冷たい壁

 パトカーに乗り連行される。車内で簡単な状況説明を受ける。


「あなたは八日前の日曜日午前十一時ごろ、山手線の電車に乗ったのは間違いありませんね?」


 八日前の日曜日は、テレビ撮影があった為、確かに電車に乗っていた。


「……はい、乗っておりました?」


 未だ状況が掴めずに混乱している。


「ではその時、あなたは嫌がる女性の下腹部を執拗に触りましたね?」


 その日の電車は時間帯もあり、さほど混んでいなかった。座れる程ではなかったが、密集している程でも無い。偶然触れるような状況では無かった。


「いやいやいや、触ってませんよ! 何をおっしゃいますか、私がそんなことする訳ないじゃないですか!?」


 段々と理解が追いつく、どうやら本当に痴漢容疑をかけられているようだ。


「やれやれ、そうは言ってもねぇ。こうやって被害届も出ていますし」


 はぁ、またこのパターンかとゲンナリする警官。


「ちょっ、被害届って何ですか!? 私はね、自分には勿体ないくらい美人でよく出来た妻がいるんですよ? そんな他人の下腹部を触るなんて破廉恥な、そんなこと絶対しませんって!」


 全く身に覚えの無い状況にいきどおりを感じ始める。


「はいはい、美人の奥さんね。みんなね最初はやって無いって言うんですよ。そう言うのね、裁判で不利になっちゃいますよ」


 トットの言うことは意にも返さず、会話の内容をメモしている。

一瞬更に言い返そうかと思うが、裁判で不利になると言われ黙る。


「あぁ良くある! 言い訳の次は黙秘ですか? ったく、みんな映画やドラマの見過ぎなんだよ。痴漢なんてする人間にね、黙秘する権利なんかないっての!」


 因みにこの警察官、休みの日になると自宅から遠く離れた地にて、せっせと痴漢行為をはたらいていた。彼が逮捕されニュースに取り沙汰ざたされるのは、そう遠くない話だった。


♦︎♦︎♦︎


 二人を乗せたパトカーは、近所にある警察署へと着く。トットは十数人の警官に囲まれ、尋問室へと連れて行かれる。尋問室についてすぐに、高級そうなスーツを来た男に尋問される。内容はパトカーの中で言われた内容と同じで、すったもんだのやり取りが繰り返される。


 時間は昼を過ぎ、休憩と称して食事が出る。フタを開け思わず声に出す。


「これ……、カルボナーラ? 私チーズ苦手……」


 良いから黙って食えと言われ渋々 しょくす。夕方を過ぎ、トットも尋問官も疲れが溜まっていた。書記をしていた警官に『タバコ吸ってくるから見てろ』と言い残し、出て行く。代わりに若い警官が入ってくる。


「いや〜、長引いてますね。自分最近入ったばっかで、なんかちょっと面白いっす」


 コソコソと書記の男に話しかける。


「うるさい、黙ってろよ」


 入ってきた男より若干年上に見える警官が注意する。


「すんません、しっかし痴漢の逮捕ってこんなに人数動くんですね?」


 注意されたが気にせず話し続ける。少しの間を置いて返事が返ってくる。


「……黙ってろって言っただろ。まぁ確かに変だな。さっきの人も本庁の人間だし、だいたい痴漢の逮捕が現行犯じゃないってまれなんだけどな」


 本人も気になっていたのか、ドンドンと話し出す。


「ですよね! 逮捕の時なんか、三十人位いましたよ! あっ、俺暇で数えてたっす」


 サボってた訳じゃ無いっすよと言って笑い、ヘコヘコと頭を下げる。


「なんだそりゃ、大物でもあるまいし。変だな?」


 本人を目の前に会話が繰り返される。


「不思議でしょ! でもね、こんな大掛かりになった理由自分知ってんすよね〜」


 チラッとトットを見やり、自慢げに話す。


「何だよ、知ってるなら話せよ」


 一方だけが答えを知っている状況に、聞かずにはいられない書記。


「どうしよっかなぁ〜、まあ俺のお願い一個聞いてくれるなら教えますよ!」


 らす若い警察。


「何だそれ? まぁ無茶な内容なら断るけど、良いから早く話せよ」


 二人の会話に聞き耳を立てる。自分のことなのに内容が気になって仕方がない。


「……何とですね」


 溜める、焦らす、スネを蹴られる。


「痛った! 蹴らなくても良いじゃないですか、分かりましたよ言います。この人ね今をときめく超能力者なんですよ!」


 ジャジャーんと言って掌をトットに向けヒラヒラと動かす。


「はあぁ!?」


 予想だにしない答えに声が大きくなる。


「シー! 外の人達に聞こえますって! 私ねちょっと前から動画見てまして、チャンネル登録もしてるんですよ」


 急にトットに話しかける。


「あっ、それはどうもどうも」


 何故か頭を下げ照れるトット。


「トットさん実はお願いがありまして、その……、サインいただけますか?」


 そう言って警察手帳とペンを取り出す。サインを書いたことがないトットは戸惑い、普通に本名を書く。


「このこと内緒にして下さいね」


 そう書記の男にお願いする。


 その日二度目のカルボナーラを食べ、留置所に泊まるトット。若い警官の予想は的外れだと考える。無実の罪と大人数の逮捕劇は、罠にはめられているようで怖かった、冷たいコンクリートの壁を触り、簡単に壊せそうだと思う。笑顔で送り出してくれたカカを思い出し、ここで逃亡すれば本当の犯罪者になると思い止まる。明日起きたら山の中の倉庫のことを聞いてみようと、眠りに落ちる。






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