第2話

この世界には色々な効果のある草がある。

その一つに『黄色草』がある。

何かというと体内に入った毒を消してくれる草だ。

一般的に『毒消草』と呼ばれているこの草の値段は非常に高い。

それはこの草がある一定の場所にしか生えていないからだ。

しかも森林地帯の毒の沼地付近である。

当然そこに至るまでに魔物や野生動物が出現して辿り着くのも一苦労なほど危険なのだ。

そこで冒険者が依頼によって取りにいく事になる。



ガサガサガサガサーーーー


繁みを掻き分け一つの冒険者パーティーが森林地帯の毒沼地に向かって進んでいた。


「あー、かったりぃーちっ…蚊だ、糞が!!」


悪態をつく男は中級冒険者パーティー『ファング』のリーダー、ケネス。


「マジ勘弁してよねー、何ここ!!、うざうざうざ!!」


同じく悪態をつきながらケネスの後に続くハンネ。


「まったく嫌な所ですね、あ…リヴ大丈夫ですか?」


「うん、ありがとうトール…私は大丈夫」


リヴの手を取りトールはケネスやハンネの後に続く。


少し離れてフィンが必死で皆を追い掛けていた。

皆の荷物を持ちながら繁みを行くのはかなり大変だ。

しかしはぐれる訳にはいかない。


「はぁはぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」


追いかけても追いかけても皆と距離は縮まらない。

むしろどんどん離されていく。


「はぁはぁ…う…くそ…ふうふう…」


頑張っても全く縮まらない距離。

それはチームの仲間達とフィンとの距離でもある。


フィンの就いている職は『魔法戦士』。

戦士のように剣を振るい、魔法使いのように魔法を使える。

そんな職に憧れてフィンは魔法戦士となった。

基礎的な事を覚え、冒険者として下級冒険者の事務所で登録したフィン。

そして出会ったのがケネス達の今のメンバー達である。


当時は全員駆け出しであり、フィンもケネス達と同じぐらいには強かった。

しかし場数を踏んでいくにつれてメンバー達はめきめきと力をつけたのに対して、フィンはというと上達は遅々として捗らなかった。

気がつけばフィンはパーティーの足手まといとなり、皆の足を引っ張ってばかりの厄介者となっていたのだ。

当然メンバーからは徐々に疎ましく思われ出し、今や荷物持ちの役割ぐらいしか回ってきていない。

唯一神官のリヴだけは励ましてくれるが、それがかえってリヴにも負担を掛けている事に対して申し訳なさを重くしている。


「早く来いよ、ノロマ!!」


遠くからケネスの罵声が飛ぶ。


「う…うん…待って!!」


「待つわけないじゃない、バッカじゃないのー?きゃはは」


同じくハンネの声がした。


「ハンネも昔は優しかったのに…」


ぎっと奥歯を噛み締めフィンは重たい荷物を持ち直し、皆を追った。




同じ頃、一人の女戦士が同じくこの森林地帯に足を踏み入れていた。

目的は『黒草』の採取である。


「あー…めっちゃ腹減った…」


木にもたれかかり空腹で鳴る腹をさする。


「こら早よ帰らんとやばいわ…」


何がヤバいのか?。

そう空腹でヤバいのである。

この戦士の名前はノーラと言う、年齢は18歳。

マルーンの色の髪の持ち主。

所属チームは『パフューム』

大抵の武器防具が装備可能な能力を有している【ただし自分の持てる重量の範囲内】。

しかしその反面、攻撃力は通常よりもやや下がってしまうという欠点がある。

それだけならばただの器用な戦士程度でしかないが、その神髄は『呪われし武具』も殆ど呪われる事なく装備が可能な事。

『呪われし武具』の中にはかなり強力な攻撃力や防御力を持つ剣や鎧があり、それらを装備する事により多少の攻撃や防御力低下などまったく気にならないぐらいの戦闘力を持てる。

多彩な武器を使いこなせる事から『百剣のノーラ』の異名を持つが、本人は『千剣や!!』と言い張っている。



そのノーラが木の上から見たそのパーティーは何かギスギスした感じであった。


戦士風の男…まぁ、リーダーっぽい奴と魔法使い風の女は森の奥へ先に先に進む。

それを追いかけて賢者だろうか?その男が神官風の服を着た女の手を取り戦士と魔法使いの後に続く。

最後に随時遅れて戦士っぽい男が重たそうな荷物を背負いながらよたよたと付いてきていた。


「何やあれ?」


ノーラは首を捻る。


見た所この先にある毒の沼地を目指しているのだろうが、パーティーが一カ所に集まらず、距離を置いてバラバラに動いているのはいかにも頂けない。

特にここは大森林地帯、別名『妖魔の森』と呼ばれ様々なモンスターが蠢いている場所である。

あんな離れては急な攻撃に対応できない。

例えそれが森林地帯のまだまだ入ったばかりの『最弱の地』であったとしてもだ。


「帰ろ」


ノーラがそう思った時、冒険者達はコボルトの襲撃にあった。


森林地帯での目的である『黒草』を入手したノーラは森の奥より入り口近くまで帰ってきた。

そこでこの冒険者達とかち合った。

とはいえ森であまり人に会いたくないノーラはこの冒険者パーティーに見つからないように隠れ、やりすごそうとしたがそのバラバラぶりに呆気に取られ暫く観察する事にしたのだ。

「何か危ないなぁ」と思っていた矢先、案の定コボルトの群れに取り囲まれ慌てていた。


まず戦士と魔法使いにおよそ20匹前後の群れ。

賢者と神官の周りにも20匹前後。

最後に荷物持ち戦士に10匹前後。


コボルト一匹自体は大して強くはないが、奴らは群れをなして襲ってくる。

群れをなされるとかなり手強い相手だ。


「大ピンチやな~」


のほほんと言うノーラ。

大体助けてやる義理も義務もない。

と言うかいけ好かないパーティーであり、自分達で何とかしろという感じだ。



「ちくしょう!!、何だこれ!?」

「ちょっとー!!、めちゃくちゃ多いじゃん!!」


先を行っていたケネスとハンネが喚く。


「10…15…もっとか!?、いや…まだ増えてる!?」

「ちょ!!…まじ冗談じゃないわよ!!」


本来なら対処は出来る。

ただしパーティーが揃っていればだ。


一方、トールとリヴは青くなっていた。

賢者も神官も魔法が主体であり、接近戦で来られれば魔法を使う暇もない。

だから逃げ回るしかない。

取り合えずば先にいるケネス達と合流するため持っている杖を振り回し、逃げ回りながらケネス達の方に向かった。


最後にコボルトの群れに囲まれたフィンは戦おうと荷物を置くためにモタモタしている所をコボルトの持つ剣で兜の後ろを殴られ倒れ込んだ。


フィンが兜の上から後頭部を殴られ倒れたのを見てノーラは木の上から飛び降りた。


ドスンッ


土の上に着々したと同時に剣を抜き放つ。

刃が70cmの普通の剣である。

一人で動く時はこれが一番使い易いため使っている。


シュッ


その一瞬でコボルトの一匹を斬り払った。

コボルトに上から落ちてきた何かを確認する暇も与えずの攻撃である。


「はーっ、こっちは腹へってんのやけどな」


そう言うと近くにいた一匹を更に斬り倒す。


ここで漸くコボルトは上から落ちてきたのが人間であり、自分達が攻撃を受けているという事を理解した。

そして錆びた武器を構え一斉にノーラに襲いかかってくる。


「あー、めんどくさ…」


そう言うとコボルトの攻撃を避けつつ斬りつけていく。


「三匹目、四匹目、五匹、六匹…」


数を数えながら剣を振るう。


「あかん!!、力でーへん…」


そう言いながらも七匹目を倒す。

さすがにここまで来るとコボルト達もノーラの異様な強さに恐怖が湧いてきたようだ。


「マジであかんわ…」


そう言うと八匹目を斬る。


「逃げんといてや」


背を向けて逃げようとした九匹目を構わず斬り倒す。

最後の十匹目は逃げ出しに成功…かと思われたがノーラが懐から飛刀を取り出し投げつけた。

飛刀はコボルトの背中に刺さり、倒れる。

しかし飛刀では頭に刺さらない限りは流石に死なない。

ノーラは地面に倒れもがいているコボルトにトドメを差した。


「もうマジ無理…」


そう言いながら倒れているフィンの傍まで近寄り、しゃがんでその状態を見る。


「…なんや、気ぃ失うとるだけか」


その時ガサガサと奥から音が聞こえた。


「コボルト?…ちゃう…ちゃうな」


音と共に人の話し声も聞こえる。


「あいつらか…めんど…」


ややこしい連中と喋る気はさらさらない。

ノーラは静かに繁みに隠れ、物音を立てずにそのまま別ルートの道に出た。

そして一気に森を抜け出した。



カサカサカサーーーガサガサーーー


暫くしてケネス達がその場にやって来る。

そして血を出して倒れているコボルト達と荷物と共に倒れているフィンを見つけた。


「は?、おいおい死んだのか?」


ケネスはいまいち理解できないこの状況に大きな声を出す。


「マジ?、え?…ていうかコボルトも死んでるんだけど…」


「まさかフィンがやったのかよ?」


「……いえ、フィンの剣は鞘に収められてます」


フィンの状態を確認しトールが説明する。


「だったら誰が?」


「知らないわよ、そんな事」


三人がこの場にいるコボルトを誰が倒したのかの話をしている間、リヴはフィンに近寄り回復魔法を使った。

リヴの手から発した微かな虹色の光がフィンを包み込む。


「何だ、まだ生きてんのか?」


「ええ…気を失っていたみたい…」


「まったく…役立たずはそのまま永久に寝とけってーの、邪魔なんだよ、きゃはは」


「ぷぷっ、おいおい、そりゃ言い過ぎじゃねーの?」


そう言いながら笑う二人。

そんな中、フィンは意識を取り戻した。


「……?……あれ……?」


フィンはふらつく頭を抑えながら起き上がり辺りを見渡す。


「あれ?…確かコボルト……」


しかし周囲に転がっているのはコボルトの死体だけだ。


「ああそうか…ケネス達が助けてくれたのか…ごめん…ありがとう…」


「はぁ?」


そうケネスが言った時、隣にいたハンネが口元に笑みを浮かべて言う。


「そうよぅ~私達が助けたのよ、感謝しなさいよねーフィン」


「あ…うん、ありがとう」


「どういたしまして

分かったらさぁ…さっさと荷物持ちなさいよ、グズグズしない、まったくモタモタウザいんだから」


「ご…ごめん…すぐ持つから」


慌てて荷物を背負うフィン。

そんなフィンにリヴは何か言おうとするがトールが遮った。


「さぁケネス、フィンも無事だったし行こうか」


「だな、草はまだ手に入れてないんだ、じっとしてる暇はねぇ」


「それじゃ、とっとと手に入れてとっとと帰ろうよ」


「ああ、よし行くぞ」


「レッツゴー!!」


ケネスとハンネは奥に向かって歩き出す。


「さぁリヴ、僕らも行くよ」


「え…ええ…」


トールはリヴの手を取りケネス達の後についていく。

フィンは重い荷物を背負い、必死に仲間達の後を追った。



「ただいまー」


パフュームのアジトに帰ってきたノーラ。


「お帰り~」


そんなノーラを一階のリビングでソファーに座り本を呼んでいたポエルが言う。


「何や、帰っとんか」


「ですよ~」


「あー…あかんわ」


「どしたんですか~?」


「腹減ってもうて…」


「あ~…」


こうしてノーラはお風呂よりも先にキッチンで食事を取る事になった。

皮の鎧を外しただけの格好だったため、ポエルからは「ばっちい」と言われたが構ってられない。


森林地帯で所持していた食料を川に落としてしまったノーラ。

急いで『黒草』を手に入れ最短ルートで帰る途中、ややこしい冒険者達を発見した。

コボルトと戦い体力を消耗し空腹ヘロヘロの状態で街に帰ってきた時には空腹度MAXである。


食事を取ったあと、お風呂に入りようやく落ち着いた。


「さっぱりした」


「ピカピカですね~」


「そう、ピカピカや」


頭をバスタオルで丁寧に拭きながら一階リビングのソファーで寝転がっているポエルの前に腰掛ける。


「あー、ホンマ死ぬかと思た」


「森林地帯ですかぁ~?」


「そやで、『黒草』の依頼があったんでちょっと行ってこよ思て行ったらな…」


「ふむふむ」


「途中で弁当を川に落としてもうたんや」


「え~、それは大変でしたね~」


「ほんま、『黒草』は手に入れたんやけど帰りにえらい腹が減ってしもた」


「あ~、分かります~」


「そんで急いどる時に森の中でけったいな連中を発見してな」


「けったいな~連中ですかぁ~?」


「そう、冒険者なんやけど皆バラバラで動いとる変なパーティーや」


ノーラは各自の特徴を大雑把に説明した。

その特徴を聞きポエルはこの間見た冒険者達を思い出す。


「そんで、2・2・1ぐらいでコボルトに取り囲まれおって、仲間から離れて最後尾を歩いとった兄ちゃんがコボルトに頭ガツンとやられて倒れよった」


「え~、それってヤバいですよね~」


「そう…いやちゃうわ、言うの忘れとった

兜被っとったんや、その兄ちゃん、その上からガンッや」


「あ~、兜を被ってたわけですね~」


「そう、そんでヤバいんで私が助けたった」


「なるほど~」


「で、そのお兄ちゃんは気を失っとるだけやったんで仲間に任せて帰ってきた…んやけど」


「お腹が空いている時に体を動かして更に空腹になってヘロヘロ~…という事ですね~」


「そう、ホンマやばかったわ、何か目の前クラクラしたし」


「帰ってくる時に何か買って食べれば良かったんじゃないですか~?」


「アホ、こつくわ、もうすぐ家に着くのに金が勿体ないやろ」


「あははは~」


「それはそうとヴィオラはどこいったん?」


「あ~買い物ですね~」


「ふーん…あ、何か喉渇いたー」


一気に話して喉が渇いたノーラはそう言ってキッチンに向かう。


「それにしても…どうにも難しい話ですね~」


このあいだ市場で持っていた袋の底が破けて小物類を路面に落として慌てていた男の子の顔を思い浮かべ、ポエルは「んー」と寝転びながら伸びをした。




アデラ達の住まうこの剣の王国は最初から剣の王国として建国されは訳ではない。

古代においては『三つの王国時代』を経て現在の『剣の王国』に辿り着く。

すなわち『前古王国』『中古王国』『後古王国』である。


三つの王国時代の内の最初の二つ『前古王国』と『中古王国』については、その存在は殆ど知られていなかった。


『後古王国』はその都の遺跡が昔から知られていて、多くの探検家や盗掘者が挑み今や殆どが発掘・盗掘され尽くしている。

現在は冒険者達が腕試しとしてモンスターが巣くうこの遺跡に足を踏み入れ経験値を積むぐらいだ。

しかしたまに発見されていなかった部屋などが見つかり、宝を持ち帰る運の良い冒険者達もたまにいる。


そして今から100年ほど前に『中古王国』の巨大地下遺跡が発見された。

それにより多くの探検家や発掘家が挑んだがその多くは死んでしまった。

罠が張り巡らされている事もあったが、出現するモンスターの強さや数が桁外れに高く多かったからだ。

そこで武器や防具に身を包み盗掘する『冒険者』が出現する事となる。

しかし彼らでさえ行けるのは地下一階~せいぜい地下四階までである。

100年間の中の最高記録としては地下六階に到達した冒険者がいたが、そのパーティーは一人を残し全滅してしまった。

その一人は無事に帰ってきた。

しかし地下六階の事については到達した事と仲間が皆死んだ事以外は何も語らず、そのあと直ぐに自殺してしまったという。

それ故に冒険者達からは『魔の地下六階』と呼ばれその階は恐怖の階として伝説化されている。


とにかくそうした発掘等により『中古王国』『後古王国』の歴史や文化がある程度明らかになり、人々は神話とされ口伝でしか伝えられていない『前古王国』の実在を確信した。


そして10年前、地中に埋まっていた『前古王国』が発見されたのだ。

当然多くの学者が中級レベル~上級レベルの冒険者を雇い入れ、挑んだ。

その数は200人以上。

しかし遺跡のほぼ入口辺りで冒険者達は全滅した。

遺跡にいたモンスター達は想像を絶する強さだったからだ。

そしてついた名前が『悪夢の遺跡』である。

その後、多くの宝が眠っているのは確実だが誰も挑まなくなった。



「貴女に依頼よ」


キッチンでミートパスタを食べていたノーラにヴィオラは紙をお皿の横に置く。


「私に依頼?、ギルドから?」


「そうよ」


フォークを置きノーラは依頼内容の書かれた紙に目を通した。


「中王国の遺跡やん、何度か行った事あるわ」


「地下三階で岩の壁に埋もれて閉ざされていた空間を冒険者達が発見したそうよ?」


「へ~良かったやん」


「中には財宝が転がっていたみたいね」


「ええこっちゃ」


「それで貴女に依頼よ」


「いや意味分からんし、私の出る幕無いやん」


「その宝物の中には呪われたティアラがあった」


「…!、ああ何や、そういう事かいな」


「そう」



呪われたアイテムをギルドの専門機関まで持ち帰る事。

それが今回のノーラへの依頼である。



次の日の朝。

小鳥がさえずる涼やかな朝でありカーテン越しに日の光が入ってくる。


「…ああ、朝か…」


ノーラはうっすらと開けていた目を開き、上体を起こした。


ノーラの部屋は至って簡素である。

必要最低限のモノしか置いていない。

ただしあくまでも生活空間はである。

武器庫は足の踏み場もない程ひっくり返っている。

片付けないとあかんなー…と思いながらも片付けられていない現状は頭が痛い。


それと言うのも所有武器が多いからだ。

その余りの多さに武器の一部は一階にある共用武器庫に専用スペースを作って貰ってそこに置いてもらっている程。

『百剣』の名は伊達ではない。

そしてノーラ所有の『呪われし武具』類はアジトではなく冒険者ギルドの特別第一級危険物保管庫で保管してもらっている。

これを取り出すにはかなりの枚数の書類にサインをしなけばならない。

もちろん何かあった場合は自己責任である。

それほど危険な代物なのだ。



「おはよー」


顔を洗うため洗面所に来たノーラは先に歯を磨いていたアデラに挨拶する。


「あーおはよう」


口をゆすぎ水で顔を洗うアデラ。

そしてタオルで顔を拭く。


「お先ー」


そしてノーラに変わる。

同じく歯を磨き顔を洗いタオルで顔を拭く。

そしてキッチンに向かった。

既にアデラとポエルがテーブルに着き朝食を食べている。


「お先ー」


「お先です~」


「んー」


そう言いながら席に座るノーラ。

朝食はサンドイッチ類にサラダ、そしてベーコンエッグだ


「で、いつ出るんだ?」


アデラがノーラに聞いた。

それは『中古王国』に『呪いのティアラ』を取りに行く事に対してである。


「一時間後ぐらい?」


「なら食べたら支度だな」


「そうですね~」


二人とも付いてくる気満々である。


パフュームの基本として依頼を受け冒険に出る時には最低でも二人一組というのが暗黙の了解である。

それはどんな仕事でも油断すると即『死』に繋がる危険性をはらんでいるからで、簡単な仕事でも基本は『二人一組』だ。

ただし例外はある。

組むパートナーが不在の場合がそれだ。

今回の『黒草』採取においてはアジトにいるのがノーラとヴィオラだけであり、そのヴィオラも用事があったためノーラ一人で森林地帯に行った。

それがなければ空腹で倒れそうになる事もなかったろうに…。


それで今回は『三人一組』での冒険となった。

ノーラ的には一人当たりの取り分が減るため不服だったが、ヴィオラの『嫌な予感がする』という一言で『三人一組』となった。

ヴィオラのそういった予感は結構当たる。


行くのはノーラ、アデラ、ポエルの三人。

三人は準備のため朝食を終えると各自の部屋に入り旅の支度を整えた。


冒険とは過酷で苦しいモノである。

冒険に出る時に化粧は禁物だ。

埃と汗と洞窟内の汚れで見れたモノではなくなる。

ピアスやネックレスも厳禁だ。

旅の役には立たない。

冒険に出る時はまず食べ物の心配である。

空腹では弱小モンスターですら倒すのが困難になる。


そして洞窟に入る時は『光の指輪』の装着だ。

真っ暗な洞窟では本来なら松明を持って進む。

しかしそれでは片手が塞がってしまうし、全員分の明かりを周囲に照らすには不十分なため最低でも二人は松明を持たないと視界が確保出来ない。

それでは実に効率が悪いとパフュームのメンバーの一人である魔法戦士が作ったのが『光の指輪』である。

名前の通り、光る指輪。

リング部分ではなく真ん中の宝石部分が光る。

これが一つだけでも結構明るい。

だから全員がはめればかなり明るくなる。


「さー行こか!!」


鏡の前で気合いを入れるノーラ。

朝起きたてはテンションだだ下がりである。

何か気分が落ちてどうにもならない。

気分が点火するのは起きて一時間ぐらいしてからだ。


気合いを入れてノーラは鏡の前に置いた小瓶を手に取り蓋を開ける。

仄かに甘酸っぱい匂いがする香水。

それを手に垂らした。



トントントントントントントンッ


軽い足取りで二階から一階に降りるノーラ。

一階では既にアデラとポエルが皮の鎧を装着している最中だ。


「光の指輪は?」


「ここよ」


ノーラの問いにヴィオラが長細い銀の器を両手に持ってに立っている。

その器には敷物の上に指輪が三つ並べて乗せてある。


「弁当はー?」


皮の鎧を着ながらノーラは聞いた。


「大カバンの中よ」


「へーい」


そう言うと皮鎧を装着した。


『皮鎧』は洞窟に行く際のパヒュームの基本装備といえる。

軽くて動き易いのが最大の利点だ。

しかしその分防御力には難があって、攻撃を受ければそれなりにダメージは受ける

モンスターによっては着けていないも同然の無意味な紙と化す場合もある。

しかし今回行く中古王国の地下三階ならばさして危険はない。

危険なのは地下四階から下だ。


「貰うで~」


器から光の指輪を一個取り指にはめた。

同じくポエルもまた光の指輪を手に取り指にはめる。


「えへへへ~」


「何や、嬉しいんかい」


「基本的に~指輪って~しないですから~」


「さよか」


「あ~」


「何や?」


「この匂いは『商売娘の夢』ですね~」


「当たりやな」


「えへへへ~」


何やら嬉しそうだ。


「甘いけど押さえ気味のこの匂いは…」


「はい~」


「えーと…」


「はい~」


「うーんと…」


「………」


「あれや、あのー…何やったっけ…そや『王女の黄昏』や」


「ピンポーン、当たりです~」


「やりぃ!!」


そんな二人のやり取りを見てアデラは思った。


「仲良いなぁー…と」



仕事をする上で避けて通れないのが武器選びである。

行動する場所に応じて剣の長さは変えるのは基本中の基本だ。

とはいえ日々の生活にカツカツの下級~中級の冒険者が長さの異なる剣を買い揃えるのはかなり難しい。

というか置き場所もないので不可能である。


パフュームの場合、一階の共用武具庫に市販されている量産型の剣が各種壁に掛けてある。

最も多い剣は刃の長さが70cmのショートソードだ。

大体はどんな場所でも使用出来るため、多くの冒険者はこの剣を用いて仕事をする。

比較的安価なため、もし折れても買い換える事は苦しいながらもまだ可能なので人気だ。

パヒュームもその使い勝手の良さから、メンバーの数12人分の12本を常に武具庫に常備している。


「で、何でアンタらそれやねん!!」


二人の所持している武器にノーラは突っ込んだ。


「え?、いやー有りだろ」


「有りな訳あるか!!」


「だって~久し振りに使ってあげないと~可哀想だし~」


「武器にいらん気ぃ使わんでええわ!!」


ノーラの装備している剣は刃が70cmのごくごく普通の剣で、これは一階共用武具庫から出してきたものだ。

対してアデラの持つ剣は刃が120cmの『大剣』に分類される剣である。

そしてポエルの装備している剣は刃は80cmとロングソード並だがその刀身は非常に細い。

どちらも一階共用武具庫から出してきた物ではなく、個人の部屋の武具庫で保管している専用の剣だ。

二本とも…特に大剣は洞窟に持ち込んで戦うには不向きである。


「何やねん、戦闘バトった時は私に丸投げかい!!」


「いやー、大丈夫だろ」


「ですよね~大丈夫です~」


「何が大丈夫やねん!!」


にこやかに言う二人に突っ込むノーラ。


仕事においては最低『二人一組』での行動が暗黙の了解にあるパフューム。

二人だけの場合はこんな選択は勿論しない。

しかし三人以上のパーティーの場合はこういった遊びをする時がある。

パヒュームメンバーが三人以上揃っていての苦戦は余程強力なモンスターがいる場所でなければ考えられない。

それに余裕がある時は自分専用の武器を所持して戦いたい…という思いは全員にある。

こうした遊びがなければ冒険は楽しくない。



「準備は整ったわね?」


「ほーい」


備品類の入った大袋を軽々と手に持ち担ぐアデラ。


「あ、保存食は?」


「お弁当と一緒に入れておいたわ」


「なら心配ないな」


「せやで、食べ物がないっちゅーのはエラい事やからな」


「お前が弁当落とすからだろ」


「ほっとけや!!」


「ん~みなさん~香水は持ちましたかぁ~?」


「ああ、持ってる」


「持っとるで」


「では行きましょうかぁ~」


「おーー!!」


右手を上げたポエルに二人も右手を上げる。


「外に馬車を用意してあるわよ」


「ではしゅっぱあ~つ!!」


こうして三人は中古王国に向けて馬車に乗り込み出発した。



冒険というものは何も現地に行って目的を果たすだけが冒険ではない。

家を出発して家に無事に帰って来るまでが冒険である。


ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴトーー


馬車に揺られる事三日間、その風景を見ながら暇な時間をいかに潰すかも冒険の内である。

最初に着ていた皮鎧も当然脱いでいる。

あれは出発時に不具合がないかの最終点検であり、無事に帰ってこれるようにとの儀式も兼ねたものだ。

馬車に乗り込み出発した後は早速脱ぐ。

三日間鎧を着ていたら鬱陶しくて仕方がない。


ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴトーー


馬車に揺られる。


とは言え一日中ずっと乗っている訳ではなく、途中にある村や街で小休憩は行う。

そこで水や食料を補給する。

ちなみに下級冒険者は金がないためこういった補給は殆どせず、少ない保存食で何とか行き帰り分を賄う。


ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴトーー


三日目にしてようやく中古王国の遺跡があるアルシューポップの街に着いた。


「ほひゃ~、久し振りに来ましたね~」


「そうだな、本当に久しぶりだ」


アデラとポエルが到着に喜ぶ。


「いつ以来やったっけ?」


「半年ぐらい前じゃなかったっけ?」


「結構経っとるな」


「あの時は8人で来たからな」


「あ~でしたね~」


半年ほど前、仕事で中古王国に8人で来た事があった。

そのメンバーにはアデラやポエルやノーラ、それにヴィオラもいた。


「懐かしいな」


「ですね~」


「とりあえず降りよか」


そのまま街を通り過ぎて直接遺跡に向かう冒険者も多いがアルシューポップの街で宿を一泊取り、遺跡入りは明日という事になった。


「朝一から出れば昼までには着くやろ」


「前もそうだったな」


「『遺跡の宿』って~まだありますかね~」


「半年で潰れへんやろ」


半年前に来た時に泊まった『遺跡の宿』。

正確にはパヒュームメンバーの何人かは中古王国に何度か来ているため、その時はこの宿に絶対に泊まる。

食事やふかふかのベッドもそうだが、何よりも湧き出している温泉が最高なのだ。

しかしそういった事で値段はかなりお高くなっている。

もちろんこの街には他にも宿泊施設はあって、格安の宿もある事はある。

しかしやはりパヒュームは遺跡の宿を選んでしまうのだ。



「あ~、あった~!!、ありました~」


嬉しそうに宿に走り寄るポエル。


「そらあるやろ」


やれやれという表情のノーラも顔はにやけている。


「楽しみやわ、ここの料理めっちゃ美味いからな~」


「ああ、そうだな」


ノーラの言葉に笑うアデラ。

アデラもまたこの宿は好きである。


そして三人は入り口から中に入り、一泊した。

食事も取り温泉にも入り、ふかふかのベッドで就寝。

翌朝のまだ暗い時分に宿を出て、馬車で中古王国の遺跡に向かった。


遺跡の入り口付近に辿り着いたのは昼を過ぎる少し前。


「と~ちゃく~」


ポエルが馬車から飛び降りた。


「あー、何かだるっ」


背筋を伸ばしてノーラが大欠伸をする。


「じゃあ行くか」


「せやな」


御者には待って貰う事にした。

とは言えこの当たりは人気はなくモンスターも徘徊しているため、何かあれば逃げるように指示。


「来たなー、何か入り口新しくなってないか?」


「ですね~前来た時はボロボロでしたけど~」


中古王国の遺跡の入り口は複数ある。

パフュームメンバーはその内の一つ、いつもと同じ入り口から入る。

一階部分だけでもかなり広いため、中で迷わないようにするためだ。

以前来た時はその入り口はボロボロて如何にも崩れ落ちそうだったがギルドが補強工事を行ったようで、がっしりと木製と金属の柱で固定されている。


この中古王国遺跡は地下に潜っていくタイプの遺跡だ。

しかしなぜ地下に潜っていく型なのかは分からない。

しかも地下何階まであるのかも分からない。


100年前に見つかったこの遺跡は様々な人々が発掘や冒険に訪れた。

しかし余り調査できない理由は比較的強いモンスターが出現するからだ。

しかも階を下がっていく毎にその強さは増していく。


それで現在は目安としてギルドが表を作っていた。

下級冒険者は地下一階まで。

中級冒険者は地下三階まで。

上級冒険者は地下四階まで。

補足として上級冒険者の中でも『S級』の免許取得者は地下五階まで。


あくまで目安だが、それを軽視した冒険者達は骸になってギルド捜索隊に運び出される運命を辿っている。


この遺跡の過去の最高記録は地下六階。

通常『魔の地下六階』とされ、冒険者や学者達から恐怖の階として語られている。

それ故に地下六階に行こうとする冒険者はいない…と言うのは少し違う。

行かないのではなく行けないのだ。

地下五階を探しても地下六階へ下る階段は一つとしてない。

とは言え地下五階も全て探索していた訳ではなく、実は半年前まではまだ半分も探索されていなかった。

そこで『S級』の免許取得者であるパフュームに依頼が来た。

『地下五階を探索し、地下六階に降りる階段を発見せよ』と。

パフュームは8人によるパーティーメンバーを組み地下五階に挑んだ。

そして…。



「懐かしの中古王国やな」


遺跡に入った時、そのダンジョン特有の空気にノーラは呟く。


「今回は地下三階だろ?、余裕だな」


「呪いのティアラって~どんな感じのモノなんでしょ~ね~」


「そら呪われているだけで形は普通のティアラやろ」


「そうじゃなくてですね~」


「さっそく来たぞ」


アデラが身構える。

そこにはオーク達が棍棒を構えて奥から此方に近寄ってきていた。


「うおおおぉぉぉーーー!!!!」


雄叫びを上げ、奥からワラワラと現れたオークに突進していくアデラ。

その勢いに先頭のオークが後ずさる。


ボゴォッ!!


豚顔オークの頬にアデラの鉄拳が飛んだ。

その威力に鉄拳を受けたオークはデブった体ごと後方に吹っ飛び、後ろにいたオークもろとも将棋倒しになる。


「相変わらず無茶しよんな」


そう言いながら剣を抜くノーラ。

そしてアデラの横を走り抜け倒れているオークを斬りつける。


「ふぎゃ!!」


先頭で倒れていたオークは悲鳴を上げた。


「行くで行くで!!」


後ろで倒れてもがいているオーク達を斬り倒していく。


そして少しして全てのオークを倒した。


「やったか?」


「せやな」


体制を崩したオーク達を次々と斬り倒す戦い。

これは一番簡単な倒し方だ。


「しかし相変わらずな馬鹿力やな」


「剛拳のアデラと呼んでくれ」


「何か格好ええな!!」


「オーク相手に大剣を出すまでもない」


「トドメさしたんはウチやけどな」


「しっかし手強かったですね~、さぁ~先に進みましょ~」


「アンタ何もやってへんやん!!」


という訳で先に進む三人。

地下一階から地下二階、そして地下三階へ降りる。


ここでギルドから貰った地下三階の地図を出して広げて見る。

ティアラがある場所のマップだ。

事前に見てはいるが、もう一度確認する。


「あっちですね~」


そう言うと地図を見ながらポエルは行く方向を指で指す。


「こっちは来た事なかったな」


「ですね~、一階フロアだけでも~かなり広いですから~」


「この地下三階もまだ見つかっていない部屋は結構あるんだろ?」


「みたいですね~、今回もそうですし~」


ザリザリザリザリザリザリ……


洞窟内に砂を踏む靴の音が響く。


そして幾つかの分岐点を通り、結構な時間を歩いた先にその場所はあった。


「丁度通路の端っこにあったんか」


「多分ここの上が崩れて入り口が埋まったんだな」


「こんなんよく見つけ出せたな」


「『発掘』の技能を持つ仲間がいたらしい」


「なる程な」


「じゃあ入るか」



三人が入るとそこは広い空間になっていた。


「ここは宝物庫か何かやったんかな?」


「さぁ?どちらにしても、もう今ではボロボロで面影はないけどな」


アデラの言う通り、壁や柱や床にはかつての王国で使われていた素材が使われているが、土や岩肌もあちこちに露出していて中古王国が栄華を極めていた当時の面影は殆どない。


「やっぱり財宝類は全部運び出されとるか」


「そりゃそうだろ」


「えへへへ~」


「何やねん、ポエル?」


「あるじゃ~ないですか~一つだけ~」


そう言うとポエルは部屋の中央を指差す。

そこには豪華な意匠の細工が施された宝箱が一つ置かれている。


「あれか?」


「あれやな…」


宝箱を見た途端にノーラの顔が険しくなった。


「こら気合い入れんとマジでヤバいわ…」


「そんなにか?」


「せや、正直侮っとった」


そう言うとノーラはパンッと自分の左右の頬を両手で叩き、気を引き締め宝箱に近付いた。

正直近づきたくはなかったが仕事だから仕方がない。


「………」


宝箱の前に立つ。

そんなノーラを少し離れて見守る二人。


「すぅーーはぁーーーー!!」


思いっきり深呼吸し、息を吐いた。


「いくでーー」


「ああ…」


「ホンマにいくでーー」


「頑張って~~」


「マジでいくでーー!!」


「早くやれ!!」


アデラの押しにノーラは宝箱の蓋に両手を掛け、ゆっくりと開く。


「………」


ノーラの顔が引きつった。

中に入っていたのは紛れもなくティアラである。

花を象ったようなデザイン、ダイヤモンドが散りばめられ青やピンクの小さな宝石がはめ込まれている。

それは普通の人間が見れば豪華なティアラと映るだろう。

しかし『見える』ノーラに取っては呪いのオーラが絡みつき発する物体でしかない。

しかもこれは結構…いや、かなり強力なヤツである。


「あー…、今からやるけどええか?」


「どのくらいかかりそうだ?」


「そやなぁ…30分ぐらいかな…」


「分かった」


「了解です~」


ノーラの言う『やる』とは『呪いの克服』だ。

呪いの武具やアイテムを持てる能力を持つノーラとて何もせず単に持ったり装備出来る訳ではない。

その道具に込められた呪いを自らの身に受けて克服する必要がある。

これは解呪ではなくあくまでノーラが克服するだけであって、道具に込められた呪いが消え去る訳ではない。

つまり他の者が持てば当然呪われる。


「ほなやるわ…」


全神経を集中させノーラはティアラを手に取った。


「………!!」


呪いの力が指から手に、手から腕に伝わる。

ノーラは歯を食いしばり、呪いを跳ねようとする。

これは一瞬の気も抜けない、抜けば持って行かれる。


「いいぃぃいぃいぃぃぃっっっ!!!!」


奇なる声を発しながらノーラの体は小刻みに震えた。


「………」


端から見ていた二人は固唾を飲んで見守る。

通常の戦闘ならばいくらでも加勢出来るが、こればかりはノーラしか出来ない戦いなのだ。


「ぎいぎあぁぁぁ!!、きぎぎっいぎっっ!!」


「………」


「あががぁぁあぁ!!、ひいぎいぃいっっ!!」


「………」


その時間は長く、苦しい戦いが続く。


しかし洞窟内に響き渡るそのノーラの声がモンスターを呼び寄せた。



ドオンッ!!


部屋の入り口を一部破壊し、斧を持ったハイオークの群れが入ってきた。

ハイオークはオークの上位種で攻撃力も体力も通常のオークの倍はある、当然体格もオークよりデカい。


それを見てアデラとポエルは戦闘体制に入った。


「部屋が広くて助かったよ」


アデラが背中に背負っていた大剣を鞘からシュラァァンッと抜き放つ。


「天井も~高いですし~」


ポエルもまた細身の剣をシュインッッと抜く。


しゅっ


ポエルは細身の剣を横に構えハイオークに向けて疾走した。

そして入ってきたハイオークの足に細剣を突き刺し、そして抜く。

足にダメージを受けたハイオークはバランスを崩し片方の膝をついた。


じゃゃっっっ。


地面を滑るように移動したポエラは二匹目のハイオークの足を狙う。


ヒュッヒュッッ


突いて抜く、その時間は一瞬。

同じくバランスを崩し倒れるのを目で見ながら、素早く片膝をついた一匹目の両目を剣先で横に斬り捨てる。


「スイッチが入ったな」


部屋の中央に陣取るアデラが呟いた。

スイッチが入ったとはポエルの状態だ。

普段ポエポエ顔のポエルだが戦闘に入れば無表情モードになる。

敵を一点集中で見るため周りは見えていない。

いや敵の動きは大体見ている…と言うか感じている。

しかしアデラやノーラは見ていない。

いや…見てはいるが見ていない、非常にややこしいがそういうモードだ。


そのポエルが持つ細身の剣は基本的には刺突用の武器で『刺す』事に重点が置かれている。

とは言え両刃でもあり横に払い『斬る』事も可能だ。

しかし殺傷能力は刺す方がダメージは高い。


三匹目の足を刺したポエルに後ろから四匹目のハイオークの斧による横振りからの攻撃が襲いかかる。

ポエルはそれをしゃがんで避け、その体制から剣を四匹目の喉に突き刺し抜き、後屈して後ろにいる三匹目のオークの目を斬った。

そして剣の柄先でドンっと地面を叩き、その反動で上体を起きあがらせたポエルは素早く立ち上がる。

振り向いたポエルは三匹目にトドメを刺す。


「相変わらず訳が分からないな」


ポエルの動きはアデラには到底真似出来ない。

よくそんなに背が後ろに曲がるもんだと関心する。


「来たか」


部屋の入り口付近で戦っているポエルを見ながらこちらに突進してくるハイオークを視界に入れアデラは大剣を横に構えた。


一線。


横一文字に払った大剣はハイオークの腹から上と下を真っ二つに裂く。


本来ならば突撃隊長であるアデラが入り口で戦う所だが、壁際だと大剣を思い切り振る事が出来ない。

たから部屋の中央にいて、ポエルから洩れたハイオークを倒す役割分担になった。

別に最初から決めていた訳ではなく、その場の状況を二人が一瞬で判断して動いた結果だ。

現在呪いと戦っているノーラは身動きが取れないため、ノーラを守りながらの戦いならばこれがベストだろう。


そうこうしているにポエルが七匹目を倒した。

そして残る八匹目を目の前にポエラの二回攻撃が炸裂し八匹目も絶命した。

二回攻撃と言っても単なる早すぎる連続刺し攻撃だが、端から見ると瞬きをするその一瞬でまるで二回攻撃したかのように見える早技だ。


ポエル八匹、アデラ三匹。

合計11匹のハイオークの死体が床に転がった。



「出来たか?」


「ああ、待たせたな」


ティアラを二重の袋に入れて持っているノーラが周囲を見渡す。

その額には汗が滲み出ていて呼吸もまだ荒い。


「派手にやったなー」


「大したことない」


「あかん…何かクタクタや」


「じゃあ~目的も済んだ事だし~帰りましょっか~」


剣を鞘に収めポエルが二人に近寄ってくる。


「だな、出るか」


「そやな」


こうして三人は地下三階から地下二階、地下一階を上り遺跡の入り口まで戻ってきた。


遺跡から出た三人は御者の待つ場所まで歩く。

幸い御者も馬車も無事だったため、そのまま馬車に乗り込み来た道を引き返した。




ガダコトガタゴトガタゴトガタコトー


アルシューポップから三日後、無事にルコットナルムに帰ってきた。

しかしここからがいつもとは違う。

いつもならばここで一旦家に帰ってお風呂に入って食事を取ってから上級冒険者の事務所に行く所であるが、今回はこの足で直接事務所に行く。

呪いのアイテムを家に持ち帰る事はギルド内で厳禁とされているからだ。



「レミさ~ん、ただいま帰りました~」


事務所の扉を開け、受付の席に座るレミに明るく手を上げるポエル。


「きゃーー!!ポエルちゃん、おかえりーー♪」


手を上げてそれに応えるレミ。

そして席から立ち上がりポエルに近づき手を出す。

いつものスキンシップだが今回は無理である。


「お風呂に~まだ入ってないんです~」


「…あ!ごめんごめん、忘れてた♪」


「持って帰ってきたでー、この中に入っとるんや」


手に持ったティアラの入った袋を見せるノーラ。


「はーい♪、ちょっと待っててね」


そう言うと奥に引き込む。

代わりに別の女性が受付の席に着いた。


暫くしてレミが呼びに来る。

奥の部屋に案内するためだ。


上級冒険者事務所と中級冒険者事務所は特殊な依頼に対する応接室や会議室が奥に設けられている。

その中には危険物を取扱う部署も幾つかある。

一口に危険物と言っても色々あるが、今回の場合は呪いのアイテムを取り扱う部署だ。

そこに案内された三人は狭いこじんまりとした部屋で担当のシーモンに会った。


シーモンは冴えない中年男で、一応この部署の責任者である。

しかし呪いの取り扱いに長けている訳ではなく、あくまでもここは冒険者と専門機関とを取り持つ受付にしか過ぎない。


テーブルを挟んでソファーに座る三人と向かい側に座るシーモン。

シーモンの後ろには部下の男達が4人並んでいる。


「出してー」


シーモンがそう言うとノーラは手袋をはめ、袋の紐を外し中身を取り出した。


「……へー……ふーん……ほうほう……」


テーブルの上の容器に置かれたティアラをしげしげと眺めるシーモン。


「よく持ち帰れたね、これ」


「めっちゃ苦労しました」


「あはは、だよねぇ」


おかしそうに笑ったシーモンはノーラにティアラを専用のケースに入れるように指示した。

このケースは呪い封じの効果がある。


「ご苦労さん、後はこっちの仕事だ」


「はい、ではお願いします♪」


そしてレミに連れられ表の受付まで戻る三人。


「じゃあ書類の方お願いしまーす♪」


報告書を書き、報酬依頼書にサインを書く。

実はこの時間が冒険をしている時間よりも長く感じる。


「では精査が終わればご連絡致します、お疲れ様でした♪」


「ほ~い、お疲れさん」


にこやかな顔で手を振るレミ。

ポエルも笑顔で手を振り返す。

そして三人は事務所を出た。


事務所から出て少しして三人はここでようやく開放感を味わった。


「あーめっちゃだるいわー」


「早くお風呂に入りたいですぅ~」


「少し寝たいな…」


三人は顔を見合わせ笑い、そして早足で家に帰宅した。

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