卒業アルバム

「アルバム見たいな」


 彼の言葉に私はギクリとした。


 アルバム。


 絶対見られたくないもの。でも捨てられないから、棚の一番奥に隠してある。


「な、見せてくれよ! 俺、沙恵の中学生のときの写真とか見てみたい! 」

 彼はそう言って私のほどよく肉の付いた二の腕をぷにぷにと掴んだ。

「もう、やめてよ!

アルバムは、ダメ!」

「えー、なんで? 今よりもっと太ってたとか?

大丈夫。沙恵のどんな姿を見ても俺は沙恵が好きだからさ」

 そう言って彼は今度はタプタプと二の腕を揺らした。

「だーめ!

それに、私が二の腕触られんの好きじゃないって淳、わかってるでしょ? 離して」

「えー、だって沙恵の二の腕、柔らかくて気持ちいいからさ。

アルバム見せてくれたら離してやるよ」


 私は大きなため息をついた。


 私が淳を自分の家に招きたがらなかった理由の一つがアルバムだった。


 前の彼氏はアルバムを見ると絶句して、それ以来なんだかギクシャクしてしまって別れた。


 淳はどうなんだろう。


「まさか、沙恵、整形でもしてんの? 」

「……してないよ」

「じゃあ、いいじゃん」

 淳は仔犬のような目で私を見て、甘えるように私の背中に手を回した。私はこんな淳に弱い。


「じゃあ、約束して。アルバムの私の写真見ても別れないって」

「えー? そんなにヤバイ写真なの? でも大丈夫だよ。そんなことで別れたりしないよ」


 淳の目は笑ってる。信用していいのかわからない感じだけど、淳が今、私を本当に好きでいてくれてるのは分かってる。


「それなら、見れば」

 つっけんどんに奥から中学生のときの卒業アルバムを引っ張りだして、淳の前に置いた。


「どれどれ、中島沙恵……」

 私は黙ってページをめくる淳の手を見ていた。

 鼻歌交じりに手を動かしていた淳の手が止まる。


「え?!」


 そして、淳は私の顔をマジマジと見た。

「これ、ほんとに沙恵?」

「……そうだよ?」

 予想済みの反応だ。


 私は今はぽっちゃり女子大生だが、中学生のときは誰もが振り返るような美少女だったのだ。

「……」

 淳はしばらく中学生の私を見つめていた。私は淳に分からないような小さなため息をついた。

 私は嘘はついてない。でも、男性は騙されたような気になるんだろう。


「沙恵、メチャ可愛かったんだね~!」

 淳が私の顔を見て緊張感のない笑顔を見せた。

「……まあ、よく可愛いと言われてたのは事実ね」

「ほら、でも睫毛が長いのは変わらないし、鼻だってすっと整ってるのは今もだね!

うん、やっぱり沙恵は沙恵だ」

 淳は私の顔をじっと見つめてから言うとまた笑った。


 えっと、どうとったらいいんだろう。


「沙恵、どうしたの?」

「……淳、何も思わないの?

この頃のままだったら良かった、とか」

 私の言葉に淳は不思議そうな顔をした。

「なんで?  俺、この頃の沙恵知らないし、好きになったのは今の沙恵だから」

 そう言って、また私の二の腕を淳は触った。


「も、もう!  二の腕は触らないでって言ってるじゃん」

 私はそう言いながら自分の目を手で隠した。

 また振られるかと思っていた自分がいた。

 そんな私を淳の言葉が癒してくれた。


「あれ~?  沙恵、泣いてるの?」

 淳はそう言って私の頭を抱き寄せた。

「怖かったの?  大丈夫だよ?  俺、ぽっちゃり女子の方が好きだし」

 私は淳の言葉に、

「馬鹿」

 と私は返したけど、涙は止まらなくて、淳の胸に顔を埋めた。



                           了



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る