それをあと二回繰り返す。

そして道案内人にトロルを退治した事を告げ、トロルの首の入った袋を渡し馬車でグト村に先に帰らせた。


残ったアデラ達は巣の周囲で他にもトロルがいないか警戒しながら一晩待機して待つ。


「いないな…」


「だな」


しかし念のためにもう一晩森で様子を見る。

ここでまだトロルが残っていたら、また時間をかけて来る事になってしまうからだ。

翌日の昼には馬車はアデラ達を迎えにきた。


トロルはもう居ないと結論付けたアデラ達は馬車の荷台に宝箱を放り込み、グト村に向けて出発した。


グト村に戻ったアデラ達はトロルがこれ以上いない事を村長に告げ、契約書に契約終了のサインを貰った。

これを貰わないと不備としてギルドから指摘され、約束の報酬が貰えない。

パフューム結成時代の頃に一度サインを貰うのを忘れた事があって、もう一度貰いに行かなければならないという手間があった。

その時の失敗を繰り返さないように、メンバー達は終われば確実にサインを貰う事を頭に留めている。


グト村で一泊し、そしてルコットナルムに帰るため馬車を走らせた。

宝の事については基本的には村人達には内緒である。

今回の目的はトロル退治であって宝の奪還ではないからだ。

と言うか村人達には内緒というよりは言う必要がそもそもない。

それに、昔それでモンスターの所有していた宝の所有権を街の長に主張され泣く泣く手放した苦い経験もあるからだ。


ちなみにギルドはモンスターの所持する金銀財宝やアイテムについての所有や売買は容認している。

とはいえ呪い系等の武具やアイテム類はギルドへの報告及び提出が『義務』付けられていて、破れば厳しい罰則規定が設けられている。

また手に余りそうな危険な能力を有する特殊アイテム類はギルドへの報告及び提出が『奨励』されている。


何はともあれ宝を手に入れたアデラ達。。

冒険者というモノはこれだから辞められない。

もっともトロルのように財宝を持つモンスター退治を引き受けられる冒険者など中級冒険者の上位トップ層及び上級冒険者クラスに絞られるため、その恩恵に預かれる者達は限られているが…。





アデラ達が宝を手に入れ都に帰っている頃ーー。


「くそ!!、またコボルトか!!」


「今度は油断しないわよ!!」


妖魔の森でファングのメンバーが再びコボルトの群れと遭遇し、戦闘になっていた。

今回の仕事は以前と同じく『毒消草』の採取。

現在の中級冒険者にはそうした薬草の採取ぐらいしか仕事はない。

例外があるとすればレッドモアのような中級トップの実力を持つ者達で、こちらは『魔物退治』が仕事で回ってくる。

その魔物退治の魔物とは当然弱いクラスのモンスターの事ではなく、実戦経験を積んだ冒険者でも手こずるモンスター群の事である。



「フィン!!、モタモタすんな!!」


「まったくこのグズ!!」


今度は固まって行動していたファングのメンバー。

しかし全員の荷物を背負わされているフィンの歩調は遅くなり、それに合わせていたケネス達のイライラは頂点に達していた。

そこにコボルトの群れの襲撃である。

迎撃体制を素早く整える4人に対して荷物を背負うフィンの動きが1テンポも2テンポも遅くなるのは当然の事だが、ケネス達にはフィンがまたモタモタしているようにしか移っていない。


「くそ!!、ボケ!!、トロくせえ!!、もっとキビキビ動けねーのか!!」


罵声を浴びせながらコボルトの一匹を斬るケネス。


「マジ邪魔…」


拳大の炎を群れに投げつけたハンネはまだもたついているフィンの動きの遅さに舌打ちした。



「お前クビだ」


コボルトを倒し『毒消草』を手に入れたファング一行。

森から都に帰ってきた時、ケネスはフィンにそう言った。


「え?、何で?…」


「そんな事も分かんねーのか?」


「う…」


「いつもモタモタ、剣の腕も大した事ねぇ、今回も俺たちがフォローしなけりゃコボルトにやられてたろ、お前」


「それは荷物が…」


フィンが言いかけた時、ハンネが横から口を出した。


「魔法も微妙よね?、そりゃ最初の時は剣と魔法が使えるから期待したけど全部中途半端だしー

それに私がいるから必要ないのよね」


「それは…」


フィンの言葉を遮ってトールが言う。


「君は自分の頭でモノを考えないからね

こう言っては何だけどマトモに喋れないし、頭の回転も遅いし…正直頭が悪すぎるよ君」


「う……」


仲間達からそう言われるのは最近ではしょっちゅうだが、今回はパーティーから外される外されないの事態である。


「だ…だけど僕だって頑張って…」


「頑張った所で無能は無能なんだよ!!」


「フィンだって知ってるでしょ~、下級のゴミ連中が必死になってもモノにならずに辞めていってるの」


「それは…そうだけど…」


「そうですよ、言っては何ですが我々4人は中級の実力を持っています…しかし君はどうでしょうか?、フィン」


「僕は…中級じゃないって…?」


「そうだ、言わせんなウゼェな!!

お前が中級メンバーにいられるのは俺達のお陰だって事だ」


「私達がフォローしてなければさ~、あっという間にモンスターにやられちゃうでしょフィン?」


「そ…それは…」


「あーー!!、くそ!!

あれはだのそれはだのかったりぃー

とにかくお前首な、自分の荷物だけ持ってさっさと消えろボケ!!」


「う…」


ケネスの剣幕に押されフィンは全員分の荷物の中から自分の荷物を手に取った。


黙っていたリヴは何かを言おうとしたがトールが制してフィンに言う。


「君には才能も能力も無いのだから田舎に帰った方が良いですよ」


「ぷっ、はは、そりゃいいな!、畑でも耕してろよ」


「きゃはは、似合ってる~」


「大体ですね彼は……」


「それそれー………」


「………」


そんな仲間達の言葉を背中で浴びながらトボトボと荷物を片手にフィンはファングから去っていった。




「パーティー脱退?」


ここは中級冒険者の事務所。

ファングをクビになったフィンは事務所に脱退届け出を行うために来た。

正直泣きそうになっていたが、しておかなくてはならない。

放っておいてもケネス達が勝手にやるだろうが、これは自分の手でしておきたかったからだ。

ささやかな抵抗と意地である。


「これに記入どうぞ」


ぶっきらぼうな受付嬢に書類を手渡され、それに記入する。

そして自分のサインを入れ、提出した。

これでフィンはファングとは完全に関係が無くなった。


「………」


フィンの頭にファングの結成時の時の事が思い出される。

あの時は本当に楽しかった…楽しかった…。


涙と鼻水が出そうになり、慌てて事務所を出る。

これからどうするのか…どうすればいいのか…。

まったく分からないままフィンは路上で途方に暮れた。

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