俺色に染めたい

「栄一って、なんで黒沢が好きなの? 俺、黒沢のよさ、分かんねーわ。地味だし」


 放課後。部活後に忘れ物を取りに教室へ行った。夕日が沈み出し、やや暗くなった教室で、俺は慎二の言葉に目を丸くする。


「え? なんで? 黒沢、すっごく魅力的じゃん。彼女のイメージって、俺の中では『白』って感じなんだよね」


****


 俺は記憶を手繰り寄せる。

 


 初めて黒沢と話したのは、ちょうど日直で一緒になった時。

 

 確かに黒沢は眼鏡っ娘で、髪三つ編みに結っているから、地味かもしれない。

 俺もそう思っていたのは認めよう。

 

 でも、黒沢は地味でも清潔感があった。襟まできちんとアイロンのかけてある制服。三つ編みだって綺麗に結ってある。

 そして近くで見ると眼鏡の奥は和風美人だった。

 

 日誌を書いていた黒沢が、顔を上げる。


「谷崎君、部活あるんでしょう? 日誌は書いとくから行っていいよ?」


 黒沢はそう言って微笑んだ。


 俺はどきりとした。

 初めて見た黒沢の笑顔を眩しいと思った。笑うとこんなに可愛いんだ。


「いや、大丈夫だよ。黒沢は部活入ってないの?」

「私は美術部。でも、放課後好きな時間に好きなものを書いてるだけだから」

「そうなんだ」


 俺は日誌を埋めていく黒沢の字を見ていた。几帳面な字だと思った。

 日誌を書いている時、三つ編みが前に垂れて、黒沢の白いうなじが見えた。


「ねえ、黒沢って好きな人いる?」

「え?」


 色白の黒沢の耳が赤く染まる。


「突然、何?」

「いや、何となく」


 頬も赤く染めた黒沢は、


「私、そういうの、疎いというか……。まだ男子を好きになったことないんだ」


 そっか。まだ黒沢は誰も好きではないのか。


 俺は真っ白な黒沢の心を俺の色に染めてみたいとこの時思ってしまった。ほかの誰かの色に染まる前に。


「谷崎君?」

「え?」

「大丈夫? ぼんやりしてるけど、気分悪い?」

「いや、そんなことないよ?」

「なら良かった」


 黒沢が笑う。やばい、さっきより笑顔が三倍輝いてる見える。

 俺はもっと黒沢のことを知りたいと思った。


「日誌書けたけど、チェックしてくれる?」

「ああ、うん」


 俺は日誌を見る。問題ない。

 

 一言の所に、「空に入道雲が見られるようになった。夏が近い」とあった。

 自分なら気が付かないことだ。


「俺、出しとくわ」

「ううん。谷崎君は部活へ行って。私出すから」


 お互い譲らず、結局二人で出しに行った。

 隣を歩く黒沢からはシャンプーのいい香りがした。


 この日をキッカケに、俺は黒沢が気になり、彼女を観察するようになった。

 そして、彼女のさりげない思いやりや、控えめな言動を好ましく思った。

 毎日俺の中で黒沢像がより鮮明な形になっていった。


   




「『白』?」

「うん。笑顔が眩しくて、清潔感があって、純粋で、何にも染まってない」

「はあ」

「ま、慎二には分からないだろうし、分からなくていいんだ。俺だけが知ってればライバルもいなくていい」


「ってよ。黒沢」


 慎二の言葉に俺はえ? と慎二の視線をたどる。教室のドアの前に黒沢が佇んでいた。


 今の聞かれた?


 俺は頭の中が真っ白になった。


 やばい。どうしよう。


「ごめんな、さい。忘れ物取りに来たら、話してるのが聴こえて……」


 黒沢は俯いて言った。


「あとは二人で話しな」

 

 慎二がニヤニヤしながら教室を出て行った。


 残された俺たちは。


「私、『白』みたいに綺麗じゃないよ?」

「そうかな?」

「そうだよ。だって、最近、谷崎君がほかの女子と話してると黒い嫌な気持ちになるの」


 黒沢は俯いて言った。


「それって……」


 黒沢はもしかして、俺と同じ気持ちなのだろうか。


「俺、黒沢が好きだ。もし黒沢が俺を好きなら付き合ってほしい」


 俺の言葉に黒沢はあの日のように耳まで赤く染めた。


「私で、いいの?」

「もちろん!」


 俺は黒沢を自分の色に染めたかったけど、先に俺が黒沢に染められてたのかもしれない。

 

 同じ色になった俺たちは取り止めのない会話をしながら一緒に帰った。


                                  了

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