魔法の布団
テレビ撮影があった次の日、自宅のアパートの前に見慣れぬ黒のワンボックスカーが止まっていた。濃いスモークの貼られた車内では、時折スマホの液晶から発せられる
次の日、陽も上がらない時間帯に起き出し家の中にある食料をあるだけ大きなビニール袋に詰め込んだ。荷物と一緒にベランダから、布団に入ったままの状態で空を飛んで抜け出す。父と母の間に挟まれる格好のミーは未だに夢の中だ。
「ちょっと! これ本当に大丈夫なんでしょうね! 絶対に落ちたりしないの!?」
空飛ぶ布団は夜明け前の街並みから離れ、雲と地上との間を滑る様に進んでいた。
「大丈夫大丈夫! 家の中でも試してみたけど問題なかったでしょ。まあ三人同時プラス荷物は初めてだし、こんな高さも初めてなんだけど、大船ならぬ
珍しく昨日は一日中、難しい顔で悩んでいた様子にカカは心配になっていたが、次の日には何事も無かったように笑うトット。ミーが乗っていなかったらぶん殴ってやるのにと思いつつ我慢する。
「真夏でも流石にこの高さだと冷えるね! カカさん着くまで寝てて良いよ!」
初めての空の旅に、文句を言いつつも心躍る気分のカカ。その感情を差し引いてもとても眠る気分にはなれなかった。
「魔法の
結婚してから十一年間、新婚旅行を除くと泊まりがけで出掛けたことは一度も無かった。元々
トットは考えた。もし本当に亀吉の言う様に何かに狙われているとしたら、数十キロのモノを動かす程度の能力では家族を守れないと、四日あれば一トンの物体を操れる様になると言った亀吉の言葉を思い返す。
(次の日は三人とも浮かせることが出来たのに、沢山の荷物と同時はダメだったなぁ……、あれっ?)
浮かばせる順番を間違ったトット。何故かカカより先に荷物を浮かせ、カカの浮遊に失敗している。「太った?」と聞き終わる前に
( でも今日は三人プラス荷物でも余裕を感じるし……数日山奥にでも引き篭もれば、大抵のことはどうにかなるでしょ!)
「山奥で修行ってまるで漫画の主人公みたいじゃない? …………カカさん!?」
よく見ると寝ている。
「大物だなぁ」
心の中で笑い、そっと掛け布団をかける。
♦︎♦︎♦︎
僅かに空が明るみ始める朝ぼらけのなか、奥多摩山域の上空を飛んでいた。
「わぁー! トトさんみて! カラスさんがいっしょにとんでるよ!」
どこか良い場所はないかと下を覗き込んでいた為、ミーが起きていたことに気付かない。ミーに言われ横を見ると、黒艶の美しいカラスが並行して飛んでいた。
「カァーーっカァーーーー!!」っと大きな鳴き声を出す。カカさんが起きてはまずいと思うトット。
「ごめんよカラスさん! 大きな声はよしとくれっ」
そう言うと、サイコキネシスを使い見えない手でカラスをそっと撫でる。何かに急に触れられたカラスはビックリし、一瞬ヒラヒラと舞い落ちたが、やがて体制を立て直し飛び去って行く。
カラスの行先を見ていると大きな岩と小さな滝を見つける。上空から確認しても近くに道路や建物は見当たらない。カラスの後を追う様にスルスルと布団が降りて行く。
そこには高さ十メートル程の縦に伸びた巨大な岩が二つ並び、岩と岩との間から流れ落ちた水は四畳半ほどの滝壺を形作っていた。周りは大きな杉の木に囲まれ、滝壺から流れ出た小川の周りには大小様々な石が転がっていた。
「ひゃー、良いところじゃない! これ、誰も知らないんじゃないかなぁ……。カラスさんありがとう!」
感謝を込めてお礼を言う、ミーも真似してお礼を言っていた。怒り混じりの鳴き声で返事をすると、カラスは何処かへ飛び去っていった。
「ミーちゃん、おはようございます。お空の旅は楽しかったかな?」
大きな目を更に大きく開け「すごかったよ!」と返事する。そのまま小川にかけて行く。途中思い出したかの様に振り返り「おはようございます」とお辞儀していた。
「良い場所ね」
ミーが使っていたバスタオルを身体に巻き、いつのまにか隣に立っていたカカが言う。
「最高の場所だよ! ここなら絶対に誰にも見つからない。
会話の途中で急に口調が変わった旦那をクスクスと笑う。
「一週間よ、それ以上は耐えられない」
三人で並んで歯を磨く。歯磨きが終わると、持ってきたバナナと菓子パンを分け合って食べる。川の近くに比較的平坦な草地があり、サイコキネシスを使い石や雑草を取り除いて行く。一分ほどで土が剥き出しになり、用意していたブルーシートを広げ、こじんまりとしたテントをその上にたてた。持ってきた布団を中に敷くと急激に眠気に襲われ、そのまま眠りに落ちてしまう。
夢の中で無邪気な笑い声が聞こえ目を覚ます。テントを出ると、服を着たまま水遊びをする二人を見つける。
「キレイだ……」
楽しそうに遊ぶ二人を眺め、幸せを噛みしめる。
必ず二人を幸せにする。三人で幸せになると心に誓い、二人が遊ぶ場所へと飛び込んで行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます