030 あとのまつり
祭りの終わり、特に学園祭の締めくくりといえば、キャンプファイヤーを囲んでフォークダンスと相場が決まっている。
祭りの後の寂寥感、気になるあの子と繋いだ手、夜空に高く燃え上がる炎、少し離れた暗がりで見つめあう恋人たち。
祭りで浮かれた心と一緒に燃え上がり、空へ昇っていく火の粉。
その火の粉の輝きが消えたとき、かわりに日常が還ってくるのだ。
全ての事象には始まりがあり、その果てには必ず終わりがやって来る。
そして祭りの終わりには炎の煌めきがよく似合う。
僕は燃え上がるゴブリンちゃんの里を眺めながら、このお祭り騒ぎの終焉を確信した。
同時に、夜の帳に煌めくその炎の美しさに心底魅了されていた。
ゴブリンちゃんの里が炎上する様を、僕は指を咥えることすら出来ずにただ眺めることしか出来なかった。
何分、僕は囚われの身なのだ。
全身を雁字搦めに縛られて、立派な樹木に括りつけられている。まるで家畜かなにかのような扱いだ。とてもじゃないが自分一人ではどうにも出来ない。
結局あのオス女狐は尋問を終えても、僕の純潔を汚すことは無かった。楽しみは最後に残しておく性分だ、と言っていたので全く安心できないが。
数人の男たちに担ぎ上げられてオス女狐の前から除された僕は、そのままこの木の根元まで運ばれてガッチリと繋ぎ止められてしまった。
ジュネーヴ国際条約やハーグ陸戦協定も無い世紀末的異世界なのだから、本来ならこういった虜囚は兵たちのオモチャになってしまうのが常だ。
だが不幸中の幸いか、僕がオス女狐のお気に入りとの通達がなされたおかげで、僕を害する不届き者は現れなかった。
ただし僕と一緒に同じ様に捕らえられたトラ子はその限りではない。
おそらくあの時のオス女狐の「メス豚の方は好きにしてよい」との発言はトラ子を指してのことだろう。
今頃はどうなっていることか。ただの婦女子であれば、死んだ方がマシというような悲惨な末路を迎えるんだろうが……。
まあアイツのことはどうでもいい。その辺りはアイツの気分次第だろう。
今はもっと大きな問題について考えよう。
そう思い直し、煌びやかに燃え上がるゴブリンちゃんの村の炎を再び見つめる。
雁字搦めに縛られてイモ虫のように転がる僕には、最早為す術が無い。
なぜ村が燃えているのか。ゴブリンちゃんはどうなったのか。珍右衛門さんはどうなったのか。オマケでゼベタイ一家と神父シメオンはどうなったのか。様々な疑問や彼らの安否が頭をよぎる。
だがそれらを気遣う前に、真っ先に考えなくてはいけないことがある。
もっと大きな問題。それは、保身だ。
祭りの終わり、特に戦の締めくくりといえば、乱暴狼藉と相場が決まっているのだ。このままだと僕はオス女狐の乱暴されてメス女狐にされてしまう。
とは言え、もし五体満足で生き延びれるのであれば、オス女狐に媚びに媚びてお気に入りの男娼となる手も無くはない。
その際に散々に弄ばれてメスイキを覚えてしまう程度のことがあっても、それは甘受すべきなのだろう。
ただしそのプランで問題になる点は、散々に弄ばれた後に用済みとばかりに始末されてしまう可能性があることだ。
なにせ悪名高きアナンケの女狐なのだ。ヤリ捨てポイ(首が)だって十分にありえる。
そこまで考えれば、
やはり逃走・・・!! 逃走は全てを解決する・・・・!!
そうだ。ゴブリンちゃんを助け出すにしても、珍右衛門さんに加勢をするにしても、ゼベタイ一家と神父シメオンをどうにかするにしても、僕が無事でなければ話が始まらない。彼らを救うのは僕しかいないのだ。
これは決して我が身可愛さではない。僕は彼らを救うために敢えて茨の道を選択したのだ。
そうに違いない!
しかし僕は自身の無力さ不甲斐なさから涙が止めどなくあふれ、秘本ちゃん枕をしっとりと濡らしたのであった――
「って秘本ちゃん!? なぜここに!?」
秘本ちゃんは僕が身ぐるみ剥がされた時に、確かにどこかへ持ち去られたはず。
ここへ繋ぎ止められたときも僕は手ブラでパンイチ芋虫状態だったはず。それがなぜここに。
もしや助けに来てくれたのか? おお、やはり僕のパートナーは君だったんだね。ピンチのときに主人公を支えるメインヒロイン、これは正妻ですわ。
僕は先程の慙愧の涙を歓喜の涙に変えて、直ぐさま秘本ちゃんに縋りついた。
さあ秘本ちゃん、僕を救ってくれ!
……。
…………?
だが秘本ちゃんは僕の頭の下でブルブルとその身を震わすのみで、一向に僕を解放するような気配が感じられない。
これは、まさかの人選ミス!?
なんてこった。秘本ちゃんはヒロイン力は抜群なのに、いかんせんこちらに手出しが出来ないのだ。いや、手出しどころか、手足が無い。
「あぁ。万策尽きたか」
僕は諦観の念を抱いて思わず天を仰いだのであった。
……すると、おや?
悄然として天を見上げた僕の視線の先に、バロメル村の燃え立つ炎に照らされて、謎の人影がプカプカと宙に浮かんでいるではないか。
幽霊のように、いつぞやの悪魔のようにプカプカと夜空に浮かぶ妖しい人影。
「鳥か!? 飛行機か!? いや、トラ子だよね!? っていうか全裸だよね!?」
なんで全裸で宙に浮かんでいるんだ。
あのムキムキマッチョ悪魔といい、霊的存在は宙に浮かぶときは全裸っていうルールでもあるんかい。
プカプカと夜空に浮かんでいたトラ子は僕の驚声に気付いたのか、フヨフヨと地上に降りてきた。
近づくにつれてその姿が見て取れるようになったのだが……なにやら粘性で赤褐色と白濁色の怪しい液体に全身が
一体何をやっているんだ? どこで何をやってきたんだ? それともナニをやってきたのか? 大丈夫なのソレ?
僕の困惑を余所に、トラ子はクルンと宙返りをしてシュタッと地上に降り立った。
するとその一瞬で穢れた液体は消え去り、いつの間にか服も着ていた。悪魔的ナゾ技術。もうコイツ何でもアリだな。
「いやー、ちょっとハメを外しすぎたというか、ハメすぎたというか、とにかくもうお腹いっぱいっす。上の口も下の口もね」
「やめろ、言い方が直裁に過ぎる。もっとオブラートに包みなさい。いやもうこの際なんでもいいから早くこの縄を解いてくれ」
「おやおや、お困り中っすか? それともお楽しみ中っすか?」
どんな選択肢だ。お困り中だよ。
「くだらないことは言ってる場合か。緊縛プレイに興味はないわ。大体さ、なんで僕が捕まってると思ってるの? 9割方お前のせいなんだぞ」
紆余曲折七転八倒の末に捕縛された僕であったが、その内の【紆余曲折七転八】くらいはこいつが余分なことをしたのが原因である。
確かにゴブリンちゃんに後ろ髪引かれて出足が鈍っていたけど、コイツが余計なことをしたせいで、僕は最後に【倒】れてしまったのだ。
なんで目の前にバナナの皮捨てたり赤い亀の甲羅投げつけたりしたの? そんなん転倒不可避やん。
「そうは言っても仕方がないじゃないっすか。だってあのまま逃亡されたら、『逃げたッ! 第1部完!』ってなっちゃうんすもん。少しは制作上の都合も考えて欲しいっす。編集とか考えたらもうケツカッチンなんすよぉ」
コイツいよいよ建前すら放棄してきたな。僕の自主性を重んじる基本路線はやめたのか。
「そこまで言うなら不干渉の建前はもうお役御免だろ? 黙って早よ縄を解け」
「はぁ~、陰キャは人前じゃなくなると急に態度が大きくなるから困ったもんっすね~。大口を叩くのは画面の前でだけにして欲しいっす。仕方ないっすね、デキル女は黙って結果を残すもんなんすよ。……あれ? こう?」
「痛てて! オイ阿呆、無理に引っ張るんじゃない!」
なんやかんやと言いながら荒縄をいじくるトラ子であったが、しかし全く解ける気配が無い。むしろ締め上げられているぐらいだ。
大丈夫かコイツ?
「ぐぬぬ、なんで? うぅ~、こうかな? あっ、コレかな? むむっ、違うな……。あーもう、こんなものこうだ、えい!」
最終的には例の枯れ枝を取り出して一刀両断に結び目を切り裂いたのであった。何たる脳筋。
「ほら、決して解けることの無いの結び目を見事に解いてやったっすよ。これでアタイがアジアの王っす」
脳筋トラ子と同列にしては、流石にアレクサンダー大王に失礼。大英雄だぞ。
兎にも角にも、ようやく晴れて自由の身だ。
しかし安心するのも束の間、すぐさま行動に移る。
長らく拘束されていて体中がバッキバキだが悠長なことはしていられない。なにせ、いつ見回りが来て脱獄が露見しまうやも知れぬ状況なのだ。
であればやることはひとつ――
「さあ早く逃げ出さねば、――ッバうばァウバぁばばッ!」
懐かしのセーフティ機能!?
痛みで地面をのたうち回る僕を尻目に、トラ子が秘本ちゃんの表紙を激しくフリックしているではないか!
「往生際がわるいっすよ」
「わかった! わかったからソレやめろ! やるよ、やってやるから!」
「んもー。最初から素直になってくれればいいのにぃ。ほらほら、早くあの燃えさかる炎の中に飛び込んでパパ~っと問題を解決してくるっすよ。いやーたぶんこのロケの最大の見せ場になるっすね。先に燃え尽きちゃうかもしれないっすけど。にしし」
何たる悪魔だコイツは。いや邪神かも知れんが。
しかしこれは困った。不干渉の建前を取り去ったら過干渉の問題が発生してしまったぞ。
悪魔の奴隷たる僕は命ぜられれば、たとえ火の中だろうとあの子のスカートの中だろうと強制的に飛び込まされてしまう。なかなかx4大変だけど~♪、とか歌っているレベルじゃない。
こんな手ブラパンイチ状態であの炎上している戦場に突っ込めとかポ●モンマスターになるより無理筋じゃね?
博士だって最初の相棒は無償で譲ってくれるのに。
「……だったら最低限の装備を用意してくれよ。せめて真っ当な服と、前に5人組をヤッた時と同じように秘本ちゃんとその枯れ枝を貸してくれ」
「なんか、アタイのことを何でも出してくれるタヌキ形ロボットだと思ってないっすか?」
不承不承といった体でブツクサ文句を言ったトラえもんは、ヘソだし貫頭衣の裾の中に手を突っ込むと何かをむんずと掴んで引っ張り出した。
すると貫頭衣の中からドサドサと物理法則を無視した量の衣類が零れ落ちてきた。出たな四次元貫頭衣。やっぱりタヌキ型ロボットやないかい。
「どっこらせっと。でもさっきヤリ散らかした兵隊からついでに剥ぎ取った物なんで、合うサイズが無いかもっすよ?」
トラ子の言う通り、取り出された物は確かにどれも僕のムキムキ悪魔ボディのサイズに合わない。だが何も無いよりは遥かにマシだろう。
どうにか使えそうな物をやりくりして、寸足らずのマントと膝丈のズボンと靴を見繕った。
ちょっと上半身が心もとないので、余った衣類をサラシ代わりに何重にも腹に巻きつけて、荒縄でグルグルに縛りつける。カチコミヤクザスタイルだ。
そして例の枯れ枝を受け取り、さりげなく肩から秘本ちゃんを掛けた。
よし。後は余ったこの荒縄で……。
「トラ子さんや。ちょっとあっちを向いておくれ」
「えっ、なんすか? サプライズプレゼントっすか?」
「いいからいいから。ほらほら、しゅるしゅるしゅるり」
「あれ? なんか縄が纏わりついてくるっすよ!? アタイの体がまるで亀の甲羅のように縛りあげられてないっすか?」
「いいからいいから。まあまあ、まあまあ」
「一体何キャラっすかそれ!? というか、あっ、縄の結び目が……妙に、いいっ、いいトコロに、当たるんすけど!?」
「まあまあまあ、いいからいいから。これでヨシッ」
「くぅんっ!?」
最後にトラ子を後ろ手に縛り、地面へと転がした。するとそこには団鬼六も真っ青な見事な亀甲縛りが出来上がっていた。もちろんしっかりと股縄も結んである。
それとこれは僕からの忠告であるが、良い子は決して『亀甲縛り』をウ●キペディアで検索してはいけない。いいね?
「トラ子よ、さっき僕は緊縛プレイに興味はないと言ったな。あれは嘘だ」
これは西日暮里の女王様直伝による由緒正しき正統派緊縛スタイルである。
不思議な縁が会って彼女よりこの妙技を伝授されたのだ。なおこれは正真正銘の縁であって、援や円ではない。
「いや別にそこんとこは気にしてないっすけど、あっ、動くたびに色々いいトコロに当たって、はぅっ、むしろ、やめられないとまらないっ」
亀甲縛りとは、かつては罪人を留め置くために発達した江戸時代に端を発す捕縛術を祖とした技術である。それに加えて、現代におけるジャパニーズHENTAIの粋を集めて改良されたSM術の集大成でもある。
この技を極めれば、この絶技によって捕縛された者は力づくで抜け出そうとしても快楽が縛りつけ、その快楽を振り払おうとしても緊縛がそれを許さない。
つまり物理的にも精神的にも対象を拘束する、邪神すら抗えない究極の封印術が完成するのだ!
「これは、くぅっ、抗えないっすぅンっ、あうっ、むしろ捗るっす!」
トラ子は緊縛された体をウネウネと艶かしく蠢かせ、自身を昂ぶらせていく。
そうこうするうちに、トラ子が徐々に身悶え震えだした。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あぁっ!」
快感に身を任せているトラ子に気取られぬように、僕は密かに枯れ枝を構えた。
次の瞬間、緊縛された肉体に激しい稲光が走る!
そして同時にトラ子の頭部めがけて、渾身の力を込めて枯れ枝を振り下ろした。
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