君へ




君なら許してくれる。僕から離れることはない、と何故思ってしまったんだろう。

君が繊細なのは分かっていたのに。


***


大学で出会ってから付き合い出して五年。同棲してからは二年半。

僕は仕事も面白くなってきて、世界が広がったような錯覚に陥っていた。君を一人にして、帰らない夜もあったね。正直、君の落ち着いた優しさが地味に感じられて、他の女性に目移りしてしまう時もあった。

聡明な君が気付かないはずないのに。



「貴方がいる世界はとても美しかった。そんな世界が愛しかった。

でもね。私は汚くなっていくばかりなの。醜い嫉妬に侵されて。

だから、貴方は自由になって。貴方が幸せなら私も生きていける。

さようなら」


君は微笑みながら涙を流してそう言うと、この部屋を出て行った。


***


僕は本当に馬鹿で、君が出て行ってすぐは、自由になれた気がしたよ。これで罪悪感なく、他の女性と付き合えるなんて思ったりもした。

でも、それはほんのひと時で、僕は一人の部屋で後悔に苛まれるようになった。


君は「おかえり」といつも微笑んでむかえいれてくれたね。

君が作ってくれた少し薄めの味付けの料理。懐かしいよ。

僕がゲームするそばで静かに本を読んでいた君。邪魔することなく、一緒の時間を過ごしてくれたね。

二人で寝るには狭いベッドで、君が僕を気遣って少し端で寝ていてくれたこと。本当は気付いていた。

何よりも、君がくれた温かな空気がもうこの部屋にはなくて、僕は途方にくれている。




そうだった。


思えば僕は、大学の図書館で一人本を読む君に一目惚れしたんだった。

静かに本をめくる君はとても綺麗で。まるでその周りの空気さえ変えるような清らかさがあった。君のいる世界はとても美しいと思った瞬間だった。


ああ、何故僕はあの時の心を忘れてしまったんだろう。

君を傷つけ、さよならを言わせてしまったんだろう。

僕は馬鹿だ。



そう、僕は馬鹿で、今更君の存在の大きさに気づいた。

君を傷つけたことを謝りたい。

そして、馬鹿な僕は思うんだよ。もう一度だけチャンスが欲しいと。君とやり直したいと。


君はまた泣きながら僕から去るだろうか。

それとも微笑んで許してくれるだろうか。


君の好きな場所は覚えている。

さあ、答えを聞きに行こう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る