033 ドラゴンズ・ネスト

 バロメル村を見やると、燃え上がる村から亜人の集団が続々と飛び出して、アナンケ勢に襲い掛かっていた。

 バリケードを引き倒し、兵士達をなぎ倒し、ズンズンと敵陣を食い破っていく。

 その戦い方が凄まじい。

 ゴブリンは血まみれの小剣を振り乱し、オークは丸太の様な棍棒で兵士を殴り飛ばしている。武器を持たずに、鎌のよう尖った鉤爪で切りつけたり鋭い牙で噛み付いたりしているヤツもいる。

 だれも彼もが狂ったように戦っている。


 だがそいつらはまだマシな方だ。本当にヤバイ奴らは

 しているのだ。


 敵兵の千切れた腕を齧りながら新たな獲物を探すゴブリン。叩き割った頭蓋から脳ミソを啜るオーク。腸を咥えながら徘徊するコボルド。

 燃えさかる村を背に化け物達が人間を食らっている、地獄のような光景だ。


 これもうどっちが悪人かわかんねえな。


 というかあの腸を咥えているコボルドって、もしかしてヨハネわんこじゃね? ひえ~! あの気弱そうな少年犬がそんな事してるなんて……。

 それによく見ると腕を齧っているゴブリンはイアコフ君だし、あっちで脳ミソ啜ってるオークは神父シメオンじゃないか!? おぉ、ナンマン・ダ・ブー!

 ていうか、お前ら仮にも組頭なんだからもうちょっと真面目に戦争しろよな。

 

 なんだか顔見知りが水商売の姉ちゃんとホテルにシケ込んで行く場面を目撃してしまったような気まずさを感じて、僕はそっと眼を逸らした。

 すると偶然にも、目を逸らした先には珍右衛門さんがいた。

 大声で手下に指示を出しながら、勇ましく敵兵に打ちかかっていく。どうやらこちらは真面目に戦争をしている様子だった。よかったこの人真面目に人殺しに励んでいて。みんなー、珍右衛門さんみたいに真面目に殺れよなー。


 そんな珍右衛門さんが手下を連れてこっちの方へ歩いてくる。時折り槍を振るっては敵兵の首をポンポン飛ばしていく様は、トラ子とドッコイドッコイの化け物と言えよう。


 お~い、珍右衛門さ~ん。僕だよボクボク。


 呼びかけてみたものの、珍右衛門さんからの反応は無い。まるで僕がいないものかのように、僕を無視して目の前を通り過ぎていく。

 あれ? もしかして、任務をほっぽり出して逃げたことを怒っているのだろうか。

 ゴメンよ珍右衛門さん。悪気はあったんだけど我が身可愛さに、つい。

 詫びるために珍右衛門さんを引き留めようと肩に手を掛けると、珍右衛門さんは過剰なぐらいビクッとして、すぐさま僕めがけて槍を一閃した。

 うひぃっ!? 奇跡的に亀のように首を竦めるた僕の頭上スレスレを穂先が通過していった。おかげで頭頂部の髪の毛がごっそりと切り払われた。ザビエ~ル!


「珍右衛門さん!? な、な、何をするだァーッ!?」

「ド・レェ卿!? これは申し訳ありませぬ! まったく気配を感じぬところを急に手をかけられましたゆえ、あやかしの類いに引き込まれたかと早合点いたしてッ」


 はっ!? しまった。【無個性の空気インビジブル・エア】を発動しっぱなしだった。オフにしなきゃオフに。ばばんば~。


「お怪我はありませぬか? しかし大した隠形でござるな。近くにいてもまったく気付きませなんだ。まるで空気のようでござったわ」


 それフォローしてるようで傷つけてるから注意してね。あと僕の先祖が亀じゃなかったら首チョンパだったことも忘れないでね。

 頭頂部のジョリジョリしてるところを寂しげに撫でていると、珍右衛門さんの目尻が申し訳無さそうにヘニョリと下がった。

 分かればよろしい。


「そういえば皆無事だったんですね。村が燃えてるからてっきり、もう駄目かと」

「はっはっ。あれはでござる」

「誘い?」

「左様。彼奴ら酷く慎重で、我らが大手門を開いておっても一向に門から中に入ってこようとせなんだ。なので密かに村内の空き家をニ・三軒焼いて、慌てふためくフリをして誘い込んだのじゃ」

「へえ~。策士ですね。上手くいったのですか? それにしてもニ・三軒とは思えないほどの燃えっぷりですが」


 話を聞いて改めて村を見ても、轟々と、とても数軒の家が燃えている程度とは思えないくらいの豪火が村内に渦巻いている。

 そこまで言ってふと、周りで聞いていた亜人の供連れ達がなんとなく気まずくしている事に気付いた。

 まさか……。


「はっはっはっ。それがお笑い種でな。数軒のつもりが思いのほか火勢が風に煽られて、近隣に燃え移ってしもうたのじゃ。そこからは手がつけられぬようになってしまって、まあ、丸焼けじゃ」


 じゃねぇ! 笑い事でもねぇ! そもそも村が守れてねぇ!

 いかんいかん、ちょっと混乱して吉幾三の歌みたいになってしまった。

 

「お陰でアナンケの彼奴ばらが浮き足立って、一網打尽にする事が出来たのじゃて。言わば怪我の功名でごさるな」

「いやまぁ、珍右衛門さん達がそれでいいなら構わないんだけど……」


 それにしてはお供のゴブ達が目を合わせてくれないんだけど、考えすぎかな? ボソボソと、「越冬が……」とか、「思い出が……」とか、「ローンが……」とか聞こえてくるし。

 これ以上この話題を続けると、珍右衛門さんが後ろから刺される可能性が出てきそうだから止めておこう。


「へ、へえ〜。とにかく結果オーライだね。はい、この話はお終いッ」


 早く話題を換えなくては。明日の天気か日経平均株価の話をしよう。


「ところで珍右衛門さんは猫派? それとも犬――

「そうして攻め手のおおよそ片付けたところに、物見から敵の陣中に騒乱の様子ありと報告を受けての。さては卿の仕掛けに間違いないと思い、これに呼応すべしと余勢を駆って討って出てたという次第じゃ」


 やめろと言うとるのにッ。

 もしかして村人が狂ったようにアナンケ勢へと襲い掛かっているのは、この無神経野郎に自分の家を放火された腹いせなんじゃなかろうか。

 

「しかし単騎駆けとは思い切ったことをしましたなぁ。こちらの援護を当てにせず本陣に突っ込むとは、感服いたしたわ」


 駄目だコイツ全然空気よんでくれない。もう僕は珍右衛門さんが後ろから刺されても知らないんだからねッ。


「まさに、ドラゴンの巣穴に飛び込むとはこの事でござろう!」


 はいはいそーですねッ。ドラゴンねドラゴン。分かった分かっ――んんッ!?


「えっ? いまなんて?」

「ですので、敵本陣に単騎駆けとはイチかバチかの思い切った決断をしましたなぁ、と」


 気がつけば僕が小脇に抱える秘本ちゃんが、何かを主張するようにフルフルと妖しく震えている。

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。まさか――


「それはつまり、言い換えると……?」

「……ドラゴンの巣穴に飛び込んだような、でござるか?」


 その瞬間、激しく火花が散るかのように僕の記憶が呼び起こされる。


『 貴方の魂は失われました。かりそめの魂がどのような運命を巡るかは主命次第です。


そういう契約です。


疾く貴方はこの示された主命に挑むでしょう。


1、突撃となりの晩御飯! ドラゴンの巣穴に飛び込んでみた!


逃れることは出来ない。現実は非常である 』


 気付いたときには僕は激情に駆られて、秘本ちゃんを思いっ切り投げ飛ばしていた。


「秘本こらテメー! こんな下らないオチの為にあんな出しとったんかワレこらー!」


 ビタンッと空中に張り付く秘本ちゃん。そのままプルプルと震えたと思ったら、ぽろりと地面に落ちた。そして落ちてなお、地面でプルプルと震えている。

 もしや――。


「おめぇこらー! まさか自分で言っといて、いまさら恥ずかしがってんじゃねぇだろうなー!」

「ド・レェ卿?」


 僕は秘本ちゃんを拾い上げ、正面に持ち上げ見据えた。

 秘本ちゃんはまるでイヤイヤと恥らうかの様に身を震わせた。


「やっぱりそうじゃねぇか、このアホー! だったら最初っからそんなトンチみたいなことすんじゃねー!」

「ド・レェ卿? もし!?」


 僕の手の中で身をよじるかの様に甘く震える秘本ちゃん。


「甘えてんじゃねーぞコラー! こちとら、いつになったらドラゴンの巣穴に飛び込まされるか、気が気じゃなかったんやぞオイーッ!」

「ド・レェ卿!」


 珍右衛門さんが何やら騒がしいが今はそれどころでは無い。


「ちょっとカッコつけて大人ぶっちゃったんか!? あぁん!? それが今になって黒歴史みたいになっちゃったんか!? おぉん!? おめぇは中学生か!?」

「ド・レェ卿、御免!!」


 突然横合いから珍右衛門さんの槍が横薙ぎに振るわれ、白刃が僕の顔面めがけて迫ってきた。

 またかいっ!? 奇跡的にもイナバウワーのように状態を反らせた僕の額スレスレを穂先が通過していった。おかげで前頭部の髪の毛がごっそりと切り払われた。


「なっ! 何をするだァーッ ゆるさんッ!」


 僕の祖先が荒川静香じゃなかったら、今頃首チョンパだったぞ!

 しかし珍右衛門さんは僕のおふざけには乗ってこず、ひたすら僕の後方を睨みつけている。

 どうしたんだ? 僕が渾身のギャグを空振りさせた原因を探るべく後方を振り返ると、ちょうどトラ子が地面にふわりと降り立つところであった。

 トラ子の派手な羽飾りから飾り羽が一本、半ばから断ち切られてハラリと足元に落ちた。


「まったくどこに行ったかと思ったら、こんなところで遊んでいるとは」


 しまった。ぐうの音も出ない指摘。













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