女戦士が12人

@nau2018

第1話

洞窟内で二人の戦士がゴブリンと戦っていた。

一人は真っ赤なカーマインの色の髪の持ち主で刃が60cm程度の一般的に使われているごく普通の量産されている剣を持つ。

その鎧は皮製であり、防御力よりは動き安さに重点を置いている。

一方もう一人はオールドローズの色の髪を持ち刃が40cm程度と通常の剣よりは短く、しかし短剣よりは長い丁度中ぐらいの剣を持つ。

こちらも鎧は皮鎧である。


この装備でゴブリンの巣くう洞窟に入って襲いかかってくる何十匹ものゴブリン相手に戦うのは無謀…かと思いきや、片っ端から切り捨てている。

カーマインの髪の戦士は力で、オールドローズの髪の戦士はワンテンポ速い素早さでゴブリン達を圧倒していく。

そこには微塵も苦戦している…という言葉はない。

陰に潜んで死角から攻撃を仕掛けてきたゴブリンの攻撃すらオールドローズの髪の戦士の有り得ない角度からの攻撃で斬られ床に転がる。

そもそもレベル差がありすぎてゴブリン達ではどうにもならない。

ただ一方的に倒されていくだけだ。


やがて襲いかかって来る全てのゴブリンを倒した二人は更に奥に進む。

そこには残りのゴブリン達がいた。

二人は剣の切っ先をゴブリン達に向けた。




ガタゴトガタゴトーー


ゴブリンを全て倒し、洞窟から出た二人は馬車に乗り一路『剣の王国』の首都ルコットナルトへの帰路についてはいた。


「いや~、おっかなかったですね~」


やや鼻にかけた甘ったるい声でオールドローズの戦士が言う。


「どこがだ、お前ゴブリンなんか恐いとも思ってないだろ」


ややハスキーボイスなカーマインの髪の戦士が呆れた顔で言う。


「そんな事ないですよ~、もうおっかなびっくりですぅ」


「どの顔が言ってんだ?、この顔か?」


そう言うとオールドローズの髪の戦士の左右のほっぺたを両手でつねる。


「ちょ~アデラさ~ん、痛いですぅぅ~」


「おっ、伸びる」


左右のほっぺをつまみ引っ張る


「やめて下さ~い」


「相変わらずお前のほっぺたはぷにぷにだな」


「はい~ぷにぷにのぷにちゃんですぅ~」


にこにこと答えるオールドローズの髪の戦士。

それは先程までゴブリンを無表情で切り捨てていた戦士の姿とは到底思えないほど穏やかだ。

名前はポエル。

年齢は17歳。

足の速さと誰よりも速く攻撃を繰り出せる確率が高いその剣の速さから巷では『舜剣のポエル』と言われている。

しかしその真の強さは有り得ない体制からの攻撃にあり、恐ろしいほど柔軟な体を持つポエルは通常ならば不可能な体制から剣を振るえる。

それが最大の武器だ。


一方カーマインの髪の戦士の名はアデラ。

年齢は19歳

狂戦士バーサーカーと呼ばれる能力スキルを持つ。

その攻撃はまさにパワーで圧倒する戦士であり、剣もまたその腕力に相応しい大型剣を使いこなせる。

今回は戦闘領域が洞窟であったため、通常剣を使用していたが、本来は両手大型剣で敵をたたっ斬る戦闘スタイルだ。

ちなみに拳闘にも長けていて、大型剣が空振りして隙が生じた時に敵が攻撃しても一回転したアデラの蹴りが飛んでくる。


見ての通り二人は冒険者だ。

冒険者ギルドに登録している12人からなるレディースパーティー『パフューム』の内の2人である。



ガタゴトガタゴトーガタゴトガタゴトーガタ……


「到着ですぅ~」


「はいほっ」と馬車の荷台から飛び降りるポエル。

一方「どっこらせっ」ともそもそと降りるアデラ。


ここは『剣の王国』最大の都『ルコットナルム』

王国の中でも最も大きくなおかつその活気も凄い。


アデラは御者に金を渡す。


「また頼むよ」


「まいど~」


そう言うと御者は元来た道に戻っていく。


「ふぃ~ん」


両手を横に広げポエルは走り出した。


「おい待て、ポエル」


「やですよ~」


そう言うと人混みに消えていく。


「ちっ…たく」


頭を掻きながらアデラはポエルが消えていった方向へ歩き出した。

行った場所…正確には帰った場所は分かっている。

『パフュームのアジト』がこの先にある。


通常『冒険者』と呼ばれている者達は基本根無し草だ。

地方から出稼ぎに来ている人間の集まりで、日雇い稼業のためこの都で家など借りる金など持ち合わせてはいない。

冒険者ギルドはそうした冒険者に格安の宿を提供している。

とはいえ冒険者の待遇はその力量に応じてまったく異なり、最下級~下級のクラスには個室など割り当てられる訳がなく、大抵は一つの場所に雑魚寝だ。

しかしそれでも外で寝るよりは雨風をしのげる分遥かにマシであり身の危険を回避出来る分安全でもある。

当然部屋代は格安だ。

そういった宿の側にはこれまた格安の冒険者専用の大衆食堂がある。

そして底辺貧困冒険者の救済のために『ツケ』もある程度利く。

至れり尽くせりたが踏み倒し逃げ出せばどうなるか…冒険者ギルドから怖い恐いお兄さん達が登場してくる事になる。


今言ったシステムは底辺冒険者達の話だが、中級レベルになると違ってくる。

まず仕事の紹介をしてくれる事務所が異なる。

中級レベルには中級レベルに相応しい案件を取り扱っている。

当然成功報酬も下級冒険者事務所と違って高額になる。

その分難易度は高くなるが、そこは実力の世界だ。

このクラスになるとギルド提供の宿も比較的豪華になる。

中には提供された宿ではなく一般の宿に寝泊まりする冒険者達もいる。

しかし防犯上としてはギルド提供の宿の方が安心度は格段に高まるため利用者は多い。


そして最後に上級クラスであるが、中級冒険者事務所ではなく今度は上級冒険者事務所に場所を移す。

さすがにこのクラスになると登録パーティー数がぐっと減る。

ちなみにアデラ達が登録しているのは、この上級冒険者事務所だ。

そしてアデラ達の寝泊まりしているのはギルド提供の高級宿ではなく自分達で『土地を買い建てた』アジトだ。



「ただいまです~」


いち早くアジトに帰ってきたポエルは玄関の扉を開け中に入った。


「おかえり」


出迎えたのは眼鏡をかけた黒髪の女性。

その背はポエルよりも頭一つ分ぐらい高い

この女性の名前はヴィオラ。

パフュームメンバーの内の一人である。


「お風呂にぃ~入りたいんだけどぉ~」


帰って早々のポエルによるお風呂コール。


「至急お湯を用意させましょう」


心得ているヴィオラはお手伝いさんの女性を呼び用意を急がせる。

冒険から帰ってきたらまずお風呂。

それはパフュームの鉄則である。


冒険者はとかく臭い

まず何日も冒険に出るためお風呂に入れない。

例え風呂が側にある環境であったとしてもカツカツの生活をしているために旅先での風呂代を持っていない。

中には金はあっても風呂嫌いのため入らない不潔な奴らもいる。

そういう連中の多くは男だが。


パフュームという名称は『香水』である。

旅先では入浴が出来ない状況が多いため、香水を常に持ち歩く。

そこから付けたメンバー名だ。

旅先での緊張感とトゲトゲしい気持ちを和らげてくれるアイテムに感謝の気持ちもこもっている。


それはそれとして、帰ってきたらまずお風呂だ。

香水はあくまでも誤魔化しているだけで、実際は非常に汗臭い。


「ただいま~」


リンゴをかじりなからアデラが玄関から入ってきた。


「おかえり」


「あ~、他は?」


「全員出ているわよ」


「あっそ」


「もうじきお風呂の用意が出来るから入りなさい」


「へ~い」


大体アデラとヴィオラの日常会話はこんな感じである。


ヴィオラ、年齢21歳

眼鏡をかけ長い黒髪を後ろに垂らした物静かな女性である。

自称『十二人中最弱の戦士』。

その自嘲気味な称号は自信の無さから出た言葉ではなく、客観的な事実を述べている。

ヴィオラには他のメンバーのような何か突出した戦闘能力は持ち合わせてはいない。

良く言えば極めて普通なのだ。

しかし特殊な能力を持っていない訳ではない。

『ある鑑定』と戦闘において『相手の次の動きや弱点』をぼんやりとだが見抜ける力を持つ。

戦闘において重宝される能力ではあるが身体能力が並みのため、活かしきれていないのが現状だ。

だから基本的には他のメンバーのスケジュール管理とアジトの管理のような事務方に徹している。

しかし奥の手が無いわけではない。

『鑑定』能力により、ある程度戦闘力不足を補う事が可能だからだ。


「準備が出来ました」


お手伝いさんの言葉にポエルはにこにこする。


「ありがとうございますぅ~」


「先に入れ、ポエル」


「え~、せっかくだからぁ~一緒に入りましょうよ~」


「は?、馬鹿言うな」


「背中流しっこ~しません~?」


「アホ!!、そんな事!!、冗談じゃ…あ、おい!!」


ポエルに腕を引っ張られて、浴場に引きずられていくアデラ。

こういう時は何故かポエルの方が力が強い。


「助けろ、ヴィオラ!!」


「ごゆっくり~」


そう言うとヴィオラは口元だけ笑んで右手を振った。



お風呂に入ったら次は食事である。

二人は私服に着替え、食事が並んでいるテーブルに着いた。香ばしいパンと暖かいスープ、サラダ

そして鶏のお肉。

仕事中は満足な食事が出来ないため、帰ってきた時のこの時はお風呂と同じく至福の瞬間だ。


「もらいです~」


「あ、やったな」


ポエルがアデラのサラダ皿から素早くプチトマトを奪う。


「えへへへ~」


それを美味しそうに口に運ぶポエル。


「お返しだ」


そう言うとアデラはポエルの皿からポテトサラダをスプーンですくい、口に放り込む。


「あ~、ずるいですぅ~」


「ふん、お互い様だ」


そんなアデラとポエルの激しい戦いは終わり、皿の上のモノは全て二人のお腹の中に収まった。

食事を終え、リビングでくつろいでいるとヴィオラが来た。


「すぐに事務所に?、それとも寝る?」


「ああ~…え~と、どうする?」


お菓子を口に入れながらアデラはポエルに聞く。


「ん~そうですね~、特にもの凄~くは疲れてはいないので~…アデラが良ければ~先に事務所に行きましょう~」


「だ、そうだ」


「そう」


事務所には仕事の終了と契約書と簡単な報告書の提出が義務付けられている。

それが面倒な作業であるが、やらないと報酬が貰えないため事務所には足を運ぶ必要がある。

普通はお風呂と食事を済ませた後に事務所に向かうのだが、疲労がある時には軽く睡眠を取ってから向かう時もあり、ヴィオラはそれを聞いた。


「ではもうじきしたら出るか」


「ほ~い」


ソファーに寝そべって本を見ていたポエルは左手を上げて応えた。




「レミさ~ん、来ましたよ~」


事務所の玄関を開けて声をかけ右手を上げて受付窓口まで小走りで走るポエル。

受付の窓口に座っていた女性が書類がら目を離し、入ってきたポエルを見た。


「あ、きゃーー!!、ポエルちゃーん!!♪」


立ち上がり同じく右手を胸の辺りまで上げ手を降る。


そしてポエルが目の前まで来た時、手と手を軽く叩き合った。


「はい♪、はい♪、はい♪、はい♪、はい♪、はい♪、はい♪、いえーい♪」


叩き終わるとお互いがにへら~としてハグする。


「お帰りーー」


「ただいまーー」


いつもこの調子ノリである。

この事務所にはレミ以外にも何人も受付職員がいるが大体は非常にこうして明るい。

しかしこう見えても実は凄く優秀である。


下級・中級・上級、冒険者事務所はこの三つに分類されるが、上級者事務所の職員に採用される人間は王立上校の卒業生または高校卒業生だけである。


この剣の王国では下校、中校、高校、上高の四つの学校があり、一般市民の中の貧困層や下流民は下校で勉強を学ぶ。

中校は中流層の、高校は上流層が通う。

上校は下校・中校・高校卒業者で優秀な成績だった者が更に勉強を続けられるように設立された学校である。

下校もその中に入ってはいるが形の上だけであり。上校に入学出来るのは基本的に中校のトップ層と高校卒業生に絞られる。


目の前にいるこのレミは上校卒業生であり、受付だけではなく一級冒険者の担当もこなしている。

ちなみに現在パフュームの担当も勤めている女性だ。



「はい、ここにサインをして下さ~い」


にこやかに言うレミ。


旅のルートと戦闘の報告書、依頼人の終了報告のサインの入った契約書を提出したアデラ達は報酬依頼書にサインをした。

これにより手続きは完了である。


「では精査終了後にご連絡致します」


「ああ、頼む」


「それにしても今回は助かりました、ありがとうございます♪」


「いや、別に構わないよ」


「大丈夫ですよ~」


ピースするポエル。


何の話かと言うと今回のゴブリン退治である。

本来ならば上級冒険者が請ける仕事ではない。

大抵中級以下の仕事だ。

しかし丁度人手が不足していたらしく上級者事務所に仕事が上がってきた。

それを今回請けたのがアデラ達である。


そうして手続きを終え事務所を出たアデラとポエル。


「あーだる、さっさと帰ろ」


そう言うアデラにポエルは


「え~、久しぶりなんだからぁ~市場に行きましょうよ~」


「お前だけ行け」


「え~~」



と言うわけで、ポエルに引きずられてなぜかアデラも市場に向かう。


ルコットナルトには大きく分けて二つの市場がある。

東の市場と西の市場だ。

もちろん他にも商店街はあるのだが、規模ではこの二つが大きい。

アデラ達が向かったのは東の市場だ。

ここには様々な衣料品や嗜好品が軒を連ねる。

武器や防具類、その他冒険に必要な細々とした品物のコーナーも並ぶ

西の市場が食料品を中心としている市場で、その客層がルコットナルトに住む一般市民が大多数なのとは対照的に東は兵士や商人や冒険者といった面々が目立つ。


「うにゃ~、久しぶりだねぇ~」


にこにこしながら店々を見て回るポエル。

特に何か買う物がある訳でもないが、こうして見るのがポエルの楽しみである。

一方買うものがないなら見て回るだけは時間の無駄と考えるアデラはぶつくさ言いながらポエルの後ろを歩く。

そんなアデラにポエルは立ち止まりアデラの顔を上目遣いで見て聞く。


「な~にぶつぶつ言ってるんですかぁ~?」


「かったるいんだよ」


「だるいんですかぁ~」


「ああ、そうだ」


「なんかぁ~おばさんみたいですぅ~」


「おばさんなんだよ、私は!!」


ガシャガシャガシャ!!


その突然近くで鳴った音に二人は音のした方向を見る。

すると一人の若者が買った道具類を床に落としてしまっていた。

どうやら買い物袋の底が破け、道具類が落ちて散らばってしまったようだ。


慌てて落とした物を拾い集めようとする若者。

その若者に罵声が飛ぶ。


「何やってんだフィン!!、このボケ、冗談じゃねーぞ!!」


一人の男がフィンと呼ばれた若者をまくし立てた。

鎧に腰から剣を下げている。

どうやら冒険者のようだ。


「ご…ごめん…袋が…」


「ご免で済むか!!、買ったばかりだってのに!!」


「ほ…ほんとにごめん、すぐ集めるから…」


しゃがんで急いでかき集めようとするフィンを見ながら男の傍にいた魔法使い風の女が声を出す。


「ちょっとー、私の物傷いってないでしょうね?」


「だ…大丈夫だと思う…」


「だと思うってなによ!!、いってたら弁償よ弁償!!」


「う…うん分かった、ごめん」


「まったく君は全てにおいて駄目ですね」


今度は賢者風の眼鏡を掛けた男が見下したように言う。


「ケネス、さっさと行こうよ~、私あっち見に行きたい」


「ああ分かったハンネ、おいフィンさっさと集めろよ」


「う…うん…」


「では僕達も行きましょうか、リヴ」


賢者風の男が神官風の衣装を来た女の子の手を取りケネスやハンネの後を追う。

リヴと呼ばれた女の子は何か言いたげだったが、そのまま賢者に引っ張られていった


一人残されたフィンは落ちた道具類を集めてどうしようかと泣きそうな顔をしている。


「良かったらどうぞ~」


近くの店から袋を貰ってきたポエルがフィンに渡した。


「あ…ありがとうございます、ありがとうございます」


感謝しながらポエルから受け取った袋で素早く道具類を入れるフィン。


全て入れ終わってから改めて礼を述べた。


「ん~というかぁ~大丈夫~?」


「え?、あ…はい、大丈夫です、すみませんでした」


先ほど仲間達とのやりとりを見られていた事にフィンは恥ずかしそうに目をそらし頭を下げる。


「助かりました、ではこれで…」


「ああ、気をつけて」


アデラの言葉に振り向きざま頭をまた下げてフィンは仲間達を追った。



「…ん~」


ポエルが唸る。


「どうした?」


「なんかぁ~許せないなぁ~…て思っちゃいます」


「ああ、何だあいつらって感じだな」


仲間の不和は珍しくはないが、あそこまであからさまなのは見ていて気分が悪い。


そんな二人の背後から声がした。


「あれはファングのメンバーね」


「!?」


二人は驚いて振り返る。

気配なく無防備で背後を取られるのは久しぶりだ。


振り返るとそこにはヴィオラが黒いドレスを着て立っていた


「あら…ご免なさい、まさか二人が無防備とは思わなかった」


「いや、完全に油断してた…」


「ヴィオラさん~ファングってぇ~?」


「牙の名を冠する中級冒険者メンバーよ、最近一気に頭角を表してきた新鋭チームね」


「は~ん」


「まぁ、メンバーの性格は見ての通りだけど」



冒険から帰ってきたその夜はアデラ、ポエル、ヴィオラの三人で外食に出た。

単なる大衆食堂ではなく、それなりの高級レストランである。

冒険者風情が高級店に入る事は少ない。

そもそも冒険者とは日雇い業種であり、人々から良い目では見られない職業である。

場所によっては入店お断りの店もあり、中々に厳しい。

と言うか、入店お断り以前に元々冒険者が高級店に入る金を持っていないため縁などないのが現状だ。


三人の服装は当然ドレスである。

でなければ入店は出来ない。

しかしポエルやヴィオラはともかくアデラは似合っていない。

まったく似合っていない。

アデラ本人もそれは自覚している。

何より動きにくいのだ。

しかし文句は言わない。

せっかくの外食に愚痴はぶち壊しになるため口はつぐんでいる。


淡々と運ばれてくる料理を淡々と口に運ぶ。

アデラにとってはここが我慢のしどころだ。

しかしポエルやヴィオラは楽しそうなので何よりだ。

アデラただひたすら笑顔を作って料理を食べる。



「カンパーイ!!」


高らかにビールの入ったジョッキを片手にアデラは乾杯をした。

場所が変わってここは街の酒場である。

高級店で食事を済ませた三人は着替えて普段着に戻った。

とはいえヴィオラはいつもドレスを着ているため、特に変わりはないかと思いきや普段着と外着は明確に分けている。


くびぐびぐびっっっとビールを一気に飲み干したアデラはおかわりを注文した。


「かぁーー!!、やっぱりこれだねぇーー!!」


ぷはぁっっとして言い切る。


「アデラ~、なんかぁ~おじさんみたいなんだけどぉ~」


ビールをちびちびやっていたポエルが呆れる。

その横ではヴィオラがワインの入ったグラスを口に傾けている。


「おじさんだよ、私は!!」


「はきゅ~~」


ぼっぺたをぐにぐにされてきゅ~~となるポエル。


「美味しかったでしょ?」


「ああ美味かった、また行こうな」


それを聞いてヴィオラは苦笑する。



ガシャンッッ


「お?」


酒場の一角で客同士の喧嘩が始まった。

別に珍しくはない、むしろ日常茶飯事の事だ。


「喧嘩だ喧嘩だ!!」


嬉しそうに言うアデラ。

こういうのは大好物だ。

一方のポエルとヴィオラは大人しい。


最初は襟を掴みーの口論しーのであったが、とうとう殴り合いの喧嘩が始まった。


「うお、派手が始まったな」


高みの見物に徹するアデラ。

ポエルはビールをちびちび、ヴィオラはワインを飲む。

二人ともまったく興味はなさそうだ。


やがて店主や従業員が棒を手に客同士の間に入ってきた。

大体はここでお開きとなり、客はつまみ出され店の客もまた酒を飲みだす…筈だったが。


シュラッ


喧嘩していた客の一人が短剣を抜いた。

どうやら相当酔っているらしく、自分のしている事が分かっていないようだ。


「まずいわね」


ワイングラスをテーブルに置きヴィオラが呟く。


「ん~確かにまずいですねぇ~…」


ちびちび飲んでいたポエルもジョッキをテーブルに置いた。


「ちょっと行ってくる」


そう言うとアデラは立ち上がる。

そして短剣を警戒しながら棒を構えていた店主や店員を押しのけ前に出る。

短剣を持っていた男は何やら喚きながら威嚇した。

しかしアデラは構わず男に近づく。

男は短剣を振り回した。


ビシィッ


アデラの手刀が男の手首に入り、男は短剣を落とした。

そしてその腹に一発叩き込む。


「勝負ありね」


そう言うとヴィオラは再びワイングラスを手に取った。



食事を終えパヒュームのアジトに帰ってきたアデラはそのまま自室に向かう。

アデラの部屋は二階にある。


アジトについて言うと一階は玄関、リビング、キッチン、宝物庫、倉庫、武器庫、事務所、トイレ、浴場等に別れている。

倉庫はパヒュームが仕事で使う備品類がある場所だ。

宝物庫とは言うまでもなくパヒュームの財産が納められている場所であり、事務所とはメンバーの活動記録やスケジュール管理、たまに来るお客に対しての客室も用意されている。

これらを管理しているのは基本的にヴィオラだ。

だからチームのリーダーとしてヴィオラは皆から思われ頼りにされているが、本人はリーダーではないと否定している。


二階・三階は12人のそれぞれの部屋になっている。

プライバシーは侵害しないのがモットーで、本人が居ない時に勝手に部屋に入るのは厳禁である。

入る時は本人の許可がある…または緊急を要する時ぐらいだ。

ちなみに各部屋があるとは言っても全員がここを家として寝泊まりしている訳ではない。

12人中約1名は元々本来の自分の家がこの都にあるため家に帰っている。

しかし冒険に使う武具や道具類はこのアジトに置いていて、仕事の時はここで装備する。

後はここで皆と酒を飲んだりした時には一泊して帰るのが主だ。



カチャ…


部屋の扉を開け、「光」と唱えると部屋は全体が明るくなった。

これは近年『魔導の法国』が使い始めた魔法である。

しかし『剣の王国』ではまだ一般的ではなく、一部の人間達が使っている程度にしか過ぎない。

理由としてはこの魔法は一定の水準以上の魔法使いしか使えず、剣の王国ではそんな魔法使いは殆どいないからだ。

その殆どいない魔法使いがパヒュームメンバーにはいる。

いや、正確には魔法使いではない。

魔法戦士と呼ばれる魔法を使える戦士だ。

彼女が部屋を明るくするシステムを構築してくれたお陰で夜でも昼間のように明るい。

魔法とは便利なモノである。


「……」


今日はしたたかに酔ったため足元がふらつく。

しかしやはり仲間と飲む酒は美味い。


バタン…


部屋の扉を締め、ふらふらとベッドルームまで歩く。

アデラの部屋と言ってもワンルームではなく三つほど大小の部屋に別れていて、くつろぐ部屋とベッドルームと武具の保管庫だ。

この武具の保管庫とは『アデラ専用』の武具であり、大型の武器がガラスケースに立て掛け並べてある。

刃の長さが1メートルから中には2メートルを越す両手大型剣もあって、大型剣のマニアには涎が出そうな程のコレクションだ。


もちろん実際に戦闘でも使用する。

今回は洞窟の中での戦いだったため、市販されている刃の長さが60cm程度の量産剣を持って行ったが、密閉空間外の仕事での場合は大型剣を振るう。


ドサン…


久しぶりの自分のベッドに体を任せる。


「闇…」


そう言うと部屋を照らしていた光は消えた。


「……」


そしてそのままアデラは眠りへと入っていった。



アデラは目を覚ました。

頭がぼけーっとなっている。

記憶を辿ってみると…飲みすぎた。

それから昨日の事を一つ一つ思い出していく。


「え…と、飲み屋で乱闘騒ぎがあって…三人で高級店に行って……中級冒険者と市で見かけて…食事と…ポエルと風呂…馬車で帰ってきた…」


昨日の事を逆に辿り思い出す。


「あー…帰ってきたなー…」


ようやくその実感が沸く。


冒険者は元々『家』という概念が希薄だ。

希薄になっていくと言った方が正しい。

明確に帰る家も無く食事も満足に取れず、危険と隣り合わせの仕事に日々を送る。

その仕事の報酬にしてもまともな仕事なら雀の涙程しか貰えない。

そして立ち止まれない。

立ち止まれば忽ち困窮して倒れてしまう。

だから走り続けるしかない。

体力の続く限り、全力で。


パフュームの結成時もまた同じだった。

初の女のみでのパーティーであり、初の戦士だけからなるパーティーとして出発したが最初はまったく上手くいかなかった。

転機は二年前…世界を襲った魔物の大侵略である。

この剣の王国もまた魔物の攻撃に晒され、国土の約三分の一は灰燼に帰した。

ここルコットナルトも一部は破壊された。

その戦いに身を投じた『わたしたち』は大量の魔物とそれを率いていた魔人と戦った。

そして勝利した。

その戦いにより『わたしたち』は類い希な力を手にした。

そう、今に連なる最強の力を。



「おはよう」


「おはようです~」


かしゅかしゅと歯ブラシで歯を磨くポエル。

洗面所にてかち合ったアデラはポエルが顔を洗うのを待つ事にした。


「ん~?、どうしました~?」


「いや、お前が顔を洗うのを待ってるんだ」


「?、どうしてですかぁ~?」


「私も顔を洗うんだよ」


「なら一緒に洗いましょ~」


「は?、いやいや何でだよ!!」


「嫌ですかぁ~?」


「嫌だね!!」



しゃこしゃこしゃこしゃこ、しゃこしゃこしゃこしゃこ…


狭い場所で二人並んで歯を磨く。

何故こうなるのかが不思議だ、まったく。


口をすすぎ、顔を洗った二人は朝食の待つフロアへ入った。

そこには既にヴィオラが椅子に座りコーヒーを飲んでいる。


「おはようございます~」


「おはよう」


「う~す」


「おはよう」


三人が揃った所でお手伝いの女性が料理を運んで来た。

それらは手早くテーブルの上に置かれる。


「ありがとうごさいます~」


「いえ…どうぞお召し上がり下さい」


「いただきます~」


「いただきます」


「いったっきまーす」


明らかに変な言葉遣いの者が一人いるがお手伝いの女性は気にしない事にしている。


「そう言えば今朝朝早くに事務所から連絡はあったわよ」


「何て?」


「精査が完了したから報酬を貰いにきてくれって」


「はや!!」


「特別に早くしてもらったそうよ、レミさんも気を遣う人だから」


「ああ、ゴブリンの件ね」


「そう、特別手当ても出しておきましたって」


「気を遣うなぁ」


「まぁ~何はともあれ、あり難い事ですね~」


朝食を済ませ自室に戻ったアデラは棚から小瓶をつまみ鏡台の椅子に座る。

普段非常にがさつだが鏡に映るアデラの姿は…可愛い訳でも美人な訳でもない。

かといって不細工かと言われればそれも違う。

どちらかと言うとハンサムという分類だろうか?。

『兄貴』と呼ばれた事もあり、アデラ自体はそれが時々気になっている。


小瓶の蓋を開け、中の匂いを嗅いでみる。

つんとした刺激臭のする香水が中に入っている。

それを手首と耳の後ろに付けた。

こうしていると自分も多少は女らしく感じる。

髪はショートなので手入れはあまりしていない。

いや、しなくてはならないのだが面倒臭い部分が占めて結局は手入れをしない事がかなり多い。

筋肉は…まぁ、大剣を振り回せるぐらいの筋肉はある。

かといってガチムチではない、程々だ。


「はぁーーっっ」


溜め息が出た。


アデラもまったく恋愛に興味がない訳ではない。

少なくとも人並みにはあるだろう。

しかし男が寄ってこない。

一回試しにしおらしくして接してみたが、かえって逆効果だったらしく引かれた。

では大剣を振り回す姿が良いのかと言えば此方はどん引かれる。

まったく男とは意味不明な連中だ。


「さて…行くか…」


鏡の前で身だしなみを整える。

特に誰に見せる訳でもないし普段は気にもしないが、たまにこうしたい時がある。




「ほ~い」


二階から降りて来たアデラにポエルが手を振る。

自分も少しはポエル並みの可愛さがあれば男が寄ってくるだろうか?…とも考えたりするアデラ。

しかし語尾を伸ばす喋り方は絶対無理だな…とも感じる。


「待たせたな」


「えへへ~」


アデラは一階に降りてポエルの前まで来た。

するとポエルは笑んだ。


「何だ?、どうした?」


「ん~『女騎士の忠誠』ですねぇ~」


それはアデラがいま付けた香水の名だ。

若くして王位に着いたハンサムな王に忠誠を誓う女騎士をイメージして作られた香水でツンとした匂いが特徴である。


「ああ、そうだ」


「ふふ~私この匂い好きなんですよねぇ~」


目を閉じてスゥー…とアデラの匂いを嗅ぐポエル。

そのポエルからは非常に甘い香りが漂う。


「『王女の純愛』だな」


「ピンポーン、当たりですぅ~」



現在一般市民向けに市場に出回っているものだけでも数百種類に登る。

出回っていない貴族専用の香水等を含めればその数は五百ときくまい。

パフュームとしては流行も含め新商品共々把握しておきたい所だ。

勿論匂いもである。

だからこうして今日は何を付けているのか…を会話に乗せるのは重要なのだ。


「さて、行くか」


「はい~」


そうしてアジトを出た二人は冒険者事務所に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る