第3話

アデラが目を覚ますと微かに雨が降っている音が聞こえる。


「今日は雨か…」


そう思いながら上半身を起こした。

そしてベッドから降り、部屋の窓越しに外の様子を窺う。


雨は結構激しく降っている。

今日1日は止む気配はなさそうだ。


「あー、何か憂鬱…」


今日はブラブラと街を歩いて見て回る事にしていたがその予定が崩れた。

昼間にはあがってくれれば良いと思うが、この雨の勢いだとどうだろうか…

下手をすると一日中家に缶詰状態になる。

かといって傘をさしながらの散歩は嫌だ。


「ふぁーぁ…」


大あくびをしながらベッドのシーツをキチンと直す。

このまま部屋でダラダラしているのも悪くはないが、取りあえずは顔を洗おうと部屋を出た。


トントントントンッ


二階から一階に降り、洗面所に向かう。

向かう最中にキッチンからパンの焼ける良い匂いが漂ってきた。


パフュームの食事については一階のキッチンルームにある掲示板に朝食・昼食・夜食が要るかどうかを書く。

その掲示板は一週間分書き込むように出来ていて、それを元に雇っているお手伝いさんが動いてくれている。

アデラの今日の予定は朝食○・昼食×・夜食○だ。

昼食は外で食べる筈だったが予定が狂う事になる。

もちろん言えば昼食は用意してはくれるが、余計な仕事を増やしているみたいで気は引ける。


「さて…」


洗面所に向かったアデラだが先に顔を洗っている先客がいた。


「おはよう」


「ああ、おはよう……て…あれ?」


その先客はタオルで顔を拭いてアデラを見る。


シルバーグレイの髪に瞳。

褐色の肌に引き締まった体。

そして左の頬から鎖骨付近にかけてくっきりと特徴的な剣の傷跡がある。

パフュームのメンバーの一人であるシーグリッドだ。


「帰ってたのか」


「昨日の…というか今日の夜にな」


今日の夜…という言い方は奇妙だが午前三時頃に帰ってきたようだ。



シーグリッド、年齢は20歳。

暗黒戦士という能力スキルを持つ。

闇の闘気オーラを纏い戦うスタイルだが、一般的には邪道の剣として忌み嫌われていた。

その剣が認められ始めたのは最近になってからだ。

とはいえシーグリッドの戦闘能力は闇のオーラを使わなくとも高く普通に強いため、パフュームの中でも『最強の一角』とメンバー内で呼ばれている。

ちなみにメンバーの一人である『聖戦士』とはライバル関係にあり闇と対極にある光の闘気オーラを持ち戦う彼女に対抗意識を燃やしている。



「あー、何て言うか…親父さんはどうだった?」


頬を指で掻きながらアデラは聞いた。


「心配ないそうだ、少し過労気味で倒れたみたいだけど安静にしていれば治ると」


「それは良かった」


田舎にいる父親が倒れたとの知らせを受け、故郷に帰っていたシーグリッド。

父親の無事を確認し後は家族に任せて、そして帰ってきた。


「お先」


「ほーい」


シーグリッドが洗面所から出て行ったあと、今度はアデラの番だ。

歯を磨く事は大事である。

冒険者の中…特に下級冒険者は何日も磨かない者達が多い。

それは仕事だから水が使えないとかいう訳ではなく、ギルドが割り当てている宿に寝泊まりしている時でもそうだ。

習慣というのなら毎日歯を磨くという習慣が無い者が多すぎる。

そして虫歯になって苦しんでいる冒険者の数は多い。

当然歯の治療費など払える訳もなくボロボロになった歯で日々の暮らしを行っている。


しゃこしゃこしゃこしゃこ…


歯磨き粉で歯を磨くアデラ。

そして口をゆすぎ顔を洗う。

さっぱりした。

そのさっぱりした顔を鏡に映し、白い歯でにっと笑う。



アデラがキッチンルームに行くとヴィオラとシーグリッドが席に着いていた。

ヴィオラは既に食べ終えたらしく、テーブルのその前にはコーヒーの入ったカップが置かれている。

一方シーグリッドには中が乗った皿が並べられている最中だ。


「おはよう」


「う~す」


そう言うとアデラは席につく。


「あ、私のもお願いしま~す」


「かしこまりました」


お手伝いさんは頷き調理場に足を向ける。


「ふぁ~あ…」


大欠伸をするアデラ。


「まだ眠そうね」


「何か寝たらないって感じ?」


「今日は昼寝?」


「いやー、街に出たかったんだけどね」


「残念、雨ね」


「そうなんだよねー、どうしたものかと」


「でも、この感じだと午後にはあがるかもね」


「だといいけど…」


アデラとヴィオラの会話のその間シーグリッドは黙々と食事をとっていた。

基本的には寡黙で余り人の会話には入ってはこない。

昔はもっと喋らなかったが、今はこれでも随分と打ち解けてメンバーと話をするようになっている。


「おまちどうさまです」


お手伝いさんが食事を運んでアデラの前のテーブルに置き始める。

バターサンドにコーンスープ、ハムサラダ盛り、それに鶏の唐揚げだ。


「いったーきます」


そう言うとサンドを持ってかぶりつく。

バターの風味とパンの風味が口の中に広がって非常にグッドである。


「シーグリッドは今日どうするの?」


「ん…午後から雨があがったら出掛ける」


「そう、あがるといいわね」


「そうだな」



食事を終えたアデラは自室に戻り鏡の前で髪をといだ。

お風呂に入った後タオルで拭きそのまま放置しているのでどうにも起きた時には髪がボサボサになっている。


アデラは髪を少し整え『女騎士の忠誠』の入った小瓶を手に取る。

『女騎士の~』シリーズも数多くあり、その新作も出ている人気商品だ。

しかし当の王宮に仕える本物の女騎士達には不評であるようで…。

とにかくアデラはこの女騎士シリーズを愛用している。


今日は街に出た時に香水屋にも行きたいと考えていた。

つい先日出た女騎士シリーズの新作も買わなければならない。


「あー、止んでほしいな…まったく」


こんな時に雨とは…と、そう思う。



そんなこんなで午前中は自室でゴロゴロしていたアデラ。

特に読みたい本もある訳ではなく、大した趣味もない。

という訳で腕立て伏せや腹筋などを行う。

後は剣の手入れだ。

この間遺跡に持っていった剣を再度手入れする。

アデラの専用剣は10本。

刃が100cm・110cm・120cm・130cm・140cm・150cm・180cm・190cm・200cm・250cm。

この中で一番古い付き合いなのは100cmの剣だ。

二年前の魔人襲来時において共に戦った仲である。


そうこうしている内に午後となった。

良いことに朝は降っていた雨もいつの間にか止んでいる。


アデラは着替えを済ませ一階に降りた。

下ではリビングでヴィオラがソファーに座って読書をしている。


「雨が止んだから行ってくるわ」


「良かったわね、いってらっしゃい」


「あれ?、そう言えばシーグリッドは?」


「もう出掛けたわよ」


「あー、そうなんだ」


「アデラは東の市場に行くの?」


「そのつもりだけど…シーグリッドは?」


「バーダンに行くと言ってたわ」


「バーダン!?」


アデラは途端に嫌そうな顔になる。

それもその筈でバーダン地区は一種のスラムであり、浮浪者も犯罪者も多い。

そしてそのバーダンに近い場所には下級冒険者事務所もある。

下級冒険者事務所、通称『吹き溜まり』

様々な人間が冒険者として登録し利用する場所だが、そこにいる人間達はまさに底辺と呼ぶに相応しい連中が揃っている。

何より冒険者達もそうだが事務所の人間達も学歴は低く『それなり』であるため、底辺に拍車が掛かる。


とは言え全ての冒険者はまず下級からの出発であるため避けては通れない関門だ。

かく言うパフュームも最初は下級冒険者からのスタートだった。

だからこそ知っている。

バーダンやその付近の酷さを。


上級冒険者になっている今、バーダンに近づく事もなくなり、その必要性もない。

なのにシーグリッドは何の用で言ったのか…と。


ちなみに冒険者事務所のある場所は上になるほど『お上品』な地区に近づく。

それに比例して事務所にいるスタッフの質も上昇する。

このパフュームの家のある場所は上級冒険者事務所にほど近く住んでいる住民も穏やかで治安も良い。



「ま…いいや、それじゃ行ってくる」


「行ってらっしゃい」


手を振るヴィオラに見送られ家を出たアデラは東の市場に向けて歩き出した。



「あれ~?、二人とも出掛けたんですか~」


アデラが出て少ししてからポエルが二階から降りて来た。


「出掛けたわよ」


「ん~、なら私もお散歩しに出掛けようかな~」


「用事はあるの?」


「特に~ないです~」


「なら少し付き合ってくれない?」


「ん~?、どこか行くんですか~?」


「西の市場にお買い物」


「あ~、なら喜んでお供させて頂きます~」


そう言うとポエルは着替えるために、再び自室に戻った。



東の市場の一角にあるフレグランスの店が並ぶ通りの一つにアデラはいた。

その良い匂いは店の中だけでなく外の通りにも漂い、一つの異空間を作り上げている。


各店には特徴があって置いてある品物が変わり、その客層も変わる。

特に高級店は貴族の客が大多数で、高価な品々が並ぶ。

店内もそういった女性達の社交の場と化しており、一般人はお断りの場合も多々ある。


アデラは貴族階級ではないため、そういった店には入らないし入れない。

金額的には買えない訳でもないが、客の着ているモノから立場から立ち居振る舞いから全て場違いなのだ。

そういった訳で高級店が並ぶ通りは避け、中流向けの店が並ぶ通りを選んで見て回っていた。


「みーっけ」


その中でも騎士シリーズの香水を多く取り扱っている店の店頭に展示されている新作を見つけアデラはにやける。


早速店に入りその新作を購入した。


店内には騎士シリーズ以外の他の香水も売っていて、しかも匂いを確認する事も試しに付ける事も可能だ。

そんな訳でアデラも店内を見渡し、気になる香水を探し試してみる。


基本的に『香水』は中流以上の民の嗜好品であるため、下流民がこういった店が並ぶ通りに来る事は殆どない。

なぜならば値段が高いため買えないからだ。

中流民に取っては多少高いと感じる値段は下流民に取ってはとんでもなく高価な代物なのである。

当然の事ながら下流層が香水をつける事はまず無い。

逆にあればそれは盗品と見なされ捕まる危険性もある。


『パフューム』という名前は香水を表すが、実際にメンバーが匂いのある香水を付け出したのは中級冒険者になってからだ。

それまでは体臭を抑える無臭系の香水を使用していた。

しかし下級冒険者の当時は香水など買える余裕などまったくなく、その初期に使用していた無臭系の香水は知り合った『聖戦士』からの贈り物である。



「あ、良い匂いー」


蓋の開いた試し用の瓶に鼻を近づけて嗅いでみたアデラは、そのほんのりと甘い匂いに気分が凄く良くなる。

良い匂いとは本当に心を落ち着かせ豊かにさせてくれるモノだ。


「王女シリーズの新作か…」


甘い系の中でも特に人気のある王女シリーズ。

ポエルが好んでつけている香水だが、これも様々なバリエーションがあって揃えるのはかなりの額がかかる。


「帰ったら新作が出た事を言ってやるか」


もっともポエルならばいち早く知って既に購入して持っている可能性もあるが。


「ま、今日はこれでいいか」


騎士シリーズの新作は購入した。

香水店についてはもう目的は達成している。


「さて次は…剣でも見に行くかな」


そう考えたアデラは香水屋を出てフレグランスの通りを抜け、武器を売っている店が集中する通りまで歩いていく。


東の市場と一口に言ってもその規模は大きく、香水エリアから武器を扱っているエリアへはかなり歩かないと辿り着けない。

何せ西の市場と並びルコットナルム、ひいては剣の王国最大の市場だ。

ここで揃わない物はないとまで言われていて、事実様々な品物が売り買いされている。

アデラも初めて来た時にはたまげたものだ。


……歩く事約30分。

ようやく武器防具を売るエリアに到着した。

ここではフレグランスエリアと違ってその客層はガラリと変わる。

主に兵士や戦士といった剣や鎧が必要な人間達が道を行き交う。

兵士の場合はその装備品は国から支給されるのだが、やはり色々な武具が揃うこのエリアに足を運び見て回る者が多い。

そして冒険者達の数も多く、それに伴うトラブルも頻繁に起こっている。




ガシャンッ


一人の若者が蹴られ路面に倒れた。


「く!!」


転けたその若者は皮の鎧に身を包み腰からはショートソードを下げている。


「道開けろや、下級のカス共!!」


そう怒鳴る男。

その男は鉄の鎧に身を包み、ロングソードを腰から下げている。

二人の身なりから冒険者であると推測出来る。


「何を!!、ぶつかってきたのはアンタだろ!!」


「お?、何だ?、下級の分際で口答えか?、ん?、やるか?、お?、コラ?」


「く…」


その口論に転がされた若者のパーティーメンバーが心配そうに近寄ってきた。

同じく蹴ったロングソードの男のメンバーも寄ってくる。


「下級が中級に喧嘩売るのか?、お?、いい度胸じゃねーか」


「け…喧嘩は売ってない」


ショートソードの若者の言葉にロングソードの男の仲間達は笑った。


「喧嘩はう…う…う…売ってましぇーん、だと、ぶはっ」

「いきなりビビり入ってやがる」

「まぁしゃーねーだろ、下級が中級に勝てる訳ねーからな」


ロングソードの男の仲間は口々に好き放題言い笑う。

それを黙って聞いているショートソードの若者メンバー。


「……あの、すみませんでした…」


堪りかねて若者メンバーの一人である魔術師の女の子が頭を下げた。


下級冒険者が中級冒険者と喧嘩をして勝てる事はそうない。

やはりレベル差は大きい。


「お?、そこの女の子は素直で良いじゃねーか、それに引き換えコイツは…」


そう言うとショートソードの若者の頭を小突く。


「まぁ、その子に免じて許してやるぜ」


それを聞いて若者メンバーは少しホッとした顔を見せた。


「ただし君は俺たちとちょっくら付き合って貰うぜ」


そう言うとロングソードの男が魔術師の女の子に近づき、その手を強引に引っ張る。


「え!?、ちょっと…止めて下さい!!」


青い顔になり拒否する魔術師の女の子を引きずるように連れていこうとするロングソードの男。


「止めろ!!」


ショートソードの柄に手を掛け剣を抜く若者。

その他の若者メンバーも身構えた。


「あーあー、剣抜いたなテメー」


ロングソードの男は頭を掻きながらニヤけた。


「喧嘩売られちゃあー買わない訳にいかないよな?」


自分の仲間に魔術師の女の子を渡し、男はロングソードの剣の柄に手を掛ける。


「く……」


若者はショートソードを前に構えながら、その手は少し震えた。


「は、震えてやがるぜコイツ」


男の言葉に仲間は「どっ」と笑う。


「喧嘩売っといてビビってんじゃーな」


「う…うるさい!!」


「吠えるじゃねーか、じゃあ行くぜ、死んでも恨むなよ」


そう言いながら男がロングソードを引き抜こうとした……その瞬間、高い声が飛んだ。


「止めときな」


「!?」


男も男の仲間も若者メンバーも一斉に声のした方を向く。


「げ!!、レッドモア!!」


男は唸る。

そこには金色の髪と瞳を持ち赤い衣装に身を包んだ若い女が立っていた。


「ベルゲ、戦いたければ私が相手になるよ」


剣の柄に手を掛けレッドモアと呼ばれた女が凄む。


「ち……」


男は魔術師の女の子の両手首を掴んで捕らえていた仲間に目配せして解放させた。


「それで良い」


「はは…そう怖い顔すんな、同じ中級同士じゃねーか」


「さっさと行け」


男は手を上げてレッドモアの顔をチラリと見、仲間達とその場を後にした。

武器防具の販売エリアで起こった下級と中級のいざこざ。

しかしこれは特に珍しい事ではない。

中級冒険者の中には下級冒険者を見下す者達も多く、それが度々トラブルを引き起こしている。


「ありがとうございます」


ショートソードの若者はモアにお礼を言った。

その仲間達も頭を下げる。


「気をつけなよ」


そう言うと立ち去ろうとした。

いつの間にか周りには野次馬が集まっていたが、モアは気にせず人混みの中に混じろうとした。

その時、同じく周りの野次馬と一緒に騒動を見ていたアデラと目が合う。


「やるじゃん」


「アデラ…さん?」


モアは目を細めアデラの傍に近寄った。



モア、通称『レッドモア』

レッドとはモアがいつも着ている服や鎧に因んで付けられた。

年齢は18歳。

中級冒険者の中でも上位の冒険者で、刃が50cmの中剣を左右の手に持ち戦う二刀流の戦士だ。

その戦闘能力は極めて高く、『精霊戦士』であるため契約している精霊と共に戦場を疾駆する。

あえて欠点を挙げるとすれば人間の仲間を持たない『一匹狼』の点だ。

本人いわく人と組むのは何かと面倒なのだそうで。


「いやー、久し振りだな」


「そうですね」


アデラの誘いでカフェに入った二人はコーヒーを飲みながら話をした。


アデラとモアは何度か顔を合わせている。

一度仕事で共に戦った事がある間柄だ。

基本的は下級と中級・中級と上級・下級と上級が一緒に戦うという事はないのだが、それぞれ違う依頼が実は裏で一つに繋がっていた…という事も稀にある。

アデラとモアの時もそうで、盗まれた聖器を取り戻す依頼と近隣に出没するゴブリン退治の依頼が一つに繋がり共闘した事があった。

それ以来、見かけたらちょこちょこと話をしたりしている。


「最近仕事の方はどうだい?」


「余りかんばしくはないですね、仕事の数がめっきり少なくなりました」


「中級でそれだと下級はもっとか…」


「ですね、それでますますギスギスしてきています」


昔に比べて下級から中級に上がるのはハードルが高くなっている。

冒険者に登録する人間は数多くいるが、実力面を見ればコボルトやゴブリン一匹とすらマトモに戦えない冒険者達で溢れかえりとても仕事の斡旋など出来ない状態になっていた。

そうした中、実力はなくても上手く立ち回って中級に登った冒険者達の中には自分達が選ばれた人間であるかのように振る舞う者達も出てきている。


「上を目指すのは良いけどあれじゃな」


「他を蹴落とし踏み台にしてきた連中というのはあんなモノです」


「この前も仲間の一人に暴言吐いて虐めてた奴らがいたな、あれも中級だった」


「今の中級の中身はかなり酷いですよ」


「なるほどねー」


上級にいるアデラに取っては下の冒険者達と接する機会はないのでモアの話は参考になる。



「じゃあ」


「はい、それではまた」


少しの時間モアとカフェで話をしていたアデラはカフェを出て、改めて武器防具エリアを見て回る。


武器防具エリアと言っても武器屋と防具屋はそれぞれ離れていて、基本的には作られた商品を陳列させているだけの店が大半だ。

こういった店に置かれている剣や鎧等は規格に合わせて作られていて、いわゆる量産品である。


アデラの持つ100cmの刃の剣も量産の剣だ。

ただしその他の剣はアデラに合わせて作られた特注品である。

剣だけではなく普段余り着ないプレートアーマーもアデラの体の寸法を正確に測って作られたモノだ。


靴でもそうたが正確に測って作られたモノは実に心地よく履いたり着たり出来る。

一方規格製品は合わない事が多く、気分を害してしまう時がかなりあった。

それはアデラ達がまだ専用特注品を注文する事が出来なかった下級冒険者の頃の話だ。


「剣~」


武器屋が並ぶ通りを歩くアデラ。

そこには剣だけではなく槍や打撃系武器、斧、弓矢、遠距離用投げ武器、特殊系武器も並んでいる。


そもそも剣だけでもその形状や長さは多種に上り、アデラの目を楽しませる。

しかしやはり一番目に付くのは『大剣類』だ。


本来こういった両手で持ち戦うような剣は筋肉ムキムキのゴリラのような男が使う。

だがアデラは120cm台の剣ならば片手で振り回せる。

別に筋肉ムキムキでもなくゴリラでもないが。

いや、周りから見ればゴリラに見えるかも知れないが。



「ん?」


とある店の前でガラス越しにじぃー…と大剣を見つめている10代後半ぐらいの若い男の子がいた。


「んん?」


どこかで見覚えがあるその男の子。

アデラが思い起こす。


「………」


何か出掛かるが今いち思い出せない。


「んーー」


「んーー」


「むーー」


腕を組ながら思い出そうとした。


「………!」


思い出した。

確かファングのメンバーで仲間達から苛められていた子だ。



ぼー…と大剣を見つめるフィン。

余りに見とれ集中していたため、人が背後から近づいてきた事も気づいていなかった。


「欲しいのかい?」


「!?」


突然背後から声を掛けられフィンは驚き振り返った。


「ああ、悪い…君が夢中で見ていたからついね」


「貴女は?」


「私はアデラだ、君はファングのメンバーだろ?」


「え?、どうして知っているんですか?」


「私も冒険者でね、ある程度は知っている」


「そうなんですか、僕はフィンと言います」


「フィンね、大剣を見ていたけど欲しいの?」


「ああ、これですか…いえ、凄いなぁ…と思って」


確かにフィンの筋肉では振り回せない程の巨大な剣がガラスの向こうに立て掛けてある。

もっともアデラならば余裕で振り回せるだろうが。


「こんなモノを振り回せる人ってどんな人なんでしょうね…」


目の前にいるぞ…とは言わない。


「そうだな、確かにどんな人間が使えるんだろうな」


取りあえず話は合わせておく。

これで大丈夫の筈だ。


「いつかは僕もこんな剣を持って戦ってみたいんです」


そう言うフィンにアデラは聞いた。


「君は…魔法戦士…かな?」


「そうですよ、よくわかりましたね!!」


「剣を持っている戦士なのに首から魔術師のペンダントを垂らしているからね」


そう、うちのメンバーにも魔法戦士がいるからすぐ分かる。


「あはは…そうなんですよ、一応魔法戦士です」


そう言って頭を掻くフィン。

その動作は謙遜というよりは自信の無さの表れだ。


「魔法戦士の…能力スキルでは大剣は…」


「あはは…ですよね…」


魔法戦士では大剣は振り回せない。

もちろんそれは絶対ではなく体格等により若干の変化はある。

しかしこのフィンの体格では到底大剣は扱えないのは端から見ても分かる。


「僕の目指している魔法戦士はですね…」


「うん」


「大剣を使いこなし、強力な魔法を使える最強の戦士なんです」


「なるほど」


もの凄く贅沢で欲張りな目標だ。

しかし夢は無いよりあった方が良い。


「なんですけど…現実は難しいです…」


まぁ、そんなものだ。


「そうありたいと思っても現実の僕は何をやっても上手くいかなくて…駄目ですね」


これは励ました方が良いのか?。

多分励ました方が良いんだろうな、うん。


「あー…魔法戦士は剣と魔法を同時に覚えていかなくては駄目で、それを両立させるのにかなりの時間が掛かる…と聞いた…事があるよ」


そう、同じメンバーの魔法戦士にだ。


「だから他に比べて成長が遅い…らしい」


「そうなんですか?」


「ん、でも成長すれば非常に強力な力を身に付けられる…と聞いた」


「なるほど!!」


今まで力なく沈んでいたフィンの目から輝きが戻ってきた。


「だから挫けずに頑張れ」


「はい!!」


いつの間にか大剣の話から遠ざかっているが、これはこれで良いだろう…多分良い。


魔法戦士の成長能力の遅さと成長した後の能力の高さはベテラン冒険者の中では有名である。

しかし若手冒険者達にその知識は無く、努力不足として仲間内から弾かれてしまう事が多い。

それで本人も途中で挫折してしまい大成する事なく終わってしまう。

それが魔法戦士のベテランを作りにくくしてしまっている原因でもある。


「パフュームってパーティーを知っていますか?」


「え?…え?、あ…ああ…」


唐突に振られアデラは舌がもつれた。


「2年前に王国に現れた魔人を倒した伝説の冒険者達…僕の憧れなんです」


「そ…そう…」


「噂では新天地を求めて旅立ったと言われていますが」


いや、目の前にいますけど…今でも王国で冒険者やってますけど。


「僕が冒険者になったのは彼女達のような立派な冒険者になりたかったからなんです」


一応女のパーティーだという事は正しく知られているようだ。


「そうか、目標とする人物達がいるのは良い事だ」


「はい」


そう言いながらもアデラの内心は微妙である。

目標とされるような立派な人物になった覚えはまったくないから。



「ただいまー」


「おかえり~」


そろそろ日が暮れかかってきた夕方頃、アデラは家に帰ってきた。

一階のリビングでソファーに座り雑誌を見ていたポエルがそれに応える。


「……」


「ん~、どうしたの~?」


「いや何か疲れた…」


アデラはポエルの正面に座り、テーブルの上の皿に乗ってあるリンゴを手に取る。

今日は何か色々と人に会って疲れた気がする。


しゃぐっっ


そしてリンゴをかじった。


「おっ、甘い」


「あ~それ、今日買い物に行ってきて~買ってきたんですよ~」


「西の市場?」


「そうです~」


「そう言えば今日はバーゲン市か」


月に一回の大バーゲンセール。

アデラもヴィオラに連れられ大量の荷物を持たされた事が何度かある。


「相変わらず凄い人でしたよ~」


「あれはあれで戦場だしな」


「そうそう、商品に突進していく人達を掻き分けて~」


アデラもその戦場に立たされた事は何度もあるが、今だにおばちゃん達のパワーには圧倒される。


「そっちはどうでしたか~?」


「んー…東市場は相変わらずかな、人通りは変わらない」


「武器屋街をぶらぶらですか~?」


「ああ、最初は香水屋に行った」


「香水通り~良いですね~」


「そう言えば王女シリーズの新作が出てたぞ」


「ほ~、それは良い事を聞きました~」


「王女の…想い…だっかな?」


「なるほど~それは持ってませんね~」


「買って帰ろうかとも思ったけど、既に持ってるかも知れなかったからさ」


「ん~まぁ…また買いにいくから大丈夫ですよ~、ありがとうです~」


二人がそう話をしていると、上からノーラがげっそりとした顔で降りてきた。


「あー…どうだぁ、調子は?」


「いや…もうなんか…まだまだ全然あかんわ…」


フラフラの足取りでキッチンに向かう。


呪いの克服は相当なエネルギーを使うため、後遺症的に何日か寝込む事になる。

過去においては最長一週間体調不良で家にこもっていた事もあった。


「そう言えばシーグリッドは?」


「まだ帰ってきてませんよ~」


「そうか」


荒れた地区バーダンに行ったシーグリッド。

何しに行ったのかの興味はある。

しかしそれとなく本人に聞くにはハードルが高い。

かと言ってヴィオラに聞いてみるのも何か詮索しているみたいで気が引ける。

他の事ならともかくバーダンなどの話題は結構気をつけなくてはならない事の一つで気軽には聞けない雰囲気がある。



「リンゴ美味そうやな…」


水を飲んでキッチンルームから出てきたノーラは言った。


「食べるか~?」


「いや…ええ…食欲ないし…」


そう言って上に上がっていった。



「ただいま」


リンゴを食べ終えるぐらいの時間が経った時、シーグリッドが帰ってきた。


「おかえり~」

「お帰り」


特に変わった様子のないシーグリッドの様子に、アデラは取りあえずバーダンの話は頭の中で消す事にした。

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