アンマッチ
気付くとそこは小さな船の上だった。錆びれた屋根が、暑い日差しを遮っている。
「気が付きましたか?」
ハナがトットを覗き込み、話しかける。
「……水を下さい」
ハナは直ぐにペットボトルの蓋を開け手渡す。
「ありがとうございます」
受け取り、飲み干す。飲み終わると又、意識が遠のく。
♦︎♦︎♦︎
次に目覚めると、そこはホテルのベットの上だった。窓から見える景色はオレンジ色に染まり、時刻が夕方になっていることを知る。
「私はどれ位、眠っていたのでしょうか?」
椅子に腰掛ける木村に問いかける。目覚めたことに気付き、テーブルからスープを持ってくる。
「七時間程でしょうか、体調の方はどうですか?」
トットは身体の調子を確認する。上半身を起こそうとするが力が入らなかった。ズキズキと頭が痛み倦怠感が全身を覆っていた。
「良くはなさそうです。助けていただきありがとうございました」
横になったままの状態でお礼を言う。
「少し冷めていますが、これを飲んで下さい、スープです」
そう言うと木村はトットの上半身を持ち上げ、抱きかかえる。そのままスプーンを取り口へと運ぶ。
時間をかけゆっくりと飲ませた。
トットは透明なスープを口に含む。それは色々な具材の味が染み出し、乾き切ったトットの肉体の隅々まで行き渡るようだった。
枯れ切っていた涙が溢れ、グズグズと泣きながら飲み続ける。
♦︎♦︎♦︎
次の日には自ら立ち上がれるまでに回復していた。
「おはようございます!」
ハナが朝食を持って入ってくる。テーブルにそっと置き、そのまま部屋のカーテンを開ける。
「おはようございます、昨日から迷惑かけっぱなしで申し訳ありません!」
深々と頭を下げるトット。もう随分と意識もハッキリしていた。
「もうすぐしたらタロさんも来ますので! これ食べてゆっくりしていて下さい」
快活に告げると頭を下げ、部屋を出て行く。
それから程なくしてタロウとハナコが部屋に入って来た。
「今日は顔色も良くなってきましたね。良かった、一時は本当に危ない状態でしたので」
木村は椅子に腰掛け、トットの状態を確認しながら言う。
「はい! ちょっと頭痛はしますが、もう日常生活には問題なさそうです! ありがとうございます」
ベットの上で土下座のような体勢でお礼を言う。
「早速本題なのですが、二人が生きているのは本当ですか!?」
ガバッと顔を上げ、勢いよく質問する。
「小沢さん、落ち着いて聞いて下さい。これは確定の情報では無く、あくまで私の予想の
諭すように話す。本当は完全に回復してから伝えたかった。
「予想でも範疇でも結構です! 少しでも可能性があるなら話して下さい」
懇願するように話の続きをお願いする。
「我々の組織は警察や自衛隊と違い、裏の非合法な案件を多く取り扱っています。当然過激な件に携わることもあり、怪我なども日常茶飯です。よって我々専用の病院があり、あの日も二人その病院に運ばれています」
「その病院はどこにっ!?」
話の腰を折るようにトットが割り込む。
「落ち着いて、最後まで聞いて下さい」
木村がなだめる。ハナはトットの横に立ち、背中を摩っていた。
「最初は病院に二人運ばれたと報告書を読んだ時、気にも止めませんでした。なにせあの惨状ですから。ですが翌日になると次々と生存者が見つかりました。小沢さん、貴方は一人一人シェルターのようなモノで囲み、被害を最小限に留めていました」
あの時トットは、壊したい衝動と護りたい衝動がせめぎ合っていた。超能力は、そんなトットの気持ちを汲んでくれていたのかもしれない。怪我人こそいたが、死者はいなかった。
「ですがそうなると疑問が残ります。あのタイミングで病院へと運び込まれたのは誰だったのか? 私は組織のデータベースにアクセスし、調べようとしましたが閲覧する事は出来ませんでした。ただB型の血液とO型の血液がその日大量に使用されたのは、確認出来ました」
トットはすぐさま気付く。
「カカさんがB型でミーが私と同じO型です!」
「はい、根拠としてはこの程度の理由なのですが……」
「充分です! ゼロじゃ無いんですねっ! ゼロじゃない、ゼロじゃない。それって無限の可能性じゃないですか!?』
トットの中にドンドンと気力が溢れてくる。
「無限って訳では……。いやそうか……。ゼロじゃないなら可能性は無限、ですね。実に小沢さんらしい考え方だ。確かにその方がずっと良い」
トットが眠っている間に、二人は出来るだけの情報を仕入れていた。未だに二人が入院中であることは分かっている。病院の場所も、閲覧できない部屋も分かっていた。あとは組織を裏切る決断をするだけだった。裏切れば、二人の命は無いだろう。自分のことはそれでも良かったが、ハナだけは生きていてほしかった。だが二人とも生き残る可能性もあった。
ごく僅かな可能性だったが、ゼロでは無い。
「ハナ、俺についてくるか?」
「当然です。タロさん一人にはしません」
二人は自然と手を握り合う。
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