文通しませんか?
1
伝えられなかった想いがある。
私は教室の窓から空を眺める。
空は繋がってる。だから、離れていても空を見れば寂しくない。そう言い聞かせているけど、本当は嘘だ。
寂しい。会いたい。
私は机上のノートに「近藤裕樹」と書いてみた。
近藤裕樹。小学校の六年生の時のクラスメイト。私の好きな人。
小学校を卒業した一週間後私は父の仕事の関係で小学生の六年間を過ごした横浜から九州の長崎へ引っ越した。その同じ日、近藤も北海道へと引っ越していった。北と南、ずいぶん離れてしまった。
でも、私は中学生になって、一ヶ月が経とうとしている今も近藤のことを忘れられない。
「春田さん。授業中ですよ。空ばかり見るのはやめなさい」
「はい」
国語の常木先生に怒られて、私は内心舌を出す。
空を見ないと寂しいんだもん。仕方ないじゃない。
2
学校が楽しくないわけではない。
それなりに友達も出来たし、部活もやってみようと陸上部に入って、毎日外周をしている。でも、今の私には近藤が足りない。
私の住む家は2LDKで、私は自分だけの部屋がない。だから私はお兄ちゃんが眠ってからそっと机の引き出しを開けた。そこにはサイン帳がしまってある。
引っ越しするのが決まっていたこともあり、卒業式の前にクラスメイトや先生方に配って、書いてもらったものだ。
その一番上に近藤から書いてもらったものがある。
近藤の描いた自分の似顔絵はかなり上手で、私は近藤が絵が得意なのだと初めて知った。
ミニバスに入っていて、バスケが上手いのは知っていたけれど。
それから、特技のところに書いてあった指笛も意外だった。私も出来ないかと何度も挑戦しているけど、綺麗な音は鳴らせてない。
サイン帳の几帳面な近藤の字を目で追う。元同じクラスで好きな人なのに、知らない情報がそこにはたくさん溢れていて、私はさらに近藤のことが知りたくなってしまった。それなのに、私は近藤のことをもう知ることはできない。
『また会えたら会おうね』
近藤が書いた最後の一文。何度読み返したか。
「会えたらって、何よ」
そんなこと、あるわけない。私の目から涙が溢れ落ちた。
サイン帳は渡せたけど、告白は出来なかった。それがとても心残り。
「毎日、何で泣いてんだよ」
お兄ちゃんの声に私ははっとしてサイン帳を閉じた。おそるおそる後ろを振り返ると、お兄ちゃんが眠そうな目でこっちを見ていた。
「寝てなかったの?」
「鈴佳がライトつけてるから眩しいんだよ。
……鈴佳はさ、まだいいじゃん。六年間小学校は同じとこだったんだから。俺なんて、中二で学校変わっただろ? 知らないやつばっかで、しかも受験生で、友達作んのも大変。いいこと一つもねぇよ」
お兄ちゃんの話を聞くと、それもそうだとは思う。けど。
「ねぇ、お兄ちゃんには……、す、好きな人とかいなかったの?」
「なんだ、鈴佳。お前一丁前に恋してたのか?」
「質問してるのは私。それに、小学生だって恋くらいする」
「ふうん。
まあ、俺もいたけど。でももう会えないし、しばらくしたら俺も忘れるだろうし」
お兄ちゃんの言葉に、私の心がずきんと傷んだ。
「そんな。すぐに忘れたりしないよ。私は忘れられない」
「お前はそうでも、向こうはわからないだろ? お前のこと好きでも何でもないかもしれないのに」
私は黙った。悔しいけど言い返せない。
お兄ちゃんがあくびをしながら、上半身を起こした。お兄ちゃんの目が笑んだ。
「それでもそんなに未練があるんだ?」
私はお兄ちゃんの目を見て頷いた。
「だったら何かすればいいじゃん。そのサイン帳、何のためにあんの?」
「え?」
「そいつの住所、書いてないの?」
私は軽く衝撃を受けて、しばらく口が開けなかった。
そうだ。このサイン帳には近藤の新しい住所が書いてあった。「引っ越しする日同じだね」という言葉と共に。
「そっか。そうだね。そうだよね。何で私、今まで思いつかなかったんだろう。
私、手紙、書いてみる。お兄ちゃんありがとう」
3
春田鈴佳様
手紙ありがとう。
俺も元気です。
こちらはまだ桜が咲いていません。同じ日本なのに不思議。
陸上部に入ったとのこと。種目はなんですか?
俺はバスケを中学でもしています。
まだスタメンに入ってないけど、一年でも可能性はあるらしいから頑張ってる。
正直、春田から手紙をもらって驚いた。
でも、嬉しかったよ。
空は俺もよく見上げます。なんか、春田がそうして俺のことを思い出しているかと思うと恥ずかしいけど。
春田の気持ちはとても嬉しい。
ただ、俺は春田のこと、まだよく分かりません。それが正直な気持ちです。でも、知っていけたらいいなと思います。
よかったら、俺と文通しませんか?
お返事待ってます。
近藤裕樹
4
「鈴佳。
今日は綺麗じゃないか」
お兄ちゃんが控え室に入ってくるなり言った。私は笑顔になって振り返る。
「お兄ちゃん」
「直斗。今日はってなんだよ」
「そのまんまだよ」
「素直じゃないわね」
お父さんとお母さんが呆れてる。
「まあまあ。お兄ちゃん、来てくれてありがとう」
「そりゃ来るだろ。妹の結婚式なんだから」
「うん。
お兄ちゃんには感謝してるんだ。お兄ちゃんがあの時、手紙を出すように言ってくれなければ、裕樹と結婚は出来なかったと思うから」
「え? もしかして、あの時の好きな人なのか?」
「そうだよ」
私はお兄ちゃんの言葉に笑いながら答えた。
私と裕樹はあの時からずっと文通をしていた。始めはたどたどしいやりとりだったけれど、手紙を通じて、私たちはクラスメイトだった時よりずっとお互いを理解し合うようになった。時には近くにいる友達にも言えない悩みを私たちは手紙で語り合った。高校生になってスマホを持つようになっても、メールと並行して手紙のやり取りをしていた。そうして志望校を決める高校三年生の時、同じ横浜の大学を受けることを二人で決めた。
「俺たち、付き合わない?」
6年ぶりに大学で再会した私たちは、ようやく普通の恋人同士になったのだった。
それから7年。私たちは結婚することになった。
手紙は私と裕樹にとってとても大切なもの。
今でもお互いの誕生日やクリスマスなどには手紙を書いている。
「鈴佳がそんなに筆豆だったとはな」
「想いの力だよ」
私の答えにお兄ちゃんは肩をすくめて、呆れ顔をした。
「それより直斗はまだ結婚しないのか?」
「近いうちに良い報告ができるようにするよ」
「なんだ、相手はいるのか」
「まあね」
「ほら話はそれくらいにして。裕樹君が待ってるわよ」
「そうだね」
私はお守りのように持ち歩いていた裕樹からの最初の手紙をポーチに入れた。
この手紙をもらった時、私はまだ裕樹の特別ではなかった。でも、裕樹は断るのではなく、私との文通を提案してくれた。
文通というとなんだか、古くさいかもしれないけれど、手紙だから分かった情報が、想いが沢山ある。
私は今日読む手紙を二通手にして、控え室を後にした。 おわり
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