修行の成果

 修行一日目


 晩ご飯にと川魚を捕まえる。トットの力を使えば容易いことだった。


「帰して来なさい」


 ボールを取って来た飼い犬の様に尻尾を振り、満面の笑みを浮かべカカに見せるが冷たくあしらわれる。魚を川に戻し代わりに落ちている枯れ枝を集めた。川沿いに転がる石を集めコの字に囲み、簡単な竈門かまどを作る。


「ミーちゃん見ていなさい、トトさんの魔法をお見せよう」


 持ってきたナイフを使い枝を薄く削りだす。次に割れて乾いた流木を置き、そこに先ほど削った木の皮と落ち葉を重ねる。比較的真っ直ぐな枝を見つけ、垂直に立てる。きりもみ式発火に挑戦するトット。


 三分後、額から汗が滴り落ちる。


 五分後、掌に痛みを感じ出す。


 八分後、ミーが飽きて、虫と遊び始める。


 十分後、カカに助けを求める視線を送る。


「回転する速度が遅いんじゃない? 折角変な力があるんだから使って見たら」


 青天の霹靂だった。直ぐに試して見ると十秒と掛からずに煙が立ち昇る。トットは軽い物であればかなりの速さで動かすことが出来た。

 重量が増えると比例する様に速度は落ちたが、小さな小石程度なら、弾丸の様に飛ばすことができ「いしいしの弾丸ピストル!」と命名すると、カカに笑って「何かとマズイでしょ」と言ってたしなめられる。


 無事火起こしに成功し、カカの切った野菜と鶏肉を次々と鍋に放り込む。


「お肉を食べられるのは、今日で最後かぁ」


 鍋の灰汁を取りながらトットが言う。


「人生最後のお肉じゃないんだから」


 そうツッコミを入れクスクス笑うカカ。


 全ての食材に十分に火が通り市販のルーを投入する。ひぐらしの鳴く森の中、カレーの匂いが辺りを包む。


 その日はカレースープを食べ、三人で早めの眠りにつく。


♦︎♦︎♦︎


 修行二日目


 朝早くにトットは目覚める。


 人の頭程の大きさの石を浮かべ、上下左右に移動させる。速度もかなり早く、うちつければ大木でも倒すことが出来そうだ。

 

 次に滝壺まで移動し、フワフワと小さな滝の下に浮かんで移動する。意味も無く座禅を組んだ状態で滝の中へと入る。


(ぽいっ……凄く修行っぽいっ!!)


 八月とはいえ日も登りきらない早い時間帯、直ぐに寒くなり出る。


 滝壺の横にそっと降り立ち、意識を身体に張り付いた水分へと集中する。身体を下へとくだっていた水滴が止まり、フルフルと震えながら身体から離れていく。無数の水滴は樹々の隙間からこぼれる朝日に照らされ、キラキラと光っていた。


「トトさん何やってるの?」


 寝ぼけまなこのカカがその様子を見て尋ねる。


「カカさん良いところに!!」


 カカを見つけ喜ぶ。急に芝居臭い口調で話し出す。


「俺のっ! 俺のHP《ヒットポイント》がぁぁぁぁ!!」


 胸を押さえ苦しむ演技のトット、欠伸で答えテントに戻るカカ。


 朝食を簡単に済ませると、直ぐに作業に取り掛かる。


 初日に頼まれていた『トイレ』を造る為に、大小様々な石を集める。滝壺から一本別の水道を作り、林の中へ通す。キャンプ地から見えない場所まで水路を通すと、それをまたぐ様に石を積み上げ、周りから中が見えないように取り囲む。トイレから出た水路はグルリと大きく弧を描き、下流へと合流させた。


 次にお風呂に取り掛かる。これはカカとミーには内緒で作り、驚かせる計画だった。お風呂と言っても問題はお湯だった、何本か細い穴を下へ下へと掘り進んだが、半日試しても温泉は出なかった。穴を元に戻しどうやって川の水を温めるか考える。最初に思いついたのが『振動』だった。水を超高速で振動させれば温度が上がるのではと考え試す。一時間程試すが殆ど変化は無かった。試行錯誤しているとカカに夕飯が出来たと呼ばれ二日目を終える。


♦︎♦︎♦︎

 

 修行キャンプ三日目


 その日は一日ミーと遊んだ。


 滝から落ちる水を螺旋らせん状の滑り台の様に固定する。その上にフワフワとミーを浮かばせ滑らせる、落ちないように最新の注意を払って。


 途中からカカも参加し三人でキャッキャッ言って遊ぶ。


♦︎♦︎♦︎


 修行キャンプ四日目


 九時頃にゆっくりと起き出す。前日の水遊びのせいか、慣れないキャンプ生活のせいなのか身体にダルさを感じる。


 日がな一日のんびりと過ごす。


♦︎♦︎♦︎


 キャンプ五日目


 今日は釣りでもするかと、長いしなやかな枝を探す。何か針の代わりになる物を探していると、カカの視線がトトに突き刺さる。


「いっ、いや〜今日は良い日和ですな!」


 そそくさと退散する。


 森の中に入り、ちて倒れていた樹木を見つける。ゆっくりと持ち上げ地面に刺してみる。重量に関しては大抵の物を持ち上げられそうだったので、他のことに挑戦する。

 

 最初に自分の目の前の空気を無理やり周りから押さえ込むように圧縮してみる。力を込め充分に圧縮した空気を前方へと放つ、先程地面に突き刺した樹木が真っ二つに折れ、後方の樹々もバサバサと枝が折れた。『空気砲』と名前を付け、猫型ロボットに怒られそうだと考えやめる。他にも思い付く攻撃方法はあったが、先に守りのすべを考える。


 周りにあった石や枝を頭上へと放つ、それらが落ちてくる前に、地面から土を浮かせ自身の周り三メートル程を球体状に高速回転させる。バチバチと音を立て落下物を弾き飛ばす。


「カッコイイ! これ土遁どとんの術何でもできるでしょ! しかし前が全然見えないな……」


 次に水も試してみる。守りとしては申し分ないが、やはり気泡で周りが見えにくい。


 最後に空気を試す。先程の空気砲と同じ要領で自身の周りを球体状で囲む。高速回転はさせずに、固定するイメージで試す。試しに小石を一つ浮かせ自身に向けて飛ばす、頬をかすめ後方に突き抜ける。次は固定した空気をドンドン圧縮していき、それを三重に重ねてみる。小石は楽々と貫通した。自分に向けて試すのはやめようと心に決める。


「空気シールドはやめとこう……」


 ガクガクと震えながら呟く。


 次に自身の中心から外側へと力が向くように周りを取り囲む、斥力せきりょくのイメージだ。


 これはかなり上手くいった。周りに分散させたせいで一点の強度は薄そうだったが、大抵のモノはトットに近くなるにつれ速度を緩め、停止したのち、引き返す様に弾かれた。ただ一つ問題があったのは、自身を中心にしか発動出来なかったことだ。カカやミーが側にれば問題無かったが、離れてしまうとダメなようだ。もし離れた状態で襲われる様な場合は、土や石でドーム型の簡易シェルターを造ることにする。


 次にサイコキネシスが作用する距離を試す。距離も目視出来る範囲は離れていても問題無い。ミーのぬいぐるみを見えない場所に隠して試す、これも成功。だがカカさんにお願いして何を隠したか分からない状態で試すと失敗した。どうやら脳で認識しないとダメなようだった。


 一通り思い付くことを試し、サプライズの実験にも成功する。


 二人が待つキャンプ地に戻り、夕食の手伝いをする。持って来ていた食料も残り少なく、補充をしに町に降りるか、一旦家に帰るか相談する。


「そうね、ジジさんのことも気になるし明日家に帰ってみましょうか?」


 ジジは今九州に旅行に行っていた。テレビ局で受けた着信も土産みやげは何が良いかと、そんな内容だった。


「そうだね、ジジさんの旅行はいつも気紛れだから行くとなかなか帰って来ないけど、ここじゃ電話も繋がらないし一度帰ろうか。じゃ今夜が最後の晩餐ってことで!」


 縁起でもないことを口に出すトット。朝食の分を残し、残りの食材も調理して振る舞うカカ。


「それとご飯を食べたら、カカさんとミーにすっごいプレゼントがあるから!滅茶苦茶めちゃくちゃ期待して良いよ!」


 三人で夕食を食べ、三人で片付けをする。


 日が山に差し掛かる頃、トットは二人を連れて滝の上に来ていた。そこには直径三メートル程の丸い水が浮かんでいた。


「ささっ! 服を脱いでここに入って、温度は丁度……あっつぁっ!!!」


 水の中に手を入れ温度を確認する。あまりの熱さに手を引っ込める。川から水を足し温度調整するトット。


「よしっ、大丈夫だな。ではではカカさんミーちゃん、『トット特製球体風呂』へようこそ!」


 三人で服を脱ぎ中に入る、久しぶりのお湯に幸福感が全身を満たすカカ。


「良いでしょ! これね昼間太陽の熱を使って準備したんですよ」


 トットは川から水を五百リットルほど浮かばせ、温度が上がる様に板状に伸ばしていた。それを熱が逃げぬように、圧縮した空気で取り囲む。修行の終わりに来て確認したところ、ちゃんとお湯に変わっていた。


「このトットさん特製お風呂はこれだけじゃ〜ありません! ここからが本番ですよっ! ではでは紳士淑女しんししゅくじょの皆様、空飛ぶ球体風呂をご覧あれ!」


 地面に近い位置にあったお風呂は、ドンドンと空へ上がっていく。遠くでは太陽が丁度山並みに沈む瞬間だった。


「うわあああ! トトさんすごい、おふろがとんでるよーーーー!」


 バチャバチャとはしゃぐミー、お風呂は上空百メートル程の高さで止まり停止する。


「これ、誰かが見てたら卒倒するレベルね」


 沈む太陽を眺めながら、カカが笑う。


時寺とうじさん、ありがとう。今までの人生で一番のプレゼントよ」


 そう言ってトットの頬にキスをする。真似してミーもトットにキスをする。


 幸せそうな二人を眺め、幸福感が脳内を満たす。


 日が沈み、一つ又一つと星がきらめく。


 星々が三人を包み、クルクルと家族の幸せを祝福する。




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