ティッシュ

 (トン……トントンッ)

マイクを指で叩く音がする。


「あ〜聞こえますか?? 初めまして、今日から毎日動画を配信しようと思っています!」


 白いタンクトップを着たおじさんが、画面中央に置かれたちゃぶ台の後ろに座り、深々と頭を下げる。歳の程は三十代後半に見える。


「私の事はトットと呼んで下さい!」


 そう言うと照れ臭そうに指で頭を掻く。癖っ毛の肩まで伸びた髪がゆらゆらと揺れている。


「皆さん超能力ってあると思いますか?? 私はあると思っています、いや絶対あると信じています!!」


 力強く拳を握り画面へと寄せる。お世辞にも筋肉質とは言えず、どちらかと言うと貧相ひんそう身体からだ付きである。


「日本には沢山の素晴らしい作品が多くありますね! ドから始まるボールの話とか、一から始まるチョキの話とか」


 無邪気そうに笑うトット。口を大きく開け満面まんめんの笑顔で笑う顔は歳の割に幼く見える。


「私、子供の頃から漫画やアニメが好きだったのですが、特に能力系の王道バトル物が好きだったんですよね〜、皆さんもそうでしょう? 空を自由に飛びまわったり、手からエネルギー波を出したり」


 うんうんと一人納得する様に頷く。


「特に素晴らしいと思うのがサイコキネシスです! 物体を持ち上げたり、色々操作して戦ったりと、とにかくカッコいい。良いですよね? そこで私は考えました、ジャン!」


 そう言ってちゃぶ台の下に用意していた手書きのテロップを出す。テロップには


『毎日本気で超能力に挑戦したら、本当に使える様になるんじゃないの?』


 と書かれている。


「はい! ありがとうございます」


 謎の御礼を言う。


「と言うことで、私トットが皆さんに代わり毎日サイコキネシスに挑戦していきます!!」


みずからに拍手を送るトット。


(ピンポーン)


「あっ、ちょっと待って下さいね」


 小声で「カカさん、ちょっと出てくれますか?」と妻にお願いする。どうやら宅配業者のようだ。


「ごめんなさいね、皆さん良いところで申し訳ない!」


 遠くでドアの開く音、カカさんが応対している声が聞こえる。


「えーっとそんな訳でえある一回目の挑戦はこちら! 『ドンっ』ティッシュペーパーで御座います!!」


 なぜかドヤ顔のトット、自慢げに顔の前でティッシュを振りかざしている。


「本日はこのティッシュを浮かばせたいと思います!」


 本日二度目の拍手を自分に捧げる。


「もちろん窓は全て閉じております、タネも仕掛けもございません!」


 そう言うとティッシュをちゃぶ台の中央に置き、手をかざす。一分程色々なうなり声を上げたり、てのひらを様々な角度からかざす。が、変化無し。


「まあね、一回目なんてこんなもんですよ、

いきなり成功してもつまんないでしょ?

でもねいつか絶対に成功させますから! 今後も見にきて下さい、お願いします」


ちゃぶ台に両手をつき、深々と頭を下げる。


「皆さんの思いも力になるかも知れないので、馬鹿な奴だな〜と笑わずに応援よろしくお願いします! それではまたね!!」


ちゃぶ台から顔を上げ、満面の笑みで手を振る。


再生回数四回

登録者数三人


コメント欄

PPv

「イヤホンで聞いてたけど、宅配業者の人が名字言ってるから消した方が良いよ」


亀吉

@PPv

前途多難ぜんとたなん



♦︎♦︎♦︎



「はい! どうもートットです! 亀吉さんPPvさん登録&コメントありがとうございます。ご指摘してきいただいた件なのですが、確認したところ聞こえますね、私の名字。まあよくある名字なんでこのまま続けます! と言うか消し方も分かりませんし!」


 大きく口を開け笑う。


「えーそんなことは置いといて、第二回の挑戦はこちら『ジャン』ティッシュです! えっ? 昨日と変わらないって、いやいや何をおっしゃいますか。私もね馬鹿じゃございませんよ」


 そう言うとティッシュを二枚に分ける。


「みなさんご存じのようにティッシュって二枚重ねなんですね、これ昨日はかさねたままでやっちゃいましたが、わたくし成長しました。二枚に分ければ重さも半分じゃないかと」


 当たり前のことを、さも自分で発見したかの様に語る。


「この状態ならきっと浮かばせることが出来るでしょう! では本日も皆さんに代わり挑戦したいと思います!」


 頼んでもいないことを代わりにやってくれるトット。二度目の無駄な挑戦が終わる。


「えーダメでしたね。では明日もお会いしましょう、またね!!」


そう言って手を振り、動画が終了する。


閲覧数五回

登録者数二人

コメント欄


亀吉

孤軍奮闘こぐんふんとう



♦︎♦︎♦︎



(ドタバタと駆け回る音)


 くぐもった声「ちょっとミーちゃん、トトさんお仕事があるから、カカさん所に行ってて、ねっ! お願いだからさぁ、うんうんOK! 後で遊ぼうね」


 はーいと返事する幼い声。


「はい! どうもトットです、大人気のサイコキネシス挑戦動画の始まりです!」


 登録者数が一人減った人間の言葉とは思えない発言から始まる。


「前回前々回と失敗に終わりましたが、まあ何事も最初はこんなもんですよ、継続けいぞくは力なりってね。めげずに頑張りますよー」


 そう言うと貧相な握り拳を前に突き出す。


「最近は寝る前のイメージトレーニングも頑張ってるんですけどね〜、風呂に入ってクッとビール飲んで、布団に入って目を閉じながらね。頑張るって言わないかっ!」


 大声で笑う、どうやら自分の発言が面白かったようだ。


「最初は軽いのからと思ったのですが、ティッシュだと軽過ぎて、私の闘争本能に火が付かないみたいですね。なので本日はこれ『バンっ』鉛筆です!」


 使い古され、短くなった鉛筆を取り出す。


「これね、ティッシュより大分だいぶん重たいですよ」


 目の前でフリフリと揺らす。


「ミーもお絵かきするー!」


 そう言って画面の中に映り込むミー、トットの膝の上に座り込む。父親に似て癖っ毛の強いボサボサの髪質だ。幼い手が父親の手にある鉛筆を取ろうともがいている。


「ちょっ! ダメだってミーちゃん! お絵かきは後でするから!」


 そう言ってミーを膝から下ろそうとするが、ちゃぶ台にしがみつき動かない。


「ジジがいってた、とうじはあとからっていってもしないって!」


 色々と頼みごとをしても後回しにする息子の愚痴ぐちを、孫によくボヤいていたらしい。突然の発言に焦るトット。


「いやいやいや、やってるよ! 草刈りもやったし玄関の建て付けも直したし、まあ直ぐじゃないけど。それより本名出ちゃってるから、まずいから! 絶対お絵かきするからカカさんところで待ってて下さい。ねっ?お願いだからさ!」


 両手を合わせ懇願こんがんする。何とか娘の説得に成功し、渋々膝の上から降りる娘。「約束だからね!」と言い残しさる。


「え〜とまあ、本日も我が家は平和です」


 照れ臭そうに頭を掻く。


「何だっけ? そうそう鉛筆です! 本日は鉛筆を使ってサイコキネシスに挑戦しますので、応援よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げ、無駄な挑戦に繰り出す。

一分間のオヤジもだえタイムが終わり、息を切らせながら画面に向き合う。


「何だろう、本日はいつもより疲れましたがダメなようですね。では明日の応援もよろしくお願いします! あっ、チャンネル登録も切に! 切に!! お願い致します! ではではまたね!」


 そう言い残し動画は終わる。


閲覧数十二回

登録者数五人


コメント欄


明日は我が身

「3回目でフルネームバレるって凄いな」


亀吉

周知徹底しゅうちてってい




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