歪な天秤

 全ての食材をたいらげ、出掛けようと立ち上がる。心当たりがあると言ったが、現状ではただ一つトットが吹き飛ばした倉庫だけだった。そこでやっと玄関扉の裏に張り紙が貼ってあることに気付く。


「何だこれ……」


 張り紙には『そこで待機しニュースを見ろ』と短く書かれていた。急いで居間に戻りテレビをつける。チャンネルを切り替えニュース番組を片っ端から見る。日本の株価が上がったとか、都内で中年男性と見られる変死体が見つかったとか、アイドルグループの誰々が歌手の何々と結婚するだとか今のトットには意味の無いニュースばかりが流れる。今すぐ探しに出掛けたい衝動を抑え、テレビの画面に意識を向ける。みなとみらいのパシフィコ横浜にてG8首脳会合があることをキャスターが告げ。現地のアナウンサーはパシフィコ横浜をバックに中継していた。


「——それとG8首脳ワーキングディナーの前に今話題の超能力者、動画配信でもお馴染みの『トット』さんが、各国の首脳を前に、持ち前の芸を披露することが発表されました」


 アナウンサーのお姉さんは、スタッフに渡されたメモを読み上げる。トットのことは初耳だったアナウンサーは、おくびにも出さず仕事をこなす。


「えっ! 私!!?」


 寝耳に水のニュースに驚く。直ぐにこれがあいつらからのメッセージだと気付く。


「カカさんもミーも、横浜にいる……」


 携帯を取り出し、みなとみらいまでの移動時間を調べる。


(電車でも二時間あればつく、今の私が飛んでいけば多分もっと早くつける)


 次にワーキングディナーの開始時刻を調べる。本日の十九時開始とあった。時刻を確認すると現在十一時二十三分、六時間以上あった。


 直ぐには出掛けずに、脳内にて様々なシミュレーションをするが、どれも上手くいかない。戦わずに降伏し、二人が無事ならそれが一番良いと考えた。元来がんらい臆病な性格の為、戦って助けることは困難に思えたからだ。


 ゆっくりと自分の成すべきことを確認する。胸に小さな闘志を灯して。


♦︎♦︎♦︎


某掲示板サイト

特設!【トット氏を暖かく見守る会】

八月○日

エフ局 十九時 〜『身近なマジシャン頂上決戦!』にてトット氏出演決定!


Part三十四

ザール人

「おっ! テレビのニュースでトット氏のこと言ってる!」


クイーン丸

@ザール人

「やってましたね〜、てかサミットに呼ばれるって何か違う気がするw」


祖父リーズ

「おお! 活動再開ですか」


チキンとミート

@祖父リーズ

「最近動画更新止まってて寂しかった……」


PPv

「サブさん喜ぶだろなー」


人生ポイ捨て

「トット氏捕まったってガセネタぶち込んだの誰だっけ? 誰かおせーて」


明日は我が身

@人生ポイ捨て

「確かビスまる子、ロックオンっすかw?」


空白

「でもサミットのワーキングディナーって放送無いよな?」


サルマール

「たすかに」


新鮮な組

「うむっ十九時か、期待して待つなり」


サブイボ氏

@PPv「きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! みんな現地集合やな」


母からオカカ

@サブイボ氏

「何でやねんwwwww」


大空つかさ

「間に合うっちゃ間に合うな」


佐川遅便

「配達ついでに寄るかなぁ」


明太子リスト

「集合の流れ笑」

ビスまる子

「いやまじネタだからっ!!!」



♦︎♦︎♦︎



 午後五時三十分、トットは横浜の臨港パークに来ていた。電車で来ようと思っていたが、痴漢容疑で再逮捕されるのが嫌だったので、結局飛んで来た。パシフィコ横浜を横目で見やり、これからどうしようか考える。目の前には海があり、飛んで逃げるには最適だと考える。携帯にて近くの無人島の座標も調べていた。


 ふと潮風が鼻をつき、去年カカさんとミーを連れてみなとみらいの花火大会を見に来たことを思い出す。


(カカさんもミーも喜んでたなぁ、帰りはミーが疲れて寝ちゃって……)


 カカさんに代わると言われたが、何故か意地を張って最後まで抱っこし、翌日腕が上がらなくなった。今では良い思い出だ。


「海はお好きですかな?」


 背中から話しかけられる。ゾワゾワと悪寒が走り、確認せずとも誰か分かる。


「もちろんですよ、自分がいかに小ちゃい存在か教えてくれます」


 咄嗟にサイコキネシスで拘束しようか迷うが思いとどまる、こちらから危害を加えて相手の機嫌を損ねるのは避けたかった。


「そう悲観せずとも、貴方は今では大層注目の的ではありませんか?」


 海を眺めるトットの隣に立ち、男は言う。


「烏さん、二人は無事なんですか?」


 今でもトットは烏のことが心底怖かった、だが留置所の時のように震えてはいない。


「無論ですとも! 二人は大切な客人です。怪我一つ無くお預かりしています」


 仰々しい態度で言い放つ。信用は出来なかったが、信じるしかなかった。


「貴方達は私に何をさせたいんですか? 何をすれば家族を返してくれるんですか? 何でもします、全て望がままに行動します! だから今直ぐに二人を解放して下さい……。お願いします」


 その日初めて烏と正面切って向き合い、頭が地面に付きそうになる位に頭を下げる。無防備に背中を見せる格好に、全面降伏を示す。先に進む為に敗北を認める。


「ふむ、思慮分別のある方で安心しました。私も無駄に人を殺めることはしたくありませんので」


 烏の言う『殺める』がテレビや映画で聞く『殺める』と違うことに、自分の行動が正しかったと確信する。


「では二人を!」


『いえいえそう焦らずに、急いては事を仕損じると言いますでしょう。全ては貴方がを無事に済ませた後に』


 留置所で見た、笑顔を顔に貼り付け笑う。


「でっ、では私は何をすれば良いのですか?」


 トットは予想していたことが外れているのを願って、恐る恐る訊ねる。


「簡単な内容です。今夜集まる各国の首脳を全員殺して下さい。日本の総理大臣も含む全員です」


 何事もないように言い、残忍さが刻まれるように皺が深くなる。


「それと人数が増える分には構いませんので、周りの人間も処分されて結構です。貴方の殺り易いように、処理して下さい」


 トットの脳内にて天秤が揺れ動く。片や愛する妻と娘、片や世界の重要人物とその他数百名。


 比べるまでもなく、家族に傾く。

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