032 バトルアスリーツ・大運動会

「曲者だー! 亜人の女がウゴリーノ様を狙っているぞ! ものども、出会え、出会えー! 暗殺者を捕らえろー!」


 数十メートル先にあるアナンケ勢の本陣へ向かって叫んだ。警護している兵達が、俄かにざわつく。

 どうやらこちらに気付いてくれたようだ。

 走りながら石を拾い上げて、それで幾度か自分の顔面を殴りつけた。痛し。


「助けてくれー! 化け物だっ、みんなやられちまったぁ!」


 足をもつれさせて警備兵の近くに倒れこむ。騒ぎを聞きつけたのか、騎士風の装いをした男が近づいてきた。息も絶え絶え、縋るように顔をあげると上手い具合に額にできた傷から血が垂れ落ちてきた。

 騎士風の男が居丈高に僕を詰問する。


「何の騒ぎか! その傷はどうしたのだ!?」

「げふぅっ、ゼェゼェっ、お、お助け下せえ騎士様! ごふっ、オラは、あの、ゴニョゴニョ……様のところで、見回りをしていた者です、げほっ!」

「お前のことはどうでもいい! 何があったのだ!?」

「へえっ! オラたちがその、ゴニョゴニョ……様と村の外を見回りしていたら、急に塀の中から、ゼェゼェっ、あの怪物みてえな女が飛び出してきて、仲間があっという間に殺されちまったんです!」

「なんだそれは。与太話もいい加減にしろ!」

「嘘じゃねえだぁ! ほ、ほら、あの女だっ!」


 僕が後方を指差すと、トラ子は体操選手のように跳躍する寸前であった。

 ロンダート、後方宙返りから、後方伸身宙返り四回ひねり。

 それは世界を制したF難度技、通称シライ!

 そして着地。

 ガクッと、一見するとバランスを崩して屈み込んだように見えた。だが違う。膝を曲げ、さらなる力を溜めているのか? 


 直後、一気にトラ子は伸び上がり、反動で嘘みたいにポーンと夜空高くへ飛び上がった。騎士風の男はポカンと口をあけて、その非現実的な光景を仰ぎ見ていた。

 綺麗な放物線を描いて天を舞うトラ子。

 そしてそのまま、こちらへ向かって流星の如く真っ逆さまに急降下してきた。

 ……あっ、コレやばいヤツ。

 とっさに身を翻すと同時に、ズドンッという地面が爆発したような衝撃を受けて僕は吹き飛んだ。

 受身もそこそこに慌てて振り返る。

 僕が寸前までいた場所に、大地をドッシリと踏みしめて枯れ枝を振り下ろしたトラ子がいた。

 それと、騎士風の男も少し離れたところに吹き飛ばされていた。

 ただし、脳天から真っ二つに引き裂かれ、左右別々の方向にだが。


「も、モブーノ卿が~!」「ひいぃ~っ!」「敵襲だー!」「ば、化け物!?」「ウゴリーノ様をお守りしろ!」「何事だ!?」「出会え、出会えー!」「死にたくねぇよぉ!」


 お陰さまでアナンケ勢の本陣は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。

 混乱に乗じて僕は素早くアナンケ勢の本陣に逃げ込みつつ、手近にいた兵士の背中をドンッと蹴飛ばしてトラ子へ向かって押しやった。

 たたらを踏んで、兵士が倒れ込む。そして目前に這いつくばった兵士へ無常にもトラ子の返す刀枯れ枝が振るわれ、憐れな兵士の頭が爆ぜた。


「うわー、モブリッツィオがー!?」「お助け~!」「なんなんだあれは!?」「亜人の呪いじゃあ!」「死にたくねぇよぉ!」


 混乱にさらに拍車がかかる。

 いまだ! 右往左往するアナンケ勢に紛れ、48の陰キャ技のひとつ、【無個性の空気インビジブル・エア】発動! えいっ、えい、むんっ!

 これは、その他大勢に空気の如く埋没することで個としての認識を希薄にし、存在感を絶つスキルなのである。

 というか、ほぼいつも通りにしているだけとも言う。


 こうすることで、その他大勢アナンケ勢が僕の肉壁になってくれるはずだ。それにこうやってこいつらに紛れてコソコソしていれば、あわよくばアナンケ勢があの曲者をどうにかしてくれるかも知れない。

 もちろんそんな淡い期待に賭けるつもりはないので、彼らが総崩れにならないようにアナンケ勢にもテコ入れもしなくては。


『ええーい、相手は女ぞ! 臆するな!』

『モブーノ卿の仇をとれ! 討ち取った者には褒美を取らす!』

『敵は一人だ! 多勢で押し込め! すわっ、掛かれー!』 


 適当に声色を変えて周囲に檄を飛ばし士気を高める。

 陰キャは自分に責任が及ばない匿名の発言においては無類の声の大きさを誇るのだ。主にネット上だが。


「よく見たら女だぞ!」「ムチムチだ、犯してぇ!」「褒美が貰えるだとよ!」「モブーノの仇!」「弓とボウガンありったけ持ってこい!」「よーしみんなで一斉に行こうぜ!」「死にたくねぇよぉ!」


 僕の声援によってみんながヤル気を出してくれて何よりです。

 ついでに、さっきからずっと『死になくねぇよ!』と繰り返している阿呆が隣にいたので、目障りだからトラ子の正面に蹴り出しておく。

 トラ子は枯れ枝を一閃してそいつの首もあっさりへし折ると、苛立たしげに叫んだ。


「さっきから何ですかアナタたちは!? 邪魔をしないでください!」


 いやお前がそうやって殺っちゃうからでしょ。


 トラ子は僕を探して辺りをキョロキョロ見回すが、そう簡単に見つかってやる訳にはいかない。

 僕は騒ぎに便乗して、近くにいたヤツを手早くボコすとフード付きのローブを入手した。ちょっと小さいが構わず、マントを捨ててそれにササッと着替える。フードを目深に被れば、これでさらに周囲に溶け込めるぞ。


 そうこうするうちに、本物の指揮官っぽいヤツが号令をかけて隊列を整え始めた。兵士が槍の穂先を揃えて槍衾を作る。トラ子は煩わしげにそれを見やると、そちらに向かって駆け出した。

 おっとそいつは困っちゃうね。

 僕はアナンケ勢を援護するためにトラ子に石を全力で投げつけた。

 封印されし幻のサウスポー解禁だ。ランディ・ジョンソンばりのスリークウォーターから放たれた豪速球(豪速石?)が一直線にトラ子を襲う。

 トラ子はその投石をヒョイと避けようとするも、しかし残念、トラ子よそれは高速スライダーなのだ。

 眼前でエグい変化をした投石は避けた先のトラ子を追うようにして、奴の顔面へ見事に直撃した。


『いまだ、者ども掛かれー! 討ち取って名を上げろ!』

「「おおぅ!」」


 すかさず僕はニセの号令を発する。それに呼応して一斉に兵士たちがトラ子へ殺到した。よしよしそうだ、戦いは数だよ兄貴!


 僅かな時間で整然とした隊列を組み上げたアナンケ勢の兵は大した練度である。前列が槍を突き出し、それ以降は槍を振り下ろして叩きつけるスタイルだ。対騎兵を意識したっぽい隊列ではあるが、相手もウマみたいな娘であるから丁度いいかもしれない。


 そうやって多勢に襲い掛かられたウマ子であったが、しかしぴょいぴょいと身をかわしていく。オイもっとガンバレ槍部隊!

 僕の応援と課金が足らないのか、槍部隊は徐々にあしらわれていってしまう。いかん、このままでは僕の肉壁が敗北必至だ。


 どうすればいいんだろう。うーん、やっぱり正攻法じゃだめなんだろうか。


 仕方が無いので援護のために更なる投石を加える。すると僕を真似して周囲の兵たちもチラホラと石を投げ始める者があらわれた。

 それを嫌がるように、トラ子はこめかみの傷跡を隠して大仰に飛び退る。

 あっ、もしかしてこれが正解か?


『者どもー! 石でも棒でも良いッ。曲者にありったけ投げつけるのだ!』

『第二部隊を編成せよ! 逃げられぬように囲うのだ!』

『突撃だー!』


 僕の号令一下、ある者は槍を構え囲い込み、ある者はトラ子へ突っかかり、ある者は石だか瓶だか手当たり次第に投げ始めた。

 あっちこっちから石が飛んでくるわ、槍が突き込まれるわ、無鉄砲に突撃してくるヤツがいるわで、先程の整然としたものとは真逆のメチャクチャな襲撃によってトラ子の表情にも困惑が浮かんでいる。

 よしよしそうだ、戦いは数で遠距離攻撃だよ兄貴! フレンドリーファイア? 知らんなぁ。

 

 かくして戦場は、様々な物や者が飛び交い、押し合いへし合いする混沌とした様相を呈しだした。

 入り乱れる、剣・槍・盾・枯れ枝・石・矢・瓶・樽・棒切れ・縄・網・布・鍋・松明・男・女・邪神・只人・豚人・小鬼人・その他亜人。

 皆が組んずほぐれつの大運動会だ。


 ……あれ?

 待て待て、亜人の方が混じっていらっしゃいますけど、どこからいらしたのですか?


「ひあ~っ! 亜人だ! 亜人が村から飛び出てきやがったぞー!」


 僕の疑問に答えるように、遠くの方で叫び声が響いた。

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