放り込む
ゆっくりとスロー再生で過去の思い出が蘇る。パノラマ記憶のように一瞬で過ぎ去るのではなく、一つ一つ確認するように、湧き上がる思い出に心を暖めてゆく。
烏によって冷え切っていた内面が、通常通りに戻ったのは、その日の夕方だった。取り調べの最中はうわの空で、終始言葉を発することは無かったトット。取り調べをしていた警察官も、無理に捜査を進める様子はなく早目に尋問は終わった。
鉄格子のはめ込まれた小さな窓から空を眺める。今更ながら
何故急にこんな力が身に付いたのか?
私は本当に人間なのか?
神様が私に何かさせようとしているのか?
私はこのまま生きていても良いのか……
力の増加は相対的に寿命の減少に繋がっているように思えた。
その日は壁に寄り掛かり、二人を想いながら眠りについた。
♦︎♦︎♦︎
「トットさん、トットさーーーーん!」
名前を呼ぶ声で目覚める。
「あっ小沢さん、おはようございます。朝早くに申し訳ないっす!」
そこにはトットのファンだと言っていた若い警官が立っていた。
「喜んで下さい、釈放ですよ! どうも被害届が取り下げられたらしくて、ラッキーでしたね!」
(なにがラッキーなもんか……)
トットは
「小沢さ……、トットさんって言って良いですよね? 実は自分『ビスまる子』って名前でコメント書いてたんですけど、分かりますよね?」
『ビスまる子』の名前に心当たりはあったが、相手にする気分になれず「わかりません」と
「まぁまぁそうですよね、トットファン多いし。全然気にして無いんで、
若者よろしく空気を読まずに話し続ける。
「自分トットさんを自宅に送り届けるよう言われました。表に車、回してあるのでついて来て下さい」
トットは気持ちが乗らなかったが、飛んで帰る気分にもなれず、渋々ついて行く。車に乗り、自宅へ向かう途中永遠に話し掛けられ後悔する。職場の人間が痴漢容疑で現行犯逮捕されたことや、サミットで人手が足りていないこと、最近彼女が出来た等々どうでも良い話を永遠聞かされ続けた。
「これっすね、マイカーなんすよ! 就職出来たし警察学校を卒業した自分へのご褒美に買っちゃいました。家にパトカーだと何かと気まずいでしょ?」
気が効くでしょうと言わんばかりだったがしっかりと制服を着込んでいるので、効果の程は薄そうだ。
「それでお願いなんですけど、ちょっと超能力見せてもらえませんか?」
右手でハンドルを握り、左のズボンからポケットティッシュを取り出す。それをこちらに渡してくる。
「……申し訳ない、あれは手品でして今は出来ないんですよ」
ええっ!? っと驚くビスまる子。
「マジっすか!? 何だよ偽物かよ。まぁ俺はそうだと思ってましたけどね」
間にタメ語を折り込みつつ落胆する。
車は信号を過ぎ左折し、自宅の前で停車する。二日ぶりの我が家に目を向けると、二階に登る鉄骨階段の下にジジがうずくまっているのが見えた。
「ジジっ!!?」
急いでドアを
「やだなぁ〜トットさん、ドアロック上げないとっ、ワァオッ!?」
ボンっと激しい音を立て助手席のドアが吹き飛ぶ。そのままドアは隣のブロック塀にメリ込み、オブジェのようになる。
「ジジさんっ! だっだっ、大丈夫なの!?」
顔を確認すると鼻から血が溢れていた。頬骨のあたりは赤黒く変色し腫れている。
「おぅ、
焦点が未だに定まっていない目で見つめてくる。
「そんなことより大変だ! カカさんと、カカさんとミーが変な奴らに連れてかれちまった!!」
ガンっと殴られるような衝撃が脳を襲う。気が
(今すぐ探しに行きたい! 行きたい! 行きたい!! でも場所は? ……冷静になれ冷静になれっ! 今判断を間違えたら二人が危ない、落ち着け俺、オレ、おれっ!!)
「ジジさんは大丈夫かっ? 他に怪我は?」
意識をこの場に集中する。自分の要領が悪いのは分かっている。一つずつ、一つずつ。
「あぁ大丈夫だ、
頭などに怪我がないか触って確かめる、怪我は無いように見える。
「そうか……、良かった! でも念の為病院に行ってくれ」
救急車を呼ぼうとスマホを探していると、高揚した声で話しかけられる。
「トットさんパねぇっす、やっぱ使えるじゃないっすか!」
いつの間にかトットの後ろに立っていたビスまる子。
「悪いが、病院に電話かけてくれ。直ぐにっ!」
塀にめり込んだ車のドアを、スマホで撮影しようとするビスまる子を怒鳴り急かす。
「ジジさん、二人に怪我は?」
年寄り相手に平気で暴力を振るうような連中だ。女子供相手でも容赦無いだろう。
「そうだな、ハッキリとは分からねぇが大丈夫だったと思う。カカさんはすげぇ形相だったぞ。相手は男が三人だったんだが、一人は俺と同じように鼻血出してた。ありゃカカさんがやってるな」
痛みを我慢してククッと笑うジジ。トットもカカの行動に勇気をもらう。
「それとミーはカカさんに抱っこされてた、あのお気に入りのアヒルの
ジジは悪くない、悪いのは全部あいつらだと言って
「それで奴らは何処に行ったか分かるか?」
少し考え、ジジが答える。
「すまねぇ、分からねえんだ……。変な雰囲気の奴らでなぁ、最初警察か聞いたんだがニヤニヤ笑って答えねぇ。カカさんは大丈夫だからって言ってたんだが、どうにも気になって止めようとした。そしたらこれよっ」
腫れた顔を指差す。
「んで情けねぇことに気を失っちまってた」
フツフツと怒りが湧いてくる。今ではトットの心の中は様々な感情で埋め尽くされていた。だがその結果、トットは冷静でいられた。
「大丈夫、心当たりがある。あとは俺に任せて病院で待っててくれ」
遠くに救急車の到着を告げるサイレンの音が聞こえてくる。トットが吹き飛ばしたドアの爆音を聞きつけ、今ではトット達の周りに人が沢山集まっていた。人だかりを掻き分け救急車がやってくる。ジジを乗せ、搬送先を確認する。一緒に来て下さいと言われるが断った。
「あっ、だったら自分がついて行くっすよ」
ビスまる子が名乗りを上げる。不安しかなかったが、悪意の無い人間に思えたので任せることにする。携帯の番号を交換し、救急車を見送る。
トットは近隣住民の質問攻めを
居間に行くとラップに包まれた食事があった。メニューはトットの好物のハンバーグにシチューだ。カカは良く『トトさんはお子様メニューが好きね。子供が二人いるみたい』と言って笑っていた。手で触れてみると冷えていた。多分前日の晩ご飯に作ったのだろう。
台所に移動する、そこには作りかけの味噌汁があった。申し訳ない程度の野菜と目玉焼きとソーセージがお皿に盛り付けられており、大皿には大量のおにぎりが盛られていた。おにぎりは形の不格好なモノも混ざっている。
トットが警察に捕まっている間の食事も全て、三人分用意していたことに涙が溢れ出す。
トットは全て居間のテーブルに持って行き、空っぽの胃袋にドンドンと放り込む。
「元気千倍だよ……カカさん……、ミーちゃん……」
何があっても、例え命と引き換えにしても必ず二人を取り戻す。
ボロボロと涙を流しながら、ドンドンと放り込む。
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