無意識
烏と連れ立って通路を歩く、
「堂々とされて下さい。貴方は貴賓として招かれています」
ビクビクと歩くトットを見て、烏が言う。
「これが私なんです! 堂々としろって言われても、急には変われませんよっ!」
これより
いつもの見窄らしい格好では無く、烏の用意した燕尾服に着替えていたトット。身体中に張り付く繊維が拘束具の様に重く纏わりつく。二人は部屋の前で立ち止まる。そこはトットの人生で経験の少ない『様』と書かれた部屋の前だった。前回と違い今回は『小沢様』と書かれている。
「こちらで少々お待ち下さい」
ドアを開け、招き入れる。
「それと、あちらのテーブルに用意した毒を飲んで頂きたい。なに皿まで食えとは申しませんのでご安心を」
クックっと短く笑う。毒であることを隠しもせずに、笑えない冗談を言う。
「どっ毒ですって! 何の毒ですか!? 今からやらせることがあるのに殺すつもりですか!?」
毒の不吉な響きに焦る。
「毒と言っても即効性の毒ではありません。それに命を奪うモノでもない。遅効性の睡眠薬のようなモノとお考え下さい。効き始める時間は……、ご想像にお任せします」
さあどうぞと言ってトットに飲ませる。従うしかないと悟り飲み込む。
「宜しい、それとコチラを耳に付けて下さい。私との会話が可能になります」
そう言ってイヤホンを手渡す。左耳に付け動作確認をし、烏は部屋をあとにする。
一人部屋に残され、時間を確認する。時計の針が
♦︎♦︎♦︎
死について考える。
それは遠い未来の話であり、トットにとって
(もし家族を救う為にその他大勢の命を犠牲にしたとして、家族は許してくれるだろうか?きっと許してはくれないだろう、理解と無理解の間で苦しめてしまう……)
そこでトットは未だに判断を他者に委ねていることに気付く。
(違う違う! そうじゃない……、俺が人を殺すことは自分で決めたんだ! 許しを求めるのは自分の決断の責任を、相手にも押し付けてしまう……)
全てが終わった後、二人が無事なら離れようと決断する。二人の幸せに今の自分の存在は必要ない。変な力に目覚めたばかりに一生残るであろう傷を残したことの後悔が、ズキズキと胸を刺していた。木村の言葉を思い返す。
『日本国民が、貴方の死を願った場合その命を絶てますか?』
この状況に陥ってやっと、その意味を理解できた。他者が望まなくとも、今では自ら死を願っていた。
(もっと早く決断していたら、今日ここに集まった人達の人生を終わらせることはなかった。なんて惨めでなんて
悲壮感に苛まれる心。ミーの将来に思いを馳せ活力を取り戻そうとする。
(きっとカカさんに似て美人になる。俺みたいな不甲斐無い男じゃなく、経済力があって優しく男前な人と結婚するさ……、まぁ結婚しなくても良いけど)
ミーが結婚することに不快感を覚え、考えるのをやめる。
(カカさんもあんなに気立が良くて顔も美人なんだから、再婚相手も沢山いるだろう。いやカカさんは一人でも充分やっていけそうな気がする……)
やはり不快感を覚えやめる。
(でも二人には、綺麗な世界で生きてほしいなぁ……、健康でお腹いっぱいご飯食べて……。たまに俺のことを思い出して笑って、満たされた人生を歩んでほしい)
実現させなければ、そう固く決意し死への恐怖を吹き飛ばす。
(やってやるさ、男小沢
男は勇ましく、約束の時を待つ。
♦︎♦︎♦︎
トットはパシフィコ横浜内にある国立大ホールの舞台袖に来ていた。烏の姿は無く一人出番を待つ。名前を呼ばれステージへと進む。
舞台を見渡すと名だたる重鎮達が夫婦で連れ添い、通訳らしき人物と護衛らしき人物とに挟まれ座っていた。それと至る所にSPが配置されている。
『小沢さん、聞こえますか? そちらから真っ直ぐに、三階バルコニー席を見て下さい』
イヤホンから烏の声が聞こえ、視線を上に上げる。そこには通常の客席は無く、透明な板に覆われた四角い部屋があった。
(カカさんっ! ミー!!?)
思わず叫びそうになるが耐える。舞台袖より様々なモノが乗せられた大きなカートがやってくる。
『こちらで準備しておきました。どうぞお好きな道具をお使い下さい』
カートの上には長さ三十センチ程の綺麗に磨き上げられた鉄の棒が数本、先は尖っていなかったがトットが操れば充分突き刺すことは可能に思えた。隣には色とりどりの透明な丸い球が十個程あり、ボーリングの球の半分位の大きさだった。手に持ってみるとズッシリと重みを感じる。材質は分からなかったがこれも鈍器として充分な効果を発揮するだろう。最後は長くしなやかなロープ。色とりどりの糸で編み込まれ、太さは三センチ程あり、長さは十数メートルはあった。絞殺するのに使えそうだ。
トットはまず丸い玉を空中に浮かばせフワフワと移動させる。会場からは拍手と歓声の声が各国の言語で上がっていた。
(どうしよう……、どうしよう……)
いざとなると迷いが生じるトット。
『撲殺ですか? 良いですね! そちらの材質はアクリルガラスで出来ております。強度に問題はありませんので、存分にお使い下さい』
心底楽しんでいる烏の声がイヤホンより聞こえてくる。
(やらなければ二人が……)
クルクルとトットの頭上を回転していたアクリルガラスの球が一つ、勢いよく日本の総理大臣に向かって飛んで行く。
『キャッ!!』
イヤホンからカカさんの悲鳴が聴こえる。アクリルガラスの球は総理の顔から十センチ程手前で停止していた。身を退けぞっていた総理も、アクリルガラスの球に触れ、これがイベントの一環だと思ったのか盛大な拍手を送っていた。
『カカさんっ!! こっちの声が聴こえるのかいっ!?』
トットの声は会場の拍手で掻き消され、周りの人間には聴こえていなかった。
『聴こえるっ! ねぇこんなことはやめて!』
カカさんの悲痛な叫びとミーの泣き声が聞こえてくる。
ドスンっドスンと音をたて、アクリルガラスの球がステージに落ちる。トットはイヤホンから聞こえてくる声に集中する。
『こんな人達の言うこと聞く必要なんかないっ! あなたがもし人を殺したとして、あなたは生きていけない。絶対にダメになるわ、それじゃ意味がないの! ねぇ、みんなで別の方法を探しましょう?』
震える声で訴えかけるカカの言葉に、涙が溢れてくる。全て見透かされていることに、カカの偉大さを感じていた。
『……そうだ、そうだよ! 烏さんお願いします、殺し以外のことなら何だってします! 一生言うことを聞きますから、どうか! どうか二人を解放して下さい!!』
トットの様子の変化に、会場からは拍手は消え、ザワザワと話し声が響く。状況の変化にいち早くSPが動き始めた。
『やれやれ、
酷く落胆した口振りだったが、何故か喜んでいるよいに聴こえる。
『選択を間違えましたね』
一瞬の出来事だった。
烏は懐から短いナイフを取り出すと幼い首筋に突き刺した。
『さあ、あと一人います。そこにいるゴミ共を殺しなさい!』
烏はそう叫ぶと、ミーを包み込むように覆い被さっていたカカを引き上げ、ナイフを首筋に立てる。
「 …………あっ…………、あっ———— 」
声が出ない。
なにも考えられない。
息が出来ない。
無の中に陥っていると。カカの声が聞こえてくる。
『トトさん、ごめんなさい。ミーのところに行かなきゃ……』
カカはそう告げると、烏の持つナイフを押し込み、自らの首に刺す。
『おやおや、私としたことが油断しました。手駒も無くなりましたし、退散するとしましょう。それと先程の毒ですが、あと三十分程で効果が現れるでしょう。それまで存分に、暴れて下さい』
トットの脳内は停止状態にあった。矢継ぎ早に起こる惨劇に、今にも止まりそうな心臓を守る為、脳が保護をかけた。
最後に『暴れる』と言う情報だけを残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます