034 渾身の激オコ
ところで、【
周囲に同調し、不自然じゃない程度に人と目を合わさず、動作の緩急を突出させないようにするのがこの技のコツだ。あと過剰に動揺しないように気をつけること。
ちなみにこの技の主要用途はホームルームやミーティングで教師や上司に指名されないようにする事である。
いやーまさか異世界でこのボッチ処世術を発動する日が来ようとは。
当然ながら超常的パワーを持たないがゆえに、騒いでいれば当然その分だけ目立つ。
いわんや、【
だってしょうがないじゃないか。刃物振り回されて髪の毛刈り上げられるなんて想定外なんだもん。
そんな訳で、ついに僕は諸悪の根源の一端と相対することになってしまった。
ブンブンと枯れ枝を素振りして邪神が歩み寄ってくる。ヤル気満々や。
「さあ、お片づけをしましょう。もういい大人なんだから聞き分けてください」
どうやら僕の代わりにトラ子と遊んでくれてた
だがずっと子供でいたいトイザ●スキッズな僕としては、すんなりと片付けられちゃう訳にはいかない。
僕はトラ子が歩み寄ってくると同じ距離を後ずさる。
珍右衛門さんも律儀に揃って後ずさりながら、何やら物言いたげな視線を僕へ向けてきた。
「ド・レェ卿。おおよそ状況は理解できますが、いかがなされた?」
本当にぃ? 本当に理解してるぅ? 空気読めない事に定評のある珍右衛門さんだから信用できないなぁ。
心配なのでサラッと説明を入れておこう。
「まあなんと言うか、自身の過ちの清算というか、過去との決別というか、とにかくアイツを始末することにしたんです」
「ほう……。つまりは断捨離ですな。それは思い切ったことをなさる」
「そうそうソレね、断捨離。……断捨離?」
ちゃんと話聞いてた?
珍右衛門さんと会話してるとなんかチョイチョイ異世界語の意味が食い違ってることがあるけど、翻訳機能が壊れてない? それか珍右衛門さんの頭がイカレているのかな?
ともかく一人で納得した珍右衛門さんは槍をしごきながら鷹揚に頷く。
「しからば儂もド・レェ卿に与力いたすとしよう。いかにド・レェ卿でも、あの化生の娘は手に余りましょう」
おっと、なんとも嬉しい提案。
嬉しい提案、なんだけどなぁ……。素直にそれを受け入れるのは僕のなけなし良心が痛んだ。なにせ相手がアレだし。
「……いいんですか? 戦の最中ですし、それに協力してもらう僕が言うのも変ですが、アレはとても人の手に負えるようなヤツじゃないですよ」
「確かに一筋縄ではいかぬでしょう。ですが、ド・レェ卿には姫共々助けてもらった身。ここでお助けせねば渡世の仁義に
問答は無用とばかりにトラ子へ向かって飛ぶように駆け出した珍右衛門さん。
完全武装の鎧姿とは思えない素早さ!
「祝儀を挙げる前から未亡人にしてしまっては、姫に申し訳が立ちませぬからな!」
瞬きする間に珍右衛門さんはトラ子の眼前に迫った。
突進のスピードを乗せ、神速で突きこまれた珍右衛門さんの槍がトラ子の喉笛を襲う。トラ子は僅かに身を滑らせ紙一重で穂先を躱した。直後に首筋を狙って巧みに切り払われた槍は、トラ子が枯れ枝を柄に絡ませると、何故だか真上に向かって跳ね上げられた。
そこから先の攻防は何がどうなっているのか、もう僕には理解不能だった。
珍右衛門さんが縦横無尽に槍を操り目まぐるしく槍を振り回す。時には槍を手放して蹴りや体当たりなども交えることで、攻めがまったく途切れない。端から見ると中国雑技団の演舞か新体操のバトン競技を早送りしているようだ。
対するトラ子はヒラヒラと風に舞う木の葉のように、平然とした様子で珍右衛門さんの槍をくぐり抜ける。
そして稀に繰り出される枯れ枝の一撃が、銅鑼を打ち鳴らすような凄まじい轟音と共に珍右衛門さんの鎧を粉砕していった。
幾度かの激突の末に、トトトンッと軽やかにバックステップを踏んで珍右衛門が戻ってきた。
僅かな時間の攻防にもかかわらず珍右衛門さんの鎧は見る影も無くなり、残骸が所々が身体に絡むのみだ。
しかし当の珍右衛門さん本人は至って平気なようで、濡れた犬が水気を飛ばすようにブルブルッと身体を震わせると、その残骸を払い落とした。
「おー痛てて。やれやれ、せっかくの一張羅が台無しじゃ」
「それ鎧がボロボロですけど、体の方は大丈夫なんですか?」
前も同じことを思ったんだけど、防具より中身の方が頑丈なんじゃないの? 鎧を着る意味ある?
「心配ご無用。頭がハッキリしておる内は痛みはあれど体は傷つかぬ、そういう呪いがかかっておるゆえな」
呪い。何やら物騒な単語が。恩恵とか加護ではないのか。
「まあ儂の事はこの際どうでもようござる。問題はあの娘じゃ。やはり手強い。このまま一刻ニ刻と打ち合うてもよいが、あちらも悠長に放って置けぬ」
油断無く槍を構えながら珍右衛門さんが僅かにアゴを向けて指す先に、アナンケ勢の残存兵力が集結しつつあった。
その中心にやたらとヒラヒラした服を着た人影か垣間見れて、僕のお尻の辺りが何やらムズムズと甘く疼いた。
「アレはいけませんね。色んな意味で」
「左様。せっかく卿が意を決して飛び込んで得た好機を逃してしまう。彼奴らに組織だって反抗されてしまっては元の木阿弥じゃ」
そういう意味じゃなかったんだけど、あえて訂正はしないでおこう。僕のアナルクライシスは特秘事項だ。
僕がお尻のムズムズを我慢している間に、珍右衛門さんが声を上げて供連れのゴブリンの一人を呼び寄せた。おや? ゼベダイじゃあないか。
「へい、大将。お呼びで?」
「ゼベダイよ、おぬしに采配を預ける。あの敵陣に横槍を入れて突き崩してまいれ」
「へい、しかとお預かり致しやす。では大将もお気をつけて」
チョイ待ち! 僕は咄嗟に、阿吽の呼吸でさっさと駆け出そうとするゼベタイの首根っこをギュッと引っ掴んだ。
「うぐぇっ!?」
「ごめんごめん。ゼベタイさん、申し訳ないけど矢を数本譲ってくらないかな?」
「うぐぐ。そいつは構いませんが、はて、旦那は弓をお持ちじゃないようで……?」
困惑しながらも素直に
「何ぞ使い道でも?」
「あの怪物退治の特効薬です。アイツは『頭に矢が刺さると石になる』って謂れがあるみたいなので、それにあやかろうと考えまして」
「頭に矢って。そりゃあ普通に死んじまうんじゃ……?」
ゼベタイさんの疑問も尤もである。
だがアイツが普通のヤツだったら、先程の秘本ちゃんラッシュでとっくにあの世行きだ。普通じゃ死なないのだから困っておるのだよ。
「さもありなん。化生の類いにはよくある話じゃ。只では死なぬ怪異でもそれさえあれば滅せられる、というものがある。聖印や銀の鏃やポマードなどな」
最後のそれ口裂け女! 化生の類いというより昭和の都市伝説でしょ? というか異世界にポマードという概念を持ち込んではいけない。
「はぁ~、難儀なモンですなぁ化け物ってぇのは。それに比べてアッシの相手は槍で突くだけでおっ死んじまうから気楽でいいや」
「
珍右衛門さんにどやされたゼベダイは首を竦め、お達者で、と言い残して敵方へ向かって駆けていった。その後ろに彼の手勢がついていく。
戦場にポツンと残された僕と珍右衛門さん。
そう言えばトラ子はどうしたんだ。悠長に作戦会議をしている場合じゃなかったような。
そう思い至ってトラ子を見れば、アイツは羽飾りの位置を直したり服の汚れを払ったりと、熱心に身繕いをしていた。
なんだろう。トラウィスカルパンテクウトリとやらは身綺麗にしなきゃいけないという伝承でもあるのだろうか。
「あの娘、先程からあの調子でごさる。どうやらこちらから挑まぬ限り手出しをしてこぬようで」
「じゃあ、このままスルーするのもアリかな?」
「いいえ。こちらが間合いを外そうとすると、巧妙に詰め寄って来よる。ここで卿を仕留めようとしておるのは間違いなかろう」
「うへぇ。厄介なストーカーに粘着されてしまったなぁ」
一体誰がトラ子をあんな殺人鬼に仕立て上げたんだ。迷惑千万だぞ。ぷんすかぷんすか。
うんざりとして肩を落とす僕を見かねたのか、珍右衛門さんがドンと僕の背を叩いた。
「憑き物を落とすとはこういうものでござる。観念
「いやいや、僕が珍右衛門さんとトラ子のやりあいに巻き込まれたら、即座にミンチになっちゃうよ」
「なにを仰る。ド・レェ卿ならば問題なかろう。世界広しと言えど、樹人と相撲で伍する
なるほど、相撲か。
それなら僅かばかりか自信がある。任せておけい! 伊達に毎月、『主夫の友社刊・月刊大相撲』を定期購読してるわけじゃないぜ!
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